75.風の鳴く渓谷で
アステルが戻ってから、一行はさらに山の奥へと進んでいった。先程まで聞こえていた正体不明の魔物の声は、もうどこからも聞こえない。
結局、何がどこまで飛んでいったのかは分からないままだ。多少気にはなったものの、わざわざ確認しに戻るほど知りたいかと問われれば、答えは否である。
少なくとも、もうこちらへ向かって来ない。それが分かれば十分だった。
山へ入ってから、そろそろ二時間ほど経っただろうか。標高が上がるにつれ、景色はさらに険しさを増していく。
足元には乾いた岩肌が広がる。木々も疎らになり、吹き付ける風を遮るものはほとんどない。
時折強い風が吹くたび、恒一は無意識に足を止めた。
「うおっ……」
「大丈夫か?」
「ああ。ちょっと風に押されただけ」
「この辺からもっと強くなるぞ。足元気を付けてな」
先頭を行くアステルは、風など気にもしていないように歩いていく。しかし恒一達が強風に煽られそうになるたび、速度を落としているのが分かった。
やがて道は、左右を高い岩壁に挟まれた細い場所へ入り込む。先程までは横から吹き付けることが多かった風が、今度は岩壁の間を抜けて正面から流れてきた。
「……ん?」
ふと、恒一は足を止めた。
「どうした?」
「いや……」
耳を澄ませる。
風の音。
それ自体は、ここへ来るまで何度も聞いている。
だが今聞こえているものは、少し違った。
ヒュウ――と、遠くで笛の音色のような、高く伸びる音がする。
その下に、もっと低い唸り声のような響きが重なる。
さらに別の方向から細く長い音が返ってくる。
それはまるで、管楽器の合奏だった。
岩壁の亀裂や穴を風が抜けるたび、それぞれ違った高さの音を生み、それらが幾重にも重なって谷の奥から流れてきているようだ。
「……何だ、この音?」
隣にいたロイドも気付いたらしい。
先を歩いていたアステルが振り返り、少し笑う。
「ああ」
そして谷の奥を指差した。
「風の鳴き声――鳴風渓谷に到着だ」
「これが……」
恒一はもう一度、耳を澄ませた。
風が鳴いている。
誰かがそう呼んだ理由を聞かなくても、すぐに分かった。
高く、低く。
時には遠く、時にはすぐ近く。
姿の見えない何かが谷のあちこちで歌うように、絶えず音が響いている。
「面白いなぁ……」
「だろ? 風向きとか強さで音も結構変わるぞ」
「へえ」
立ち止まって聞いていたくなるが、目的地は更に先だ。
一行は鳴り続ける風の中を進んでいく。
細い岩場を抜け、何度か斜面を回り込む。すると少しずつ、景色に変化が現れ始めた。
岩ばかりだった斜面に、風によって土が運ばれてきたのだろうか、再び草木が増えてくる。ただし、王都周辺で見るものとは随分違う。
太い幹に、太い根。低い位置から広がる枝葉。
強い風に耐えるためなのか、真っ直ぐ上へ伸びるというより、岩へ根を絡ませるようにして立っているものが多い。
そして。
「……あれか?」
ロイドが足を止めた。その声が、先程までより僅かに低い。アステルが微笑みながら、それに頷く。
「うん。あれが風鳴樹だよ」
恒一も、その先を見る。
一本ではない。
岩肌の隙間に広く根を張り、斜面へ身体を預けるようにして、何本もの木が生えている。
強風が吹くたびに枝葉が大きく揺れる。
だが細い枝はしなやかに風を逃がし、太い幹はがっしりと佇んでいる。
「これが……風鳴樹……」
恒一が呟く横で、ロイドは何も言わなかった。
ただただ、目の前の光景をじっと見つめている。
「ロイド?」
「……いや」
ようやく返事をして、それでも視線は木々へ向けたまま。
「店でさ、材になったやつなら何度も見たんだよ」
ゆっくりと一本へ近づいていく。
「加工もした。曲げたこともある。硬いし粘るし、扱いにゃ手間掛かるけど、上手くやれば面白い形が作れる。良い材だってのは知ってた」
幹の前で立ち止まり、手のひらを当てる。
「でも……こうやって生えてるところなんて、見たことなかった。いや、こんな場所に生えてるんだ、普通に生きてりゃ、見れる筈もない」
強い風が吹いた。
枝がしなる。
葉が鳴る。
しかし幹は岩へ根を食い込ませたまま、堂々として揺るがない。
「こんな所で生きてるんだ……。そりゃ、あんな粘り方もするよな」
