68.その木、何の木?
ロイドが帰還して数日。仕事の合間に曲げ木の練習を続けてきた恒一は、数日前に仕込んでいた木材を前に、ロイドと二人並んでいた。
ダンが作ってくれた、曲げ木の為の木型。その型に沿うように、綺麗な木目が走っている。ロイドの手も借りつつ、練習用ではないしっかりした木材を曲げたものだ。
固定具を外してそっと持ち上げる。僅かに戻りはしたものの、狙った形に近い曲線を保った部材が出来上がっていた。
「……ふう、こんなもんかな」
「ああ、ずいぶん手慣れてきたじゃねえか」
「ふふ、何せ先生が優秀だからね」
「お、言うようになったな」
軽口を返しながら、ロイドは曲げ終えた木材を横から覗き込む。コの字型に曲げたこれは、試作用の椅子の脚だ。
木材選びはまだまだであろうが、最初の頃に比べて恒一の曲げ技術そのものはそれなりに上達していた。更に、その合間に二人で詰めてきた椅子の構想もかなり固まっている。そろそろ練習だけではなく、実物を作って確かめてもいい頃合いだった。
脚は四本。一本の木材をコの字型に曲げ、それを二本一組として交差させる。重なる部分には互いに溝を彫り、嵌め合わせることで高さを揃え、その上へ丸い座面を載せる構造だ。
「でも、ここがやっぱり少し心配なんだよな」
恒一が図の一角を指で叩く。座面の裏側、二本の脚材が交差する部分だった。
「一番負荷がかかりそうな真ん中だろ? だけど、二本を同じ高さで組もうと思ったら、どうしても互いに厚みを削らないといけないし……」
「四つ脚の根元をガッツリ固定してやるのと、重さが一か所に集まらねえよう周りの補強は要るとして……あとは木そのものだな」
ロイドも図を覗き込み、腕を組む。
「太くすりゃ余裕は出る。けど、分厚くしすぎりゃ今度は重ねにくくなるだろうし。曲げやすさも考えりゃ、何でも硬けりゃいいってもんでもねえしな。こりゃ素材選びも肝だぞ」
「結局、作ってみないと分からないところも多そうだもんな」
「だからこうやって試作すんだろ。駄目だったら駄目だったで、何が駄目だったか分かる。それにまあこの試作品だって、椅子として微妙でも物を置く台くらいにはなるさ」
「無駄にはしない、と」
「そゆこと。それに、職人が試作の度にいちいち落ち込んでられるかっての。よっしゃ、じゃあやるか!」
ぱしん、と掌に拳を打ち付けるロイドに、恒一も「そうだな」と笑って工具箱を開いた。
脚材に線を引いて溝を彫り、互いが隙間なく噛み合うよう少しずつ削って調整する。二本を十字に組み、接合部を固定してから、座面裏の補強材を合わせる。最後に丸い座面を載せ、脚と補強材をまとめて固定していった。
そうして数時間の格闘の後。木屑を払って細かな粉を拭きとれば、試作品第一号の椅子が出来上がった。
「よし、一丁上がりだ!」
「ああ。ロイドが手伝ってくれて助かったよ、こんなに早く出来るなんてな」
「おうよ。でも、お前がちゃんと考えてたから楽だったのもあるんだぜ」
作業台の前に置かれた丸椅子を眺め、恒一とロイドは軽く拳を打ち合わせた。
初めての試作品としては、悪くない出来映えだった。心配していた中央の交差部分も、材を選び、接合部とその周囲を補強したおかげか、恒一が腰掛けて体重をかけても軋む様子はない。少し身体を左右へ動かしてみても、四本の脚はしっかり床を捉えていた。
だが――。
「んー、思ったより重い、な」
「ああ。そこだよなぁ」
立ち上がった恒一が座面を掴んで持ち上げる。持てないほどではない。しかし、片手でひょいと扱うには少々億劫な重さがあった。
強度を気にして脚材を太めに取り、更に目の詰まった硬めの木を選んだ結果だろう。元々、恒一の頭にあったのが細い金属管で作られた軽い椅子だっただけに、余計に差を感じるのかもしれない。
「良く言えば安定感がある。悪く言や、取り回しが悪いな。四脚くらいなら重ねられなくもねえだろうけど……毎回こいつを持ち上げて積むとなるとな」
「便利にするために重ねられるようにしたのに、重ねるのが面倒じゃ本末転倒だよなぁ」
「ま、そこまで分かっただけでも第一号の仕事はしただろ。それに、単品で見りゃあ十分実用の出来だよ」
「ん、そうだな」
