48.僕らの卵焼き戦争。
重箱に詰まっていたのは、勿論おにぎりだけではない。
二段目には、食べやすい大きさに切ったじゃがいもとソーセージを香草と一緒に炒めたもの。表面にはこんがりと焼き色が付き、蓋を開けた途端に香ばしい匂いがふわりと漂った。
その隣には、鶏肉へ下味を付けて衣を纏わせ、からりと揚げたからあげがぎっしりと詰められている。
「お、これも旨そう!」
早速アステルの手が伸びる中、もう一つの区画を覗き込んでいたオルビスが、二種類並んだ黄色い卵焼きへ目を留めた。
「あれ、卵もちょっと形が違う?」
からあげを頬張っていたアステルも気付いたらしい。もぐもぐと口を動かしながら、二つを見比べる。
「ああ。幅が少し狭くて、焦げ目がしっかり付いてる方が砂糖入りの甘いやつ。大きめに切ってある方が出汁巻きって言って、こっちは塩と出汁で味付けしてる」
「へー!」
興味を惹かれたアステルは、早速一切れずつ取り皿へ移して食べ比べてみる。
まずは甘い方を一口。
「ん、ほんとだ甘い! おやつにもなりそうだな」
続いて、出汁巻きを一口。
「お、こっちは全然違うな! 味もだけど、甘い方より柔らかい。同じ卵なのに面白いな」
「だろ? 焼き方も少し違うんだ」
使う材料そのものは、どちらも卵が中心だ。それでも味付けや焼き方を変えれば、出来上がりの印象は随分と違う。
すると、同じく卵焼きを食べていたひまりが、何やら遠いものを見るような目になった。
「卵焼きはね……」
妙に重々しい声だった。
「甘い派としょっぱい派で、時々戦争が起きるから……」
「そんな物騒な料理なのか?!」
アステルがぎょっとして、手元の卵焼きを見下ろした。
「違う違う、本当に戦う訳じゃないから!」
恒一が慌てて訂正する横で、大和が堪えきれず吹き出す。
「でも分かる。弁当の卵焼きは甘い方だろ」
「えっ」
ひまりが真顔で振り向いた。
「しょっぱい方でしょ?」
「ほら、言ってる傍から始まった」
美琴がくすくすと笑う。
「僕はどちらでも構いませんけどね。おかずとしてなら出汁巻きの方が――」
「レイ、それ実質しょっぱい派だろ?!」
「そういう分類になるんですか?」
玲司まで巻き込まれ、あっという間に勇者四人の間で卵焼き談義が始まってしまった。
その様子を眺めながら、アステルは取り皿に残った二種類の卵焼きへ交互に目を向ける。
「……なるほど」
妙に納得した顔で呟いた。
「確かに戦争になってるな」
「いらんこと覚えないの!」
恒一は即座に突っ込みを入れた。
すると、それまで黙々と食べ比べていたオルビスが、出汁巻きを一切れ口へ運んでから口を開く。
「白米と食べるのなら、俺はこちらだな」
「あっ、オルビスさんしょっぱい派か!」
「しょっぱ陣営が増えた!」
「だから変な陣営を作るなって!」
湖畔に笑い声が広がる。
魔法の訓練をしに来たはずなのに、気付けば話題は卵焼きの味付けである。
もっとも、朝っぱらから高度な魔力制御でかき氷を作っていたことを思えば、今さら卵焼き論争くらい可愛いものだな、と恒一は思うのであった。
「で、アステルさんは?!」
「どっち派?!」
「えっ、俺?!」
突然ひまりと大和に左右から詰め寄られ、アステルが目を丸くした。
取り皿にはちょうど、甘い卵焼きと出汁巻きが一切れずつ残っている。
「どっちって……」
アステルは両方を一切れずつ摘まみ上げた。
右手の甘い方を見る。
左手の出汁巻きを見る。
もう一度、右。
そして左。
やがて何かを決意したように、まず右をぱくり。続けて左も口へ放り込み、真剣な顔でもぐもぐと咀嚼する。
「んー……」
それぞれの味を確かめること数秒。
ごくん、と飲み込んだアステルは、にっこり笑った。
「どっちも旨い! 引き分け!」
