59.断捨離は難しいです。
「よし、一旦そこまでだ」
ぱんっ、と乾いた音が響いた。
「何にせよ、いきなり今日の今日で見に行けやしねぇだろ」
手を叩いたダンの一言で、今にも立ち上がって走り出しそうだったノーラが止まった。
「え?」
「え、じゃねえ。こっちはまだ倉庫の片付けも途中だ。それにお前、自分んとこも今日は休みだろうが」
「あ、そうだった」
「忘れてたのかよ……」
アステルが呆れた声で思わず突っ込むと、ノーラは悪びれる様子もなく笑った。
「だって、ガロンさんの倉庫見たらそれどころじゃなくなっちゃって!」
「自分の工房の定休日を忘れるほどか……」
「職人ってのは、面白そうなもん見つけるとそんなもんだ」
「親方も同類?」
「俺は自分とこが休みだってことくらい覚えてる」
「そこ基準なんだ……」
ともあれ、今日このままノーラの工房へ押しかける話はなくなった。
実際こちらはこちらで朝から始めた倉庫の掃除がまだ途中だ。外へ出した木箱や古い道具もそのままで、ダンに確認してもらわなければならない物も山ほどある。
ノーラの工房と保管庫についても、実際に何が問題になっているのかを見なければ話は始まらない。
ガロンの倉庫で上手くいったからといって、同じ物をそのまま取り付ければいいとは限らないのだ。
日を改め、まずはきちんと現場を確認する。そう決まったところで、恒一はふと思い出した。
「あ、親方。そういえば俺も相談が」
「ん?」
背後の倉庫を振り返る。
「窓なんですけど。今あるやつ、やっぱりかなり強く固着してて開きませんでした」
「ああ。後で見る」
「それと、出来れば窓自体をもう少し大きくしたいんです。反対側にも一つ増やせれば、採光と風通しも良くなるかなって」
「ふむ」
ダンも倉庫へ目を向ける。しばし建物を眺め、顎に指先を当てながら頷いた。
「窓は今のやつも外して、枠から作り直すか」
「出来ます?」
「出来る。どうせ古いからな、新しくした方が早ぇ。追加する窓と揃えちまおう」
「じゃあ、お願いします。それと入口も」
「入口?」
「クロが通る時、ちょっと狭そうで」
全員の視線がクロムへ向いた。
「わふ?」
当の本人は何のことか分かっていないのか、伏せたまま首を傾げる。
「斜めになればいけるんですが、肩の毛が擦れるんですよ。少し広げられませんかね?」
「お前、こいつが普通に出入りする前提で作んのか?」
「駄目ですかね……?」
「いや駄目じゃねえが」
ダンはクロムと入口を見比べた。
「ま、でけぇ材料運び込む時にもその方が楽か」
「それもあります」
「なら一緒にやる。扉もガタがきてるし、作り直しだな」
「ありがとうございます」
少しずつ具体的になっていく工房の姿に、また気持ちが浮き立ちそうになる。
――と。
ふわり、と視界の端に青白い光が灯りかけた。
「……おっと」
危ない。恒一は即座に倉庫から目を逸らした。
「後で。今は後」
「お、止めたな」
アステルが気付いて笑う。
「見なくていいから」
「はいはい」
昨日の今日である。これ以上魔力切れを繰り返すつもりはない。
そんな恒一の横で、ノーラが何やら考え込んだ後ぽん、と手を打つ。
「じゃあ、お詫びに倉庫の片付け手伝うね!」
「お詫び?」
「アステルのこと揺らしちゃったし!」
「そこはちゃんと覚えてたんだな……」
「もちろん!」
「俺としては『パン食ってる奴を揺らさない』の方を覚えてほしいんだけど」
「大丈夫!」
「その大丈夫が信用ならないんだよなぁ……」
アステルが遠い目をする。
先ほどまでの勢いは幾分落ち着いてきたものの、どうやらノーラという人物は、これが平常運転に近いらしい。
恒一がそんな二人を眺めていると、アステルがふと思い出したように振り返った。
広げたままの、食べかけのバゲット達。ノーラ襲来によって完全に中断されていた昼食である。
「とりあえず昼飯の続きだな」
「あ、お昼中だったのね」
「そういうこと。ノーラも食う?」
「いいの?」
「ああ、いっぱいあるし。ガロンさんとこのパン」
「わぁい! 食べる~!」
「ほら」
アステルが紙袋からパンを取り出して渡す。
先ほどまであれほど警戒していたというのに、随分と切り替えが早い。
「さっきまで逃げようとしてたのにな」
恒一が言うと、アステルは新しいパンを手に取りながら肩を竦めた。
「まあ、もう逃げなくて良さそうだし」
「それはそう」
「それにさ」
アステルはノーラへチーズとハムも渡しながら、からりと笑った。
「お互いを知るなら、一緒に飯食うのが一番だろ」
「……それはちょっと分かるな」
食事をしながら話すと、不思議と距離が縮まる。
恒一もこの世界へ来てから、何度も経験してきたことだった。