ロイドの手が、樹皮をゆっくりとなぞった。
「毎日こんなにも、風に吹かれて育ってんだもんな」
その横で、恒一も幹へ触れてみる。
ざらついた、少し白っぽい樹皮。当たり前だが、店で見る木材とはまるで違う。
切られ、乾燥され、板や角材へ加工されたものではない。今も地面へ根を張り、風を受けて生きている木だ。
頭の中に、工房で描いた椅子の形が浮かぶ。
今まで試した木材では厚みと重さが残った部分を、もっと細く、軽く出来るかもしれない素材。
その材料が、今、自分の目の前に生えている。
「……来て良かったな」
気付けば、そんな言葉が口から出ていた。
「ああ」
答えたのはロイドだった。
「これは来ねえと分かんねえわ」
二人で木を見上げる。
曲げたらどんな手応えなのか、乾けばどれだけ強靭なのか。そして――
(こいつで作った椅子や物は、どんな表情を見せてくれるんだろうな)
胸の奥が、少し熱くなった。
その少し後ろで、アステルとオルビスが顔を見合わせていた。
「二人とも、連れてきて正解だったな」
「――そのようだな」
とはいえ、今回持ち帰るのは生木ではない。目当ては、この周辺にある自然倒木だ。
「この辺は風が強いから、倒れる木もそれなりにあるんだよ」
アステルが斜面の先を示す。
「倒れてすぐのは駄目だけど、上手い具合に乾いたのが残ってることがある。長いこと生きてた木は特に太くてしっかりしてるから、土に還るのも遅いと思うぞ」
「じゃあ、ここからが本番だな」
ロイドの表情が変わった。
先程まで木々を見上げていた時とは違う。
完全に職人の顔だ。
「よし、探そう」
四人と一匹は、風鳴樹の群生地を歩き始めた。
探してみれば、自然倒木そのものは思ったより早く見つかった。ただし、倒れているからといって何でも使えるわけではない。
「これは?」
恒一が最初に見つけた一本を指差す。
幹は十分に太く、表面もかなり乾いているように見える。
ロイドはしゃがみ込み、樹皮の剥がれた部分を確かめた。拳で軽く叩き、さらに割れ目を指先でなぞると、首を横に振った。
「乾きは悪くねぇが、ちっと駄目だな」
「駄目?」
「ここ」
指差された場所を見ると、表面に細い亀裂が入っている。
「表はそんなでもなさそうだけど、実際は結構奥まで割れてる。切ってみねえと正確には分からんが、他に良いのがあれば、わざわざこれを選ぶ理由はねえな」
「なるほど……」
「ま、使える部分はあるだろうから、一応キープってとこかな。次探そうぜ」
少し進んで二本目。今度は目立った亀裂も無く、先程より状態が良い。
「お、こいつは悪くねえな」
ロイドが断面を確認する。
「乾き方もいい。虫食いもほとんど無さそうだ」
「じゃあ有力候補?」
「ああ。覚えとこう」
「目印付けるか?」
アステルが訊ねる。
「頼む」
「了解!」
取り出したのは、赤く染められた麻紐だ。太めの枝に何度か巻き付け、端をしっかり結ぶ。
「さっきのやつも一応付けておこうか。今回持って帰らなくても、次来た時に俺達が持ってくよ」
「そうだな、よろしく頼むわ」
二本目を候補として残し、さらに歩く。
三本目は乾燥が足りずに保留、四本目は状態こそ良かったが、今回必要な部分を切り出すには木目が今ひとつだった。
「木って、こんなに見るところあるんだな」
アステルが感心したように言う。
「家具にするならな」
ロイドは断面から目を離さず答える。
「ただ硬くて丈夫ならいいってもんでもねえよ。どこをどう切って、どう力が掛かるかで欲しい木目も変わる。しかも今回は曲げに使うわけだからな、だったら尚更だ」
その言葉に、恒一も頷く。ロイドの隣にしゃがみ込むと、倒木の一部を指で示した。
「足の長さはこれくらい欲しいんだけど、曲げる時寸法ギリギリだと難しいよな?」
「ああ、だったら――」
ロイドが少し位置を変えた。
「ここから取るより、こっちだな。この流れなら曲げる方向とも喧嘩しにくいし、十分な長さがある」
「なるほど、参考になるよ」
恒一の頭の中で、木材が椅子の脚へと変わっていく。自分が欲しい形、その形を実際の木からどう取り出すか。同じ物を見ていても、ロイドが見ているところはきっと自分とは違うだろう。
(やっぱり、一緒に来てもらって正解だったな)
