↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者召喚に巻き込まれた一般人です。~世界最強かもしれない冒険者パーティーと出会った結果、普通が何なのか分からなくなりました~  作者: 天晴/晴夜
第一幕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/102

75.風の鳴く渓谷で

 アステルが戻ってから、一行はさらに山の奥へと進んでいった。先程まで聞こえていた正体不明の魔物の声は、もうどこからも聞こえない。

 結局、何がどこまで飛んでいったのかは分からないままだ。多少気にはなったものの、わざわざ確認しに戻るほど知りたいかと問われれば、答えは否である。

 少なくとも、もうこちらへ向かって来ない。それが分かれば十分だった。

 山へ入ってから、そろそろ二時間ほど経っただろうか。標高が上がるにつれ、景色はさらに険しさを増していく。

 足元には乾いた岩肌が広がる。木々も疎らになり、吹き付ける風を遮るものはほとんどない。

 時折強い風が吹くたび、恒一は無意識に足を止めた。

「うおっ……」

「大丈夫か?」

「ああ。ちょっと風に押されただけ」

「この辺からもっと強くなるぞ。足元気を付けてな」

 先頭を行くアステルは、風など気にもしていないように歩いていく。しかし恒一達が強風に煽られそうになるたび、速度を落としているのが分かった。

 やがて道は、左右を高い岩壁に挟まれた細い場所へ入り込む。先程までは横から吹き付けることが多かった風が、今度は岩壁の間を抜けて正面から流れてきた。

「……ん?」

 ふと、恒一は足を止めた。

「どうした?」

「いや……」

 耳を澄ませる。

 風の音。

 それ自体は、ここへ来るまで何度も聞いている。

 だが今聞こえているものは、少し違った。


 ヒュウ――と、遠くで笛の音色のような、高く伸びる音がする。

 その下に、もっと低い唸り声のような響きが重なる。

 さらに別の方向から細く長い音が返ってくる。


 それはまるで、管楽器の合奏だった。

 岩壁の亀裂や穴を風が抜けるたび、それぞれ違った高さの音を生み、それらが幾重にも重なって谷の奥から流れてきているようだ。

「……何だ、この音?」

 隣にいたロイドも気付いたらしい。

 先を歩いていたアステルが振り返り、少し笑う。

「ああ」

 そして谷の奥を指差した。

「風の鳴き声――鳴風渓谷(めいふうけいこく)に到着だ」

「これが……」

 恒一はもう一度、耳を澄ませた。

 風が鳴いている。

 誰かがそう呼んだ理由を聞かなくても、すぐに分かった。

 高く、低く。

 時には遠く、時にはすぐ近く。

 姿の見えない何かが谷のあちこちで歌うように、絶えず音が響いている。

「面白いなぁ……」

「だろ? 風向きとか強さで音も結構変わるぞ」

「へえ」

 立ち止まって聞いていたくなるが、目的地は更に先だ。

 一行は鳴り続ける風の中を進んでいく。

 細い岩場を抜け、何度か斜面を回り込む。すると少しずつ、景色に変化が現れ始めた。

 岩ばかりだった斜面に、風によって土が運ばれてきたのだろうか、再び草木が増えてくる。ただし、王都周辺で見るものとは随分違う。

 太い幹に、太い根。低い位置から広がる枝葉。

 強い風に耐えるためなのか、真っ直ぐ上へ伸びるというより、岩へ根を絡ませるようにして立っているものが多い。

 そして。

「……あれか?」

 ロイドが足を止めた。その声が、先程までより僅かに低い。アステルが微笑みながら、それに頷く。

「うん。あれが風鳴樹(ふうめいじゅ)だよ」

 恒一も、その先を見る。

 一本ではない。

 岩肌の隙間に広く根を張り、斜面へ身体を預けるようにして、何本もの木が生えている。

 強風が吹くたびに枝葉が大きく揺れる。

 だが細い枝はしなやかに風を逃がし、太い幹はがっしりと佇んでいる。

「これが……風鳴樹……」

 恒一が呟く横で、ロイドは何も言わなかった。

 ただただ、目の前の光景をじっと見つめている。

「ロイド?」

「……いや」

 ようやく返事をして、それでも視線は木々へ向けたまま。

「店でさ、材になったやつなら何度も見たんだよ」

 ゆっくりと一本へ近づいていく。

「加工もした。曲げたこともある。硬いし粘るし、扱いにゃ手間掛かるけど、上手くやれば面白い形が作れる。良い材だってのは知ってた」

 幹の前で立ち止まり、手のひらを当てる。

「でも……こうやって生えてるところなんて、見たことなかった。いや、こんな場所に生えてるんだ、普通に生きてりゃ、見れる筈もない」

