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勇者召喚に巻き込まれた一般人です。~世界最強かもしれない冒険者パーティーと出会った結果、普通が何なのか分からなくなりました~  作者: 天晴


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6.保護者の方が見つかりました。

 リックを背負ったまま森を戻り始めてほどなく。先頭を歩いていたオルビスが、ふと足を止めた。

「どうした?」

 恒一が声を掛けると、オルビスは森の外ではなく、やや右手へ視線を向けた。

「人がいるな。複数だ」

「あ、たぶん、リックを探してる人達だな」

 アステルも同じ方角へ顔を向ける。

 恒一にはまだ何も聞こえなかったが、クロムも耳を立ててそちらを見ていた。

「街道まで戻らなくても会えそう?」

「ああ。向こうも森の中を探しているらしい」

 オルビスは周囲を確認してから、少し進路を変えた。

「声を掛けながら進もう。見つけたと分かれば、向こうも無理に奥へ入らずに済む」

「そうだな。それじゃ――」

 アステルが大きく息を吸う。

「おーい! リックを探してる人、いるかー!」

 よく通る声が森の中へ響いた。

 少し遅れて、遠くから誰かの返事が聞こえる。

「――リック!?」

「今、リックって言ったか!」

 複数の足音が近付いてくる。

 枝を払う音。茂みを踏み分ける音。どうやら、かなり慌てているらしい。

 背中のリックも、その声に反応して顔を上げた。

「おじさん……?」

「知ってる人か?」

 恒一が尋ねると、リックは小さく頷いた。

「おみせの、ひと……」

 やがて木々の間から、四人の大人達が姿を現した。先頭にいたのは、荷運びをしていたらしい中年の男性だった。後ろには剣を帯びた男女の冒険者が二人と、淡い色のローブを纏った若い女性が続いている。全員が泥や草で汚れていた。相当な範囲を探し回っていたのだろう。

