↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者召喚に巻き込まれた一般人です。~世界最強かもしれない冒険者パーティーと出会った結果、普通が何なのか分からなくなりました~  作者: 天晴/晴夜
第一幕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
71/102

71.~幕間~ こねこねこのこ。

番外編です。

 これは、恒一達がグラナード山地へ旅立つ、およそ一月前。

 王都での暮らしにもすっかり慣れ、双子と共に街を歩くことも珍しくなくなってきた頃のお話。


◇◇◇


 とある良く晴れた、週末の午後。恒一はオルビス、アステルと共に王都の大通りを歩いていた。

 特に急ぐ用事があるわけでもない。いくつかの店を覗き、必要な物を買いながら、のんびりと街を回っているところだった。

 後ろからはゆったりとクロムも一緒についてきている。その巨体は相変わらず人目を引くものの、最近ではこの辺りを歩く姿もすっかりお馴染みで、驚くのは外から来た人間くらいのものである。

「次はどうする?」

「俺は特にないかな。コーイチは?」

「俺も買いたかった物は買ったし……」

 手にした包みを確認しながら答えた、その時だった。

「あら、アステル君?」

 通りの向こうから、女性の声が飛んできた。

「ん?」

 アステルが振り返る。

 そこにいたのは、恒一より少し年下だろうか。二十代半ばほどに見える三人の女性だった。

 華やかな服装に身を包み、どことなく色っぽい雰囲気のある女性達である。

「あ、やっぱりアステル君だ」

「久しぶりねぇ」

「最近見なかったじゃない」

「おー、久しぶり。ちょっと王都を離れてたからな」

 どうやら顔見知りらしい。

 アステルはいつもと変わらない調子で片手を上げると、そのまま楽しそうに話し始めた。

 最近どうしていたのだとか、今日は仕事なのかとか、本当に他愛のない世間話だ。アステルの肩越しにオルビスを見つければ、「あら! お兄さんも一緒なのね」と笑ったりしている。

 恒一は少し離れたところでクロムの傍に立ちながら、その様子を何となく眺めていた。

(本当に顔広いなぁ、アステル)