 強い風が吹いた。

 枝がしなる。

 葉が鳴る。

 しかし幹は岩へ根を食い込ませたまま、堂々として揺るがない。

「こんな所で生きてるんだ……。そりゃ、あんな粘り方もするよな」

 ロイドの手が、樹皮をゆっくりとなぞった。

「毎日こんなにも、風に吹かれて育ってんだもんな」

 その横で、恒一も幹へ触れてみる。

 ざらついた、少し白っぽい樹皮。当たり前だが、店で見る木材とはまるで違う。

 切られ、乾燥され、板や角材へ加工されたものではない。今も地面へ根を張り、風を受けて生きている木だ。

 頭の中に、工房で描いた椅子の形が浮かぶ。

 今まで試した木材では厚みと重さが残った部分を、もっと細く、軽く出来るかもしれない素材。

 その材料が、今、自分の目の前に生えている。

「……来て良かったな」

 気付けば、そんな言葉が口から出ていた。

「ああ」

 答えたのはロイドだった。

「これは来ねえと分かんねえわ」

 二人で木を見上げる。

 曲げたらどんな手応えなのか、乾けばどれだけ強靭なのか。そして――

(こいつで作った椅子や物は、どんな表情を見せてくれるんだろうな)

 胸の奥が、少し熱くなった。

 その少し後ろで、アステルとオルビスが顔を見合わせていた。

「二人とも、連れてきて正解だったな」

「――そのようだな」


 とはいえ、今回持ち帰るのは生木ではない。目当ては、この周辺にある自然倒木だ。

「この辺は風が強いから、倒れる木もそれなりにあるんだよ」

 アステルが斜面の先を示す。

「倒れてすぐのは駄目だけど、上手い具合に乾いたのが残ってることがある。長いこと生きてた木は特に太くてしっかりしてるから、土に還るのも遅いと思うぞ」

「じゃあ、ここからが本番だな」

 ロイドの表情が変わった。

 先程まで木々を見上げていた時とは違う。

 完全に職人の顔だ。

「よし、探そう」

 四人と一匹は、風鳴樹の群生地を歩き始めた。

 探してみれば、自然倒木そのものは思ったより早く見つかった。ただし、倒れているからといって何でも使えるわけではない。

「これは?」

 恒一が最初に見つけた一本を指差す。

 幹は十分に太く、表面もかなり乾いているように見える。

 ロイドはしゃがみ込み、樹皮の剥がれた部分を確かめた。拳で軽く叩き、さらに割れ目を指先でなぞると、首を横に振った。

「乾きは悪くねぇが、ちっと駄目だな」

「駄目?」

「ここ」

 指差された場所を見ると、表面に細い亀裂が入っている。

「表はそんなでもなさそうだけど、実際は結構奥まで割れてる。切ってみねえと正確には分からんが、他に良いのがあれば、わざわざこれを選ぶ理由はねえな」

「なるほど……」

「ま、使える部分はあるだろうから、一応キープってとこかな。次探そうぜ」

 少し進んで二本目。今度は目立った亀裂も無く、先程より状態が良い。

「お、こいつは悪くねえな」

 ロイドが断面を確認する。

「乾き方もいい。虫食いもほとんど無さそうだ」

「じゃあ有力候補?」

「ああ。覚えとこう」

「目印付けるか?」

 アステルが訊ねる。

「頼む」

「了解!」

 取り出したのは、赤く染められた麻紐だ。太めの枝に何度か巻き付け、端をしっかり結ぶ。

「さっきのやつも一応付けておこうか。今回持って帰らなくても、次来た時に俺達が持ってくよ」

「そうだな、よろしく頼むわ」

 二本目を候補として残し、さらに歩く。

 三本目は乾燥が足りずに保留、四本目は状態こそ良かったが、今回必要な部分を切り出すには木目が今ひとつだった。

「木って、こんなに見るところあるんだな」

 アステルが感心したように言う。

「家具にするならな」

 ロイドは断面から目を離さず答える。

「ただ硬くて丈夫ならいいってもんでもねえよ。どこをどう切って、どう力が掛かるかで欲しい木目も変わる。しかも今回は曲げに使うわけだからな、だったら尚更だ」

 その言葉に、恒一も頷く。ロイドの隣にしゃがみ込むと、倒木の一部を指で示した。

「足の長さはこれくらい欲しいんだけど、曲げる時寸法ギリギリだと難しいよな?」

「ああ、だったら――」

 ロイドが少し位置を変えた。

「ここから取るより、こっちだな。この流れなら曲げる方向とも喧嘩しにくいし、十分な長さがある」

「なるほど、参考になるよ」

 恒一の頭の中で、木材が椅子の脚へと変わっていく。自分が欲しい形、その形を実際の木からどう取り出すか。同じ物を見ていても、ロイドが見ているところはきっと自分とは違うだろう。