王都で話していただけでは、ここまでは分からなかった。それに、製材された木から選ぶとなれば、選択肢はずいぶん限られていたはずだ。
そして恐らく、そう思ったのはロイドも同じで。
「……あいつらが言ってた通りだったな」
「ん?」
「現地で本職が見た方が早い、って」
「ああ、本当にそうだったな」
「まー、まさか本当に現地まで連れてこられるとは思ってなかったけどよ」
「それは俺も。――でも、悪くないよな」
「ああ、生きてる風鳴樹なんて珍しいモンも見られたし――」
にやり、とロイドが心底楽しそうに笑う。
「何より、そこら中にあるやつから好きな木選び放題だ。問屋の在庫じゃ、こうはいかねぇ」
「っはは! それもそうだな!」
人の手が滅多に入らないが故の、宝の山である。そこから納得するまで選べるなんて、とんでもなく贅沢だ。
「二人とも、すんごい良い顔してんな~」
「楽しそうで何よりだ」
「おう、おかげさんで無茶苦茶楽しいぞ」
「いやぁ……つい釣られてテンション上がっちゃって」
そんなやり取りを挟みながら、さらに足を伸ばして何本かを見て回った。
そして。
「……これだな」
ロイドが足を止めた。
斜面の岩へ半ば引っ掛かるようにして倒れた一本。根元を見る限り、どうやら斜面の土ごと崩れて倒れたものらしい。
太さはこれまで見たものと大きく変わらない。
表面は長く風へ晒され、色も少し褪せている。
だが樹皮の剥がれた部分から覗く材は、きめ細かく詰まってしっかりしていた。
「……どう?」
「いい」
短い答えだった。
だが、その声には確信があった。
「乾き具合も十分。大きな割れもない。今回欲しい長さも余裕持って取れる。木目も密度も綺麗だ」
幹へ手を置く。
「よし、こいつにしよう」
「決まり?」
「ああ」
ロイドが恒一を見る。
「今回見つけた木の中なら、これが一番いい」
恒一も頷いた。
工房で何度も試し、考え、もっと適した材料があると知って。王都から一日掛けて山まで来て、さらに自分の足でここまで登ってきた。
ようやく、使う素材が決まった。
「必要な分は?」
「椅子一脚分と……念の為、失敗する分も考えておきたいな」
「俺は初めて扱う木だから、試験用も欲しいかな」
「だったら、このくらいかな」
二人で相談しながら切り出す範囲を決めていく。
一本丸ごと持ち帰る必要はない。今回使う分と、加工を試すための余裕。それだけあれば十分だ。
「他の候補はどうする?」
オルビスが訊ねると、ロイドが少し考えて答えた。
「無理しないで残しておこう。今持って帰っても使い道が決まってねえし、必要になった時にまだ残ってたなら、その時考えればいいさ」
「分かった。場所は覚えておく」
オルビスが周囲を見渡し、アステルも先程まで見つけた候補の位置を確認する。
その様子を見ながら、恒一はもう一度、選んだ倒木へ手を置いた。
まだ製材するどころか、皮さえ剥いでいない原木だ。椅子になるまでには、まだまだやることが沢山ある。
けれど今の自分には、それすらも少し楽しみなのだった。
選定を終えた一行は、切り出し作業前に一度休憩を取ることにした。
少し移動した先に、周囲より開けた岩場がある。
片側には風鳴樹が点在しているが、反対側は視界が開け、鳴風渓谷の岩壁と、その向こうの空まで見渡せた。
「うわ……」
恒一は思わず声を漏らした。
ここまで歩いてきた時には岩壁や木々に遮られていたが、高い場所から見ると谷の広さがよく分かる。
遠くまで連なる岩山と、その隙間を縫うように伸びる渓谷。風が吹くたび、あちらこちらから違った音が響いてくる。
「改めて見ると、凄い場所だな」
「ああ……」
ロイドも景色を見渡して、一つ息を吐く。
「まさかこんなところまで来るとは思わなかったわ」
「俺も」
「でもお前はそのうちまた来そうだけどな」
「何で?」
「勘?」
「ええ……」
笑いながら、恒一も荷物を下ろそうとした。
――その時だった。
少し離れた場所にいたアステルの表情が変わる。
視線が、鋭く空を射抜いた。
「……上!」
「っ!?」
声が飛んだ瞬間。
恒一が顔を上げるより早く、青白い光が視界を走った。
オルビスの放った魔力剣が、青い軌跡を描いて一直線に空へ走る。
――ギィンッ!