 元々人懐っこい性格だ。今のように王都に長く滞在することもあると言っていたし、知り合いが多くても不思議ではない。

 そうして二、三分ほど話したところで、女性の一人が「そろそろ行かないと」と仲間を促した。

「じゃあね、アステル君」

「また飲みに来てね?」

「おう」

 女性達が笑顔で手を振る。

 アステルも同じように片手を上げ――。


「またね、子猫ちゃん達」


「…………」

 恒一の思考が止まった。

「きゃー!」

「もう、アステル君ったら!」

「また言ってるー!」

「あっはっは! じゃ、気を付けてなー」

 照れつつも大喜びの女性達へ笑いながら手を振り、アステルは何事もなかったようにこちらへ戻ってくる。

「んじゃ、行くか」

「…………」

「コーイチ?」

「…………」

「おーい、どうした?」

「いや……」

 恒一は目の前の青年を見た。

 いつも通りである。

 爽やかな笑顔。

 何の含みもなさそうな顔。

 今しがた女性三人へ「子猫ちゃん達」などという、どこぞの遊び人のような台詞をさらりと投げた男と同一人物には、とても見えない。

「……今の何?」

「今の?」

「最後の」

「最後?」

「子猫ちゃん達」

「ああ」

 アステルは納得したように頷いた。

「褒め言葉?」

「……なんだよね?」

「多分」

「なんで疑問形なの?」

「いや、喜んでるし」

「そういう問題なのかな……」

 思わず横目でオルビスを見るも、こちらも特に驚いた様子はない。

 が、何故だろう。どことなく嫌な予感がした。


 それから少しして。

 一通り用事も済ませたところで、三人は休憩を取ることになった。

「お茶でも飲んでくか?」

「あ、じゃあいつものところ?」

「そうだな」

 向かったのは、大通りを外れた先にある小さな喫茶店だった。

 以前、双子に連れてきてもらって以来、何度か訪れたことのある店である。

 窓辺には鉢植えが並び、木製の看板には可愛らしいティーカップの絵。表通りから少し離れていることもあって、店の周囲には穏やかな時間が流れていた。

 クロムには店の外で待っていてもらい、三人で扉を開ける。からん、と澄んだ鈴の音が響いた。

「あら、いらっしゃい」

「こんにちはー」

 カウンターの奥から顔を出した店主の女性に、アステルが笑顔で手を振る。

「今日は三人お揃いなのね。いつもの席、空いてるわよ」

「うん、ありがと」

 もう案内されるまでもないらしい。三人はそのまま店の奥へ進み、窓際のテーブルを囲んだ。

 ほどなくして、それぞれが頼んだ紅茶と焼き菓子が運ばれてくる。

 甘く香ばしい匂いと、柔らかな茶葉の香り。

 恒一も一口飲み、ほっと息を吐いた。

 相変わらず、落ち着く店だった。

 ――だからこそ、聞きたくもなる。

「……で」

「ん?」

 向かいで焼き菓子へ手を伸ばしていたアステルが顔を上げる。

「さっきの話なんだけど」

「さっき?」

「『子猫ちゃん達』って……」

「ああ、あれか」

 アステルは焼き菓子を一口齧り、紅茶で流し込む。

「前にさ、ふらっと酒場に飲みに行った時に教えてもらったんだよ」

「酒場」

「うん」

 何だろう。その単語が出た瞬間、恒一の中で更に妙な説得力が生まれてしまった。

 何せこの男、珍しい上に恐ろしいほど整った容姿である。その上社交的で、人の感情にもやたらと敏いときた。

 つまるところ、モテないはずがない。

(やっぱり、そういう方面も達者なのか……?)

