62.丁寧に『ぶち抜き』ました。
「よし。始めるぞ」
昼食を終え、少し休憩を挟んだ後。ダンの一声で、いよいよ倉庫の窓改装が始まった。
昨日までの掃除や作業台の補修とは違い、今度は建物そのものへ手を入れる。それなりに大掛かりな作業になるため、午後の仕事に一区切りつけた赤樫亭の職人も二人、手を貸してくれることになった。
「まず今の窓から外す。新しい方に手ぇ付けんのはその後だ」
「はい」
恒一はダンと並び、改めて古い窓を見上げる。
昨日開けようとしてもびくともしなかった窓だ。木製の窓枠は長い年月ですっかり変色し、隅には埃が固まっている。硝子自体は割れていないものの、枠の方はあちこち傷みが見えていた。
「これ、硝子は残すんですか?」
「割れてねえからな。使うかどうかは後で考えりゃいい。わざわざ割る必要もねえだろ」
「ああ、確かに」
硝子は木と違ってそうそう劣化しない物だ。取っておけば別の何かを作る時に使えるかもしれない。
「…………」
「コーイチ」
「まだ何も言ってないだろ」
横から覗き込んできたアステルが笑う。
「捨てずに取っとけばそのうち何かに使えそう、とか思っただろ?」
「……ちょっとだけ」
図星である。昨日散々ダンに溜め込むなと言われたというのに。
自分の性格上、少し気を付けたほうが良さそうだ。
「お前ら、喋ってねえで早くやれ」
「はい」
「はーい」
ダンに呼ばれ、二人揃って窓の前へ向かう。
窓を壁へ固定している金具を、一つずつ確認していく。錆びているものもあったが、幸い中まで完全に腐蝕しているわけではないようだ。
「こいつからだな。コーイチ、ここ見ろ」
「はい」
「先に釘打ちしてる固定具から外す。無理に抉ると壁側まで持ってくから気を付けろよ」
「なるほど……」
ダンが工具を差し込み、慎重に力を掛ける。
ぎ、と鈍い音がして、長年動いていなかった金具が僅かに浮いた。次に釘をテコの原理で抜いていく。
「おお」
「外す時が一番危ねえ。枠が歪んで硝子に力掛かったら割れるぞ」
言われて、恒一も少し緊張する。硝子は割れれば危険だし、再利用も考えれば無事に外せるに越したことはない。
「こっち外れました」
「よし。したらそのまま押さえてろ。次、上だ」
ダンの指示で、次は手伝いに入った職人の一人が上の固定具を外していく。
オルビスともう一人は外側へ回り、窓枠が不意に倒れないよう支える役だ。
「外側、押さえた」
「おう。アステル、お前も外回っててくれ」
「了解~」
いつの間にやら双子まで完全に作業員の一員である。
固定具が、一つ、また一つと外される。全て外れたところで、ダンが枠を軽く押した。
「こっちも固まってんな」
「外れません?」
「外れる。長ぇことここにいたせいで、枠と壁が噛んでるだけだ」
そう言うと、木槌を手に取った。
「当て木して枠を叩く。硝子が割れねえように少しずつだ」
力任せに打ち付けるのではない。
上、横、そして反対側。
一箇所だけに力が集中しないよう、場所を変えながら慎重に叩いていけば、徐々に枠がずれていく。
「あ、動いてきましたね」
「おう。ここから慌てんなよ」
こん、こん。
軽い音と共に、長い年月を経て壁と一体になったようになっていた木枠が、ほんの少しずつ外側へ押し出されていく。
「オルビス、そっちどうだ?」
「問題ない。上が少し先に出ているな」
「ああ、そのまま上から外すからな、倒れねえように支えてくれ」
「分かった」
外から状態を見ているオルビスの声を聞きながら、ダンが叩く位置を変える。豪快に見えて、仕事そのものは決して雑ではない。むしろ、どこへ力を掛け、どこを残すのかをきちんと見ている。
