50.パーティーバトルの入り口。
祝・50本め。
楽しくなってきたのでちょっと長めです。
オルビスが剣を引く。
「くっそ……!」
大和は悔しそうに息を吐きながら、数歩下がった。
それでも表情に落胆はない。むしろ、何が起きたのかを必死に整理しているようだった。
「速さじゃ……ないですよね」
「ああ」
「俺が動いた後に見てから避けてるんじゃない」
大和は自分が立っていた場所へ目を落とす。
「もっと前から分かってる」
「正確には、絞っている」
オルビスは青白い剣を下げたまま答えた。
「右足へ重心を移した。肩が動いた。視線が俺の胸へ向いた。その時点で、お前が次に取るだろう動きはかなり減っている」
「……そんな細かいところまで」
「一つ一つを考えている訳ではない。慣れれば纏めて見るようになる」
「また慣れ……」
玲司がぼそりと呟いた。
「まぁ、踏んできた場数の差もあるモンだからさ。兄さんの言う『慣れ』は一旦置いとこうぜ」
「お前が言うな」
オルビスから即座に返され、アステルがけらけらと笑った。
大和もつられて少しだけ笑う。だが、すぐに剣を握り直した。
「もう一回お願いします」
「いいだろう」
再び向かい合う。今度は焦らず、すぐには踏み込まなかった。
大和はオルビスをじっと観察する。
剣先、肩、足、重心。
だが、見れば見るほど分からなくなった。
オルビスの立ち方には、騎士達から教わった構えらしい構えがない。
剣は低く、半身にもなっていない。
足の置き方も、決まった型とは微妙に違う。
(どこを見ればいいんだ……?)
迷った瞬間。
「考え過ぎだ」
「え?」
オルビスが一歩出た。
「うわっ!」
反射的に大和が剣を上げる。
青白い刀身が横から来る――そう思った。
だが、来ない。
「――あ」
オルビスは剣を振ってすらいなかった。
一歩踏み込み、肩を僅かに動かしただけ。
それだけで、大和は防御のために剣を持ち上げてしまっている。
そして空いた胴へ、翻された青白い剣先が軽く触れた。
「二本目」
「…………」
大和は固まった。
「今の、ずるくないですか?」
「何がだ」
「斬るふりしたじゃないですか!」
「お前が勝手に斬られると思っただけだ」
「うわぁ……」
ひまりが何とも言えない声を上げる。
アステルは腹を抱えて笑っていた。
「はははっ! 兄さん、そういうの好きだよな!」
「有効だから使っているだけだ」
「今絶対ちょっと楽しんでるだろ」
「余計な事を言うな」
オルビスの視線が向いた途端、アステルは口笛を吹きながらそっぽを向いた。
大和は苦笑しながらも、剣先を当てられた脇腹へ目を落とす。
「……でも、これも判断なんですね」
「そうだ」
脇腹に当てた剣を引き、軽く振って見せる。
「相手が剣を持っているからといって、必ず剣を振るとは限らん。俺達のような冒険者相手なら尚更だ」
剣を持っていない左手を軽く上げる。
「殴るかもしれん」
足先で草を払う。
「蹴るかもしれん。砂や石を使う者もいる。魔法を使うかもしれんし、道具を投げるかもしれん」
そして、大和の背後へ視線を向けた。
「仲間がいるなら、自分が攻撃する必要すらない」
大和が振り返る。
そこには恒一達がいる。
もしこれが実戦で、そこにアステルが立って剣を構えていたなら。
オルビスの役目は、大和の意識を自分へ向ける事だけでも成立する。
「……サイクロプスの時も」
大和の声が変わった。
「そういう事だったんですか?」
「ああ」
オルビスはあっさり認めた。
「俺が攻撃するためにアステルが動く事もあれば、逆もある。俺達のどちらかが囮になる事もあるし、クロに仕留めさせる事もある」
「自分が倒す事に拘らない……」
「敵を倒す事すら、常に目的とは限らん」
大和が顔を上げた。
「依頼なら、達成条件がある。護衛なら守り切ればいい。撤退が目的なら逃げ切ればいい。時間を稼ぐだけでいい場合もある」
そこでオルビスは、自分が握る青白い剣を軽く掲げた。
「今も同じだ」
大和の視線が刀身へ吸い寄せられる。
「お前の勝利条件は、俺を倒す事ではない」
「一本取るか――」
大和が呟く。
「その剣を折る」
「そうだ」
今までの自分は、どうだった?
