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勇者召喚に巻き込まれた一般人です。~世界最強かもしれない冒険者パーティーと出会った結果、普通が何なのか分からなくなりました~  作者: 天晴


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5.迷子のお知らせを申し上げます。

しばらくは今まで書き留めてた分を多少清書しながら上げておりますが、今日はちょっと多めにアーカイブ。

もうちょっと続きます。

翌朝。

 朝食を済ませた恒一が《赤樫亭》の前で待っていると、約束の時間より少し早く、通りの向こうから見覚えのある巨大な影が現れた。

「おはよう、コーイチ!」

「おはよう」

 クロムの背から手を振るアステルに、恒一も手を上げて応える。

 昨日と同じく、その隣にはオルビスが歩いていた。朝の光を受けた銀髪は二人ともよく目立つ。おまけに馬より大きな狼まで一緒なのだから、通りを行く人々がちらちらと視線を向けるのも無理はなかった。

 しかし、誰も騒いではいない。

 中には「あら、クロちゃん」と笑って手を振る女性までいる。

(クロちゃん)

 恒一は何とも言えない気持ちで巨大な狼――魔狼(まろう)と呼ばれる種らしい――を見上げた。

 クロムは気にした様子もなく、女性に向かって一度だけ尻尾を振っている。昨日の子ども達の様子と良い、どうやらすっかりこの周辺の住民にも顔馴染みらしい。

 ひょい、とその背からアステルが飛び降りた。本当に軽々とした身のこなしだ。

「準備できた?」

「ああ。と言っても、水と昼飯くらいだけど」

 恒一は肩に掛けた鞄を軽く持ち上げた。

 昨日のうちにダンから借りた、小さな革製の鞄だ。中には水筒と、女将が持たせてくれたサンドイッチ。それから念のため、薄手の上着も入っている。

「それで十分だよ。遠くまで行くわけじゃないから」

 アステルはそう言ってから、恒一の足元まで視線を下ろした。

「服装に靴も……うん、大丈夫そうだな」

「一応、歩きやすそうなのを選んだよ」

 王城を出る時に用意してもらった衣服の中から、なるべく丈夫そうな靴を選んできた。日本から履いてきた革靴で森へ入るのは、さすがに無謀だと思ったのだ。

「それでは、行くか」

 オルビスの言葉に、アステルが頷く。

「うん。まずは南門から出よう」

「クロムには乗らないのかい?」

 てっきり昨日のように背中へ乗って行くのだと思っていた恒一が尋ねると、アステルは少し意外そうな顔をした。

「今日は近くだから歩くよ」

「ああ、そうなんだ」

「あ、コーイチ乗ってみたかった?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

 とはいえ、触らせて貰ったあの毛並みはかなり気持ちが良かったので、正直ちょっと気にはなる。

 そんな恒一の考えを知ってか知らずか、クロムがこちらを見た。

「……何?」

「わふ」

「いや、だから何で分かるんだよ」

 アステルが吹き出す。

「コーイチ、クロと仲良くなれそうだな」

「昨日会ったばかりだよ?」

「クロが気に入ってるから大丈夫」

 相変わらず、その判断基準はよく分からなかった。けれどクロムは当然のように恒一の横へ並んで歩き始める。心なしか上機嫌のようだ。その巨体のおかげで、隣を歩くと壁が移動しているようだった。

