76.採取帰りは大荷物。
さて、目的である風鳴樹は無事納得のいく一本を選ぶことが出来た。本来なら、あとは必要な分だけ切り出して持ち帰れば今回の目的は達成――だったのだが。
「何か増えたなぁ」
「増えたな……」
恒一は腕を組み、目の前に横たわる巨体を見上げた。隣ではロイドも同じ格好をして呟く。
木材を採りに来たはずなのに、何故かドレッドワイバーンがまる一頭。
しかも、流石はファンタジーの王道とも言うべき竜種。鱗や革は勿論のこと、爪や牙に至るまで余すこと無く有用素材になるというのだから、置いて帰るという選択肢はあまりに勿体ない。
「とりあえず、一回下まで持って戻るか」
アステルがぽりぽりと頭を掻きつつ言った。
「風鳴樹だけならともかく、ワイバーンの処理までここでやんのはちょっと……」
「ああ、他の魔物が寄ってきても面倒だ。日が落ちる前に下山しておいたほうが良いだろう」
オルビスも頷くと、荷物の中から丈夫そうなロープを取り出した。
空を見れば、太陽はすでに頂点を越えている。まだ夕方には遠いものの、ここで作業を始めてしまえば、山を下りる頃には随分遅くなってしまうだろう。
「そいつは俺も賛成だな、足場悪いところで鋸使う必要もねえし。どうせ今日は荒く切り分けるだけだ。細かい寸法詰めんのは工房に帰ってからでいい」
「じゃあ、このまま持って下りるのか」
恒一は改めて選んだ風鳴樹を見る。
十分に乾燥したそれは細かい枝や葉こそ残ってはいないが、それでも人間が二人や三人で抱えて運べるような大きさではない。
次いで、想定外の副産物へと目を向ける。
目測ではあるが、概ね体長五メートル程度だろうか。その身体の半分ほどを占める尾を差し引いても、とにかくでかかった。
「……どうやって運ぶんだこれ……?」
「んー、普通に?」
――そもそも、運搬相手が普通ではないのだが。
何処から突っ込むべきなのか、突っ込むだけ無駄なのか。困ったことに、後者のような気がひしひしとしていた。
そして、時間にして僅か数分後。
「「…………」」
恒一とロイドは、並んで目の前の光景を眺めていた。
ドレッドワイバーンの身体には何本かのロープが回され、ずれないよう固定されている。
結んだロープの端を輪にして、風鳴樹の倒木からがっしりとした太めの枝を失敬し輪に通せば、簡易的な持ち手の出来上がりである。
それを、双子がそれぞれ掴んだ。
頭側はアステル、尻尾側はオルビス。
二人がかりではある……あるのだが。
「よいこらしょっ。オルビス、そっち平気か?」
「ああ。問題ない」
「オッケー! んじゃ、帰ろっか」
「うっそだろ……」
ロイドの口から呆然とした声がまろび出る。が、これに関しては恒一も全面同意だ。
ドレッドワイバーンは大きい。とても、とても。
尻尾を除いても三メートルはあるのではなかろうか。
それが二人で、しかも両者片手で。買い物帰りの荷物の如くぶら下げられて浮いているのである。
「……重くないの?」
「ん? 別にそんなには?」
「この程度なら問題ないが」
「そ、そっか……」
「おいコーイチ、それで納得すんな」
「いや、だって……持ててるし……」
「持ててるけどよ!」
しかし、事実として目の前で持ち上がっているのである。これ以上何を言えばいいのか分からない、というのが正直な所ではあるが。
(いくらなんでも人間離れしすぎでは……?)
