52.二人と四人。
最初に踏み込んだのは、大和だった。
「――行きます!」
地面を蹴り、一気に前へ出る。
狙うのは、オルビス。
先ほどまで一対一で何度も剣を交えた相手だ。動きの全てを読める訳ではない。それでも、何も知らなかった最初よりは遥かにいい。
右から斬り込む。
オルビスの青白い剣が、それを斜めに受け流した。
同時に。
「レイ!」
「分かってる!」
後方から玲司が杖を振る。
「『風よ、走れ!』」
短い詠唱と共に放たれた風の塊が、大和の脇を抜けてオルビスの横手へ走った。
大和が作った隙へ、間を置かず次の攻撃を重ねる。
午前中までなら、各々が自分の攻撃を終えてから次が動いていただろう。
だが、今は違う。
一人の動きが、次の一人へ繋がっている。
「悪くない」
オルビスが呟いた。
褒めたその時には、もう身体が動いている。
剣を返すのではなく、半歩だけ後ろへ。
玲司の風魔法が、その鼻先を掠めて空を切った。
そして――。
「ヒマリ、右!」
「えっ?!」
美琴の声に、ひまりが反射的に横へ飛び退く。
直後、淡い赤色の魔力剣が、先ほどまで立っていた場所を貫くように走り抜けた。
「うわっ!」
一本ではない。
続けて二本目。
「ヒマリ!」
玲司が杖を突き出す。
半透明の小さな盾がひまりの前へ展開され、赤い魔力剣を鋭い音と共に弾き返した。
「ありがと、助かった!」
「まだだ!」
玲司の声に、ひまりが顔を上げる。
その視線の先を、紅い軌跡が横切った。
剣を構えたアステルが躍り出る。
その視線は、大和ではない。初めから、後衛三人へ向いていた。
「前にヤマトがいるからって、後ろが安全とは限らないぞ!」
「くっ……!」
ひまりが杖を構え直す。
火球を一つ。
大きくはない。その代わり、速い。
「えいっ!」
放たれた炎がアステルへ向かう。
「おっと」
片手を上げる。
薄い防壁が一瞬だけ展開され、火球がその表面で弾けた。
舞い散る炎。
その向こうから――。
「――っ!」
赤い魔力剣が真っ直ぐ突き抜けてくる。
「ミコト!」
「はい!」
美琴が杖を構え、両手を胸の前へ組んだ。
柔らかな光が広がり、三人を包むようにドーム状の結界が立ち上がる。
続けざまに飛来した魔力剣が表面へ触れ、澄んだ音を立てて弾かれた。
「よし……!」
ひまりがほっと息を吐く。
――しかし。
「結界へ入れば安心、か?」
低い声が響いた。
「――え?」
大和の顔色が変わる。
「ミコト、後ろだ!」
振り返る。
青白い魔力剣が、結界の外側を滑るように回り込んでいた。
壊そうとはしていない。その必要がないのだ。
美琴自身が結界を解くか、誰かが安全域から一歩出る。
その瞬間だけを狙えばいい。
「そんな……!」
「安全域を作るのは、乱戦では良い判断だ」
オルビスは大和と剣を交えながら言う。
話している間も、その手は止まらない。大和が後衛へ合流しようと一歩退けば、そこへ剣先が滑り込み、進路を塞ぐ。
「だが、そこへ籠もるだけなら動けなくなる」
「っ――!」
大和が力を込め、剣を押し返す。
僅かに距離が開いた。
すぐさま周囲へ視線を走らせる。
「皆、一回散って!」
「ヤマト?」
「固まってたら狙われる!」
判断は早かった。
美琴が結界を解く。
三人が左右へ散る。
その瞬間を待っていたかのように、青と赤の魔力剣が動いた。
玲司へ二本。
ひまりへ一本。
美琴へ一本。
「うわ……!」
「来ます!」
玲司は自分の前へ小さな盾を展開する。
ひまりは身体を捻って避け、美琴は半歩下がりながら短い障壁を張って弾き返した。