「ああーっ! 逃げた!」
「逃げてないって! 本当にどっちも旨いんだから仕方ないだろ!」
「どっちか選んでください!」
「何で?!」
まさか卵焼きの好みでここまで追及されるとは思わなかったのだろう。アステルは助けを求めるように辺りを見回した。
「コーイチ!」
「俺を巻き込むな」
「兄さん!」
「俺はもう答えた」
「クロ!」
「わふ?」
「お前だけだ、俺の味方は!」
縋るように大きな首へ抱き付かれたクロムは、何のことやら分からないまま尻尾を一度振った。
だが、そこでひまりが残酷な事実に気付く。
「……クロちゃん、そもそも卵焼き食べてなくない?」
「…………」
アステルの動きが止まった。
「クロ。今すぐ食べ比べよう」
「巻き込むな、可哀想だろ」
恒一が笑いながら止める横で、美琴はすっかり肩を震わせている。
「ふふっ……でも、どっちも好きっていう人も結構いるよね」
「そうですよ。そもそも好みなんですから、無理に二つへ分ける必要は――」
「レイはしょっぱい派だから!」
「だから、どうしてそうなるんですか」
再び始まった言い合いを前に、アステルはクロムの首へ抱き付いたまま呆然と呟いた。
「……コーイチの故郷、食い物の争い激しくない?」
「平和だからできる争いなんだよ、多分……」
そう答えながら、恒一は自分でも妙に納得してしまった。
少なくとも、甘いかしょっぱいかで笑いながら言い合える程度なら、きっと悪くない。
「まぁ、言い争いは良くない。うん!」
アステルはクロムから離れると、無理やり話をまとめるように何度も頷いた。
「ほら、オルビスだって甘い方も食ってるし」
ちょうど甘い卵焼きへ箸を伸ばしていた兄を見つけ、ここぞとばかりに指差す。
突然引き合いに出されたオルビスは、特に気にした様子もなく一切れ口へ運んだ。
「好みと食う食わないは別だ」
「ほらぁ!」
「何が『ほら』なんだ」
「兄さんだって両方食べるじゃないか!」
「出されたものを、好みだけで残す理由はない。そもそも嫌いな訳でも不味い訳でも無いのだから、作り手への敬意を持って食うだけだ。その上でどちらが米のおかずとして好みかと問われれば、俺は出汁巻きだと言っただろう」
「くっ……」
ド正論である。
兄から逃げ道を塞がれたアステルは、今度こそ最後の希望とばかりに恒一へ顔を向けた。
「コーイチは?!」
「俺?」
とうとうこちらへ飛び火した。
「そう! 作った本人はどっち派なんだよ」
「あ、それ気になります!」
「コーイチさんはどっちですか?」
ひまりと大和まで身を乗り出してくる。
「いや、俺は――」
答えようとして、恒一はふと重箱へ目を落とした。
甘い卵焼きと、出汁巻き。
そもそも今日、わざわざ二種類とも作ってきた理由は単純明快だった。
「……どっちも好きだから、二種類作ったんだけど」
「よし仲間!!」
アステルが即座に恒一の肩をガシッと抱いた。
「いた! 俺と同じ中立派!」
「いや、別に派閥作ってないからな?」
「いいんだコーイチ、もう何も言うな。俺達は争わず両方を愛そう」
「さっきまで一番必死に逃げ回ってた奴が何言ってるんだ」
呆れながらも、恒一は笑ってしまう。
向かいではオルビスが、二つ目の甘い卵焼きを平然と口へ運んでいた。
「……兄さん、結構甘い方も食うじゃん……」
「食う食わないは別だと言っただろう」
やはり出汁巻きの方が好みだからといって、甘い卵焼きを食べない訳ではないらしい。
好みの差はあれど、旨いものは旨いのだ。
結局のところ、どちらも美味しく食べられればそれでいい。
そんな当たり前の結論へ辿り着くために随分と騒いだものだと、恒一は笑いながら次のおにぎりへ手を伸ばした。
ちなみに我が実家は甘派。私は中立派です。