何か硬いものとぶつかる音が響き渡った、その直後。
巨大な影が、恒一達の頭上を掠めるように通り過ぎた。
「うわっ!?」
風圧に煽られ、恒一は咄嗟に腕で顔を庇った。
クロムが即座に二人の前へ躍り出る。
「な、何だ!?」
慌てて空を見上げると、岩場の上空で、大きな翼を持つ影が旋回している。
鳥ではない。
爪の生えた脚に、長い尾。
鱗に覆われた身体と、大きく広げられた翼。
その姿を見た瞬間、恒一の頭に浮かんだ言葉は一つしかなかった。
「……竜?」
隣では、ロイドが完全に固まっている。その瞳は焦りや恐怖より先に、純粋な驚きで見開かれていた。
「――ほう、珍しい」
驚愕するばかりの二人とは対照的に、オルビスの声はいつもと変わらない。
次の魔力剣を傍らへ浮かべながら、旋回する巨体を見上げ、軽く腕を組んだ。
「ドレッドワイバーンか。まあまあでかいな」
「うーん……」
アステルも同じものを見上げながら、こちらは何とも言えない顔をした。
「縄張り意識と喧嘩に脳みそ全振りしてる奴ぅ~」
「……待て」
ロイドがようやく声を絞り出した。
「ドレッドワイバーンって、確か……下位とはいえ竜種だよな?」
「そうだな」
「うん、ご覧の通り」
「…………」
あまりにも平然と返され、再び言葉を失う。
上空ではドレッドワイバーンが大きく翼を打った。
先程の魔力剣は傷を負わせるためではなく、突進の軌道を逸らすためのものだったらしい。
怒りを露わにした咆哮が谷へ響き渡る。
「――ギャアアアアアッ――!!」
風鳴樹の枝から鳥達が一斉に飛び立った。
その声だけで、恒一の背筋が冷たく強張る。
明らかに、先程アステルが追い払った何かとは違う。
巨大な魔物。
空を飛ぶ竜種。
もし自分達だけでここにいたなら――考えるまでもない。
「二人とも、クロの後ろから出るなよ」
アステルの声から、先程までの軽さが消えた。
「あ、ああ」
「分かった」
恒一とロイドが答える。
ドレッドワイバーンが旋回を終えた。
翼を畳み気味にして、こちらへ向かって高度を下げる。
逃げる気は微塵も感じられない。それどころか、先程自分の進路を妨げられたことで、完全にこちらを敵と定めたらしい。
「……やっぱ来るかぁ」
アステルが小さく息を吐いた。
「オルビス」
「ああ」
オルビスの周囲で、青白い魔力剣が向きを変える。
次の瞬間、青い光が一本、再び空へ閃いた。
狙い澄ました一閃が、ドレッドワイバーンの片翼の付け根を正確に穿つ。
「ギャアァッ!?」
翼が大きく跳ねた。
左右の揚力を失った巨体が傾き、飛行軌道が崩れる。残った翼をもがくようにばたつかせながら、そのまま自らの勢いと重さに引かれて落ち始めた。
「アステル」
「おう」
交わされた言葉は、たったそれだけ。
トン、と軽く地面を蹴って、アステルが駆け出した。
「え――」
ロイドが声を上げるより早い。
アステルの身体が、落下する巨体の下へ向かって飛び込んでいく。その手には、いつの間にか深紅の大剣が握られていた。
ドレッドワイバーンが翼を激しく動かす。
だが、もう体勢は戻らない。
硬い鱗に覆われた胸部。
その上に伸びる首の、顎の下。
逆鱗とも呼ばれる、一際硬い鱗。そのすぐ下――鱗の重なりが僅かに途切れる一点。
アステルが踏み込んだ。
それはまるで、豹がしなやかに背を反らして伸び上がるように。
下から突き上げる大剣の切っ先と、落下するドレッドワイバーンの巨体が重なる。
――ズッ、と鈍い音が、一度だけした。
大剣は喉元の柔らかな部分を貫き、その奥深くへ突き立った。
そのまま、巨体が岩場へ崩れ落ちる。