恒一も枠の動きを注意深く眺めた。
「よし、そろそろ抜けるぞ。重さ自体は大したことねえだろうが、落とさないようにな」
「ああ。アステルは下を持て」
「おっし、任せろ」
「俺も大丈夫です」
外側からオルビス、アステル、それに職人の一人が手を添える。
内側ではダンと恒一が枠をゆっくり押す。
「せーの」
ガコン、と音を立て、長年そこに嵌まっていた窓枠が壁から離れた。
「おお……」
「声出してねえで下見ろ」
「あ、はい!」
外へゆっくり倒した枠を、三人が慎重に地面へ下ろす。
「よし、無事だな。割れてないです」
職人が硝子を覗き込んで言った。
窓がなくなった壁には、ぽっかりと四角い穴が開いている。
ただ窓枠を外しただけなのだが、いざ無くなってみると随分印象が違う。
「明るいな……」
今まで小さな硝子越しにしか入ってこなかった午後の日差しが、何にも遮られることなく倉庫の中へ差し込んでいた。
開け放した入口から入った風が、窓のなくなった穴へ抜けていく。
「窓一個外しただけで、こんな変わるんですね」
「今は硝子も枠もねえから余計にな」
ダンが言う。
「新しいの入れりゃ多少は変わる。だが、今までより窓自体でかくすんだから、かなり明るくはなるだろうな」
「そっか……」
恒一は壁際から中央へ目を向けた。
昨日置いた作業台の天板へ、今までよりはっきりと光が落ちて、深い飴色の木目が昨日よりもよく見える。
「…………」
「コーイチ」
「分かってる、まだ考えない」
先回りして声を掛けてきたオルビスへ返す。アステルといい、本当に二人とも察しが良い。
今ここで、作業台の位置や棚の配置を考え始めたら止まらなくなる。それは窓が完成してからで十分だ。
「よし。ぼさっとすんなよ」
ダンが壁を叩く。
「ここから広げるぞ」
「はい」
「今の穴を基準に、新しい枠が入る大きさまで切ってでかくする。こっちは元々空いてるからな、まだ楽だ」
そして、反対側の壁へ視線を向ける。
「問題はあっちだな」
そちらには当然、窓などない。昨日、恒一達が位置を決めただけの、何もない壁だ。
「今度は本当に壁に穴開ける番ですね」
「ぶち抜く?」
アステルが嬉しそうに口を挟むと、ダンが腕を組みながら方眉を上げた。
「何でお前はちょっと楽しそうなんだよ」
「だって壁に穴開けるんだろ?」
「お前にゃやらせねえぞ」
「え~」
「加減間違えて壁丸ごと持ってきそうだからだ」
「俺そんな雑じゃないよ!?」
職人達から笑い声が上がる。実際、魔導機構を扱えるくらいには繊細な作業が出来るわけだが。
恒一は、改めて反対側の壁を見た。
今はまだ、何もない。
もうすぐそこから裏庭が見えて、風が工房を横切っていくだろう。
「……楽しみだなぁ」
「だから手ぇ動かせ」
「はい!」
恒一は笑いながら、作業台に置かれた道具へ手を伸ばした。
まず取り掛かるのは、古い窓があった側だ。新しく入れる枠に合わせて広げる為に、ダンが改めて寸法を確認し、壁に目安の線を引く。
「元の穴からノコ入れて、小分けにして順番に切ってくぞ」
どこまで切るのか、どこを残すのか。ダンが指示を出し、のこぎりを入れて少しずつ広げていく。
「よし、そこまでだ。次はノミで調整しながら合わせる」
木槌の音が倉庫に響く。時折新しい枠を当てながら微調整を繰り返す。
普段の木工作業と違い、今切っているのは既に建物の一部になっている材だ。妙な緊張感はあるものの、しかしやっていることの一つ一つは赤樫亭で教わってきた作業の延長にある。
切り進め、外し、また次へ。
