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勇者召喚に巻き込まれた一般人です。~世界最強かもしれない冒険者パーティーと出会った結果、普通が何なのか分からなくなりました~  作者: 天晴/晴夜


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58.革職人のお悩み。

「とにかく!」

 アステルは何とかノーラとの間に両手一本分ほどの距離を確保した。

「話は聞く。聞くから、まず落ち着こう。な?」

「分かった!」

「……本当に?」

「ほんとほんと! 大丈夫!」

「…………」

 ものすごく信用ならない。

 そんな顔をしながらも、アステルはひとまず元いた場所へ腰を下ろした。

 ノーラもその正面へ座る。

 ――近い。

 アステルが少し後ろへ下がる。

 ノーラが少し前へ出る。

 アステルがもう少し下がる。

 ノーラも詰める。

「何で近付いてくるの!?」

「聞きたいこといっぱいあるから!」

「距離は関係ないだろ!?」

「逃げそうだから!」

「…………」

「諦めろ、アステル」

「兄さんはどっちの味方なの?」

「少なくとも、お前が逃げれば話が進まん」

「正論だけどお兄ちゃんもう少し弟に優しくして?!」

 恒一が思うに、オルビスは決して優しくないわけではない。むしろ恐らく根はだいぶ弟に甘い……のだが、比較的平和な問題にはわりと容赦がない。

 そんな二人のやり取りに、恒一は笑いを堪えながら、残っていたパンへ手を伸ばした。

「それで!」

 ノーラが膝へ手を置き、身を乗り出す。

「あの循環するやつ! どうなってるの?」

「どうって……」

「ガロンさんに聞いたら、風の魔石を使って倉庫の中の空気をずっと動かしてるって!」

「ああ、仕組みはそれで合ってるよ」

「外から風を入れてるわけじゃないんでしょ?」

「機構自体はな。風の魔石で中の空気を動かして、淀みを作りにくくしてる。外との空気の入れ替えは窓と換気口」

「それ!」

 びしっ、と指を差された。

「うちにも欲しい!」

「だから指差すなって」

 アステルはその指を横へ押し退ける。

「革も湿気に弱いのか?」

 恒一が尋ねると、ノーラが勢いよく振り向いた。

「強くもあるけど弱い!」

「お、おう」

 声が大きい。

「革はね、丈夫だしちゃんと手入れすれば本当に頼れる相棒になるけど、素材は特に保管が悪いと本当に駄目になるの! 湿気が籠もればカビるし、だからって乾燥させすぎても良くない。折角いい革を仕入れても、保管で駄目にしたら全部台無し!」