オルビスへ攻撃を当てようとしていた。
一本取る。
そればかりを考えていた。
けれど、最初からもう一つ条件が提示されていたではないか。
(この剣は脆い)
オルビス自身がそう言った。それなのに一度も、剣を狙ってはいなかったのだ。
「……なるほど」
大和が小さく笑った。
剣を構え直す。
先ほどまでとは、ほんの僅かに立ち方が違った。
「もう一回、お願いします」
オルビスはその変化を見て取ったのか、僅かに目を細めた。
「――来い」
三度目。
大和が踏み込む。今度も速い。
振り下ろす。オルビスが剣を添える。
先ほどまでなら、そのまま軌道を流されていた。
だが。
「――っ!」
大和は途中で腕から力を抜いた。
「ほう」
受け流されるまま、身体ごと前へ流れる。
当然、体勢は崩れる。
オルビスの青白い剣が動く。
大和の肩へ向かって――。
その瞬間、大和は地面を蹴った。
前ではなく、横へ。半ば転がるような不格好な動きだ。騎士に習った美しい足運びからは程遠い。
それでも剣先を躱し、すぐさま地面へ手を突いて身体を起こす。
「おっ!」
アステルが声を上げた。
大和は振り返りざまに剣を振るう。
狙うのは――オルビスではない。
青白い刀身。
キィンッ!
先ほどよりも強い金属音が響いた。
「……っ!」
手応えがあった。
魔力剣が大きく弾かれる。
だが――折れない。
「惜しい」
直後、オルビスの足が大和の足首へ軽く掛かった。
「うおっ?!」
均衡を失った身体が傾く。
それでも大和は咄嗟に受け身を取り、草の上を転がって距離を取った。
すぐに起き上がる。
「……駄目か!」
「いや」
オルビスが自分の剣を見る。
青白い刀身の中ほど。そこへ、ごく細い亀裂が一本走っていた。
「今のは悪くない」
その言葉を聞いた大和の顔に、ぱっと笑みが浮かぶ。
「よっしゃ!」
「但し」
「はい!」
「今の動きは体勢を崩し過ぎだ。実戦なら、俺が追撃せずとも別の敵に狙われる」
「うっ」
「それと、剣を狙う事に意識が寄り過ぎていた。視線は逆に分かりやすかったな」
「うぐっ……」
一つ褒められたと思えば、すぐさま二つ返ってくる。だが、大和は落ち込むどころか、むしろ楽しそうに笑った。
「じゃあ、そこも直します」
「ああ」
オルビスは亀裂の入った魔力剣を一度眺める。そして、そのまま構え直した。
作り直さない。
今つけた傷もまた、大和が自分で掴んだ成果だからだ。
「続けるぞ」
「はい!」
再び二人の間に緊張が走る。
少し離れたところから見守っていた恒一は、思わず感心していた。
大和の剣が、急に上手くなった訳ではない。
速さが増した訳でも、力が強くなった訳でもない。
けれど、たった数度の攻防で。目の前の相手を斬る事だけに向いていた視線が、少しずつその周囲へ広がり始めている。
相手の剣。
足元。
立ち位置。
そして、自分が何をすれば勝ちなのか。
オルビスが教えようとしているのは技ではない。戦いの中で何を見るか、何を選ぶか。そのための考え方なのだ。
「いい顔になってきたなぁ」
いつの間にか恒一の隣へ来ていたアステルが、楽しそうに笑った。
「ヤマト、ああいうの好きそうだ」
「そうだな」
恒一も笑う。