(やっぱり、一緒に来てもらって正解だったな)

 王都で話していただけでは、ここまでは分からなかった。それに、製材された木から選ぶとなれば、選択肢はずいぶん限られていたはずだ。

 そして恐らく、そう思ったのはロイドも同じで。

「……あいつらが言ってた通りだったな」

「ん?」

「現地で本職が見た方が早い、って」

「ああ、本当にそうだったな」

「まー、まさか本当に現地まで連れてこられるとは思ってなかったけどよ」

「それは俺も。――でも、悪くないよな」

「ああ、生きてる風鳴樹なんて珍しいモンも見られたし――」

 にやり、とロイドが心底楽しそうに笑う。

「何より、そこら中にあるやつから好きな木選び放題だ。問屋の在庫じゃ、こうはいかねぇ」

「っはは! それもそうだな!」

 人の手が滅多に入らないが故の、宝の山である。そこから納得するまで選べるなんて、とんでもなく贅沢だ。

「二人とも、すんごい良い顔してんな~」

「楽しそうで何よりだ」

「おう、おかげさんで無茶苦茶楽しいぞ」

「いやぁ……つい釣られてテンション上がっちゃって」

 そんなやり取りを挟みながら、さらに足を伸ばして何本かを見て回った。

 そして。

「……これだな」

 ロイドが足を止めた。

 斜面の岩へ半ば引っ掛かるようにして倒れた一本。根元を見る限り、どうやら斜面の土ごと崩れて倒れたものらしい。

 太さはこれまで見たものと大きく変わらない。

 表面は長く風へ晒され、色も少し褪せている。

 だが樹皮の剥がれた部分から覗く材は、きめ細かく詰まってしっかりしていた。

「……どう?」

「いい」

 短い答えだった。

 だが、その声には確信があった。

「乾き具合も十分。大きな割れもない。今回欲しい長さも余裕持って取れる。木目も密度も綺麗だ」

 幹へ手を置く。

「よし、こいつにしよう」

「決まり?」

「ああ」

 ロイドが恒一を見る。

「今回見つけた木の中なら、これが一番いい」

 恒一も頷いた。

 工房で何度も試し、考え、もっと適した材料があると知って。王都から一日掛けて山まで来て、さらに自分の足でここまで登ってきた。

 ようやく、使う素材が決まった。

「必要な分は?」

「椅子一脚分と……念の為、失敗する分も考えておきたいな」

「俺は初めて扱う木だから、試験用も欲しいかな」

「だったら、このくらいかな」

 二人で相談しながら切り出す範囲を決めていく。

 一本丸ごと持ち帰る必要はない。今回使う分と、加工を試すための余裕。それだけあれば十分だ。

「他の候補はどうする?」

 オルビスが訊ねると、ロイドが少し考えて答えた。

「無理しないで残しておこう。今持って帰っても使い道が決まってねえし、必要になった時にまだ残ってたなら、その時考えればいいさ」

「分かった。場所は覚えておく」

 オルビスが周囲を見渡し、アステルも先程まで見つけた候補の位置を確認する。

 その様子を見ながら、恒一はもう一度、選んだ倒木へ手を置いた。

 まだ製材するどころか、皮さえ剥いでいない原木だ。椅子になるまでには、まだまだやることが沢山ある。

 けれど今の自分には、それすらも少し楽しみなのだった。


 選定を終えた一行は、切り出し作業前に一度休憩を取ることにした。

 少し移動した先に、周囲より開けた岩場がある。

 片側には風鳴樹が点在しているが、反対側は視界が開け、鳴風渓谷の岩壁と、その向こうの空まで見渡せた。

「うわ……」

 恒一は思わず声を漏らした。

 ここまで歩いてきた時には岩壁や木々に遮られていたが、高い場所から見ると谷の広さがよく分かる。

 遠くまで連なる岩山と、その隙間を縫うように伸びる渓谷。風が吹くたび、あちらこちらから違った音が響いてくる。

「改めて見ると、凄い場所だな」

「ああ……」

 ロイドも景色を見渡して、一つ息を吐く。

「まさかこんなところまで来るとは思わなかったわ」

「俺も」

「でもお前はそのうちまた来そうだけどな」

「何で?」

「勘?」

「ええ……」

 笑いながら、恒一も荷物を下ろそうとした。

 ――その時だった。


 少し離れた場所にいたアステルの表情が変わる。

 視線が、鋭く空を射抜いた。

「……上!」

「っ!?」

 声が飛んだ瞬間。

 恒一が顔を上げるより早く、青白い光が視界を走った。

 オルビスの放(はな)った魔力剣が、青い軌跡を描いて一直線に空へ走る。

 ――ギィンッ!

