53.皆たくさん頑張りました。
練り上げられていた炎が、一気に解き放たれる。
赤々と燃える炎が真っ直ぐ双子へと迫り、離れて見ていた恒一の頬にまで熱気が届いた。
「うわ……!」
思わず腕を上げ、顔を庇う。
あれを正面から受ける気なのか。
そう思った時。
「――オルビス!」
「ああ」
短い声が交わされた。
オルビスが一歩前へ出る。
そしてアステルは――避けるどころか、炎の向かう先、片割れの傍へと駆け寄った。
オルビスは右手の青白い剣を、迫る炎へ切っ先を突き付けるように構える。
「――割るぞ」
剣を振り下ろした。
キン、と。
一瞬、空気そのものが震えたような気配が走る。
同時に、周囲へ浮かんでいた四本の青白い魔力剣が動いた。
二本は上から。
二本は下から。
押し寄せる炎の先端へ斜めに割り込み、その中心を切り開く。
「――っ!」
玲司が息を呑んだ。
炎が――二つに分かれた。
正面から押し返した訳ではない。
消し飛ばした訳でもない。
まるで一つだった流れの境目だけを見つけ出し、そこへ刃を通したように。
ひまりの炎は勢いを失わないまま左右へ割れ、二筋となって駆け抜けていく。
だが割れたのは、まだ先端だけ。
その後ろからは、大量の炎が途切れることなく押し寄せている。
「アステル!」
「任せろ!」
隣でアステルが空いた左手を前へ突き出した。金色の魔力光が煌めき、細かな粒子となって散る。
淡赤色の魔力剣が二本ずつ左右へ走り、その剣を包み込むように風が纏わり付く。そのままオルビスが割った二筋の炎、その下へと滑り込んだ。
「――上がれ!」
アステルが腕を跳ね上げる。
風が、応じた。
二筋の炎が大きく持ち上がる。地面すれすれを走っていた炎が、魔力剣を起点にして下から吹き上げる風に押され、弧を描きながら空へ向かって逸れて行く。
「……!」
ひまりが目を見開いた。
左右へ割られた炎は、そのまま地面へ流されなかった。
草原を焼かないように。
湖畔の木々へ燃え移らないように。
上へ。
高く、空へ。
自分達の守りの為だけではなく、周囲へ不要な被害を出さぬよう、熱ごと逃がしているのだ。
だが、中級魔法の勢いは、そう簡単に殺し切れるものではない。
「くっ……!」
アステルの前髪が熱風に大きく煽られた。
押し上げていた風の流れが僅かに揺らぎ、右側の炎が膨らむ。
「アステル、右が落ちる!」
「分かってる!」
間髪入れず、オルビスの青白い魔力剣が一本差し込まれた。
炎の流れへ斜めから刃を添え、その向きを僅かに上へ修正する。同時に、アステルもそこへ風を重ねた。
追い風に持ち上げられて、再び炎が空へ向かう。
どちらか一人が全てを処理している訳ではない。
オルビスが割り、炎の威力と勢いを削ぐ。
アステルが風を掴み、周囲へ被害が出ない方向へ逃がす。
片方の手が足りなければ、もう片方が補う。
言葉は少ない。それでも、互いが今何をしているのか、次に何が必要なのかを分かっている。
二筋の炎は徐々に高度を上げ――。
やがて、空中で大きく爆ぜて散った。
オレンジ色の火の粉が、陽光の中へ舞い踊る。ちらちらと細かな光となって散り、やがて一つ、また一つと消えていった。
「……捌いた」
玲司が呟く。
あれだけの炎を。
真正面から打ち消すのではなく、割って、流して、空へ逃がした。
だが――。
ぱきん。
乾いた音が響いた。
「ーーむ」
オルビスの周囲へ浮かんでいた青白い魔力剣。
その一本に亀裂が走る。
先端から細かなひびが広がり――次の瞬間、砕けた刀身が青白い光の粒へ変わった。
続けて。
ぱきっ。
今度はアステルの淡赤色の魔力剣。刀身の半ばにひびが走る。
「おっと」
アステルが目を細めた直後、耐え切れなくなった剣が崩れ、淡い光となって霧散した。
「……一本ずつ、折れた」
玲司が呆然と呟く。ひまりも、信じられないように双子を見つめていた。
二人とも立っている。
怪我一つなければ、息も乱れていない。
だが――さすがに何事もなかった訳ではない。
「熱っつぅ~……!」
アステルが僅かに顔をしかめ、服の胸元をぱたぱたと引っ張った。額には汗が浮かび、銀髪も熱風に煽られて少し乱れている。
オルビスも表情こそ普段とほとんど変わらないが、こめかみを一筋の汗が伝っていた。
「……折れた?」
ひまりが、ぽつりと呟く。
双子が最初に提示した条件。
本人から一本取る。
あるいは――魔力剣を折る。
その片方を。
「折った……!」
実感が追いついた瞬間、ひまりの声が弾んだ。
「折った! やったぁ!」