向こうでは、ひまりが小さな水球を懸命に維持している。
こちらでは、大和が何度転がされても剣を握って立ち上がる。
学んでいるものはまるで違う。
それでも、昨日まで出来なかった事へ手を伸ばしているという点では同じだった。
穏やかな午後の湖畔に、再び剣の触れ合う澄んだ音が響いた。
それから何度、剣を交えただろう。
大和は攻めては躱され、流され、時には足を掛けられ、何度も草の上を転がった。
それでも、すぐに立ち上がる。
同じ攻め方は繰り返さない。一度通じなかった動きは、次には変える。
正面から踏み込んで駄目なら角度を変え、剣を狙っていると悟られれば途中で狙いを変える。オルビスの視線や足の向きを見る余裕も、少しずつ生まれてきていた。
そして何より――。
(避けられたら終わりじゃない)
そう考えるようになった。
防がれた。
躱された。
受け流された。
今までは、それを一つの攻撃が失敗した瞬間として捉えていた。
けれど、実戦では違うのだ。失敗したとして体勢を整え直す時間を、相手は待ってなどくれない。
そこから相手がどう動くのか、自分の身体がどこへ流れるのか、次に何ができるのか。
失敗した一手の先にも、まだ選べるものはあるのだと。
「――っ!」
大和が踏み込んだ。
剣を右から振るうと見せかけて、直前で手首を返す。軌道を変えて、オルビスの肩口へ向かう斜めの斬撃へ。
だが。
キィン。
青白い剣が難なく間へ滑り込む。
(やっぱり、これも読まれる!)
大和は即座に力を抜いた。ここで押し切ろうとしない。
オルビスが剣を返す。青白い切っ先が、今度は大和の胸元へ迫った。
半歩、身体を捻る。刃が服のすぐ前を通り過ぎた。
ここで下がれば、また仕切り直しだ。
だから――下がらない。
「っ――!」
逆に踏み込んだ。
「――おぉ」
見守っていた恒一も、つい声を上げた。
間合いが、一気に潰れた。
近い、剣を十分に振るには近過ぎる距離。
それでも大和は構わず、身体ごと押し込むように剣を振った。
オルビスの魔力剣が添えられる。
正面から受け止めるのではなく、斜めに滑らせる。大和の力を利用し、そのまま外側へ逃がす。
まただ。
剣が流れ、身体が引かれる。
普通ならここで一度攻撃を止めて距離を取り、体勢を立て直し、構え直す。
騎士達との稽古でも、そう教わってきた。
だが――。
(違う)
大和の目が、流されていく自分の剣を追った。
力は消えていない。オルビスに逸らされた事で、向きが変わっただけだ。
なら。
(このまま使えばいい!)
地面を強く踏み締める。
「――はぁっ!」
流された剣を、思い切り跳ね上げた。
「――!」
オルビスの目が僅かに見開かれる。
剣術として見れば、酷く不格好な一撃だった。
整えた構えもない、綺麗な軌道でもない。
受け流され、崩れかけた姿勢から、腕と身体を強引に使って下から跳ね上げただけ。
だが――。
それまでの大和にはなかった動きだった。
オルビスが流した力。崩された姿勢。そのどちらも、元へ戻そうとしなかった。
崩されたなら、崩されたまま。流されたなら、その流れごと。
全て、次の一手へ使った。
青白い刀身と、大和の剣が交差する。
――パキン……ッ!