 王都の南門を抜けると、景色が一気に変わった。

 高い建物が並ぶ街並みの代わりに、視界いっぱいに草原が広がる。整えられた街道が緩やかに続き、その両側には畑や牧草地が点在していた。

 遠くには小さな森が見える。

 王城に居た時、窓から眺めた景色と全く違う。自分の足で歩いているからだろうか。草の匂いも、風に揺れる葉音も、ずっと近く感じられた。

「……本当に異世界なんだなぁ」

 思わず呟く。

「今更?」

 アステルが笑った。

「いや、今更なんだけどさ」

 恒一も苦笑する。

「王都の中にいると、建物や服装が違うくらいで、何となく普通に生活できそうな気がしてたんだよ。でも、こうして外へ出ると……やっぱり全然違う世界なんだなって」

 空が高く広い。空気が澄んでいる。日本でも、田舎へ行けば似た景色は見られただろう。

 けれど街道を行く荷馬車の横を、見たことのない角を持つ獣が荷物を背負って一緒に歩いている。遠くの畑では、小さな光がいくつも宙を舞いながら水を撒いていた。

 あれも魔法なのだろうか。

「変な感じ?」

「うーん……」

 恒一は少し考えた。

「不安はあるよ。まだ分からないことばかりだし」

「うん」

「でも、面白いとも思ってる」

 正直な気持ちだった。

 帰りたくないわけでも、未練がないわけでもない。突然連れてこられた事に、納得したわけでもなかった。

 ――それでも。

 知らない景色を見れば驚くし、見たことのないものがあれば気になる。昨日、工房に並ぶ道具を見て少し楽しくなったのと同じだった。

「そっか」

 アステルは、それ以上何も聞かなかった。ただ、少し嬉しそうに笑った。その横で、オルビスは街道の先へ視線を向けたまま歩いている。

 一見すると、本当にただ静かに散歩しているだけに見える。しかし、しばらく一緒に歩いているうちに、恒一は少しずつ気付いた。

 二人は、思っていた以上に周囲をよく見ているようだった。

 道の脇に残る足跡。草の倒れ方。遠くで飛び立つ鳥。

 時折立ち止まり、何気なく森の方を見る。

「……何かある?」

 何度目かにオルビスが足を止めたところで、恒一は尋ねた。

「いや」

 オルビスは視線を戻した。

「今のところは何もない」

「何もないかどうかを見てたって感じ」

 隣でアステルが言った。

「散歩みたいなものって言っただろ?」

「本当に散歩しながら見回ってるんだなぁ」

「依頼でも無ければ、わざわざ探し回るようなことでもないからね。歩いて、見て、いつもと違うものがないか確かめるだけ」

「何かがあれば、それで分かるもの?」

「慣れれば」

 さらりと言われた。

 恒一には、道も森も何もかもが初めてだ。昨日と違うと言われても、昨日を知らない。たとえ何度目かであったとしても、余程の変化でなければ気にも止めなそうだ。

「俺には無理そうだな」

「最初はみんなそうだよ」

 アステルが道端へ視線を向ける。

「例えば、あそこ」

「どこ?」

「あの辺の草」

 言われた場所を見る。

 草が生えている。

 それだけだった。

「……草だね」

「うん、草だな」

「……終わり?」

 アステルが笑った。

「よく見ると、少しだけ倒れてるだろ?」

「ああ……言われてみれば」

「昨日か一昨日くらいに、何かが通ってる」

「何かって?」

「たぶん、小型の獣。街道の近くまで来たけど、そのまま森へ戻ったみたいだな」

「そんなことまで分かるの?」

「うん。もし暴れたりしてたら、もっと荒れるしね。ちなみに俺は、音とか感覚を拾いやすいほう」

 アステルは自分の耳を指差して見せた。

「兄さんは俺よりもっと、足跡や痕跡を見るのが得意だよ」

「なるほど」

 恒一は感心してオルビスを見る。するとオルビスは少し考えてから、淡々と付け加えた。

「アステルは足跡を見る前に、本人を見つけることが多い」

「なるほど?それは足跡を見る必要がないな」

「そうだ。だから追跡調査をよく飛ばす」

「兄さん、それ褒めてる?」

「事実を言っただけだ」

 双子の会話に、恒一は思わず笑った。

 こうして歩いていると、昨日会ったばかりだということを忘れそうになる。

 アステルはよく話す。

 オルビスは必要なことを静かに口にする。

 そして、どちらか一方だけが会話をしているようでいて、実際には二人とも互いの言葉をよく聞いている。

 やはり、随分と仲の良い兄弟らしい。

 そんなことを思いながら歩いていると、街道はやがて小さな森の近くへ差し掛かった。

「この辺りで一度休もっか?」

 アステルが尋ねる。

「俺はまだ大丈夫だよ」

「じゃあ、もう少し先まで――」

 そこで、アステルの言葉が止まった。

 ほぼ同時に、クロムの耳がぴくりと動き、オルビスも足を止めた。

「どうした?」

 恒一が尋ねる。

 アステルは、すぐには答えなかった。森の方へ顔を向け、何かを聞き取ろうとするように目を細めている。

「……子供?」

「えっ?!」

「一人だな……街道から外れてる」

 恒一には何も聞こえない。風が葉を揺らす音と、遠くの鳥の声だけだ。

「子供がいるの?」

「うん」

 アステルの表情から、先ほどまでの気軽な笑みが消えた。耳を澄ますように、眼を閉じる。

「……泣いてる。――不安と、焦りだ」

「距離は?」

「浅くは無いけど、まだ一番奥には行ってないと思う」

 オルビスの問いにそう答えると、アステルは眼を開けた。

