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勇者召喚に巻き込まれた一般人です。~世界最強かもしれない冒険者パーティーと出会った結果、普通が何なのか分からなくなりました~  作者: 天晴


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4.明日の予定が出来ました。

ちょっとだけ、進んだお話し。

「そうだ、コーイチ」

 箸を作業台へ戻したアステルが、何かを思い出したように顔を上げた。

「明日もずっと仕事?」

「明日?」

「うん。もし休みだったり時間が空くなら、一緒に少し街の外へ出てみないか?」

 あまりにも自然に誘われたので、恒一は一瞬、返事に詰まった。

「街の外、かい?」

「そ、散歩みたいなもんだよ。俺達、旅先で長めに滞在する時は、よく近くを軽く見回ったりするんだ」

「見回り……そういうのって、騎士とか兵士? の人が仕事でやってたりするんじゃないの?」

 実際、召喚された王城には沢山の騎士が勤めていた。まさかあの大人数で城だけを守っている訳でもあるまい。

 恒一が首を傾げていると、アステルは少し考えるように視線を上げた。

「んーっと。騎士達とはちょっと違って、街の外の街道とか、近くの森の様子を見ておく感じかな。魔物が増えてないかとか、変な気配がないかとか」

「魔物……二人は、普段はそういった仕事をしてるのか?」

「仕事の時もあるし、そうじゃない時もある」

 答えを引き継いだのはオルビスだった。

「俺達は『冒険者』だ。普段は所属しているパーティーで動くことが多いんだが、今回はたまたま二人でこの王都に滞在している」

「へぇ、冒険者……」

 恒一は改めて二人を見た。

 言われてみれば確かに、普通の街の人とは纏う雰囲気が違う。派手に威圧するようなところはないが、身のこなしが妙に無駄なく自然で、クロムという巨大な狼と一緒にいる姿も実に馴染んでいる。

「パーティーって、チームみたいなもの?」

「そうだ。《地平線の旅団》という」

 オルビスが頷きながら補足する。

「俺達の所属パーティーの名だ」

「この大陸――ミストリアとは違う、別の大陸が拠点なんだけどね」

 そう言ったアステルの言葉に、恒一は少し驚いて顔を向けた。

「別の大陸?」

「うん。俺達の出身は『アルシオン大陸』っていう所。だから、今こっちに来てるのは俺と兄さんだけなんだ。まぁ、ちょっとした旅行中みたいな感じだね」

「旅行、かぁ……」

 異世界に来たばかりの恒一には、このミストリア大陸の広さすらまだ分からない。ましてや海の向こうにある別大陸など、想像もつかなかった。

 そんな遠い場所から来た二人が、今こうして王都の木工工房で、自分の作った箸を眺めている。改めて考えてみると、何とも不思議な状況である。

「じゃあ、こっちには何日くらいいる予定なんだ?」

「まだ決めてないよ。少なくとも、もうしばらくはいるつもり」

「今回は来てからそろそろ二週間程経つか……。厳密に予定を決めて動くことは少ないからな」

 オルビスがそう付け加えると、アステルが少しだけ肩を竦めた。

「流石に旅団のみんなと一緒の時は、もう少しちゃんと決めるんだけどね。今回は兄さんと二人だから、割と気楽に動いてる」

「なるほど」

 恒一が頷いた、その時だった。

 工房の奥で作業を続けていたダンが、中から顔を出した。

「そういや、コーイチ」

「あ、はい?」

「お前、明日は休みだ」

「え?」

 初日から、いきなり休み。

 恒一が目を瞬かせると、ダンは特に気にした様子もなく説明を続けた。

「明日は木材の仕入れで工房を閉める。今日入ったばっかりの見習いにやらせる仕事もねぇから、好きにしてろ」

「ああ、なるほど」

「出掛けても構わんが、ここにいるなら飯は出すぞ。外で食わずに戻ってくるつもりなら、飯時より少し前には帰ってこいよ」

「分かりました。ありがとうございます」

 住み込みで雇われたばかりなのに、食事のことまで気に掛けてもらえるのはありがたい。

 恒一が素直に頭を下げた、その瞬間。

 隣から、妙に楽しげな気配を感じた。

 ……見なくても分かる。アステルである。

「明日、休みなんだな」

 案の定、声が弾んでいた。

「……そうみたいだね」

「じゃあ、ちょうどいい」

 アステルは嬉しそうに笑い、先ほどの話を当然のように続けた。

「朝飯を食べた後くらいに迎えに来るよ。遠くまで行くつもりはないし、昼過ぎには戻れると思う」

「もう行くことになってるのか?」

「嫌なら断ってくれていいぞ」

 横からオルビスが静かに告げる。その言葉に、アステルもすぐ頷いた。

「もちろん。まだこの辺りを見て回る余裕がないなら、また今度でもいいしさ」

 わりと勢いよく誘っているようでいて、断る余地はきちんと残しているらしい。

 恒一は少し考えた。明日は工房も休みで、特に予定はない。王都の外がどうなっているのかにも興味はあったし、何より冒険者だという二人と一緒なら、一人で出歩くよりはずっと安全だろう。