乾いた音が響いた。
「……!」
大和自身が目を見開く。
宙を舞ったものが、陽光を受けて煌めいた。
魔力剣の先端。
くるくると回転しながら宙を舞い、光の粒となって消えていく。
「折れた……!」
ひまりの声が湖畔へ響いた。
大和は剣を振り上げた姿勢のまま固まっていた。
「……折れ、た?」
自分でも信じられないように呟く。
オルビスの手には、先端を失った青白い剣。
亀裂が入っていた場所から先が、綺麗に折れていた。
数秒の間。誰も動かなかった。
最初に口元を綻ばせたのは、アステルだった。
「っははは!」
勢いよく立ち上がる。
「やったじゃん、ヤマト!」
「や……った?」
ようやく実感が追い付いたのか、大和がぱっと顔を輝かせた。
「よっ……しゃあ!」
思わず握った拳を突き上げる。
「やった! 折った!」
「おめでとう、ヤマト!」
「すごい!」
ひまりと美琴からも歓声が飛ぶ。
玲司も眼鏡を押し上げながら、感心したように折れた刀身を見つめていた。
「最後の一撃……随分思い切りましたね」
「いや、俺も必死だったから……」
興奮したまま答え、それから大和ははっとしてオルビスを見る。
「あっ……すみません。剣、本当に折っちゃいましたけど」
「折れと言ったのは俺だ。問題ない」
何を今さら、とでも言いたげな返事だった。
オルビスは手元に残った魔力剣を一度眺める。
そして。
「――悪くない」
短く告げた。
大和の表情が引き締まる。
「最後の一手。あれは誰かに習ったものか?」
「いえ」
大和は首を振った。
「流された時に……戻そうとしたら、また間に合わないって思って」
自分の剣を見下ろす。
「それなら、流された方向からそのまま振ればいいかなって。ほとんど咄嗟でしたけど」
「それでいい」
「え?」
「今の動きそのものを覚えろと言っている訳ではない」
オルビスは折れた魔力剣を手放した。青白い刀身がさらさらと光となって解け、風に紛れて消えていく。
「同じ手が二度通じるとは限らん。そもそも、あの姿勢から無理に剣を振る事自体、通常なら勧められるものではない」
「ですよね……」
大和もそこは分かっているらしく、苦笑する。
「だが、お前は今、俺に受け流された事を失敗として終わらせなかった」
その言葉に、大和が顔を上げる。
「俺が加えた力を利用し、自分の次の一手へ繋げた。型通りに構え直すより、相手の予測を裏切る事、今この瞬間に何ができるかという事を選んだ」
そこでオルビスは、先ほどまで魔力剣を握っていた手を軽く開いた。
「俺達が教えられるとすれば、そういう部分だ」
「……!」
「騎士から学んでいる剣術を捨てる必要はない。型とは長い時間を掛けて磨かれた、効率の良い動きの積み重ねだ。基礎として身に付けておいて損はない」
大和は真剣に耳を傾けている。
「だが、実戦で相手がその型に合わせてくれるとは限らん」
魔物ならば、人間とは身体の造りから違う。
武器を持たない相手もいる。
巨体そのものを武器にするものもいれば、四足で駆けるもの、空を飛ぶもの、魔法を使うものまでいる。
人間が相手であっても同じだ。
騎士。
冒険者。
傭兵。
盗賊。
誰もが同じ剣を使い、同じ規則で戦ってくれる訳ではない。
「だから、型を知った上で――型から外れる事を恐れるな」
大和はその言葉を、噛み締めるように繰り返した。
「型から、外れる……」
「必要ならな」
その時だった。
「でもさぁ」
いつの間にか近くまで来ていたアステルが、にやにやしながら兄の隣へ並ぶ。
「最後、オルビスちょっと驚いてたよな?」
「…………」
「あれ絶対、『お、そっち来るか』って顔だったぞ」
「アステル」
「はい」
「少し黙れ」
「やっぱり当たってんじゃん!」
アステルがけらけらと笑う。
オルビスは弟を一瞥したものの、否定はしなかった。
それを見て、大和の目が輝く。