一本ずつなら、まだ対応できる。
だが――。
「――そっち見過ぎだ!」
「え?」
ひまりが振り向く。
目の前まで、アステルが迫っていた。
魔力剣へ意識を向けている隙に、本人が一気に間合いを詰めていたのだ。
淡赤色の片手剣が、上段から振り下ろされる。
「ヒマリ!」
玲司が咄嗟に割って入った。
展開した障壁と剣が重くぶつかり合う。
「おお」
アステルが楽しそうに笑った。
「レイ、今のはなかなか格好良いぞ!」
「褒めてる場合ですか!」
「訓練だしな! 良いところはちゃんと言うぞ」
玲司の盾へ剣を当てたまま、アステルが身体を沈める。
「ただ――」
剣が盾の端を滑り、横薙ぎへ軌道を変える。
玲司がそれに合わせて姿勢を崩した瞬間。
「一人守ったら、自分が空くぞ」
「――っ」
逆側から回り込んだ、もう一本の赤い魔力剣。
切っ先が玲司の喉元寸前で止まった。
「一本」
「くっ……!」
玲司が悔しそうに歯を食い縛る。
だが、その次の一瞬。
「隙あり――っ!」
ひまりの声が響いた。
小さな火球が二つ、左右から挟み込むようにアステル目掛けて飛んできている。
「おっ」
アステルが振り向く。
一つを防壁で弾く。
もう一つは二歩下がり、軌道の外へ逃れた。
その先。
「――!」
大和が踏み込んでいる。
「はぁっ!」
剣が振るわれる。
アステルが片手剣で受け、鋭い音が辺りへ響いた。
「ははっ、いいじゃん!」
弾むような声にも、大和は止まらない。
「レイ!」
「はい!」
玲司もすぐに動いた。
先ほど一本取られたことなど引きずらず、即座に次の支援へ回る。
小さな風弾。狙いはアステル本人ではなく、その足元。
草が巻き上がり、アステルの踏み込みが半歩だけずれた。
「お」
「ヒマリ!」
「オッケー!」
火球が一つ飛ぶ。今度も、狙いは本人ではない。
まさに大和へ切っ先を向けようとしていた、背後の赤い魔力剣。
「良いねぇ……頑張るじゃないか」
アステルが目を細める。
火球が命中し、赤い剣の軌道が外れた。
さらに、ほぼ同時。
大和の周囲へ、小さな半円状の結界が一瞬だけ展開される。
後方から迫っていた青白い魔力剣を、絶妙なタイミングで弾き返した。
「……! ミコト、サンキュー!」
声だけを投げ、大和は振り返らない。
今なら、そのままアステルへ攻め込める。
「そうそう! そういうの!」
「随分楽しそうだな、アステル」
魔力剣を手元へ戻しながら、オルビスの声が飛んだ。
「だって良くなってきたじゃん!」
「浮かれるな」
「はいはーい!」
そんな会話を交わしながらも、二人の動きは途切れない。
大和がアステルへ詰めれば、オルビスの青い剣が後方へ回る。
玲司がそちらへ対処すれば、今度は赤い剣が美琴を狙う。
ひまりが魔力を練れば、その気配を狙うように一本が走る。
美琴が結界を差し込めば、別の剣がすぐさま死角へ回り込んでくる。
誰か一人だけを見ていられない。
どれか一つだけに集中することもできない。
前。
後ろ。
右。
左。
そして、頭上まで。
「い、忙しっ……!」
ひまりが半ば悲鳴のような声を上げる。
「戦場は待ってくれないぞ~!」
「アステルさんが言うと怖いー!」
「はっはっは!」
それでも、少しずつ。
本当に少しずつだが、四人の動きは変わり始めていた。
誰かが動けば、その先を別の誰かが見る。
声を掛け合う回数が減り、必要な言葉だけが飛ぶ。
完璧ではない。
双子には、到底まだ届かない。
それでもーー先ほどまで、四人がそれぞれ別々に戦っていた時とは明らかに違っていた。