「その店、たまに一人でも行くんだけどさ。給仕の姉さん達とも顔馴染みで」

「うん」

「帰ろうとした時に、急に『アステル君、今度から私達にこう言ってみて』って言われて」

「……うん?」

「言った」

「その場で?」

「その場で」

「それで?」

「何かすげえ喜ばれた」

「…………」

 恒一はカップを置いた。

「それだけ?」

「それだけ」

「意味は?」

「その時は知らなかった」

「知らずに言ったの!?」

「だって向こうが言ってみてって言ったんだぞ?」

 確かに。理屈としては、確かにそうなのだが。

 何だか話が予想と違う方向に転がり始めた気がひしひしとする。

「そんで、帰ってから兄さんに聞いたんだよ」

「オルビスに?」

「ああ」

 恒一の視線が隣へ移る。

 オルビスは静かに紅茶を一口飲み下した。

「……その、オルビスは現場にいたわけじゃないんだよね?」

「いないな」

「アステルから話を聞いただけ?」

「そうだ」

 嫌な予感が、少し強くなった。

「それで、どういう意味だと思ったの?」

 オルビスはカップをソーサーへ戻す。

「まず、女性側から自発的に言わせた言葉だ。更に、実際に言ったところ喜ばれたというのなら、少なくとも侮蔑的な呼称ではない」

「まあ、それはそうだね」

「加えて、『子猫』というのは小さく愛らしいものの例えとして理解できる」

「……うん」

「ならば、女性を愛らしいと評する際に用いる、この国特有の親愛を込めた褒め言葉だろう、という結論に至った」

「それそれ」

 アステルが頷く。

「…………」

 恒一は二人を順に見比べた。

 オルビスは至って真面目である。

 アステルも至って真面目である。

 そして、言っていることも大筋では間違っていない。

 ……間違ってはいないのだが。

「……それ、二人で真面目に考えたの?」

「まぁ、気にはなったからな」

「なー」

「なー、じゃないよ」

 思わず額を押さえる。

「何か違うのか?」

「いや……違うっていうか……」

 どう説明したものか。

 少なくとも、元の世界でも似たような呼び方をするような男はいた。

 ただし誰彼構わず使えばいい類の言葉ではないだろうし、言い方や相手との関係性によっては随分と軽薄にも聞こえる。

 何より。

「アステルが言うと、妙にそれっぽいんだよなぁ……」

「何が?」

「いや、何でもない」

 本人に自覚がないのが一番厄介なのかもしれない。

「でも、さっきの子達も喜んでただろ?」

「それはそうなんだけどさ」

「なら問題ないのでは?」

「オルビスまで……」

 恒一は小さく息を吐いた。

 結果だけ見れば、確かに誰も困ってはいない。

 少なくとも、先ほどの女性達との間では冗談として成立しているのだろう。ならば、わざわざ訂正するほどのことでもないのだろうか。

 ただし。

「とりあえず、誰彼構わず言うのはやめような?」

「そうなのか?」

「その顔面だと色々よろしくない事件が起きかねないから……」

「顔面?!」

 まさかそこを理由にされるとは思わなかったらしい。アステルが自分の顔を指差しながら、心底驚いた声を上げる。

「いや、だって……なあ?」

 思わず同意を求めてオルビスを見る。

「知らん。俺に振るな」

「兄さん!?」

「自覚がないのが一番怖いんだよなぁ……」

「なんでだよ!」

 納得がいかないらしいアステルを前に、恒一はもう一度ため息を吐いた。

 本人にその気がまったくないだけに、余計に質が悪いのかもしれない。


「……アステル」

 恒一が頭を悩ませていると、不意にオルビスが呟いた。

「ん?」

 何処となく、ほんの少しだが、いつもと声色が違って聞こえた。恒一は思わず顔を上げる。

 オルビスは窓の外を見ていた。つい先ほどまで言葉の意味を理路整然と分析していた男が、カップへ伸ばしかけた手を止め、じっと一点を見つめている。

 その視線の先を追う。

 窓の向こう、店の脇を通る細い路地。

 そこを一匹の猫が歩いていた。

 白と茶色のまだら模様。まだ若いのか、少し小柄な猫だ。のんびりと尻尾を揺らして、窓辺の鉢植えの近くまで歩いてくる。

「アステル」

 視線は猫から逸らさぬまま、カッ、とでも効果音が付きそうな眼差しで。


「にゃんにゃんだ」


「…………??」

 恒一はオルビスを思わず凝視した。

 わりと本気で、聞き間違いかと思った。

「……何て??」

「にゃんにゃんだ」

「うん、猫だな」

 特に動じた様子もなく、アステルが返す。

 聞き間違いじゃなかった。ついでに、もの凄く真顔だった。

 恒一はもう一度、窓の外を見る。

 極々普通に、猫がいる。

 紛うことなき、猫である。

「……猫だね」

「ああ」

「子猫卒業したてって位かな~」

「うむ」

 恒一とアステルの言葉に対しても、一見問題なく会話が成立している。

 何故だ。

「……ちょっと待って」

「ん?」

 アステルが焼き菓子を摘まんだまま恒一へ視線を移した。

「今、オルビス何て言った?」

「にゃんにゃん?」

「やっぱり言ったよね!?」

「言ったなぁ」

 その間にも猫は窓の近くまでやってくると、陽の当たる場所を見つけて腰を下ろした。

 ころりと横たわり前足を舐め始めれば、オルビスの目元がほんの少し緩む。

 猫が身体を丸める。

「……丸い」

「…………」

「丸いな」

 呟きながら頷かれると、色々ともう駄目だった。

 さっきまでの知性はどこへ行ったのやら。少なくとも、女性に対する『子猫ちゃん』という呼称について、冷静な分析をこなせる相手ではなかったのかもしれない。

「……オルビスって、猫好きなの?」

「好きだが?」

 ようやくこちらを一瞬だけ向いたオルビスは、何を今更と言わんばかりの顔をしていた。

「知らなかった……」

「あー、言ってなかったっけ?」

「聞いてないよ」

 アステルは楽しそうに笑いながら、再び窓の外へ視線を固定した片割れをちらりと見やる。

「兄さんさ、すっっっっ……ごい猫好きなんだよ」

「そんなに?」

「うん。猫の前だと語彙力死ぬから」

「今まさに見たよ」

「あっはっは!」

 猫が尻尾を揺らす。

 オルビスも目で追う。

 猫が毛繕いを再開する。

 オルビスの口元が少し緩む。

 ――なるほど、相当なものと見た。

 すると、追加のお茶を持ってきた店主が、三人の様子に気付いた。

「あら」

 窓の外を覗き込み、すぐに微笑む。

「あの子、今日も来てるのね」

「知ってる猫なんですか?」

「ええ。この辺りをよく歩いてるのよ。天気の良い日は、あそこで日向ぼっこしてることも多くてね」

「へえ……」

 恒一が頷くと、店主は楽しそうにオルビスを見る。

「オルビスさん、あの子が来てる日はいつも嬉しそうだものねぇ」

「……いつも?」

「ええ」

「いつもなんだ……」

「良いだろう、別に」

 オルビスが僅かに眉を寄せる。

 少しだけ恥ずかしくなったらしい。

 珍しいものを見た。

「あっはっは! 兄さん、顔赤いぞ」

「うるさい」

「ふーん……」

「コーイチまで何だ」

「いや、オルビスもこういう顔するんだなって」

「……帰るか」

「待って待って、まだ紅茶おかわり来たばっか!」

 アステルが笑いながら兄を引き留める。

 もちろん、本気で帰るつもりではなかったらしい。オルビスも小さく息を吐くと、再びカップへ手を伸ばした。

 その時だった。

 窓の外の猫が、ふと顔を上げて、こちらを見た。

「にゃあ」

 窓越しに、小さな鳴き声が聞こえる。

 オルビスの手がピタリと止まった。

「…………」

 猫を見る。

「…………」

 猫もこちらを見る。

 数秒の沈黙。

 やがてオルビスは、ひどく真剣な顔で小さく頷いた。

「うむ」

「何が?」

 しかしオルビスは答えない。

 どうやら本人にとっては、何かが成立しているらしかった。

 隣ではアステルが腹を抱えて笑っている。

 恒一にはさっぱり分からなかったが、一つだけ知り得たものがある。


 どれだけ強くても。

 どれだけ頭が切れても。

 普段どれだけ落ち着いていても。

 猫を前にすれば「にゃんにゃん」と言い出すような人間はいる。

 そして――。


「……あのさ」

「ん?」

 恒一は紅茶を一口飲み、ちらりとオルビスを見ながらアステルに小さく言った。

「さっきの『子猫ちゃん』の分析、やっぱり参考にしない方がいい気がしてきたぞ」

「なんで?」

「いや、なんとなく」

 窓の外では、猫が気持ちよさそうに丸くなっている。

 それを眺めるオルビスの表情は、やはり少しだけ嬉しそうだった。

「ほら」

「何がだよ?」

 アステルの笑い声が、静かな喫茶店に響く。

 こうして恒一はまた一つ、双子の知らなかった一面を知ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。