「……本当に、ちょっとだけ予想外だったんですか?」
「――少しだけだ」
「よっしゃあ!」
「喜ぶところそこなんだな」
恒一は思わず笑ってしまった。
けれど、大和にとっては大きな一歩なのだろう。
何をしても先を読まれ、何度攻めても届かなかった相手。そのオルビスの予測から、ほんの僅かでも自分の一手が外れた。
剣を折った事以上に、それが嬉しいのかもしれない。
「但し」
オルビスの声に、大和が反射的に背筋を伸ばした。
「今の一手を成功体験として擦り続けるなよ。次に俺とやる時、同じ事をすれば――」
右手が動く。
いつの間に作ったのか。
新しい剣の切っ先が、大和の鼻先すれすれで止まっていた。
「その前に取る」
「……はい!」
大和は一瞬驚いた後、楽しそうに笑った。
今日覚えたのは、必殺の一手ではない。
相手を見る事。状況を見る事。
そして、決められた正解だけを探さない事。
サイクロプスとの戦いで目に焼き付いた、先を読み合い、互いの動きさえ利用する双子の立ち回り。
その入り口へ。大和はようやく、自分の足で一歩を踏み出したのだった。
「まぁ実際、一対一かつ稽古じゃなけりゃ、ちょっと危ない判断ではあったけどな」
アステルが楽しそうに笑いながら、大和の横へ並ぶ。
「え?」
達成感の余韻に浸っていた大和が振り向くと、アステルは折れた魔力剣が消えていった辺りを指した。
「例えば、今ヤマトが剣を折った瞬間。これが敵相手の実戦なら、剣が折れたからってそこで終わるとは限らないだろ?」
大和の表情が少し引き締まる。
「折れた剣でそのまま突いてくる奴もいる。柄で殴るかもしれないし、空いた手で掴みに来るかもしれない。そもそも剣以外の手段を隠してる可能性だってある」
「……確かに」
大和は先ほどの自分を思い返す。
魔力剣を折った瞬間、完全に意識がそちらへ向いていた。
もしオルビスがその気だったなら――勝ったと思った直後に、何度でも反撃できただろう。
「だからこそ――」
アステルの視線が、大和から少し離れた場所にいる三人へ移る。
玲司。
美琴。
ひまり。
「相手が剣を折られて怯んだ、その一瞬。そこを見逃さずに攻めるのが、後衛の仕事でもあるんだ」
三人の顔つきが変わった。
「前衛が無理して作った隙を、前衛一人に使わせる必要はない。ヤマトが相手の武器を折ったなら、その瞬間に後ろから魔法が飛んできたっていい」
アステルは大和の肩を軽く叩く。
「そうすりゃ、ヤマトは追撃する代わりに回避や守りへ回れる。相手の反撃を受け止めてもいいし、次の奴へ備えてもいい」
「……前衛を守るのも、後衛の戦い方」
美琴が確かめるように呟いた。
「そういう事だ」
アステルは笑う。
「後ろにいるから安全、じゃない。前にいる仲間がずっと危ない役を引き受けてくれてるんだから、その分、後ろはよく見てないとな」
玲司は眼鏡を押し上げながら、先ほどの攻防を頭の中で組み直しているようだった。
「つまり、ヤマトが作った隙を見てから詠唱を始めるのでは遅い……」
「場合によるけどな。先を読むべきなのは、何も前衛だけじゃないって事だ」
続く話を、オルビスが引き取る。
「味方の動きを見て、『次に隙ができるかもしれない』と予測して準備しておく。それができれば、攻撃の間や隙を大きく減らせる」
「サイクロプスの時も……」
ひまりが杖を握りしめ、顔を上げて二人を見る。
「二人とも、相手が動いてから合わせてたんじゃなくて、お互いが何するか大体分かってたから、次の準備をしてたんだ……。戦ってる相手だけじゃなくて、仲間がどうするかも予想してた?」
「おお、正解」
アステルが嬉しそうに指を差す。
「もちろん毎回予定通りなんて無理だけどさ。前が何を狙ってるか、後ろが何を準備してるか。その辺が分かってるだけでも全然違うぞ」
大和は三人を振り返った。