更なる改善点を考えるのは後でもできる。まずは実際に使う場所へ置いてみようということになり、二人で裏庭の工房へ向かった。
窓を開けた工房の前では、いつもの木陰でクロムがすっかり寛いでいた。
大きな身体を地面へ横たえている、その腹に寄り掛かるように座っているのはオルビスだ。膝の上には開いた本。アステルはというと、クロムの背中に腹這いに寝そべり、肩越しにその本を覗き込んでいる。
何とも贅沢な読書風景である。
椅子を抱えて出てきた恒一達に気付いて、アステルが真っ先に顔を上げた。
「おっ。出来たのか、第一号?」
「ああ、まだまだ改善点はあるけどな」
「見せて見せて」
クロムの背中から滑り降りたアステルが、小走りに駆け寄ってくる。オルビスも栞を挟んで本を閉じると、クロムの腹から背を離して立ち上がった。
「見たところ、形はほぼ決まったようだな」
「一応な。んで一回工房の中に置いてみようと思ってさ。座ってみるか?」
「あ、良いな! 座ってみたい」
工房内の作業台の横に置くや否や、待ってましたとばかりにアステルが丸椅子へ腰を下ろす。
「おお、良い感じじゃない?」
軽く腰を浮かせ、もう一度座る。今度は少し上半身を反らしてみるが、ガタついたり脚が浮いてしまう様子もない。
「うん、普通に座れるな」
「座れなかったら椅子じゃねえだろ」
「そりゃそうか」
ロイドのもっともな指摘に、アステルが笑った。
「座ったまま少し体勢を変えても、簡単にはひっくり返らなそうだ。それに、高さも俺はこれくらいでいいと思うぞ。兄さんも座ってみる?」
「ああ、そうだな」
入れ替わったオルビスは、アステルほど動かず静かに腰を下ろした。両足を自然に床へ置き、その後軽く組む。しばらく座面と脚の感触を確かめるようにしてから立ち上がった。
「安定しているな。少なくとも、座ること自体に不安は感じない」
「それは良かった。ただ、問題はこっちなんだよ」
恒一が椅子を持ち上げると、軽く上下させてみせた。アステルが首を傾げる。
「重いのか?」
「普段使う分にはちょっとなって感じ」
そう言って差し出すと、アステルは片手でひょいと受け取った。
「んー……そうか?」
「うん、知ってた。お前に聞いた俺が悪かった」
「なんでだよ!?」
「比較対象に向いてねえんだよ、お前は」
「ええ~?」
数日ですっかり双子の扱いを覚えたロイドが即座にバッサリ切り捨てた。
何せ数日前にも、ダンが修理を終えたあの重い棚を一人であっさりここまで運び込んでいた位だ。帰還してまだ数日だというのに、ロイドも既に彼らを比較対象から外す程度には学習したらしい。
恒一も初めは随分驚いたものだったが、そう思えば彼は順応するのが早いほうなのかもしれない。
「ふむ……。確かに、見た目ほど軽くはないかもしれんな」
「兄さん!?」
「いや、オルビスも多分比較対象としては当てにならんからな……」
「何故だ」
ロイドに呆れ混じりにそう言われると、オルビスは僅かに不満げな声を上げつつも、素直に椅子を恒一へ返した。
「まぁ、それはさておき。強度を心配して、少し安全側に寄せすぎたんだと思う。もっと軽くできる部分はありそうだけど……」
「ただ、今の材で細くするなら、今度は中央と座面側の接合が怖えな」
ロイドがしゃがみ込み、脚の交差部分を指先でなぞる。
「ここだけ見りゃ削り方を変える手もあるし、補強の入れ方もまだ詰められる。でも全体を軽くしたいなら、構造だけ弄るより素材から考え直した方が早いかもしれねえな」
「素材かぁ」
「ああ。硬さだけじゃなくて、粘りがあって、曲げてもへこたれにくい。できりゃ今より細くしても強度を取れるような――」
そこまで言って、ロイドの指が止まった。
「……ん?」
恒一が顔を上げる。
ロイドは椅子ではなく、曲げられた脚の輪郭を見つめていた。何かを思い出すように眉を寄せ、それから「ああ」と小さく声を漏らす。
「そういや……あれなら、もう少し素直にいけるかもしれねえな」
「何かあるのか?」
ロイドは頷いて立ち上がると、改めて試作品の脚を軽く叩いた。
「風鳴樹だ」
「……ふうめいじゅ?」
「そう。風に、鳴る、樹で風鳴樹。家具じゃそうそう使わねえけど、曲げ物にはかなりいい材のひとつなんだ」
聞き覚えのない名前に、恒一は目を瞬いた。