こうして先ほどまでの騒動が嘘のように――とまではいかないが、少なくとも普通に会話が出来る程度には落ち着いた昼食が再開された。
話題は自然と、互いの仕事へ移っていく。
「ノーラは革職人って言ってたけど、具体的には何を作ってるんだ?」
「色々! 鞄とか財布みたいな小物も作るし、ベルトも作るよ。あとは革鎧とか、冒険者向けの装備も最近はよく出るね」
「へぇ、革鎧も作るんだ」
「うん。使う革も、作る物によって全然違うしね。柔らかい方がいいものもあれば、厚くて丈夫じゃないと駄目なものもあるし。なめし方でも変わるし、染めたり、油入れたり――」
話し始めた途端、またノーラの目が輝き始めた。熱が入りすぎて誰かを揺さぶるのは少々いただけないが、好きなものについて話す時のその顔は恒一にも良く分かる。
「革細工か……」
ふと、日本にいた頃の記憶が蘇る。
休日に立ち寄ったクラフトショップ。木工用品や工具を眺めるついでに、レザークラフトのコーナーへ足を向けたことも何度かあった。
綺麗に切り揃えられた革。菱目打ちに、蝋引きされた糸と縫い針。金具。染料。
初心者向けのキットも売られていて、財布やキーケースなどを自分の手で縫い上げられるようになっていた。
木とはまるで違う素材。切って、穴を開けて、縫って、磨いて。
使い込むほど色や艶が変わっていくのも面白そうで、あれはあれで男心をくすぐるものがあった。
「……革細工も面白そうだよな」
「面白いよ!」
即答だった。
「コーイチもやる?!」
「だから早いって」
「教えるよ! 簡単なやつなら今日でも出来る!」
「今日やるのは倉庫の片付け!」
「あ、そうだった」
「また忘れてる」
恒一は堪えきれずに笑った。
(でも、革細工かぁ)
今すぐ始めるつもりはないし、まずは目の前の工房を使える状態にする方が先だ。
それでも、いつか教えて貰うなら――。
「……まあ、それも悪くないか」
「でしょ!?」
「だから食いつくのが早いって」
また身を乗り出したノーラに、恒一は苦笑しながら片手を向ける。
木工に、魔導機構。そして今度は革細工。
自分の工房はまだ埃を落としただけだというのに。
そこでやってみたいことだけは、早くも少しずつ増え始めていた。
昼食を終える頃には、紙袋いっぱいにあったパンも随分と減っていた。
「はぁー……食った食った」
アステルが満足そうに腹をさする。
突然加わったノーラもしっかり食べたらしく、こちらも満足げだ。オルビスは食後の水を飲み、クロムは少し離れたところで悠々と伏せている。
休日の昼下がり。このまま昼寝でもしたくなるような穏やかさだったが――。
「よし」
恒一は膝を叩いて立ち上がった。
「腹も膨れたし、そろそろ続きをやるか」
「倉庫の片付けだな」
「ああ。人手も増えたことだし、中の物、一度全部外に出すか」
朝は一人だったので、中身を確認しながら少しずつ外へ運んでいた。
だが今は違う。
オルビスにアステル、そして急遽手伝いに加わったノーラ。単純に、人手が四倍だ。
「そうだな。その方が掃除もしやすいだろう」
オルビスが立ち上がる。
「よっしゃ、任せろ!」
「はーい!」
アステルとノーラも続き、早速二人揃って腕を捲った。
「……何か急に賑やかになったな」
「良いことじゃん、んじゃ、さっさと終わらせようぜ」
「私もお詫びの分働くからね~!」
「別にそこまで気にしなくてもいいけど」
「二言はないよ!」
「はいはい」
妙なところで律儀である。
再び倉庫へ入り、まずは外へ出す物を確認する。
「箱の整頓は俺とノーラでやろう。中身を見ながら分けたいし」
「了解!」
「じゃあ俺達は大物だな」
アステルが倉庫の奥へ目を向ける。
そこには、朝からずっと鎮座している古い作業台があった。
「まず、このでっかいの出すか」
「それ結構重いぞ」
恒一も朝、一度だけ動かせないか試している。
まったく動かないわけではなかったが、一人で運ぼうとするのは早々に諦めた代物だ。
「んー?」
アステルは作業台の端へ手を掛けると、軽く腰を落とした。
そして。
「よっ、と」
「……おぉ」
見るからに重そうな木製の作業台が、あっさり床から浮いていた。
「うわ! それ重そうなのに、よく持ち上がるね!」
ノーラが目を丸くする。
「こんくらいならな」
「いや、こんくらいって……」
恒一は呆れながら、その光景を眺めた。そう言えば以前、ガロンの倉庫で小麦粉の袋を運んだ時にも思ったが、本当に力が強い。
細身に見えるわけではないし、服の上からでも鍛えていることは分かる。とはいえ、見た目から想像するより遥かに膂力があるのだ。
上級冒険者というのは、こういうところでも規格が違うものなのだろうか。
「っと、でも」