今までも四人で訓練してきた。声を掛け合い、危なければ助ける。それなりに連携しているつもりだった。
だが、今聞いている話は、そのもう一歩先だ。誰かが失敗してから助けるのではない、誰かが作った好機を、次の誰かが拾う。
そして、その一手がまた別の誰かを動きやすくする。
「……俺一人で最後までやらなくていいんだな」
大和がぽつりと零す。
「むしろ一人で全部やろうとするな。仲間がいる意味がなくなるだろう」
「はは……それもそうですね」
大和は少し照れたように頭を掻いた。
すると玲司が、何か思い付いたように顔を上げる。
「だったら、次は四人でやってみてもいいですか?」
「お?」
「ヤマトが前で動いて、僕達は後ろからその動きを見ながら援護する。今までみたいに決めた手順をなぞるのではなく、その場で判断して……やってみたい」
アステルの口元が、見る見る楽しそうに吊り上がっていく。
「良いねぇ」
その顔を見た恒一は、何となく嫌な予感がした。
(あ。これ、また何か始まる顔だ)
だが、その隣でオルビスは先に釘を刺した。
「構わん。但し、今日は基礎だ。派手な魔法はお互い禁止。俺達も攻め過ぎん」
「はーい」
「お前に言っている」
「分かってるって!」
返事だけは妙に軽い。
それでも、大和達四人の目はすでに先ほどまでとは違っていた。
一人ずつ強くなるだけではない。
四人で、どう戦うか。
午後の鍛錬は、どうやらもう一段先へ進みそうだった。
方針が決まった途端、アステルは見るからに楽しそうな顔になった。
「よーし。んじゃ、俺も準備すっかな!」
片手を軽く持ち上げる。
ふわり、と金色の魔力光が舞った。
集まった魔力は掌の先で細長く伸び、輪郭を形作っていく。やがて光が収まった時、アステルの手には一振りの剣が握られていた。
澄んだ淡い赤色。半透明の刀身は薄い硝子細工のようで、陽射しを受けて淡く煌めいている。オルビスと色こそ違えど、同じ型の魔力剣だ。
「あれ?」
それを見たひまりが首を傾げた。
「アステルさんって、大剣の使い手じゃなかったっけ?」
先日のサイクロプス戦で彼が振るっていたのは、こんな片手剣ではない。
アステルの背丈にも迫ろうかという巨大な剣。それを軽々と振り回す姿は、恒一達の記憶にも強く残っている。
「ああ。ちゃんとこっちも扱えるぞ」
アステルは出来上がった片手剣を軽く振る。
ひゅん、と鋭い風切り音。
「今回は小回り利いた方が楽しそうだし!」
「楽しそうって理由なんだ……」
美琴が苦笑する。
「良いだろ、訓練なんだから。色々やった方が面白いって!」
すっかりやる気らしい。
そんなアステルの剣を眺めていた恒一は、そこでふと以前から気になっていた事を思い出した。
「そういやさ」
「ん?」
「この前、二人がサイクロプスと戦ってた時に使ってた剣も、やっぱり魔力で作ってる物なのか?」
問い掛けながら、恒一はアステルの手元へ視線を向ける。
今そこにある剣も、先ほどオルビスが使っていたものも、一目で普通の武器ではないと分かる。
淡く透けた刀身。
周囲へ漂う魔力光。
どこか幻影めいた、光を固めただけのような質感。
対して、あの時の二人が握っていた剣は違った。
オルビスの細剣も、アステルの大剣も、確かに魔力を纏ってはいた。だが、もっとずっと実体感があったのだ。
金属とも魔石とも思える、不思議な質感。
それでも確かな質量と存在感を持った、一振りの武器としてそこにあった。
「あー、あれか」
アステルは自分の魔力剣を眺めてから、少し考える。
「半分正解かなぁ」
「半分?」
「俺達の剣って、ちょっと変わっててさ」
そう言って、自分の胸元を親指で指した。
「自分自身の一部みたいな物なんだ」
「……自分の一部?」
意味が分からず、恒一は眉を寄せる。
「俺達が普段使う魔剣は、単純に魔力を固めて作り出しているものではない。幼い頃から俺達自身と共に成長し、俺達の内側で形作られてきたものだ」