 何か硬いものとぶつかる音が響き渡った、その直後。

 巨大な影が、恒一達の頭上を掠めるように通り過ぎた。

「うわっ!?」

 風圧に煽られ、恒一は咄嗟に腕で顔を庇った。

 クロムが即座に二人の前へ躍り出る。

「な、何だ!?」

 慌てて空を見上げると、岩場の上空で、大きな翼を持つ影が旋回している。

 鳥ではない。

 爪の生えた脚に、長い尾。

 鱗に覆われた身体と、大きく広げられた翼。

 その姿を見た瞬間、恒一の頭に浮かんだ言葉は一つしかなかった。

「……竜?」

 隣では、ロイドが完全に固まっている。その瞳は焦りや恐怖より先に、純粋な驚きで見開かれていた。

「――ほう、珍しい」

 驚愕するばかりの二人とは対照的に、オルビスの声はいつもと変わらない。

 次の魔力剣を傍らへ浮かべながら、旋回する巨体を見上げ、軽く腕を組んだ。

「ドレッドワイバーンか。まあまあでかいな」

「うーん……」

 アステルも同じものを見上げながら、こちらは何とも言えない顔をした。

「縄張り意識と喧嘩に脳みそ全振りしてる奴ぅ~」

「……待て」

 ロイドがようやく声を絞り出した。

「ドレッドワイバーンって、確か……下位とはいえ竜種だよな?」

「そうだな」

「うん、ご覧の通り」

「…………」

 あまりにも平然と返され、再び言葉を失う。

 上空ではドレッドワイバーンが大きく翼を打った。

 先程の魔力剣は傷を負わせるためではなく、突進の軌道を逸らすためのものだったらしい。

 怒りを露わにした咆哮が谷へ響き渡る。

「――ギャアアアアアッ――!!」

 風鳴樹の枝から鳥達が一斉に飛び立った。

 その声だけで、恒一の背筋が冷たく強張る。

 明らかに、先程アステルが追い払った何かとは違う。

 巨大な魔物。

 空を飛ぶ竜種。

 もし自分達だけでここにいたなら――考えるまでもない。

「二人とも、クロの後ろから出るなよ」

 アステルの声から、先程までの軽さが消えた。

「あ、ああ」

「分かった」

 恒一とロイドが答える。

 ドレッドワイバーンが旋回を終えた。

 翼を畳み気味にして、こちらへ向かって高度を下げる。

 逃げる気は微塵も感じられない。それどころか、先程自分の進路を妨げられたことで、完全にこちらを敵と定めたらしい。

「……やっぱ来るかぁ」

 アステルが小さく息を吐いた。

「オルビス」

「ああ」

 オルビスの周囲で、青白い魔力剣が向きを変える。


 次の瞬間、青い光が一本、再び空へ閃いた。


 狙い澄ました一閃が、ドレッドワイバーンの片翼の付け根を正確に穿つ。

「ギャアァッ!?」

 翼が大きく跳ねた。

 左右の揚力を失った巨体が傾き、飛行軌道が崩れる。残った翼をもがくようにばたつかせながら、そのまま自らの勢いと重さに引かれて落ち始めた。

「アステル」

「おう」

 交わされた言葉は、たったそれだけ。

 トン、と軽く地面を蹴って、アステルが駆け出した。

「え――」

 ロイドが声を上げるより早い。

 アステルの身体が、落下する巨体の下へ向かって飛び込んでいく。その手には、いつの間にか深紅の大剣が握られていた。


 ドレッドワイバーンが翼を激しく動かす。

 だが、もう体勢は戻らない。

 硬い鱗に覆われた胸部。

 その上に伸びる首の、顎の下。

 逆鱗とも呼ばれる、一際(ひときわ)硬い鱗。そのすぐ下――鱗の重なりが僅かに途切れる一点。


 アステルが踏み込んだ。


 それはまるで、豹がしなやかに背を反らして伸び上がるように。


 下から突き上げる大剣の切っ先と、落下するドレッドワイバーンの巨体が重なる。

 ――ズッ、と鈍い音が、一度だけした。

 大剣は喉元の柔らかな部分を貫き、その奥深くへ突き立った。

 そのまま、巨体が岩場へ崩れ落ちる。

 地面が揺れ、乾いた土埃が舞い上がった。