「コーイチ、ちょっと急いで進むよ。クロから離れないでいてね」

 二人は迷うことなく森の方へ向かった。恒一も慌てて後を追う。

 森といっても、街道沿いの比較的浅いものだった。昼間なのでさほど暗くもなく、木々の間から日差しが差し込んでいる。

 それでも、道を外れて少し進むだけで、方向感覚が曖昧になってくる。

「……これ、子供一人で入ったら迷うな」

「恐らく、そういうことだろうな」

 ふと、オルビスが地面を見る。土の上に、僅かに跡がついていた。

「小さな足跡がある。森の奥へ続いているな」

「よく見えるね」

「慣れているからな」

 それだけ答え、オルビスは先へ進んだ。

 少し歩いたところで、ようやく恒一にも声が聞こえた。

「……ひっく……おかあさん……」

 小さな泣き声だった。

「いた!」

 アステルが足を速める。茂みを避けて回り込んだ先。一本の木の根元に、小さな男の子が座り込んでいた。

 六歳か七歳くらいだろうか。服の裾には草の種が付き、片方の靴は泥だらけになっている。泣き疲れたのか、顔をぐしゃぐしゃにしながら膝を抱えていた。

「おーい」

 アステルが少し離れた場所から声を掛ける。男の子がびくりと顔を上げた。

「大丈夫か?」

 いきなり近付かず、アステルはその場でしゃがんだ。

「俺達、王都から来たんだ。君は、帰る道が分からなくなった?」

 男の子は何度か瞬きをした。それから。

「……うん」

 小さく頷く。

「そっか。じゃあ、もう大丈夫だよ」

 アステルは男の子に笑い掛ける。いつもにも増して柔らかい笑顔だった。

「名前、聞いてもいいか?」

「……リック」

「リックか。俺はアステル。こっちは俺の兄さんのオルビス。それから、コーイチとクロム」

 順番に紹介され、恒一も軽く手を上げた。

「こんにちは」

「わふ」

 最後にクロムが鳴く。すると、リックの目が大きく見開かれた。

「お、おおかみ……?!」

「ああ、大丈夫。クロは噛まないよ」

「……本当?」

「本当」

 アステルが振り返る。

「な?」

「わふ」

 クロムはその場に伏せた。巨大な身体を少しでも小さく見せようとしているのかもしれない。

 もっとも、伏せても十分に大きいのであるが。

 リックはしばらく警戒していたが、やがてクロムが動かないと分かると、少しだけ身体の力を抜いた。

「リックは、どこから来たんだ?」

 今度はオルビスが尋ねる。

「おうと……」

「王都か。家はどの辺りだ?」

「パンやさん」

「パン屋?」

「おとうさんと、おかあさんの……パンやさん」

 しゃくり上げながら答える。

「ぼく、見たことのない鳥を見つけて、追いかけて……気がついたら、どこにいるかわかんなくなって……」

「一人で街の外まで来たのか?」

 恒一が思わず尋ねる。

 リックは首を横に振った。

「おじさんの馬車にのってた。おみせの粉、とりにいくって……でも……」

 どうやら、王都の外にあるどこかへ大人と一緒に来ていたらしい。

 そこで鳥を追いかけ、いつの間にか森へ入り込んでしまった。

「なるほど」

 オルビスが立ち上がる。

「なら、近くで探している可能性が高いな」

「うん。まず街道まで戻ろう」

 アステルがリックへ手を差し出した。

「歩けるか?」

「……うん」

 男の子はその手を取ろうとして。

「あっ」

 小さく声を上げた。立ち上がった途端、顔を歪める。

「どうした?」

「足……いたい」

 見ると、片方の足首に擦り傷があった。大きな怪我ではなさそうだが、長く歩き回ったせいで痛みが出ているらしい。

「見せてごらん」

 アステルが傷を確認する。

「ああ、酷くはないけど、このまま歩かせない方がいいな」

「俺が背負おうか?」

 恒一が言うと、アステルが顔を上げた。

「いいの?」

「子供一人くらいなら大丈夫だよ」

「じゃあ、お願いしようかな」

 リックの前にしゃがみ込む。

「ほら。乗れる?」

「……いいの?」

「もちろん」

 おずおずと伸びてきた小さな腕が、恒一の首に回る。

 かけられた体重は軽い。当たり前だが、子供の重さだった。脚をしっかりと支えて立ち上がる。

「よし。これで大丈夫」

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 小さな声で礼を言われ、恒一は少し笑った。

 するとアステルが、何故か嬉しそうにこちらを見た。

「何?」

「いや」

 アステルはどこか満足げに笑う。

「やっぱり、コーイチに声掛けてよかったなと思って」

「……まだそれ言うの?」

「何度でも言うぞ」

 何がそんなに気に入ったのやら。やはり、よく分からない。

 その横でオルビスは、森の出口へ向かいながら小さく息を吐いた。

「アステルの勘は、こういう時だけは妙に当たる」

「こういう時だけ?」

「兄さん?」

「行くぞ」

 オルビスは振り返らない。アステルが少し不満そうな顔をする。そのやり取りを見て、恒一はまた笑った。

 こうして、異世界で初めての休日。

 少し街の外を歩くだけだったはずの散歩は、迷子の少年を一人連れて帰ることになった。

 もっとも、この時の恒一はまだ知らなかった。

 背中で安心したように眠り始めたパン屋の息子――リックとの出会いが、すぐにもう一つの仕事へと繋がっていくことを。

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