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勇者召喚に巻き込まれた一般人です。~世界最強かもしれない冒険者パーティーと出会った結果、普通が何なのか分からなくなりました~  作者: 天晴/晴夜
第一幕

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74/102

74.冒険者の歩き方。

 グラナード山地へ入ってからも、しばらくの間はクロムの背に乗ったまま進むことが出来た。

 街道と呼べるものはとうに途切れていたが、山裾はまだ傾斜も緩く、低い草と乾いた土の間から大小の岩が顔を覗かせている程度だ。

 だが、進むにつれて緑は徐々に減り、地面を覆う白茶けた岩と土が多く見えはじめる。吹き抜ける風も遮るものがなくなったせいか、時折身体を押されるほど強く吹き付けてきた。

「うし、この辺から歩こうか」

 やがて前方を見ていたアステルがそう言うと、クロムも心得たように足を止める。

「この先は岩が増えるからな。クロなら平気でも、乗ったままだと俺達の方が危ない」

「なるほど、了解」

 順番にクロムの背から降りると、恒一は改めて前方を見上げた。

 この先は、確かに先程までとは様子が違うように見える。大きな岩がそこかしこに転がり、地面には剥き出しになった岩盤も増えているようだ。その間を縫うように細い獣道らしきものが続いているが、それがどこまで繋がっているのかは分からない。

「じゃ、こっからは足元気を付けてな。無理そうなところあったらすぐ言って」

「ああ」

「分かった」

「わふっ」

「クロは大丈夫だろ」

「わふ」

 心なしか不満そうな声を上げたクロムに笑いながら、一行は再び歩き始めた。

 先頭はアステル。その少し後ろを恒一とロイドが続き、オルビスとクロムが後方を歩く。

 実際に歩き始めてみると、進み方は思っていたよりずっと慎重だった。

 アステルなら軽々と飛び越えられそうな岩場でも、恒一達が登りにくそうなら脇へ回る。急な斜面があれば無理に下りず、多少遠回りになっても傾斜の緩い場所を探す。

「なあ、あっちから行った方が近くないか?」

 しばらくして、ロイドが斜め前方を指差した。

 岩の間を抜ける細い下り坂があり、その先には進行方向へ続く平坦な場所が見えている。

「近いのは近いけど」

 アステルは一度そちらへ目を向けただけで、すぐ首を横に振った。

「あそこ下りたら、その先でもう一回登らないと駄目だ。足場も崩れやすいし、こっちから回った方が歩く距離は多少増えるけど楽だぞ」

「あ、そうなのか」

「うん。それに、帰りは荷物増えるだろうしな」

「ああ……そりゃそうか」

 そもそも採取目的で来ているのだから、言われてみれば当然である。だが、恒一も地形を見ただけではそこまで考えが至らなかった。

 目的地へ最短距離で向かうことだけが正解ではないのだ。帰りの状況や荷物まで含め、通りやすい道を選ぶ。

(こういうところなんだろうな。経験って)