「内側で……」
「ああ」
オルビスは胸元へ手を添える。
当然、そこには剣も鞘もない。
「故に、己自身が鞘であり――同時に刀身でもある」
「…………」
恒一は一度瞬いた。
もう一度、何もないオルビスの手を見る。
「えーっと……つまり、普段は身体の中にあるって事か?」
「大雑把に言えばな」
「出す時は、こんな感じ」
アステルが空いた左手を胸の前にかざし、軽く横に払うように振ると。
「わっ……!」
大和達が驚きの声を上げる。
僅かに空間が震えた、ほんの一瞬で――その手には、あの深紅の大剣が握られていた。
「必要な時に呼び出す。使い終わったら戻す。だから俺達、普段は剣を持ち歩いてないんだよ」
「ああ……!」
そこでようやく、恒一の中で一つの疑問が解けた。
二人とも剣士として十分過ぎる腕前を持っているのに、普段から帯刀している姿を一度も見た事がなかった。
必要な時だけ現れるのなら、持ち歩く必要など最初からなかったのだ。
「じゃあ、その剣って……折れたりするのか?」
先程折られた魔力剣を思い出して、何気なく尋ねたつもりだった。
するとアステルは、からりと笑った。
「滅多な事じゃ折れないぞ」
「自身と共に成長してきたものだからな。通常の武器とは性質が違う」
オルビスも事もなげに続ける。
「俺達自身が健在である限り、多少損傷したところですぐに修復される。完全に折れるような事態は、まず起こらん」
「へぇ……」
「まあ、こいつが本格的に折れる時は――」
アステルが何でもない事のように付け足した。
「本体の俺達も、そこそこヤバい時だな!」
「…………」
恒一の思考が止まった。
一拍。
二拍。
「……今、何かさらっとすんごい重要情報吹き込まれた気がするなぁ……」
「そうか?」
「そうだよ!」
思わず声が大きくなる。
「何でそんな『剣が欠けたら研げばいい』くらいの調子で言うんだよ!」
「いや、実際滅多に起こらないし」
「そういう問題じゃないだろ!」
アステルは不思議そうに首を傾げる。
横を見ると、オルビスまで似たような顔をしていた。
(駄目だ。この二人にとっては本当にその程度の認識なんだ……)
恒一は額を押さえた。
すると、話を聞いていた大和が、自分の剣とアステルの魔力剣を交互に見比べる。
「じゃあ、二人ってやっぱり剣士なんですよね?」
「ん?」
「魔法も普通に使ってるから、前からどっちなんだろうって思ってて」
「ああ、それか」
アステルは納得したように頷いた。
「ギルドの登録だと、俺達は複合職扱いだぞ」
「複合職?」
「剣士と魔術師」
オルビスが簡潔に答える。
「冒険者ギルドの適性判定では、双方の技能が一定以上に達している場合、複数の職能が併記される事がある。俺達はそれに該当する」
「へぇ……」
大和は興味深そうに二人を見る。
「じゃあ、剣も魔法も本職って事ですか」
「まあ、そんな感じだな! だから勝手に『魔剣士』とか呼ぶ奴もいるし、おかげで属性魔法を剣に付与して戦う『魔法剣士』とごっちゃにされたりもするけど、ちょっと違うっつーか」
アステルは軽い。
「状況に合わせて使いやすい方を使うし、両方一緒にも使う。初めからそう教わってきた俺達からすると、わざわざ分けて考える方が面倒なんだよな」
「剣で斬り合っている最中に魔法が飛んでくる、と……」
玲司が呟く。
「逆もあるぞ」
オルビスが付け加えた。
「何せ剣を最初から出しておく必要も無いからな。魔法へ意識を向けさせておいて、後から出した剣で仕留める事もある」
「…………」
大和達四人の視線が、何とも言えないものへ変わった。これから、その二人を相手に連携の訓練をするのである。
「……あの」
ひまりがおずおずと手を挙げる。
「今日って、魔法は控えめなんですよね?」
「勿論」
オルビスが答える。
「今日は判断と連携を見るのが目的だ。俺達が本気で攻めては訓練にならん」