 先ほどまでの騒がしさはそのまま。けれど、革の話をする声には職人らしい真剣さがあった。

「だから保管庫は気を使うの。置き方もそうだし、空気も籠もらないようにしてる。でも天気によってはどうしようもない時もあるし……」

「ああ……」

 それなら確かに、ガロンの倉庫を見れば食いつくだろう。

 扱っている物こそ違うが、抱えている問題はよく似ている。

「ガロンさんから聞いて、実際に倉庫も見せてもらったんだけど――あれならうちにも使えるかもしれないって思って!」

「なるほどな」

 恒一は頷いた。その横でアステルも、先ほどまでの警戒を少しだけ解いたらしい。

「まー、一回保管庫を見ないと分かんないよな」

「来てくれる!?」

「近い近い近い!」

 一瞬で距離も警戒も戻った。

「広さも分かんないし、今どうやって換気してるのかも知らないし。ガロンさんとこと同じので良いとは限らないだろ?」

「分かった! 見る!? 今行く!?」

「展開早すぎない!? て言うか俺は魔導機構は多少弄れるけど職人でも建築家でも無いからぁ!」

 再びアステルは勢いに押され始める。

 すると。

「てかよ、ノーラ」

 少し離れたところから、ダンが声を掛けた。

「何?」

「お前、さっきからそいつばっか捕まえてっけどな」

 ダンの太い指がアステルを示す。

「そいつがやったのは、あくまでも魔導機構の術式回路関係と物の作成だけだぞ。改装計画自体は別の話だ」

「え?」

 ノーラが止まった。

 アステルも瞬きをする。

 ――そして。

「親方」

「ん?」

 何だか嫌な予感がする。

「ちょっと待ってください」

 ダンの口元が、にやりと上がった。

「そもそも倉庫の空気を回そうって言い出したのは――コーイチだ」

「親方ァ!」

 遅かった。

「…………」

 ノーラの首が、ゆっくりと恒一の方へ向いた。

「…………」

「…………」

 爛々と輝く瞳と、目が合った。

 ――合ってしまった。

「あなた!?」

「ひっ」

 思わず変な声が出た。

「コーイチっていうの!?」

「そうだけど、ちょっと待――」

「コーイチ!!」

「うわっ!」

「空気を回そうって考えたの貴方!? 何で!? どうしてそうしようと思ったの!? 網戸も!? あれも貴方なの!?」

「待って待って! 一個ずつ!」

「ガロンさんが、木工師の見習いが考えたって言ってたけど、貴方だったのね!?」

「近い近い近い!」

 今度は恒一が後退する。

 そして、迫り来るノーラのその後方で。

「…………」

 つい先ほどまでノーラに追い詰められていた男が、実に穏やかな顔でその光景を眺めていた。

「アステル」

「何だ、コーイチ」

「助けて」

「頑張れ」

「お前ぇ!」

 さっき自分が言った台詞が、そのまま返ってきた。オルビスは恒一を一瞥すると、小さな溜め息と共に口を開いた。

「因果応報だな」

「正論が刺さる!!」

 ノーラはそんなやり取りなどお構いなしである。

「ねえ、網戸! あれすっごく良い! 虫は入らないのに風は通るし! あの網、どうやって作ったの!?」

「いや、俺一人で作ったわけじゃなくて!」

「じゃあ誰と!?」

「赤樫亭のみんなとか、他にも色々――」

「良いわね是非会いたいわ!」

「今ここに親方いるから!」

「ダンさんは知ってる!」

「それはそう!」

 駄目だ、勢いに呑まれる。

 だが、不思議なことに。

 言っていることそのものは、どれも的外れでは無いのである。

 網戸の目の細かさや構造。

 循環魔導機構をどこへ置くのか。

 保管庫の中で、どこから空気を動かすのか。

 話す順番と落ち着きが壊滅的なだけで、聞いている内容は全て、自分の仕事場へ取り入れるために必要な相談と質問ごとばかりだ。

「……あの、ノーラさん」

「ノーラでいいよ!」

「じゃあ、ノーラ」

「うん!」

「一回落ち着いて、順番に話そうな?」

「分かった!」

「あと、もうちょっと離れようね?」

「分かった!」

 ノーラが一歩下がった。

「……」

 恒一は待つ。

 ……戻ってこない。

「よし」

「何その確認!?」

「いや、さっきアステルの時に詰めてたから」

「あれは逃げそうだったから!」

「逃げようとしてたからな」

「ちょっと兄さん」

「事実だ」

 アステルがジト目で兄を見つめる。

 ともあれ、ようやく話が出来そうだった。

 恒一は一度、頭の中を整理する。

「まず、ガロンさんの倉庫は、最初からああいう仕組みを作ろうと思ってたわけじゃないんだ」

「そうなの?」

「ああ。最初は単純に、湿気で材料の保管に困ってるって話を聞いただけで」

 そこから倉庫を見て、何が問題なのかを考えた。

 空気が籠もっている。風が通らない。けれど、窓を大きく開け放てば虫や埃が入る。風通しの悪い隅は、それでも空気が淀む。下手をすれば埃の吹き溜まりになりかねない。

 だったら、それぞれを一つずつ解決できないか、そう考えただけだ。

「循環魔導機構は、窓を開けられない時でも中の空気が淀まないようにするため。少しでも湿気が一か所に籠もりにくくなればって考えたんだ」

「それで、アステルに相談したの?」

「そう。俺は魔導機構なんて作れないからな」

「コーイチが欲しい動きを説明してくれて、俺がそれならこう出来るって術式回路を組んだってこと」

 アステルが横から補足する。

「で、実際に形にするのは親方とかにも手伝ってもらって、赤樫亭でやった。だから、あれは誰か一人が作ったっていうより――」

「みんなで作ったのね!」

「そ。そういうこと」

「……へえ。それ、凄く良いね」

「ん?」

「そういうの、好き」

 にっと笑う。

「一人で何でも出来る奴なんて、そうそういないもん。出来ないところは、出来る人に頼めばいい。んで、一緒に作ればいいじゃん」

 それは、あまりにも真っ直ぐな言葉だった。恒一はぱちりとひとつ瞬きして、次いでつられたように自然と笑った。

「ああ。――俺も、そう思う」

「よし!」

 ノーラが勢いよく立ち上がった。

「じゃあ、うちの工房と保管庫もみんなで作ろ!」

「「話の展開が早い!」」

 恒一とアステルの声が綺麗に重なった。

「え!? だって今ちょっといい話っぽかったじゃん?!」

「いい話だったけど爆速でそこに着地するとは思わなかったよ」

「作れるかどうか、まず見てからだって言っただろ」

「あ、そうだった」

「忘れてたの!?」

 アステルが珍しくツッコミ続きで頭を抱えている。

 恒一はそんな二人を見ながら、ふと笑った。

 今朝、この倉庫を自分の工房として使っていいと言われた。

 昼には双子が訪ねてきて、アステルから術式回路を教えてもらう話が出た。

 そして今。

 何故か革職人が一人、増えている。

 まだ棚一つ動かしていないし、窓も開かない。入口ではクロムの毛が擦れる。工房と呼ぶには、まだ何もかも足りない場所だ。

 なのに。

「……何か、すごい勢いで増えていくな……」

「何が?」

「いや、こっちの話」

 恒一は笑って、背後の古びた倉庫を見た。今朝までそこは、誰も使っていない物置だったのだ。

 けれど今はもう、人もやることも増えていて。

 まだ何を作る場所になるのかも分からない。

 それでも。


 少なくとも、恒一一人だけの場所にはならない気がした。

レザークラフトも楽しいんですよね。

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