「……そうだな。そのくらいなら、俺も行ってみたい」

「本当?」

「ああ。ただし、俺は戦ったり出来ないぞ?」

「分かってるよ。危ない所に連れていくつもりもないし、本当にちょっとした散歩だからさ」

 アステルはそう言って、満足そうに笑った。

「じゃあ、明日の朝。またここに来るよ」

「分かった。よろしくな、二人とも」

「うん。こっちこそよろしく、コーイチ」

 こうして恒一は、異世界へ来て初めての休日に、街の外へと出掛けることになったのだった。


◇◇◇


 片付けを終えた頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。

 今日は初日ということもあり、恒一が任された仕事の大半は工房の掃除や道具の手入れ、それからダンの作業を横で見て覚えることだった。それでも慣れない環境で一日を過ごしたせいか、身体には心地よい疲れが残っている。

「今日はもう上がっていいぞ」

 ダンにそう言われ、恒一が作業場の片付けを終えた時だった。

「コーイチ~」

 工房の入口から名前を呼ばれた。

 顔を上げると、そこには先ほど別れたばかりの双子が立っていた。二人の後ろには、当然のようにクロムもいる。

「……まだいたのかい?」

「一度宿に戻ったよ」

 アステルが笑う。

「折角だから、夕飯、一緒にどうかなと思って」

「夕飯?」

「明日の話も少ししておきたいし。コーイチ、この辺りの店もまだ知らないだろ?」

「まあ、それは確かに」

 異世界に来てから、まだ数日。

 王都の地理どころか、どこで何が食べられるのかもほとんど知らない。

 住み込みで働くことになった《赤樫亭》では食事も出してもらえることになっているが、今日は初日だから好きにして良いと、先ほどダンから言われたばかりだった。

「それなら、せっかくだし一緒に行こうかな」

「よし、決まり」

 アステルが嬉しそうに笑う。今日会ったばかりなのに、何故か既に何度もこの笑顔を見ている気がした。


 恒一が連れて行かれたのは、《赤樫亭》から歩いて十分ほどの場所にある食堂だった。

 大通りから一本入った場所にあり、店内には仕事帰りの職人や商人らしき姿が多い。気取った雰囲気はなく、木製のテーブルが並ぶ広い店内には、焼いた肉と香辛料の匂いが漂っていた。