二人とも相当鍛えてはいるのだろう。だが、明らかに常識の範囲を超えている。魔法による身体強化も存在するとは聞いているが、そういった類いのものなのだろうか。
ロイドはなおも何か言いたげに口を開き――結局、諦めたように額を押さえた。
「……んで、木のほうは?」
「あ、それはクロに頼もうか」
「わふっ!」
名前を呼ばれたクロムが元気よく返事をした。
こちらも風鳴樹へ太いロープを何重かに回し、滑らないようしっかりと固定する。その端を長く残して束ねると、アステルがクロムの前へ差し出した。
「クロ、これ頼めるか?」
「わふっ」
クロムはロープの束を大きな口で咥えた。
そして。
ずるずる、ずずず。
風鳴樹の太い幹が、あっさりと動いた。
「ヴルル~♪」
「…………」
そのままクロムは巨体に似合わぬほどの軽快さで、尻尾をゆったりと揺らしながら、どこか機嫌良さそうにとっとこ進む。
ずるずるずる、と乾いた音を立てながら、それなりに大きな倒木が岩場を滑っていく。
「……なんか」
「言うな、コーイチ」
「まだ何も言ってない」
「どうせ俺と同じこと考えてる」
ロイドが遠い目をする。
その視線の先では、クロムが巨大な風鳴樹を引いて悠々と歩いている。
「……お気に入りのおもちゃを見つけた犬みたいだなって」
「……だよな」
「わふ?」
クロムがこちらを振り返った。
口にはロープ。その先には一本丸ごとの風鳴樹。
見た目だけなら確かに、おもちゃか棒を引っ張って遊ぶ犬である。
ただしスケールが致命的におかしい。一般的に想像される光景より五百パーセント以上拡大サイズである。
「いや……何でもないよ、よろしく頼むな」
「わふっ!」
再び前を向き、上機嫌に歩き出す。
「よし、じゃあ下りるぞ」
アステルの声に、恒一達も歩き出した。
先頭を行くクロムが風鳴樹を引き、その後ろを恒一とロイドが続く。さらにその後方をアステルとオルビスがドレッドワイバーンを下げて歩いている。
もはや何の一団なのか分からない絵面であるが、現状最も重要なのは安全に下山することだ。
往路と同じく、急な斜面や足場の崩れやすい場所は避ける。特に今は大きな荷物まであるため、アステルとオルビスは時折声を掛け合いながら、ドレッドワイバーンが岩へ引っ掛からないよう位置を調整していた。
クロムも同様、風鳴樹が引っ掛からないように、かつ恒一とロイドの歩きやすさを考慮しながら道を選んでいるのがわかる。
とはいえ、荷物が増えたからといって往路より極端に時間が掛かったわけではない。むしろ恒一とロイドも往路で道の様子を覚えた分、行きよりは幾分歩きやすく感じられた。
途中何度か休憩を挟みながら来た道を戻れば、やがて岩場が減り、斜面も緩やかになってくる。
風の鳴き声は、いつの間にか遠くなっていた。
振り返れば、鳴風渓谷はすでに山々の向こうへ隠れつつある。
「……無事に帰ってきたんだなぁ」
恒一がぽつりと呟く。
「まだ王都まで帰ってねえぞ?」
「分かってるよ。でも、目的のものはちゃんと見つかっただろ」
「ああ。……それどころか、余計なもんまで付いてきたけどな」
後ろを見る。
竜がいる。
「……本当にな」
恒一は苦笑した。
しばらくして、一行は昨日野営した近くの山裾まで戻ってきた。周囲を確認したオルビスが、少し開けた場所を指す。
「今日はあの辺りでいいだろう。昨日の水場も近い」
「賛成。んじゃ、これ置くぞー」
「気を付けろよ」
「おう」
アステルとオルビスが歩調を合わせる。
ズムン。
『見た目より実は軽いんです』などという事は無い音を立て、ドレッドワイバーンの巨体が地面へ下ろされた。
「……今更だけど、ほんとデカいな」
「これ、全部持って帰るのか?」
「うん、竜種はホンットに捨てるとこほぼ無いからなぁ」
アステルが答えながらロープを外していく。
「ただ、最低限の処理はしとかないと傷むから、ちゃっちゃとやっちまおう。オルビス、川の方でやるか?」
「ああ。その方がいい。飲み水にしている場所の近くでやるものでもないからな」
「だよな~」
「処理?」
「ん? 解体」
「ああ……」
何をするのか理解した途端、視線が自然とドレッドワイバーンへ向かう。
巨大な身体。厚い鱗。見るからに逞しい筋肉。
そしてその下には当然ながら、生き物である証が詰まっているのだろう。
「コーイチとロイドは、こっちで野営の準備してていいぞ」
アステルが笑った。
