51.それぞれの課題。
模擬戦前の準備中の巻。
改めて、勇者四人と双子が向かい合う。
大和を先頭に、後方には玲司、美琴、ひまり。
対するオルビスとアステルは、相変わらず気負った様子もない。
人数だけを見れば四対二。けれど、先ほど一人でオルビスと打ち合っていた時より有利になったはずなのに、大和の胸には妙な心許なさが残っていた。
「……四人になったのに、全然有利になった気がしないな」
「奇遇ですね。僕もです」
玲司が眼鏡を押し上げる。
その懸念を裏付けるかのように――双子の纏う気配が、ゆらりと揺れた。
オルビスからは銀色。
アステルからは金色。
淡く煌めく魔力光が二人の周囲へ浮かび上がり、細かな粒子となって湖畔の風に舞う。
やがて、その光の中から剣の輪郭が浮かび上がった。
一本、また一本。
オルビスの周囲には、澄んだ青白い小振りの魔力剣が四本。
アステルの周囲にも、淡い赤色の剣が四本。
二人が手にした片手剣より一回り小さく、短剣よりは長い。どれも柄を握る者はいないまま、切っ先を僅かに持ち上げて宙へ浮かんでいる。
合計八本。
「…………」
勇者四人の目が、揃ってそちらへ吸い寄せられた。
「良いか。俺達が使うのはこれだけだ」
オルビスが告げる。
「普通の魔法は防御目的だけな。攻撃には使わない」
アステルも手にした淡赤色の片手剣を肩へ預け、にっと笑った。
「飛んでくるのは、俺達が持ってる剣とこいつらだけ」
「……だけ」
ひまりの口から、何とも言えない声が漏れる。
二人が手にする二振りの剣に加えて、宙には八本。
それら全てが別々に動くのだとすれば、攻撃魔法を使わないと言われても、ちっとも安心できない。
「これ一応、何を使うか先に教えてくれてるんだよな……?」
「親切……なのかな?」
大和の呟きに、美琴が困ったように笑った。
双子の表情に、緊張は微塵も無い。手札を隠すつもりも無ければ、不意を突くつもりも無い。「これで行く」と、そう最初から見せた上で、二人とも当たり前のように緩やかに構えている。
――遠慮はいらない。これを相手に対処できるなら、全力でして見せろ。
言葉にはせずとも、そんな空気があった。
その光景を少し離れた場所から見ていた恒一は、つい八本の魔力剣へ目を凝らしていた。
(……これ、どうやって動かしてるんだろ?)
一本ずつ別々に魔力を通しているのだろうか。
それとも、最初に大きな流れを作り、そこから八本へ枝分かれさせているのか。
先ほど見たアステルの魔力制御が脳裏に蘇る。
水属性を集めた時。幾つもの細かな流れが蜘蛛の巣のように広がり、それぞれが水の気配を捉えていた。続く氷は、集まった水を取り囲むように流れていた。
――なら、今のこれは――?
魔力光こそもう消えているが、仄かに感じ取れる、二人の身体から伸びた魔力の行方。宙に浮かぶ剣へ、どんなふうに繋がっているのか――。
「わふっ」
「うおっ?!」
のしっ。
不意に頭へ重みが掛かった。
黒銀の毛並みが視界の上から降ってくる。
「な、何だ?」
首だけを動かして見上げれば、いつの間に近寄ってきたのか、クロムが恒一の頭へ大きな顎を乗せていた。
「わふ」
「クロ?」
「良いぞ、クロ。そのまま押さえとけ!」
「何で?!」
向こうから飛んできたアステルの声に振り向く。
魔力剣を浮かべたまま、アステルは腰へ手を当てていた。
「こら、コーイチ。今スキル使おうとしただろ」
「えっ?!」
思いも寄らない指摘に目を瞬かせる。
「いや、別に使おうとは――」
そこまで言って、恒一は口を閉じた。
使おうとはしていない。
少なくとも、自分ではそのつもりだった。
けれど。
八本の剣がどう動いているのか気になった。
双子の魔力がどこを通っているのか、追い掛けようとした。
それを理解して、目に見える形へ――。
「……あ」
つい先ほど。
ひまりの魔力を追い、その流れを自分の意思で書き起こした時と同じだ。
「気付いたか」
オルビスがこちらを見る。
「先ほど魔力切れを起こしたばかりだ。アステルから補ってもらったとはいえ、お前自身の魔力量が増えた訳ではない。今また同じように使えば、今度こそまともに動けなくなるぞ」
「いや……でも、本当に使うつもりはなかったんだけど」
「だから問題なんだよなぁ」
「え?」
アステルの返答に、恒一は眉を上げた。
双子が顔を見合わせる。
僅かな間。
先に口を開いたのはオルビスだった。
「……これは、思ったより好奇心が強いのかもしれん」
「だよなぁ」
アステルも困ったように笑う。