「ここ、量が多くて美味しいんだ」

「それはありがたいね」

 昼は《赤樫亭》で済ませてはいたが、一日働いた後である。しっかり腹は減っていた。

 空いているテーブルへ案内されると、アステルは慣れた様子で料理を注文していく。

「肉のローストの盛り合わせと、夏野菜の煮込み。それからパンと、今日のスープ。全部三人分で」

「クロちゃんの分は?」

「いつものやつお願い」

「あいよ」

 顔馴染みなのだろう、店員の女性が笑って厨房へ戻っていく。

 恒一は思わず、テーブルの横で伏せている巨大な魔狼を見た。

「クロム、ここでも普通に入れるんだな」

「店によるよ。ここは昔から来てるから」

「昔から?」

「何度かこの王都には来てるんだ」

 アステルはそう言って、テーブルに置かれた水を一口飲んだ。

「俺達、冒険者だからさ。依頼で別の国や大陸に行くことも多いんだ」

「海の向こうまで?」

「受けた依頼で必要なら行くよ」

「凄いなぁ……」

 恒一にとって、大陸を渡る旅など想像もつかない。

 日本にいた頃なら、飛行機や船に乗れば海外へ行けた。けれど、この世界には当然そんな便利な交通手段はないのだろう。

「どのくらいかかるんだ?」

「行き先と手段によるな」

 オルビスが答える。

「近い場所なら数日。遠ければ数週間かかることもある」

「数週間……」

「天候が悪ければもっとかかるよ」

 アステルが付け加える。

「慣れると船旅も楽しいけどね」

「俺は船酔いしそうだなぁ」

「するほう?」

「分からない。大きな船に長く乗ったことがないから」

「じゃあ、いつか試してみないとな」

「何で俺が船に乗ることになってるんだい?」

「乗らないの?」

「今のところ予定はないよ」

 恒一が笑うと、アステルも楽しそうに笑った。

 オルビスは何も言わなかったが。

 何故だろう。ほんの少しだけ、何かを考えている顔をしていた。

 やがて料理が運ばれてきた。

 大皿に盛られた肉に、野菜がごろごろと入った煮込み。見るからに焼きたてのパン。

 どれも見た目は素朴だが、湯気と一緒に立ち上る香りが食欲を刺激する。

「いただきます」

 思わず、いつもの癖で手を合わせる。

 アステルがこちらを見た。

「それ、何?」

「ああ……俺の故郷で、食べる前に言う挨拶みたいなものだよ」

「へぇ」

 アステルは少し考えてから。

「いただきます」

 と、真似をした。

「……やるんだ?」

「駄目?」

「いや、駄目じゃないけど」

「……いただきます」

 今度はオルビスまで言った。

「オルビスも?」

「食事への挨拶なんだろう?」

「まあ、そうだけど」

「なら問題ないだろう」

 何故か堂々としたした物言いに、恒一は少し笑った。

「じゃあ、いただきます」

 そうして三人で食事を始めた。味付けは日本で食べていたものより少し塩気が濃い。けれど、素材の味が引き立つ塩梅だと言えば良いのだろうか。とても美味しかった。

 香ばしく焼かれた肉は柔らかく、煮込みには見たことのない根菜が入っている。食感は芋に近いが、少し甘かった。

「これ、本当に美味いな」

「だろ?」

 何故かアステルが得意そうだ。

「アステルが作ったわけじゃないよね?」

「そうだけど、美味しい店を知ってる」

「なるほど。それは立派な自慢だ」

「だろ?」

「褒めるな。調子に乗る」

「兄さんちょっと」

 そんな取り留めの無いやり取りをしながら、和やかに食事は進んだ。

 恒一は今日初めて工房で仕事をしたことを話し、双子からはこれまで訪れた街の話を聞いた。

 砂漠の真ん中にある交易都市。

 雪原に佇む暖かな宿場町。

 山を丸ごと利用した鉱山都市。

 森の中にある小さな集落。

 どれも、恒一には想像するしかない場所だった。

「本当に、色々な所へ行ってるんだなぁ」

「旅団のみんなと一緒だと、もっと色々あるよ」

「もっと?」

「うん」

「聞くのがちょっと怖いな」

「何で?」

「何となく」

 ――そんな時だった。

 少し離れたテーブルから、ふと聞き覚えのある言葉が聞こえてきた。

「――で、本当なのか? 勇者召喚って」

 恒一の手が、一瞬止まった。

「らしいぞ。王城の連中が隠してるって話もあるがな」

「でも、何日か前に城の上が光ったっていうじゃねぇか」

「四人だって聞いたぞ」

「いや、三人だろ?」

「俺は五人って聞いた」

「お前ら、全員言ってること違うじゃねぇか」

 酒の入った男達が声を上げて笑う。どうやら、ただの噂話らしい。

 王城で何かがあった。

 勇者が召喚された。

 人数は三人とも、四人とも、五人とも。

 戦争のためだとか、神託があったとか。

 どれも少しずつ違っている。


 けれど、恒一には分かる。

 その噂の中心にある出来事を。自分は、知っている。


「…………」

 恒一は止まった手を動かした。

 パンを千切る。煮込みへ浸す。口へ運ぶ。

 何でもないように。

「……コーイチ」

「ん?」

 顔を上げる。

 アステルがこちらを見ていた。その表情は、さっきまでの笑顔ではなかった。

 真剣な顔、というほどでもない。

 ただ静かに、恒一を見ている。

「どうした?」

「……いや」

 アステルは少しだけ首を傾げた。

「今の話……何か知ってるのかな、と思って」

 心臓が、僅かに跳ねた。表情や態度には出ていないと思ったのに。

「今の話?」

「勇者召喚」

 アステルの声は小さい。周囲には聞こえない程度に抑えている。

 恒一は、すぐには答えられなかった。

 その沈黙だけで、十分だったのかもしれない。

 オルビスが静かに周囲を見た。

「ここでする話ではないな」

「……あぁ」

 アステルも気付いたように店内を見る。

「そうだな、悪い」

「…………」

 恒一は二人を見る。問い詰めるような様子はない。ただただ急かす様子もなく、返事を静かに待ってくれているようだった。

 ――話すか、話さないか。少しだけ迷う。

「……二人は」

 恒一は声を落として言った。

「勇者召喚について、どのくらい知ってる?」

 双子の表情が僅かに変わった。

 アステルがちらりとオルビスを見ると、二人は小さく頷き合った。

「数日前、この国で大規模な召喚術式が使われたらしいことは知っている。ただ、誰かに話を聞いただとかではなく、そうだな……俺達自身が、大きな力の動きに気が付いた、と言えば伝わるか?」