「良かったぁ……」
ほっと胸を撫で下ろす。
その隣で、アステルが魔剣をぱっと手放した。それは微かな魔力の残像を残して、宙に溶けるように消えていく。
そうして、改めて魔力で作り上げた淡い赤色の片手剣をくるりと回した。
「だから安心してかかって来い!」
にっ、と楽しげな笑み。
「その代わり――剣だけだからって、簡単に捕まるとは思うなよ?」
大和の顔にも、負けじと笑みが浮かぶ。
「望むところです!」
少し離れたところでその様子を眺めながら、恒一は思う。
魔法の練習をしていたはずの午後が、いつの間にか勇者四人対上級冒険者の模擬戦になろうとしている。
(……まあ)
朝には高度な魔力制御でかき氷を作っていたのだ。今さらこれくらいで驚くのも、何か違う気がしてきた。
どうやら恒一の中でも、この世界における「普通」の基準は、着実に書き換えられつつあるらしかった。
「一応言っておくが――アステル」
「ん?」
淡い赤色の魔力剣をくるくると弄んでいたアステルが、兄へ顔を向ける。
オルビスは念を押すように告げた。
「使うのは剣と補助魔法までだ」
「はぁい」
「待って、まだ何かあるの?!」
思わず恒一が割って入った。
剣。
魔法。
それだけでも十分過ぎるほど何でもありだと思っていたのに、今の言い方では明らかにその先がある。
大和達も揃って双子へ視線を向けた。
「……今、『まで』って言いましたよね?」
玲司が聞き逃さなかった一言を拾う。
「言いましたね……」
美琴も若干引き気味である。
ひまりに至っては、何が出てくるのかと警戒するようにじぃっとアステルを見ていた。
当の本人はといえば。
「や、今は気にしないで良い事だぞ~」
ひらひらと手を振るだけだった。
「気になる言い方したのそっちでしょ?!」
「そのうち分かるって」
「そのうちっていつですか……」
「そのうちはそのうち」
「絶対教える気ないだろ」
「ははははは!」
笑って誤魔化された。
恒一は何とも言えない顔でオルビスを見る。
こちらなら多少まともな説明が返ってくるかと思ったのだが――。
「今の段階で知る必要はない」
「そっちもかぁ……」
取り付く島もない。
「少なくとも、今日の訓練では使わん。安心しろ」
「安心していいのか、それ……」
出来ない気がひしひしとする。
すると大和が、自分の剣を握りながらぼそりと呟いた。
「……でも、サイクロプスの時にも剣と補助魔法しか使ってなかったですよね?」
「ああ」
「つまり、あの時もまだ全部じゃなかったと」
「そうなるな」
「…………」
今度は大和が黙った。
サイクロプスを相手に、互いの動きを利用しながら翻弄していた二人。何ならアステルの方は剣しか使っていなかったような気もする。
あれだけの戦いを見せておきながら、まだ使っていない何かがあるらしい。
「……上級冒険者って怖いですね」
「いや多分、こいつら基準にしない方がいいと思うぞ」
「俺もそう思います」
恒一は即座に訂正し、玲司が間髪入れずに同意する。
「えー?」
アステルだけが不満そうな声を上げた。
「俺達、割と普通だぞ?」
「どの口が言うんだ」
「この口」
自分の口元を指差して、にっと笑う。
「アステル」
「冗談だって!」
オルビスに名前を呼ばれただけで、アステルはさっと両手を上げた。
どうやら本人にも、多少なりとも自覚はあるらしい。
――多少なりとも。
「ともかくだ」
こほん、と一つ咳払いをして、オルビスが話を戻す。
「今日は剣と補助魔法まで。それ以上の手段は使わん。アステルも余計な真似はするなよ」
「了解!」
今度はきちんと返事をして、アステルは片手剣を肩へ担ぐ。
そして、大和達四人を見渡した。
「んじゃ――今度こそ始めようぜ!」
その笑顔があまりにも楽しそうなものだから。
大和達は揃って、ほんの少しだけ身構えた。