 恒一達の一行を見ると、一瞬クロムに驚いてはいたが、すぐに敵意が無いのは察したらしかった。

「リック!」

 中年の男性が、恒一の背中にいる少年を見つけた瞬間、顔を歪めた。

「無事だったか……!」

「おじさん……」

 リックの声が震える。

 恒一がゆっくりと膝を折り、少年を下ろそうとすると、アステルが横から手を添えてくれた。

 地面に足を着いたリックは、痛む方の足を庇いながらも男性へ駆け寄ろうとした。

「待て、無理に歩くな」

 それを、オルビスがそっと制する。

 男性はすぐに近くまで来ると、リックの前へ膝をついた。

「すまなかった。目を離しちまって……本当に、すまなかった」

 叱るより先に、何度も謝る。リックは泣きながら男性の胸元へしがみついた。

「ごめんなさい……」

「いい。もういい。無事なら、それでいい」

 男性の手も、僅かに震えていた。

 その様子を見て、恒一はようやく息を吐いた。

 無事に見つかった。それだけで、身体の力が少し抜ける。

「怪我をしている」

 オルビスが静かに伝えると、ローブ姿の女性がすぐに前へ出た。

「見せてもらえますか?」

 女性は冒険者達に同行していた治癒師らしい。

 リックの前にしゃがむと、泥で汚れた足首を慎重に確認する。

「擦り傷と軽い捻挫ですね。骨には問題なさそうです」

「治せるのか?」

 男性が尋ねる。

「はい。この程度なら問題なく」

 そう答えると、女性はリックの足首へ両手をかざした。淡い光が、掌の間に灯る。

「……おお」

 恒一は思わず声を漏らした。

 光は温かな水のようにゆっくりと傷口を包み込み、細かな粒となって皮膚へ溶け込んでいく。見る間に赤みが引き、擦れていた皮膚が塞がっていった。

 先ほどまで顔を歪めていたリックも、不思議そうに自分の足を見ている。

「痛みはありますか?」

「……ない」

「少し動かしてみてください」

 恐る恐る足首を動かし、それから地面へ体重を掛ける。

「ぜんぜん痛くない! 大丈夫!」

「よかった」

 治癒師が微笑んだ。

 恒一は、言葉を失ったままその光景を見ていた。

 王城で魔法使いらしき人々は見た。

 適性を調べる水晶も、召喚の魔法陣も見た。

 だが、目の前で誰かの傷が治るところを見るのは初めてだった。

「……本当に魔法なんだな」

 思わず呟くと、アステルが隣で笑った。

「初めて見た?」

「ああ。傷がその場で治るなんて、俺のいた所じゃ考えられないよ」

「小さな怪我なら、治癒魔法で治せることも多いよ。ただ、何でも治るわけじゃないけどな」

「それでも十分凄いよ」

 恒一は、もう一度リックの足を見る。

 つい先ほどまであった傷は、ほとんど跡も残っていない。

 ――これが、魔法。

 言葉としては知っていた。けれど、こうして目の前で見て、初めて実感した。ここは本当に、自分の知っている世界とは違うのだ。

「ところで」

 剣を持った冒険者の一人が、恒一達へ向き直った。

「この子を見つけてくれたのは、あなた達で?」

「ああ」

 アステルが答える。

「森の近くを歩いていたら、泣き声が聞こえたんだ」

「助かりました。本当にありがとうございます」

 冒険者は深く頭を下げた。続いて、中年の男性も立ち上がり、何度も頭を下げる。

「俺はこの子の父親の店で働いている者です。今日は王都の外にある粉問屋の保管庫へ、小麦粉を取りに来ていて……崩れた荷物を積んでいる間に、いなくなっちまって」

 声が沈む。

「俺が、ちゃんと見ていれば……」

「子供は、思いがけない時に動くものだ」

 オルビスが静かに言った。

「今は無事に見つかった。それでいいだろう」

 責めるでも、慰めすぎるでもない。けれど、その一言で男性は少しだけ肩の力を抜いた。

「……はい、ありがとうございます」

「それに、見つけたのは俺達だけじゃない」

 アステルが恒一を見る。

「リックをここまで背負ってきたのは、コーイチだよ」

「いや、俺はそれくらいしかしてないから」

「それくらい、じゃないだろ」

 アステルはさらりと言った。恒一は返す言葉を失い、少しだけ視線を逸らした。

 中年の男性は改めて恒一へ頭を下げる。

「本当に、ありがとうございました」

「いえ。無事でよかったです」

 それ以上の言葉は、思い付かなかった。

 自分がしたのは、歩けない子供を背負っただけだ。それでも、相手にとっては必要なことだった。

「とにかく、一度街道へ戻りましょう」

 治癒師が立ち上がる。

「怪我は治しましたが、長く歩いて疲れているでしょう。休ませて上げないと。水も飲ませた方がいいです」

「そうだな。馬車も近くに置いてある」

 男性が頷いた。

 リックはもう歩けるようだったが、今度は男性が抱き上げた。リックも抵抗せず、その肩へ顔を埋める。

 安心したのだろう。しばらくすると、小さな寝息が聞こえ始めた。