「そっか。やっぱり、魔法とかそういうのが分かる人には感じ取れるものなのかな」

「特別な力を持った何人かが、別の場所から召喚されたらしいっていう噂も聞いたよ。だけど、正確な情報はまだ出ていないみたい」

 二人の言葉に、嘘や隠し事は無いように思えた。

 今日知り合ったばかりの彼ら。だが、どこまでも誠実な態度で接してくる二人だからこそ、恒一も話してみようという気になれたのかもしれなかった。

「……四人だよ」

 恒一は言った。

 その言葉に、オルビスは少しだけ目を見開き、アステルが瞬きをする。

「召喚された『勇者』は、四人」

 全てを言うべきか否か迷う。けれど、もうここまで言ってしまったのだ。

「……それと」

 恒一は小さく息を吐いた。

「巻き込まれた一般人が、一人」

 三人の間に、沈黙が落ちる。

 店の中は変わらず賑やかだった。

 笑い声。

 食器の音。

 料理を運ぶ店員の声。

 その中で。

 三人のいるテーブルだけが、ほんの少し。別の場所になったような気がした。

「それが、コーイチ?」

 アステルが尋ねた。恒一は頷く。

「……うん」

 いざ口にしてしまえば。思っていたより、あっさりしていた。

「俺は勇者なんかじゃないよ。たまたま、近くで召喚に巻き込まれただけ」

「……そっか」

 アステルは、それだけ言った。驚いてはいる。けれど、恒一が想像していたほどの反応ではなく、それが恒一の気分を落ち着かせてくれる。

「もっと驚かれるかと思った」

「滅茶苦茶驚いてるよ?」

「そうは見えないけど」

「兄さんよりは分かりやすいと思うぞ」

「俺を基準にするな」

 オルビスが静かに返す。その話し方は、さっきまでの双子と同じやり取り。

 そのおかげで、恒一の肩から少し力が抜けた。

「でも、なるほどな」

 アステルが呟く。

「それでか」

「何が?」

「コーイチ、知らないことが多いだろ?」

「……まあ」

「なのに、全然違うことを知ってる。箸とかさ」

 昼間の事を思い出しているのか、アステルの視線が少しだけ工房の方角へ向いた。

「ああ」

「それに、名前も」

「名前?」

「ヤーパンの人達の響きに似てるけど、違うんだろ?」

「うん、違うね」

 恒一は苦笑した。

「俺の故郷は、もっとずっと遠い所だから」

 今日の朝、ダンに言った言葉。あれは嘘ではなかった。本当に……どうしようもないほど、遠い。

「そうか」

 アステルの声が少しだけ柔らかくなる。

 その言葉に、何故か胸の奥が僅かに痛んだ。

 帰れない。帰る方法は分からない。わかっていても、何処かで考えないようにしていた事だった。

「勇者の四人は?」

 オルビスが尋ねた。

「知り合いだったのか?」

「いいや」

 恒一は首を振る。

「あの子達とは、召喚される前にたまたま同じ場所にいただけ。こっちに着いてから少し話したけどね」

「あの子達、って……子供なのか?」

 アステルが聞く。

「高校生……ええと、十六、十七歳位かな」

 双子の表情が、同時に少しだけ変わった。

 それは本当に僅かな変化だったけれど。

 二人の思った事は、今度は恒一にもすぐに分かった。

「……若いな」

 オルビスが言った。

「うん、思ったよりも」

 アステルも頷く。

 それ以上、二人は何も言わなかった。だがほんの少しだけ、空気が変わった気がした。

「今は王城にいるよ」

 恒一は続けた。

「四人とも、勇者として訓練を受ける事になったらしい」

「コーイチは?」

「俺?」

「どうして一人だけ、ここにいるんだ?」

「ああ」

 恒一は笑った。

「俺は『工作』だったから」

「……『工作』?」

 アステルが首を傾げる。

「俺の適正スキル。勇者の四人は『剣聖』とか『聖女』とか、凄そうなのが出てたんだけどね」

「コーイチは工作だった?」

「そう」

「なるほど、それで木工工房に?」

「そういうこと」

 そう答えれば、アステルは頬杖をついて笑って見せた。

「ふふ。何だかコーイチらしいな」

「何だそりゃ」

 つられたように、恒一も笑った。