恒一はクロムに背中を見張られながら、その変化をじっと見つめる。
(……こういうことか)
仲間が増えたから、単純に手数が増える訳ではない。
一人の動きが次へ繋がり、その一手がさらに誰かを動きやすくする。
双子がサイクロプス相手に見せた、あの滑らかな連携。
今、大和達はその入り口へ必死に手を伸ばしている。
そして――オルビスとアステルは、それを待っている。
倒すためではない。
気付かせるために。
八本の魔力剣を舞わせながら、二人は勇者四人の一歩先を取り続けているのだ。
「っ――『炎よ、集え――』」
その戦場へ、ひまりの声が響いた。
玲司が弾かれたように振り向く。
「ヒマリ……!」
呪文の詠唱。
それは、これまで放っていた小さな火球とは違うことを意味する。
初級魔法ならば、既に呪文へ頼らずとも発動できる。だが、今から使おうとしているのは、それより一段階上。威力も規模も大きな中級魔法だ。
当然、扱う魔力量も増える。
術式を安定させ、魔力を練り上げるためには詠唱が必要となり、その間はどうしても動きが制限される。
これがオルビスやアステルならば。恐らく、これほどの魔法ですら詠唱など必要としないのだろう。
もっと上の魔法でさえ、当たり前のように無詠唱で使ってみせるのかもしれない。
けれど――彼らは言った。
攻撃に普通の魔法は使わない、と。
それならば。こちらは今、自分達にできることを全て使うまでだ。
「『我が呼び声に応え――』」
ひまりの周囲へ、炎属性の力が集まり始める。
玲司も美琴も、すぐにその意図を察した。
(発動まで持たせれば――!)
今までとは違う状況を作れるかもしれない。
双子を倒せるなどとは思っていない。
だが、少なくとも回避か防御を強制できる一撃を通せれば、その瞬間だけは二人の行動を縛れる。
そこへ大和が踏み込めば――。
「――させません!」
玲司が杖を振る。
ひまりへ迫っていた淡赤色の魔力剣。その進路へ障壁が展開された。
間に合う、そう思った。
だが。
剣が、ぴたりと止まった。
「……え?」
障壁へ触れる、その寸前。
まるで最初からそこまでしか飛ぶつもりがなかったかのように、赤い魔力剣が宙へ静止する。
何故。
疑問が浮かんだ、その時だった。
玲司の視界の端で――アステルが動いた。
「――っ!?」
駆けてきた勢いのまま、地面を蹴る。
跳躍。
だが、その高さではまだ足りない。
空中で身体が沈む。
その足元には――先ほど停止した淡赤色の魔力剣。
「まさか――」
爪先が、刀身へ軽く触れた。
ほんの一瞬、そこへ踏み込む。
魔力剣を足場にして、アステルの身体がさらに上へ跳ね上がった。
「なっ――!?」
玲司が目を見開く。
さらにその先に、もう一本。
今度は赤ではない。
待機していたのは、青白い魔力剣ーーオルビスのものだ。
アステルは迷いなくそこへ足を伸ばす。
オルビスを見ることすらしない。
声も掛けない。合図もない。
それなのに、青い剣はそこへ足が来ることを最初から知っていたかのように角度を変えた。
トン、と。爪先が触れる。
青白い剣が滑らかに動き、その反動まで利用してアステルはさらに高く跳んだ。
「嘘だろ?!」
大和が叫ぶ。
アステルの身体が青空を背負う。手にした紅い剣が、陽射しを受けて煌めいた。
そして、くるりと空中で一回転。
身体を捻りながら、落下へ転じる。
その先は――。
「ヒマリ、後ろ!!」
「――っ?!」
詠唱を続けていたひまりが、反射的に振り向く。