「ちっと慣れてない人には刺激強いかもだからな」
「…………」
恒一はもう一度、ドレッドワイバーンを見る。
魚を捌いたことくらいならある。
肉だって料理するし、ジビエ料理の動画だって見たことがある。
しかし、目の前にあるものはそのどちらとも規模が違う。
「……任せてもいい?」
「もちろん」
「俺もこっちの設営しとくわ。見ても手伝える気がしねえし。それに、こっちはこっちでやることあるしな」
ロイドが風鳴樹を指す。
野営の準備も勿論のこと、明日の運搬に備えて風鳴樹を大まかに切り分ける必要はあるだろう。細かな製材まではまだ必要ないが、一本丸ごと王都まで引きずって帰る理由もない。
「んじゃあ、竜は任せた」
「おう。細かくやるわけじゃないから時間はかからないし、終わったらすぐ戻るよ」
「クロ、二人を頼む」
オルビスが声を掛けると、
「わふっ」
任せろ、とでも言うような力強い返事が返った。
「じゃ、ちょっと行ってくるなー」
そう言ってアステルは、ドレッドワイバーンの尻尾を肩に担ぐ。
――ずずずずずずず。
速くはない。
が、遅くもない。
極々通常の歩行速度で、天舞う翼竜は地面を削りながら引きずられて行く。
隣を歩くオルビスの手には、いつの間にやら青い細剣が握られていた。
「……一人でもいけるんかい」
「みたいだね……」
岩陰へ消える二人を見送りながら、恒一は考えるのを止めた。
「……さてと」
頭を切り替え、袖を捲る。
「俺達もやるか」
「ああ。まず寝床からだな」
「わふっ!」
一日目に比べれば、二人の動きはずっと早かった。荷物から布と支柱を取り出し、風向きを確かめて位置を決める。クロムも意気揚々と運ぶのを手伝ってくれた。
「ロイド、こっち押さえてるから縄張っちゃって」
「おう。これくらいかな?」
「うん、多分大丈夫」
昨日アステルに教わったことを思い出しながら、二人でロープを張り、杭を打っていく。
一度経験しているだけでも違うものだ。多少途中で首を傾げる場面はあったものの、昨日より明らかに短い時間で寝床が出来上がった。
「……よし、出来たな」
二人で少し離れ、眺める。ロイドが満更でもない顔をして腕を組んだ。
「昨日よりだいぶマシじゃね?」
「ああ、少なくともすぐ倒れそうには見えないよな」
「な」
「じゃあ成長したってことで」
くつりと笑い合いながら、次は風鳴樹へ向かう。
クロムはすぐ近くへ伏せると、前脚へ顎を乗せて力を抜いた。
しかし耳だけは絶えず周囲へ向いている。恒一達が作業へ集中していても、その間の警戒は任せておけるだろう。
実に頼もしい、黒銀の護衛騎士である。
「さて、と」
ロイドが幹を見ながら腰を落とす。
「今日は本当に大まかでいいぞ。細かく追い込むのは工房に戻ってからだ」
「うん。切りすぎたら戻せないしな」
「そういうこと。運びやすくして、使えそうなところを余裕持って残す。それで十分だ」
鳴風渓谷で確認した木目を意識しながら、二人で切る位置を決めていく。
最終的に椅子四脚分、加工を試すための試験分。それに加えて、失敗した時の予備。
丸ごと一本持ってこられたおかげで、必要量を見積もっても十分過ぎる量がありそうだ。
「三等分位で良いかな?」
「ああ。下のほうは気持ち長めにしとくか。幹が太いから、今後何かに使う時に余裕があると良い」
「そうだな、了解」
印を付け、鋸を当てる。
軽く溝を付ける為に引けば、ガリッと硬く乾いた音が響いた。
「うわ、硬っ」
「だろ?」
「いや、聞いてはいたけどさ。実際やると全然違うな」
まだほんの少ししか刃を入れていないのに、恒一は思わず笑ってしまった。
「ちゃんと乾いて締まってる証拠だ。生木だったらもちっと柔らかいかもしんねぇな」
「へえ……」
「楽しそうだな、お前」
「そっちもな」
「まあな」
風鳴樹の硬さは、確かに手強い。けれど今は、それすら面白い。
初めての野営に、初めての登山。そして、初めての場所で、初めての素材採取。
「コーイチ、そっちの枝落とせるか?」
「ああ、今やるよ」
クロムがちらりとこちらを見た。
「大丈夫だぞ。これくらいなら二人で出来るから」
「わふ」
そうか、とでも言うように再び顎を前脚へ戻す。
午後の風が、山裾を吹き抜けていく。
もう、渓谷の声は聞こえない。
代わりに響くのは、二人分の話し声と、風鳴樹へ鋸を入れる乾いた音。
こうして、恒一にとって初めての素材採取は、ひとまず無事に帰路へと折り返したのだった。