「俺達、今日初めて会ったばかりだよね?」

「うん」

「俺らしいって分かるほど知らないでしょ」

「うん。でも、何となく」

「また何となくか」

 気が抜けたように、二人してくつくつと笑い合う。だが、オルビスは少しだけ考えるように恒一を見ていた。

「……もとの世界に、帰る方法は?」

 控えめに言われたその質問に。恒一の笑みが少し薄れた。

「……分からない」

「そうか」

「王城でも調べるとは言ってたよ。でも、すぐには無理みたいだ」

「……そうか」

 オルビスは同じ言葉を繰り返した。けれど、今度は少しだけ声色が違った。

 恒一は肩を竦めて見せる。

「まあ、だからとりあえず『生活』しようかなって」

「生活?」

「仕事を見つけて、住む場所を決めて、ちゃんと飯を食べる」

 指を折りながら数える。

「何もしないで、ただ待ってるわけにもいかないしね。出来ることをして、生きて行かなきゃ」

 その言葉に、アステルは僅かに目を細めた。

「……強いな、コーイチは」

「え?」

「んーん、何でもない」

 アステルはふわりと笑った。今度はいつもの笑顔だった。

「よし。明日、街の外に行こうな!」

「急に話が戻ったな」

「だって行くだろ?」

「まあ、行くけど」

「じゃあ決まり!」

 恒一は苦笑しながらも「分かったよ」と答えた。

 そこでふと思い出す。

「……あのさ」

「ん?」

「今の話、できれば、あまり他の人には……」

「言わないよ」

 アステルは、恒一が最後まで言う前に答えた。

「コーイチが自分で話したいって思った相手にだけ話せばいい」

 続けて、オルビスも頷く。

「俺達から口外することはない」

「……ありがとう」

 どうして、今日会ったばかりの二人にこんな話をしたのか。自分でもよく分からない。だが不思議と、後悔はしていなかった。

 食事を終えて店を出る。夜の王都は、昼間とは違う顔をしていた。通りには魔法術式を使った灯り――魔導灯(まどうとう)と言うそうだ――が灯り、店からは笑い声が聞こえる。

 恒一は《赤樫亭》まで送ってくれた双子と、店の前で別れた。

「じゃあ、また明日」

「うん」

「朝飯はちゃんと食べておけよ。歩くからな」

「分かってるよ……って、散歩じゃなかったのか?」

「大丈夫だ、走る予定はない」

「いやそうじゃなくてね??」

 若干の不安を感じるが、まぁなるようにしかならないだろう、という気もした。


「それじゃおやすみ、コーイチ」

「ああ。また明日」

 わふ。とクロムも鳴いた。

「クロムも、おやすみ」

 ふさふさした尻尾が二、三度揺れた。

 二人と一頭が、夜の通りを歩いていく。その背中を見送りなから、恒一はふと思った。

 この世界に来てから、まだ数日。

 なのにもう、明日の予定がある。誰かと会う約束がある。

「……不思議なもんだなぁ」

 そう小さく呟いて。

 恒一は、自分の新しい住処となった工房へ戻って行った。


◇◇◇


 《赤樫亭》から少し離れた夜道を、双子の兄弟は並んで歩いていた。

「オルビス」

「ああ」

 長い付き合いの二人だった。それだけで、互いに何を考えているのかが分かる。

 勇者召喚。

 四人の少年少女。

 そして。

 本来、召喚されるはずではなかった、五人目。

「……巻き込まれた、か」

 オルビスが静かに呟く。

「うん」

 アステルの声から、先ほどまでの明るさが少し消える。

「でも」

 振り返る。もう《赤樫亭》は見えない。

「……コーイチは、勇者じゃない」

「ああ」

「なら」

 アステルは前を向いた。

「少なくとも、あの人までこの国の都合に巻き込まれる理由はないよな」

 オルビスが目を細める。

「……そうだな」

 それ以上、二人は何も言わなかった。

 ……ただ。

 数日前から見聞きしていたこの国の情勢に、思いがけない形で一人の男が加わった。

 その事実だけを。瓜二つの表情で、静かに胸に留めていた。

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