「…………」

 恒一は動けなかった。

 隣のロイドも同じだった。

 つい数秒前まで空を舞い、谷を震わせるほどの咆哮を上げていた竜が、目の前で倒れている。

 ドレッドワイバーンは動かない。

 アステルは大剣を握ったまま少し待ち、完全に息絶えたことを確かめる。

 それから、ゆっくりと刃を引き抜いた。

「よし」

「…………」

「…………」

 ロイドの口が開く。

「……よし、じゃねえよ」

「え?」

「竜だぞ!?」

「うん、下位竜だけどな」

「竜は竜だろ!!」

 ロイドの声が鳴風渓谷へ響いた。

 アステルがきょとんとした顔をしている後ろで、オルビスは既に周囲へ視線を走らせ、他に危険がないか確認している。

 クロムも警戒を解いたらしく、恒一達の前から退いて、すぐ横にゆるりと伏せた。

「……終わったんだな?」

「ああ」

 恒一がようやく息を吐くと、オルビスが答える。

「もう問題ない」

「そっか……」

 改めて、倒れたドレッドワイバーンを見る。

 ――流石に大きい。

 間近で見ると、空を飛んでいた時以上にそう感じさせられる。

「……凄いな」

「ん?」

「いや……ほぼ一撃?」

 目立つ傷は、ほとんどない。

 オルビスの魔力剣が穿った翼の付け根。そして、アステルが大剣を突き込んだ喉元。たったそれだけだ。

 先程の戦いを思い返す。

 最初の一撃は、自分達へ向かってきた突進を逸らしただけ。二度目で翼を落とし、最後は喉元へ一撃。

「……最初から、あそこを狙ってたのか?」

 恒一が訊ねる。

「ん? 喉?」

「ああ」

「うん、あそこが一番早いから」

 アステルは何でもないことのように答えた。

「早く倒せるから?」

「んー、それもあるけど」

 少し考えてから、倒れたドレッドワイバーンへ目を向ける。

「逃げてくれないなら、倒すしかないだろ?」

「うん」

「だったら、なるべく一発で終わらせてやった方がいい」

「……ああ」

 単に彼等が強いから、簡単に倒した結果ではない。倒せるだけの力があるからこそ、余計なことをしなかったのだ。

 追い払える相手なら、追い払う。それで済まないなら、倒す。

 そして倒すと決めたなら、必要以上に苦しませないこと。それが彼等の流儀なのだ。

「……うん、そっか」

 恒一は小さく頷いた。

 その横でロイドも、しばらく黙ってドレッドワイバーンを見つめていた。

「……で。これ、どうすんだ?」

「んあ~……」

 アステルが瞬きをして、隣のオルビスを見やる。

「まぁ狩った以上は、ちゃんと持って帰るか」

「そうだな。状態も良いし、放置するには惜しい」

「やっぱりこういうのって、素材になるの?」

 恒一が尋ねれば、アステルはしゃがみ込みながら笑って答えた。

「もちろんなるぞ。鱗も鎧や矢じりによく使われてるし、あと分かりやすいのは牙とか爪とかな」

「あとは革もだな。ワイバーン種のものは薄くて伸縮性があるから、軽鎧や服飾にもよく使われる」

「かわ……」

 オルビスの言葉に、恒一の頭の中へ、王都にいる一人の革職人の顔が浮かぶ。

「……ちょっとばかし突進してきそうな人と、最近知り合いになった気がするなぁ」

「あー……」

 アステルが、少しだけ遠い目をした。

 そして。

「……ていうか、木を採りに来たんだよな、俺達」

「そうだな」

 ロイドと二人、目の前に横たわる竜を見る。

「なんで竜の革まで持って帰る話になってんだ?」

「……偶然?」

「偶然で済ませていいのか、これ」

「うーん……審議……」


 谷を吹き抜ける風が、近く遠く鳴いている。

 その音を聞きながら、恒一はぼんやりと思う。


 あんまり深く考えるのは、今はやめておこう……と――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。