だが、その横でアステルとオルビスは「ああ」とほとんど同時に頷いた。
「グラナード山地のか?」
「おう、この大陸じゃあ、主な産地はそこだったはずだ」
「知ってるのか?」
「うん、変わった木なんだ。自然に生えてるところは決まって風が凄い強くってさ、なのに簡単には折れないんだよ」
アステルの説明に、ロイドも頷く。
「硬いんだが、それだけじゃない。粘るんだよ。強い風に煽られてもそう簡単に折れねえ。蒸してやれば曲げも良く利くし、その状態でちゃんと乾かして落ち着かせりゃ形も残りやすい。俺がいた工房でも、曲線を活かした家具に使うことがあった」
そこで一度言葉を切ると、ロイドは苦笑した。
「――まあ、滅多に扱うことは無かったけどな」
「何で?」
「高えからだよ」
「あー……」
実に分かりやすい答えだった。そしてそれは同時に、ここまで聞いた話と合わせれば、その木の希少性も概ね察せられるものだ。
「つまり入手が難しい、と。それだけ強い木なのに出回らないのは、自生する場所や数が少ないか、取りに行くのが大変か……ってところ?」
「ご明察だな。まず普通の木こりが行くような場所じゃねえんだ」
「そんなに?」
「ああ。風鳴樹がまとまって生えてるのは、グラナード山地でもかなり奥だ。標高も高えし、特に多いのが風の抜ける渓谷沿いでな」
ロイドはそう言うと、両手で谷を形作るように間を狭めた。
「ただでさえグラナードは乾いた風が強い。それが狭い谷間に集まるもんだから、場所によっちゃ立ってるだけでも苦労する。足場も岩だらけで悪いし、当然、魔物も出る。木を一本切り倒す以前に、普通の木こりじゃ道具を抱えて辿り着くところから無理なんだよ」
「なるほどなぁ……」
恒一は試作品の脚へ視線を落とした。
木を伐る技術があれば何でも採れる、という話ではない。どんな木であっても、目的の木が生えている場所まで行き、そこで作業し、更に重い木材を麓まで運び下ろさなければならないのだ。普通の山道ならまだしも、足場の悪い渓谷で強風に晒されながらとなれば、それだけでも十分に危険だろう。
「じゃあ、専門の木こりがいるわけでもないのか?」
「少なくとも、わざわざ風鳴樹を伐りに行く木こりなんて俺は聞いたことねえな。市場に出てくるのは、冒険者が採取してきたもんがほとんどだ。依頼が出ることもあるけど、それだって安くは済まねえよ」
「伐採まで冒険者の仕事になるのか。そりゃ値段も上がるよなぁ」
「ああ。それに、家具に使えるような材となると何でもいいわけじゃねえからな」
「木の種類が同じでも?」
「そりゃそうだろ。こいつ作る時だって散々見ただろ?」
ロイドが試作品を軽く叩く。
「同じ種類の木でも、木目の通り方も違えば傷み方も違う。まして曲げて椅子の脚にするんだ。ある程度まとまった長さを取れて、繊維の流れが素直な材が欲しい。せっかく高い金出して仕入れても、欲しいところが必要な分取れなきゃ意味がねえだろ?」
「ああ、それは確かに」
練習の時だって、同じ種類の木材でもあれだけバラつきがあったのだ。それが、生えている木そのものがそれなりに希少な上、採取までも難しいとなれば、値段が上がるのも当然だ。
「ちなみに、どれくらい高いんだ?」
「今の相場までは知らねえけど……俺がいた工房でも、普通の家具にはまず使わなかったな。あれを使うのは、値段より仕上がりを優先する上客から注文が入った時くらいだ」
「そんなにか」
「その代わり、上手く使えば面白いぞ。今使ってる材より細身に仕上げられる余地もあるし、何より曲げた形を活かせるからな」
ロイドの指が、試作品の太い脚をなぞった。
今のものより細く、軽く。それでいて必要な強度を確保できるのなら、確かに試してみる価値はあるかもしれない。それに、ここまで聞いてしまえば正直一度触ってみたい欲もある。
問題は費用と、そもそも素材が市場にあるかどうかである。
「まあ、まずは今の値段を調べてみるか。それで手が出ないようなら、今の材でもう少し――」
「なら、採ってくるか」
「――構造を……」
恒一の言葉が止まった。何やら間に挟まって聞こえた声の方へ顔を向ければ、オルビスがいつもと変わらぬ顔で立っていた。
「……採ってくる?」
「ああ」
あまりにも当然のように頷かれたので、一瞬、何の話をしているのか分からなかった。