 森を出る道すがら、恒一は冒険者達と少しだけ話をした。彼らは、保管庫へ向かう馬車の護衛として雇われていたらしい。

 王都から近いとはいえ、街の外へ出れば魔物や盗賊に遭遇する可能性がある。そのため、商人や職人が荷物を運ぶ際には、冒険者へ護衛を頼むことも珍しくないという。

「冒険者って、魔物を倒すだけじゃないんですね」

 恒一が言うと、女性の冒険者が笑った。

「討伐もしますけど、それだけじゃありませんよ。護衛、採取、捜索。人手が必要なことなら、だいたい何でも」

「迷子探しも?」

「依頼が出れば、もちろん」

「今回は依頼が出る前に見つかったけどな」

 男性冒険者が苦笑する。

「それにしても、よく声が聞こえましたね。俺達は何度も近くを通ったはずなのに」

「こいつは耳がいいからな」

 オルビスが答えると、アステルが少しだけ笑う。

「それとまあ、偶然近くにいただけだよ」

 それ以上は話さない。

 恒一は横目でアステルを見る。泣き声に気が付いたのは、森へ入る前だ。それに彼はリックの声だけでなく、不安や焦りまで感じ取っていた。

 ただ耳がいいだけではないように思える。けれど、本人が話さないことを無理に聞く気にはならなかった。

 誰にでも、話したくないことや話しにくい事情はある。自分が異世界から来たことを、双子が無理に聞き出さず、聞いた後も黙っていてくれるのと同じだ。


 やがて森を抜けると、街道脇に一台の荷馬車が見えた。見張りに残っていたのだろう、若い男性と冒険者らしき男女が大きく手を振った。積み荷には布が掛けられているが、その隙間から大きな麻袋が覗いている。

「あれが小麦粉?」

 恒一が尋ねると、男性が頷いた。

「ああ。王都の店で使う分です。保管庫から定期的に運んでるんですよ」

「パン屋だったね」

「ええ。親方夫婦がやってる小さな店ですが、近所じゃ評判なんですよ」

 男性は眠っているリックを見下ろし、困ったように笑った。

「この子はそこの一人息子でして。今日はどうしても一緒に行きたいって聞かなくて」

「なるほど」

 恒一は、リックの髪に付いた小さな葉をそっと取った。

 知らない鳥を追いかけたくなる気持ちは、何となく分からなくもない。自分だって昨日から、見たことのないものに目を奪われてばかりだ。

 違うのは、もう子供ではないということくらいだろう。

「皆さんも王都へ戻られますか?」

 治癒師が尋ねる。

「そのつもりです」

 アステルが答える。

「今日は軽く近くを見て回るだけだったから」

「でしたら、途中までご一緒しませんか? この子のご両親にも、助けてくださった方をお伝えしたいので」

 アステルはオルビスを見る。オルビスも異論はないらしく、静かに頷いた。

「コーイチは?」

「俺も戻るよ。夕食までには工房へ帰るって言ってあるから」

「なら決まりだな」

 帰りは荷馬車と歩調を合わせて進むことになった。

 リックは荷台に寝かされ、その傍には治癒師が付き添っている。

 恒一達は馬車の横を歩いた。

 行きよりもゆっくりとした速度だったが、不思議と退屈はしなかった。

 冒険者達から王都周辺の話を聞き、時折アステルが見つけた獣の痕跡を教えてくれる。

 オルビスは必要な時だけ言葉を挟み、クロムは馬を驚かせないよう少し距離を取って歩いていた。

 やがて王都の城壁が見えてくる。

 大きな門を見上げた時、恒一はふと朝の自分を思い出した。

 ほんの少し街の外を歩く。ただ、それだけのつもりだった。実際、大きな魔物と戦ったわけでも、危険な事件へ巻き込まれたわけでもない。

 迷子の子供を見つけ、傷が治る魔法を見て、知らない人達と一緒に帰ってきた、それだけだ。けれど。

 王都の中から眺めているだけでは知ることのできなかったものを、たくさん見た気がする。

「どうだった?」

 隣を歩くアステルが尋ねた。

「何が?」

「初めての街の外」

 恒一は少し考えてから答えた。

「思ってたより、普通だったかな?」

「普通?」

「もっと魔物が出たり、危ないことが起きたりするのかと思ってたから」

「王都の近くだし、毎回何か起きるわけじゃないよ」

「そりゃそうか」

 恒一は笑う。

「でも、魔法を見たのは凄かったな」

「そっち?」

「目の前で傷が治ったんだよ。驚くだろ」

「そのうち慣れるよ」

「慣れるものなのかねぇ」

「たぶん」

 アステルはやはり楽しそうに笑った。

 門をくぐり、王都の喧騒が戻ってくる。石畳を進む荷馬車の上で、リックはまだ安心したように眠っていた。その寝顔を見ながら、恒一はほっと小さく息を吐く。

 異世界で初めての休日。

 ほんの少し外へ出ただけの散歩は、思いがけない出会いを一つ連れて戻ってきたのであった。

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