少しの間を置いて。
アステルが声を上げて笑った。
「ははっ! やるじゃん、ヒマリ!」
「えっ」
褒められたひまりが、ぱちりと目を瞬かせる。
「いや」
アステルは崩れた魔力剣の残滓を見送りながら、すぐに言い直した。
「ヒマリ一人じゃないな」
そして、大和達を順番に見ていく。
「ヤマトが俺を止めた」
「……!」
「レイが飛んでくる剣を捌いた。ミコトが最後までヒマリの詠唱を守った」
最後に、ひまりへ視線を戻す。
「だから、ヒマリが撃てた」
「……!」
ひまりが息を呑む。
「あれは、お前達四人で取った一本だ」
オルビスが短く締めた。その言葉に、四人は思わず互いの顔を見る。
誰か一人でも欠けていれば、ひまりの詠唱は最後まで通らなかった。
守るだけでも駄目だった。
攻撃するだけでも駄目だった。
大和が前で押さえ、玲司が隙を埋め、美琴が守った。
そうして、ひまりが最後の一撃を放った。
四人がそれぞれの役割を果たしたからこそ、初めて目に見える結果が残ったのだ。
「……四人で」
美琴が嬉しそうに呟く。
「うん!」
ひまりの表情が、ぱっと明るくなる。
「やったな!」
大和も玲司も、思わず顔を見合わせて笑った。
――その時。
「喜ぶのはまだ早いぞ」
「ふぇ?」
オルビスの静かな声に、四人の動きが止まった。
次の瞬間。
「うわっ!」
大和が咄嗟に剣を上げる。
青白い魔力剣が打ち込まれ、剣同士が鋭い音を立てた。
「ちょっ――!」
慌てて押し返し、大和が後ろへ跳ぶ。
二人とも、一本減った。
だから、どうしたというのか。
青は、まだ三本。
赤も、まだ三本。
そして――本人達が手にしている剣が二本。
「訓練はまだ終わっていない」
オルビスが静かに構え直す。
その隣で、アステルも額の汗を手の甲で拭い、淡赤色の片手剣を肩へ担いだ。
「一本取ったくらいで気ぃ抜いたら――」
にっ、と楽しそうに笑う。
「今度はこっちが取るぞ?」
「――っ!」
四人が一斉に構え直した。
疲れている。
息も上がっている。
魔力だって、最初よりずっと減っているだろう。
それでも、先ほどまでの戸惑いは、もうなかった。
「皆!」
大和の声が飛ぶ。
「もう一回行くぞ!」
「行きます!」
「うん!」
「オッケー!」
返事が重なる。
誰が何をするのか、誰を見ていればいいのか。まだ完璧には分からない。
それでも、さっきまでより確かに分かる。
一人で戦うのではない……四人で戦うのだ。
その返事を聞いた双子が、よく似た笑みを浮かべた。
再び。
青と赤の魔力剣が、湖畔の空を駆け始めた。
それからも、模擬戦はしばらく続いた。
一度掴んだ感覚を手放すまいと、大和達は何度も双子へ食らいつく。
大和が前へ出れば、玲司がその死角を補う。美琴が守り、ひまりが隙を狙う。
最初の頃のように、目の前の攻撃だけへ全員の意識が吸われることも少なくなっていた。
誰かが動けば、その先を別の誰かが見る。
自分が見なくてもいい場所は、仲間へ任せる。
まだ荒削りではあるものの、四人の動きには少しずつ繋がりが生まれていた。
そして。
「ヒマリ!」
「オッケー!」
ひまりの火球が、アステルの背後へ浮かぶ魔力剣へ命中する。揺らいだ刀身へ、間髪入れず玲司の風弾が重なった。
――ぱきっ。
「おっ?」
「あ」
亀裂の入った淡赤色の剣が砕け、光の粒となって散っていく。
「やった! 二本目!」
ひまりが声を上げる。
対するアステルは、折られた本人だというのに目を輝かせていた。
「おおー! 今の良かったぞ!」
「何でアステルさんが一番嬉しそうなんですか!」
「だってちゃんと連携できてたじゃないか!」
けらけらと笑いながら、残る魔力剣を操り直す。
「一発で何とかしようとしなかったのがまた良いな。ヒマリが崩して、レイが仕留めた」
「はい!」
「やりました!」
二人も嬉しそうに顔を見合わせる。
だが、喜んでばかりもいられない。
双子は止まらない。
一本減ろうが、二本減ろうが、その分だけ動きを変えて攻めてくる。
そして時間が経つにつれて、四人の身体には確実に疲労が溜まっていった。
「はぁ……っ、はぁ……」
大和の肩が大きく上下する。
玲司も額の汗を拭う余裕がなく、美琴の呼吸も浅い。ひまりに至っては、杖を持つ腕が僅かに震えていた。
「まだ……いける……!」
「ヒマリ、無理するな!」
「ヤマトだって、足ふらふらじゃん……!」
「それは……そうだけど!」
言い返す声にも、もう勢いがない。
それでも最後にもう一度だけと、大和が地面を蹴った。