一方、弟の方はすぐに兄の意図を理解したらしい。
「あー、確か自然に倒れた倒木が良いんだよな。もう乾いてるからって聞いたことあるぞ」
「待て待て待て」
そこでロイドが両手を上げた。
「お前ら、今の話聞いてたか?」
「ん?」
「聞いていたが?」
「グラナード山地の奥だぞ? しかも風鳴樹が生えてるのは、強風が吹き荒れてる高地の渓谷だって言ったよな?」
「ああそうだな」
「魔物も出る」
「出るな!」
「普通の木こりじゃ辿り着くのも無理だって話をしてたんだぞ?」
「勿論聞いていたが」
「じゃあ何で『採ってくるか』になるんだよ!?」
ロイドの至極もっともな疑問に、アステルとオルビスが揃って首を傾げた。
「だって俺達、木こりじゃないし」
「冒険者だからな」
「…………」
ロイドの口が閉じた。
恒一は一瞬考えると、はたと思い当たって口を開いた。
「……あ、そうか。市場に出る風鳴樹も大抵冒険者が採ってきてるって言ってたもんな」
「コーイチ!?」
「え?」
「いや、『え?』じゃねえよ!」
何故かこちらにまで飛び火した。
しかし恒一としては、ロイド自身がたった今説明したことをそのまま当て嵌めただけなのだが。
「でも、実際そうなんだろ?」
「そうだけどよ! そうなんだけど……!」
ロイドは言葉を探すように何度か口を開閉した後、アステルとオルビスを交互に見た。
「……お前ら、グラナードには行ったことあんのか?」
「あるぞ」
「何度か」
「…………あるのかよ」
勢いを削がれたロイドが呻く。
「依頼で?」
「それもあるし、通ったこともあるな」
「行くの自体はそんな大変でもないぞ?」
さらりと言う二人の言葉に、ロイドが見事に皺のよった眉間を揉んだ。
「……まあ、お前らが冒険者で、腕に自信もある手練れなのは分かった。そこはいい」
「うん」
「それで倒木を探すってのも、まあ分かる。伐るよりは話が早えし、持ち帰って使うなら乾いてる方がいい」
「だろう」
「ただし」
ロイドがぴしっと人差し指を立てる。
「倒れてりゃ何でもいいわけじゃねえぞ」
「そうなのか?」
少し意外だったというような顔で、アステルがぱちりと瞬きをした。
「当たり前だ。いつ倒れた木なのか、どれくらいの樹齢だったのか。ちゃんと乾いてるか、虫に食われてねえか、中まで傷んでねえか。他にも、欲しい太さと長さが取れるか、木目はどう走ってるか……見るべきところはいくらでもある」
「グラナードは雨が少ないから、倒木も腐りにくいと聞いたが」
オルビスがそう言うと、ロイドは頷いた。
「ああ。他所より状態のいい倒木が残りやすいのは確かだ。でも、腐りにくいのと家具に使えるのは別の話だ。虫が入ることもあるし、外側が乾いて見えたって中まで都合よく乾いてるとは限らねえよ」
「なるほどなぁ……そんじゃ、何本か良さそうなのを見繕って持って帰ってくるとか?」
「普通の採取依頼なら、それでもいいだろうけどさ」
今度はロイドが試作品へ目を向けた。
「でも今回は、持って帰って何か月も寝かせるつもりじゃねえだろ?」
「ああ。できれば次の試作で使いたいよな」
「なら、持ち帰ってから『これはまだ使えません』じゃ時間の無駄だ。何度も山と王都を往復するくらいなら、最初から使える状態の材を選んで買うほうが現実的ってワケで――」
「成る程。つまり」
そこまで聞いたオルビスが、静かに頷いた。
「現地で本職に判断してもらった方が、効率は良さそうだな?」
「そうそう。俺か親父なら、実物を見りゃある程度――」
ロイドがぴたりと止まった。
アステルが笑顔で頷いた。
「じゃあ、それが一番確実だな!」
「…………待て」
「どうした?」
「今の話、なんで俺達がグラナードまで行く流れになってる?」
ただ椅子を軽くするための材料について話していただけだったはずなのだ。
それがいつの間にか、辿り着くことさえ難しい高地の渓谷へ、家具職人が素材を見に行く話になっている。
「……ん?」
「コーイチ! お前はこっち側にいろ!」
「いや、俺も今気付いた……」
「気付くのが遅えんだよ!」
ロイドの声が、開け放した窓を抜けて裏庭へ響いた。
その向こうでは騒ぎを気にする様子もなく、クロムが大きな欠伸をしていたのだった。