けれど、遅い。
アステルは既に頭上を越えていた。
前方から迫る魔力剣へ玲司の意識を向け。
それを足場にして上へ抜け。
さらにオルビスの剣を借りて、守りの向こう側へ。
完全に背後。
「うそぉ?!」
ひまりの悲鳴が上がる。
アステルが落ちてくる。
淡赤色の片手剣を振り上げ――。
「――ミコト!」
「はいっ!」
柔らかな光が弾けた。
ひまりを包むように、半透明の結界が立ち上がる。
直後。
澄んだ音が響いた。
「ひゃっ――!」
美琴の結界へ、アステルの剣が叩き込まれる。
光の膜が大きく撓む。
だが――割れない。
「おおっ!」
アステルの顔に嬉しそうな笑みが浮かぶ。
「ナイス、ミコト!」
「ありがとうございます……っ!」
褒められている場合ではない。
美琴は両手を組み、必死に結界を維持する。
ひまりはその内側。今ので集中が乱れかけたのか、周囲へ集まっていた炎の気配が大きく揺らいでいた。
「ヒマリ!」
玲司の声が飛ぶ。
「詠唱を続けて!」
「――!」
ひまりが息を呑む。
そうだ。
まだ終わっていない。
「っ……『集いて、形を成し――』」
震えた声を立て直し、再び魔力を集める。
「よし!」
大和が地を蹴った。
ひまりの後ろへ回り込み、美琴の結界へ剣を当てていたアステルへ、横から斬り込む。
「今度は通しません!」
「おっ!」
アステルが結界から剣を離し、振り向きざまに大和の一撃を受け止める。
「そう来なくっちゃ!」
嬉しそうに笑う。
大和が剣を押し込む。
「レイ!」
「分かってます!」
玲司も動く。
ひまりを狙う赤い魔力剣へ障壁。
さらに、別方向から迫る青い剣へ風弾を撃ち込み、軌道を逸らす。
美琴はひまりの周囲へ結界を維持。
大和はその前で、アステル本人を押さえる。
三人で、一人を守る。
「『我が敵を焼き払うべく――』」
ひまりの詠唱が続く。
その頭上。集まった炎が、少しずつ大きくなっていく。
「お」
アステルの視線が一瞬だけそちらへ向いた。
――僅かなその隙へ。
「はぁっ!」
大和が剣を振り抜く。
「うぉっと!」
アステルが受ける。
だが、今度は僅かに押された。
ほんの半歩。たったそれだけ。
それでも。
「……!」
大和の目が見開かれる。
動かした。
初めて、自分達の連携で。
アステルを予定していた場所から退かせた。
「良いぞ!」
してやられたというのに、押された本人が一番楽しそうだった。
「それだよ、それ!」
「喜んでる場合ですか!」
「場合だぞ!」
剣を合わせたまま、アステルが笑う。
「守るってのは、盾になるだけじゃない――」
力強く大和の剣を跳ね返す。
「敵を引き剥がすのも!」
赤い魔力剣が玲司へ走る。
「攻撃を逸らすのも!」
玲司が障壁で弾く。
「そいつがやりたいことを最後までやらせてやるのも――」
アステルが踏み込む。
だが。
今度は大和が、その進路へ先回りした。
「――守るってことだ!」
「ええ、分かってます!」
剣と剣が激突する。
その背後で。
「――『燃え上がれ!』」
ひまりの詠唱が完成した。
熱気に押され、周囲の空気が大きく揺らぐ。
頭上へ集まっていた炎が一気に膨れ上がった。
これまで放っていた火球とは、比べものにならない。
赤々と燃え盛る炎。
肌を撫でる熱風に、大和が即座に横へ跳ぶ。
「行っけぇぇぇ――っ!!」
杖が振り下ろされた。
炎が、奔る。
その瞬間、オルビスとアステルの視線が交わった。
ほんの一瞬。言葉などない。
けれど。
二人の口元には、よく似た笑みが浮かんでいた。