作業台を持ち上げたまま、アステルが入口を見る。
「重さはいいけど、長さはどうにもなんないな。一人だと扉にぶつけそうだ」
どう考えても縦にしなくては通れない以上、傾いだら床や扉の枠を傷付けかねない。
「兄さん、ちょっと手ぇ貸して」
「ああ」
オルビスが反対側へ回る。
「右を上げるぞ」
「分かった。俺こっち持っとく」
「一度持ち替える」
「はいよ」
片方を持ち上げ、回して角度を変える。
「そのまま後ろへ行け」
「おう」
短い言葉だけで、するすると作業台が入口へ向かっていく。
「……手慣れてるなぁ」
「冒険者やってると、狭いところで大物運ぶこと位いくらでもあるからな~」
アステルが答える。
「魔物の素材とかも?」
「それもある。あとは荷運びの依頼ででかい箱とか、倒木とか、瓦礫とか」
「後半の方、随分と物騒じゃない?」
「仕事にもよるな」
一体これまで何を運んできたのだろう。
少し気になったが、今聞くと話が脱線しそうなのでやめておく。
「よし、そのまま」
「ああ」
ごとん、と重い音と共に、無事に作業台が外へ下ろされた。
「おおー! 凄い凄い!」
ノーラが拍手する。
「いや、そんな大したもんじゃ――」
「次、あの棚ね!」
「もうこき使う気満々じゃん」
「だって二人とも力あるし!」
「まあ、構わんが」
二人は笑いながら、今度は壁際の棚へ向かった。
そこからは、一気に作業が加速した。
大きな棚や重い木箱、長い板材といった力のいる物は、主にアステルとオルビスが担当する。
「兄さん、そっち持てる?」
「ああ。先に上を外す」
「了解」
「壁に当てるなよ」
「分かってるって」
力任せに運ぶのではなく、必要なら一度棚板を外し、向きを変え、周囲へぶつけないよう慎重に運び出していく。
一方で恒一とノーラは、細かな物の整理だ。
「これは……まだ使えそうだな」
「金具?」
「ああ。錆もほとんどないし。親方に確認してもらおう」
「じゃあ、こっち!」
ノーラが確認待ちの箱へ放り込む。
「これはー?」
「……何だこれ」
二人揃って首を傾げた。手の中にあるのは、妙な形をした木製の部品だ。何かの治具だったようにも見えるが、恒一には用途が分からない。
「ノーラ、分かる?」
「木工は専門外!」
「潔いな」
「革なら任せて!」
「じゃあこれも親方行きだな」
「はーい」
ぽん。また一つ、確認待ちの箱へ入る。
使える物。
捨てても良さそうな物。
用途が分からない物。
修理すれば使えそうな物。
一つずつ確認していくと、ただのガラクタに見えていた物の中にも、意外と使えそうな物が混じっていた。
「こういう古い金具、結構好きなんだよね」
ノーラが小さなボタンのような金具を一つ摘まみ上げる。
「革細工にも結構金属使うのか?」
「使う使う。鞄とかベルトとか。留め具だったり補強だったりね。もちろん傷んでたら駄目だけど、形によっては直して使えるし」
「へぇ……」
「ほら、これなんか磨いたら結構綺麗になると思うよ」
差し出された金具を受け取る。
錆と汚れに隠れているが、造りそのものはしっかりしている。
「……確かに」
木工を始めてから、木を見る目は少しずつ養われてきた。だが、革や金具となればまだまだ知らないことばかりだ。
それでも、こうして別の職人と一緒に物を見ていると。
「あ。これ、何かに使えそうだな」
自然と、そんな言葉が出てくる。
「でしょ?」
ノーラが嬉しそうに笑った。
「こういうのってさ、捨てた後になって『あれ使えたじゃん!』ってなるんだよ」
「あー……それは分かる」
「でしょ!?」
「何かに使えそうな端材とか、取っときたくなるんだよな」
「分かるー!」
がしっ。
突然、ノーラに手を握られた。
「な、何だよ」
「仲間~!」
「何の!?」
「捨てられない職人の!」
「それはあんまり仲間になっちゃ駄目なやつじゃないか?」
「こら、お前ら」
背後から低い声がした。振り返ると、いつの間にかダンが腕を組んで立っていた。
「使えそうだからって何でも取っとくと、こうなるぞ」
指差しで示された先には、今まさに片付けている、長年物を溜め込んだ倉庫奥。
「…………」
「…………」
恒一とノーラはその山を見る。
次に、手元の金具を見る。
もう一度、山を見る。
「……気をつけます」
「私も」
「分かりゃいい」
ダンは満足げに頷いた。
少し離れたところで棚を運んでいたアステルが、堪えきれず吹き出す。
「ぶはっ! 経験者の説得力すげえ!」
「うるせえ! いいからキリキリ運べ!」
「はいはい!」
休日の赤樫亭に、笑い声と木材を運ぶ音が響く。
朝には一人で始めた掃除だった。それが今では、こうも騒がしい。
少し離れた木陰では、クロムが気持ち良さそうに寝転がっていた。