 派手な魔法や戦闘とはまるで関係がない。それでも、知らなければ余計な体力を使い、場合によっては怪我へ繋がるだろう。

 冒険者として生きてきた双子が持っているものは、単純な強さだけではないのだ。

 そんなことを考えながら進んでいると、不意にアステルが足を止めた。道の脇にある、人の胸ほどの高さの岩へ近づいていく。

「ん?」

 何をするのかと見ていると、アステルは足元から白っぽい小石を一つ拾い上げた。

 そして。

 ――カツッ。

 岩肌を引っ掻く。

 更にもう一度。

 カツ、カツッ。

「何してるんだ?」

 ロイドが訊ねる。

「ん? 目印」

 答えながら、アステルは最後に短い線を一本加えた。

 近づいて見てみると、刻まれているのは単なる傷ではなかった。数本の線を組み合わせた簡単な記号が、黒っぽい岩肌の上へ白く残っている。

「目印?」

「そ。進んだ方向を残してるんだ」

「道、分かってるんじゃないの?」

 恒一が訊ねると、アステルは頷いた。

「大体はな。でも今日はコーイチとロイドもいるから、念の為」

「あ、俺達がはぐれた時のため?」

「それもある。あとは帰りに天気が崩れたり、別の道を通ることになった時とかに参考にしたりな。山ん中は何があるか分かんないからさ」

「なるほど」

「この印なら、俺達じゃなくても分かるぞ。冒険者なら大抵駆け出しの頃に習うから」

 アステルが指先で記号を示す。

「これは進行方向。こっちに線を足すと水場があるって意味になって、こっちは危険あり。何種類かあるけど、基本のやつは簡単だよ」

「へえ……」

 恒一は改めて白い印を見る。所謂フィールドサインというやつだ。もっと複雑なものかと思っていたが、言われてみれば驚くほど単純だ。

「こういうのって、もっと特殊な記号を使うのかと思ってた」

「特殊すぎたら困るだろ? だって、誰が見てもすぐ分からなきゃ意味ないじゃん」

「ああ、そっか」

 覚えやすく単純で、使う時には迷わない。必要な機能を、必要なだけ満たすのが重要なのだ。

「それに、印付けるのに専用の道具が必要、とかなったら面倒だろ? こういう石ならその辺にあるので十分だしな。消えかけてたら、後から通った冒険者が付け直したりもするぞ」

「知らない人が付けたのも?」

「うん、同じ山に入ってる奴同士だし、そこはお互い様さ」

 何でもないことのように言って、アステルは再び歩き出した。

 岩に残された小さな白い印。それは決して目立つものではない。

 けれど危険な場所を行き来する者達が、いつからともなく残し、受け継いできた知恵なのだろう。

 恒一はもう一度振り返ってその形を覚えてから、皆の後を追った。


 それからしばらく、似たような道が続いた。

 岩を登り、斜面を回り、時折立ち止まっては進む方向を確認する。

 歩くこと自体は大変だが、休憩を挟みながら進んでいるため、まだ余裕はある。

 そしてもう一つ、恒一には少し意外に思っていることがあった。

「……思ったより、何も出ないな」

「何が?」

「魔物」

 アステルが振り返る。

「グラナード山地って、魔物もいるから余計に一般人は滅多に入らないって言ってただろ? だから、もっとこう……頻繁に襲われるのかと思ってた」

「ああ、それ俺も思った。さっきから鳥とか小さい獣は見掛けるけどよ。魔物らしいのは全然だよな」

 生き物がいないわけではない。実際もう何度か、岩陰からこちらを窺っていた小動物が走り去ったこともあれば、頭上を鳥の群れが横切ったこともある。

 遠くの斜面に、明らかに普通の獣とは違う大きさの影を見掛けたことさえあった。

 だが、どれもこちらへ近づいてくる気配は無い。

「ああ、そりゃまあ……」

 アステルが後ろを振り返った。

 その視線の先には、のんびりと歩いているクロムがいる。

「クロがいるからな」

「わふ?」

「クロが?」

「うん。本能的に分かる奴なら、そもそもまず近寄って来ない。魔物だって死にたかないだろうしな」

 アステルの言葉に、オルビスが続ける。

「ある程度の知能を持つものも同様だ。己との力量差を判断出来るなら、わざわざ戦う理由はないと判断するだろう」

「……つまり」

 恒一はクロムを見る。

 当の本人――本狼は何のことだと言わんばかりに首を傾げている。

「クロが歩いてるだけで、大抵の魔物が避けてる、と」

「まあ、そうなるな」

「わふっ」

 どうだと言わんばかりに一声鳴くと、クロムは少し胸を張ったように見えた。

「改めて考えると、お前すげえんだな……」

「わふっ!」

 ロイドに褒められ、今度こそ明らかに得意げに尻尾が上がる様子に、恒一は思わず笑った。

「じゃあ、頭が良い魔物ほど襲ってこないってこと?」

「大体はな。後は、頭良くなくても勘が良いやつ」

 アステルが答える。

「ただなぁ……その中間がちと厄介っつーか」

「中間?」

「うん」

 その時だった。


 ォォォォオオ――。


 遠くから、低い吠え声が響いた。

 風に混じり、岩山のどこかから届く。

 恒一とロイドが同時に顔を上げた。

「……今の?」

「あー……多分そうだな」

 アステルはさして驚いた様子もなく、声のした方へ目を向ける。後ろで、オルビスが小さくため息をついた。

「本能だけで動く獣よりは、ある程度知性も力もあるのだが……」

 ――ズン。

 足の裏へ、微かな振動が伝わった。

「……何か近付いて来てない?」

「近付いて来てるなぁ」

「やっぱり?」

 さらに。

 ミシッ――バキバキッ!