地面が揺れ、乾いた土埃が舞い上がった。
「…………」
恒一は動けなかった。
隣のロイドも同じだった。
つい数秒前まで空を舞い、谷を震わせるほどの咆哮を上げていた竜が、目の前で倒れている。
ドレッドワイバーンは動かない。
アステルは大剣を握ったまま少し待ち、完全に息絶えたことを確かめる。
それから、ゆっくりと刃を引き抜いた。
「よし」
「…………」
「…………」
ロイドの口が開く。
「……よし、じゃねえよ」
「え?」
「竜だぞ!?」
「うん、下位竜だけどな」
「竜は竜だろ!!」
ロイドの声が鳴風渓谷へ響いた。
アステルがきょとんとした顔をしている後ろで、オルビスは既に周囲へ視線を走らせ、他に危険がないか確認している。
クロムも警戒を解いたらしく、恒一達の前から退いて、すぐ横にゆるりと伏せた。
「……終わったんだな?」
「ああ」
恒一がようやく息を吐くと、オルビスが答える。
「もう問題ない」
「そっか……」
改めて、倒れたドレッドワイバーンを見る。
――流石に大きい。
間近で見ると、空を飛んでいた時以上にそう感じさせられる。
「……凄いな」
「ん?」
「いや……ほぼ一撃?」
目立つ傷は、ほとんどない。
オルビスの魔力剣が穿った翼の付け根。そして、アステルが大剣を突き込んだ喉元。たったそれだけだ。
先程の戦いを思い返す。
最初の一撃は、自分達へ向かってきた突進を逸らしただけ。二度目で翼を落とし、最後は喉元へ一撃。
「……最初から、あそこを狙ってたのか?」
恒一が訊ねる。
「ん? 喉?」
「ああ」
「うん、あそこが一番早いから」
アステルは何でもないことのように答えた。
「早く倒せるから?」
「んー、それもあるけど」
少し考えてから、倒れたドレッドワイバーンへ目を向ける。
「逃げてくれないなら、倒すしかないだろ?」
「うん」
「だったら、なるべく一発で終わらせてやった方がいい」
「……ああ」
単に彼等が強いから、簡単に倒した結果ではない。倒せるだけの力があるからこそ、余計なことをしなかったのだ。
追い払える相手なら、追い払う。それで済まないなら、倒す。
そして倒すと決めたなら、必要以上に苦しませないこと。それが彼等の流儀なのだ。
「……うん、そっか」
恒一は小さく頷いた。
その横でロイドも、しばらく黙ってドレッドワイバーンを見つめていた。
「……で。これ、どうすんだ?」
「んあ~……」
アステルが瞬きをして、隣のオルビスを見やる。
「まぁ狩った以上は、ちゃんと持って帰るか」
「そうだな。状態も良いし、放置するには惜しい」
「やっぱりこういうのって、素材になるの?」
恒一が尋ねれば、アステルはしゃがみ込みながら笑って答えた。
「もちろんなるぞ。鱗も鎧や矢じりによく使われてるし、あと分かりやすいのは牙とか爪とかな」
「あとは革もだな。ワイバーン種のものは薄くて伸縮性があるから、軽鎧や服飾にもよく使われる」
「かわ……」
オルビスの言葉に、恒一の頭の中へ、王都にいる一人の革職人の顔が浮かぶ。
「……ちょっとばかし突進してきそうな人と、最近知り合いになった気がするなぁ」
「あー……」
アステルが、少しだけ遠い目をした。
そして。
「……ていうか、木を採りに来たんだよな、俺達」
「そうだな」
ロイドと二人、目の前に横たわる竜を見る。
「なんで竜の革まで持って帰る話になってんだ?」
「……偶然?」
「偶然で済ませていいのか、これ」
「うーん……審議……」
谷を吹き抜ける風が、近く遠く鳴いている。
その音を聞きながら、恒一はぼんやりと思う。
あんまり深く考えるのは、今はやめておこう……と――。