「今までは完全に無意識だったんだよ。何か考えてるうちに勝手にスキルが動いてた。でもさっき、一回自分で動かしただろ?」
「ああ」
「だから多分、身体がちょっと覚えたんだな」
アステルは自分のこめかみを指先で軽く叩く。
「気になる。見たい。仕組みを知りたい。――って考えたら、自然にそっちへ意識が向くようになってきてる」
言葉にされて、恒一にも思い当たる。
以前とは違う。今までは、何かについて考え続けた末に、気付けば視界へ線や文字が浮かんでいた。
けれど今は、一度だけとはいえ自分の意思で線を引いた。感じたものを、何のために、どう書き留めるのか。その感覚を知ってしまった。
「完全無意識だったのが、無意識に意識するようになっちゃったなぁ……」
「ややこしいな、それ」
「だろ? でもホントにそれ以外に上手い言い方が思い付かない」
アステルはやれやれと言ったように軽く手を振って笑う。だが、オルビスの表情は思いのほか真剣だった。
「発動への道筋を掴み始めたこと自体は悪くない。むしろ大きな前進だ」
そこで一度言葉を切る。
「だが――止め方を知らん」
「あー……」
恒一はつい間の抜けた声を漏らした。
動かす方法は、ほんの少し分かり始めた。発動するのも、何となく掴めそうな所に来ている気がする。
けれど、止める方法は知らない。そもそも「今は使わない」と、自分の意思で発動を抑えることすらできていない。
好奇心の赴くまま無意識にスキルを使ってしまえば、今の恒一ではあっという間に魔力が底を突くのは目に見えている。
「……コーイチには、思ったよりも早急に制御を身に付けさせる必要があるな」
「だな。じゃないとコーイチ、面白そうなもん見つける度に魔力切れ起こすぞ」
「俺、そんなに節操ない?」
ささやかに抗議すると、双子が揃って恒一を見た。
「…………」
「…………」
妙な沈黙。
その間に、二人の脳裏へ何が浮かんだのか。
倉庫の改修。
魔導機構。
魔石に魔法。
実際今日だけでも、ひまりの水球からアステルの複合魔法まで、目新しいものを見る度に食い入るように観察していたのを、それはもうバッチリ目撃しているのである。
瓜二つの視線に、恒一にも何となく想像がついてしまった。
「……何か言えよ」
「わふ」
「ちょ、クロまで?!」
頭の上で、妙に悟ったような返事が響く。
アステルが堪えきれず吹き出した。
「ははっ! ほら、クロもそう言ってるぞ」
「クロは絶対そこまで考えてないだろ!」
「どうだろうな」
「オルビスまで乗るなよ!」
ひとしきり笑った後、オルビスが話を戻す。
「ともかくだ、今は普通に見えるものを見るだけにしておけ。考えるなとは言わん。だが、流れを逐一書き起こそうとするな」
「ああ、分かった」
「クロ。コーイチがまた怪しい顔をしたら止めてやれ」
「ウォン」
「返事が頼もし過ぎるんだよなぁ……」
ようやく頭から顎が退いた。
ところがクロムは離れるどころか、そのまま恒一の真後ろへどっかりと伏せる。
大きな鼻先がぐいぐいと小脇に潜り込んだ。どうやら完全に監視するつもりらしい。
(……本気で早くコントロールを覚えよう)
スキルを使うためではなく、使わないための制御まで必要になるとは思わなかった。
けれど、それもまた自分の力を扱うということなのだろう。
「……コーイチさんの訓練も、何か大変そうですね」
「俺も今、ちょっとそう思った」
苦笑しつつ言う大和に恒一が答えると、張り詰めかけていた空気が僅かに緩んだ。
――その時。
ヒュン。
場を引き締めるが如く、小さな風切り音が鳴った。
「――っ」
大和達の表情が変わる。
宙に浮かんでいた八本の魔力剣。
思い思いの向きで漂っていたそれらが、いつの間にかぴたりと静止していた。
青が四本。
赤が四本。
全ての切っ先が、勇者四人へ向いている。
先ほどまで笑っていたアステルは、変わらず楽しげな表情のまま。しかし、その立ち姿からはもう隙が消えていた。
オルビスも手にした剣を軽く下げているだけに見える。構えらしい構えではない。だからこそ、次に何をするのか読めない。
「さて」
短い一言で、空気が切り替わった。
大和が剣を握り直す。
玲司が杖へ手を添え、美琴とひまりも意識を双子へ集中させた。
恒一も固唾を呑んで見守る。
今度は、魔力の流れではない。二人がどう動き、それに対して四人がどう考え、どう応じるのか。
ただ、それを見届けることにしよう。
「待たせたな」
オルビスの言葉に、四人の身体へ緊張が走る。
その隣でアステルが、淡い赤色の片手剣をくるりともう一度だけ回した。
「では――」
八つの切っ先が、僅かに揺れる。
「――始めようか」