 今度は何か太いものが折れる音。

 先程より明らかにハッキリとした気配に、ロイドの顔が引きつる。

「……で、その中間ってのは、結局?」

「残念ながら」

 オルビスが肩を竦めた。

「力量差を考えるより先に、喧嘩っ早さの方が出てしまう程度の頭の奴だな」

「それ一番面倒なやつじゃねえか!」

「そうなんだよなぁ」

 言いながら、アステルは背負っていた荷物の位置を軽く直した。

「んじゃ、行ってくる」

「え?」

「ああ」

 オルビスはそれだけで意味を理解したらしい。

「先に進んでいるぞ」

「ほーい」

 ひらりと片手を振ると、アステルはまるで忘れ物を取りに戻るかのような気軽さで、吠え声の聞こえた方へ歩いていってしまった。

「…………」

 その背中を見送り、ロイドが瞬きをする。

「……先、行っていいのか?」

「構わん」

「いや、何か明らかにデカそうなの来てるんだけど」

「ああ、だからアステルが行っただろう」

「そういう意味じゃなくてな?」

 オルビスはすでに歩き出している。

 クロムも特に気にする様子はなく、恒一とロイドを促すかのようにフスンと鼻を鳴らした。

 恒一は一度だけアステルの消えていった方を振り返る。

 怖くないわけではない。

 あの吠え声も、地面へ伝わった振動も、木をへし折ったらしい音も、自分一人なら間違いなく即座に逃げるべきものだ。

 ――けれど。

「……行こうか」

「コーイチ!?」

「いや、アステルが大丈夫って判断したなら、多分大丈夫なんだろう」

「お前、順応早すぎねえ?」

「でもここで待ってたら、むしろ後から怒られそうだし……」

「それは……まあ、そうかもしれねえけどよ……」

 納得しきれない顔をしながらも、ロイドも続いて歩き出した。

 それから数分後、何度目かの岩場を回り込んだところで。

 ――ドゴォンッ!!

「っ!?」

 背後の山肌から、腹へ響くような重い音が轟いた。

 一瞬遅れて、遠くの岩陰から鳥の群れが一斉に飛び立っていく。

 恒一とロイドは揃って足を止めた。

「…………」

「…………」

 オルビスだけが振り返りもせず、平然と呟く。

「終わったようだな」

「今ので!?」

 ロイドの声が山に響いた。

 やがて再び歩き始めてしばらくすると、後ろから軽い足音が少し早足に近づいてくる。

「ただいま~」

 振り返れば、アステルが片手を上げながら追いついてきていた。服の裾が少し土埃で汚れている以外、出ていった時と何も変わらない。

「お待たせ」

「…………なあ」

「ん?」

「さっき、何した?」

 ロイドが恐る恐る訊ねる。

「ああ、あれ?」

 アステルは何でもないことのように答えた。

「ちょっと遠くに行ってもらった」

「……どうやって?」

「ぶん投げた」

「何を?」

「お呼びでないお客様?」

「…………」

 ロイドが黙った。

 恒一も黙った。

 クロムだけが何処か楽しそうに、

「わふっ」

 と鳴いた。

 何がぶん投げられたのか。

 一体どこまでお帰りいただいたのか。

 恒一は少しだけ考えて――今は聞かないことにした。

 グラナード山地へ入って、まだそれほど経っていない。それでもすでに、自分がこれまで知らなかった「冒険者の日常」を、随分たくさん見せられている気がする。


――果たして、この二人の基準が一般的なのかは別として。

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