職人達の手も加われば作業は早い。
やがて、昨日まであったものより一回り以上大きな四角い開口が出来上がった。
「よし。こっちはこんなもんだな」
「おお……」
恒一は少し離れて眺める。
まだ窓は入っていないが、開口が広がっただけでも随分と明るい。
「次は反対側ですね」
「おう」
そして、いよいよ新しく窓を作る側へ移る。こちらは先ほどとは違い、まだ何もない壁だ。
昨日決めた位置には既に印が付けられ、これから開ける窓の形が四角く描かれている。
「まずここだ」
ダンが四隅の一つを指した。
「鋸入れる場所作るぞ。コーイチ、お前やれ」
「俺ですか?」
「もうそのくらい出来んだろ」
「……はい!」
少しだけ気合を入れ直し、ノミを構える。印からずれないよう刃先を合わせ、木槌を振るった。
こん。
こん。
一度で大きく削ろうとはせず、少しずつ。
ノミの刃が食い込み、壁板の表面が少しずつ削れていく。
「そうだ、焦んな。そのまま広げろ」
「はい」
やがて小さな穴が出来れば、そこからは職人達と交代しながら作業を進めていった。
細いのこぎりを入れ、切り進める。しゃこしゃこと小気味の良い音と共に細かな木屑が舞った。
途中から切り離す部分をアステルとオルビスが外側で支えにまわる。
「いつでもいいぞ~」
「じゃあ、最後いくぞ」
残った部分へ鋸を入れ、ゆっくり引いていく。
「おーし、抜けるぞ」
ダンの声とほぼ同時に、最後の一箇所が切れた。
外側から支えていた双子が、そのまま切り取った部分をゆっくりと引く。
切り取られた壁が離れた瞬間、ぱっと光が差し込んだ。
「…………」
舞い上がっていた細かな木屑が、午後の日差しの中できらきらと光った。その向こうには、見慣れた赤樫亭の裏庭がある。
積まれた木材。
干された布。
母屋の壁。
そして木陰には、クロムが悠々と寝そべっている。
「……わふ?」
こちらの気配に気付いたのか、大きな頭だけが持ち上がり、今は穏やかな青い瞳と目が合った。
「……はは」
何だか、それだけで笑ってしまった。
「どうした、コーイチ?」
「いや」
恒一は作業台のところまで下がった。
昨日決めた場所。その前に立ち、改めて新しく開いた壁を見る。
(――丁度いいな)
作業台から顔を上げれば、そのまま裏庭が見える。まだ窓枠すら入っていない、四角く切り抜かれただけの壁なのに。
「……ああ、いいな」
思っていた以上に。
「気に入った?」
「ああ」
窓の外からひょっこり顔を覗かせるアステルへ笑って返す。
「こいつは……かなりいい」
「そりゃ良かった」
外からオルビスも開口を覗き込み、室内の周囲を見渡した。
「明るさも十分のようだな」
「うん。こっちにも作って正解だったよ」
今は入口も開いているため、風が倉庫の中を素通りしていく。
昨日まで埃と古い荷物に埋もれていた場所とは思えない程、随分と空気が違っていた。
「よし」
ダンが開口の縁を確認する。
「眺めんのは窓入れてからにしろ。まだ穴開けただけだぞ」
「あ、はい」
ここから切り口を整え、必要な部分を補強して、新しい窓枠を収めなければならない。
恒一もすぐに作業へ戻った。
切断面を整え、枠がきちんと収まるよう寸法を確かめる。職人達と手分けして進めれば、四角く開いただけだった場所が、少しずつ「窓を入れる場所」へと整っていった。
「親方、こっちもう一回測ります」
「おう。コーイチ、枠持ってこい。仮合わせするぞ」
「はい」
返事をして、恒一は作業台に置かれた新しい窓枠に手を掛ける。
その傍らには、昼前にアステルが持ち帰った四枚の硝子が、大事に包まれて置かれていた。