「――はっ!」
オルビスへ斬り込む。
青白い片手剣が、それを受ける。
だが今度の大和は、押し合わない。
これまで何度も受け流された経験から、オルビスが力を逃がそうとする方向へ自ら剣を滑らせ、その流れを利用して身体を捻る。
そこから、もう一度。
「はぁぁっ!」
斜め上へ向かって斬り上げた。
重い、硬質な音が響く。
同時に。
――ぴしっ。
「……む」
オルビスの片手剣へ、ごく細い亀裂が一本走った。
「あ……」
大和が目を見開く。オルビスは手元へ一度だけ視線を落とした。
「……ほう」
その口元が、ほんの僅かに持ち上がる。
「今のは良かった」
「……!」
「最初なら、そのまま崩されて終わっていた。今は俺が流す方向を読んで、その力を自分の次の動きへ使ったな」
「はい……!」
大和の顔に、疲労を押し退けるような笑みが浮かんだ。
もう一度、剣を構えようとする――けれど。
「…………」
腕が上がらない。
剣先が、ふらふらと下がった。
「……無理」
そのまま、どさりと草の上へ座り込む。
「もう無理です……!」
「あー……」
玲司も杖を支えに何とか立っていたが、やがて諦めたように膝をついた。
「僕も……限界です……」
「わ、私も……」
美琴もぺたりと座り込む。
最後まで立っていたひまりは。
「まだ……ちょっとくらい……もう一発くらい……」
杖を持ち上げようとして。
ぷるぷると震える腕を見つめる。
「…………」
すとん。
諦めて座った。
「ギブアップですぅ……」
四人揃って、草の上へへたり込む。
しばしの間、聞こえるのは荒い呼吸と湖畔を渡る風の音だけだった。
「ははっ!」
やがて、アステルが明るく笑う。
手にした剣と宙に残っていた魔力剣を消すと、四人の前まで歩いていき、その場へしゃがみ込んだ。
「お疲れ!」
「つ……疲れましたぁ……」
ひまりが情けない声を上げる。
「でも、良かったぞ。最初と最後じゃ全然違った」
「……本当ですか?」
玲司が息を整えながら尋ねる。
「本当、本当。最後の方は、自分が見なくていいところをちゃんと仲間へ任せられてたしな」
一朝一夕で身につくものではない。けれど、今日だけでも四人の動きは確かに変わっていた。
「特に最後の一撃は覚えておけ、ヤマト」
少し離れた場所で腕を組んでいたオルビスが言う。
いつもの落ち着いた表情。
けれど、その口元はほんの少しだけ緩んでいる。
「相手の動きを読むというのは、全てを予測することではない。相手がどう動いたかを見て、そこから次の自分へ繋げる。それも判断だ」
「……はい」
「まあ、次は俺達ももう少し手数増やすけどな!」
「えぇ……」
アステルの一言に、四人から揃ってげんなりした声が上がった。
「何だよ! 強くなったら次へ行くのは普通だろ?」
「せめて今は休ませてください……」
「ははっ、冗談だって!」
「半分くらい本気でしょう、それ……」
玲司が恨めしそうな目を向ける。
その時。
「はいはい、反省会は水飲んでからにしような」
恒一の声が割って入った。
「わふっ」
隣にはクロム。
模擬戦を見守っていた場所から、二人でこちらへ歩いてくる。恒一の両手には、水筒がいくつか抱えられていた。
「ほら。かなり汗かいてるぞ」
「あ……ありがとうございます、コーイチさん」
「どういたしまして」
「コーイチさぁん……!」
ひまりが今にも拝みそうな顔をする。
「お水ぅ……」
「はいはい」
「コーイチさんが神様に見えますぅ……」
「そこまで言うか?」
苦笑しながら水筒を渡すと、ひまりは両手で大事そうに受け取り、こくこくと喉を鳴らして飲み始めた。
クロムも四人の傍までやってくると、労うように大きな鼻先を寄せる。
「クロちゃ~ん……」
「わふ」
ひまりがその首元へぐったりともたれ掛かった。
柔らかな毛並みに頬を埋め、完全に動く気をなくしている。
「ふかふか……癒し……」
「クロ、嫌だったら逃げていいぞ?」
「わふっ」
どうやら本人は構わないらしい。
その様子に、恒一は小さく笑った。
草の上へへたり込んだ四人。
その前で楽しそうにしゃがみ込むアステル。
腕を組みながら、僅かに満足そうなオルビス。
たった一日の訓練だ。
それでも、朝ここへ来た時とは、皆ほんの少しずつ違っている。
「……良い訓練になったな」
恒一が何気なく呟く。
「ああ」
答えたのはオルビスだった。
「上々だ」
「だな!」
アステルも笑って頷く。
その言葉を聞きながら、大和達は疲れ切った顔で、それでもどこか満足そうに笑っていた。




