44.ひんやり甘い、おやつタイム。
夏ですねぇ。
いつの間にやら日はすっかり昇り、湖畔にもさんさんと陽射しが降り注いでいた。
風は心地よいものの、少し動けば汗ばむくらいの陽気になっている。
先ほどまで冷気を扱っていたせいか、その変化に誰も気付いていなかった。
「丁度いいから、この氷、飲み物にでも入れるか」
アステルが手の中の氷塊を眺めながら何気なく言うと、その一言へひまりがぽつりと呟いた。
「かき氷機があったらなぁ」
「かき氷?」
双子が揃って首を傾げる。
「えっとね」
ひまりは両手で器を抱えるような仕草をしながら説明した。
「氷を薄く、ふわふわに削るの。それに果物とか、ジュースみたいな甘いシロップをかけて食べるんだよ。夏のおやつって感じ!」
「ほーう?」
アステルの目が、きらりと輝いた。
恒一はその表情を見た瞬間、どこか見覚えのある予感がした。
(あ、これ何か思い付いたな)
案の定、アステルは手の中の氷塊を持ち上げ、まじまじと眺め始める。
「削るんだろ?」
「うん、そうだな」
「なるほど」
その返事だけで十分だった。
風魔法で米を精米し、魔石の研磨までしていた男である。
"削る"という工程は、彼にとって朝飯前なのは言うまでもない。
「つまり、こいつを削ればいいと」
「雪原苺のジャムなら荷物に入っているぞ」
オルビスがさらりと言う。
「はちみつもあったよな」
「ある」
二人の視線が、ぴたりとクロムの背中へ向いた。
そこには二人の旅道具の入った鞄が、いつものように括り付けられている。
「わふ?」
突然注目されたクロムは、不思議そうに首を傾げた。
「……ふむ」
オルビスはクロムの背から旅用の鞄を下ろすと、慣れた手付きで中を探る。
ほどなくして、重ねて収納されていた深皿を取り出し、当然のように恒一へ手渡した。
「手際が良すぎるんだよなぁ」
恒一が思わず苦笑すると、オルビスは平然と答えた。
「慣れだな」
それだけ言って、今度はアステルの隣へ立つ。
「どれ」
軽く手をかざした瞬間、銀色の魔力光がふわりと舞った。同時に、冷たい風がアステルの支える氷塊へ優しく巻き付く。
――しゃりしゃり、しゃりっ。
耳に心地よい音と共に、薄く削られた氷がさらさらと皿へ降り積もっていく。
「わぁ……!」
「すごい……!」
ひまりと美琴が揃って歓声を上げる。
まるで新雪のように柔らかな削り氷が、あっという間に山を作っていた。
「ほとんど溜め無しで、風と氷の同時制御……」
「風だけでは、気温と摩擦熱で溶けるだろう」
オルビスは当然のように答えた。
「だから氷属性も重ねて冷却している。それだけだ」
「いや、そうではなく……」
玲司は思わず眉間を押さえた。
"それだけ"で済ませられる技術ではない。
その肩を、大和が苦笑しながらぽんと叩く。
「もう気にしたら多分負けだぞ」
そのやり取りを眺めながら、恒一は何とも言えない表情で笑った。
「さっきのアステル、本当にゆっくり実演してくれてたんだな……」
「まあな!」
本人は胸を張る。
「逆に実戦だったら、どれだけ早く魔力を練り上げられるかも大事だからさ。だから言っただろ? 多重制御は兄さんの方が上手いって」
程なくして、最後の一皿へふわりと氷が盛り付けられる。
こうして出来上がったのは、上級者冒険者二人による世にも高度な魔力制御技術によって削られた、何とも贅沢なかき氷だった。
オルビスが鞄から取り出したのは、片手で持てる程度のガラス瓶が二つ。
一つは、陽の光を受けて宝石のように輝く深紅のジャム。もう一つは、陽の光を閉じ込めたようなとろりとした黄金色の蜂蜜だった。
「雪原苺のジャムだ」
瓶をアステルに手渡しながら説明する。
「名前の通り、アルシオン大陸北部の雪原地帯で育つ苺だ。寒暖差が大きい土地だから糖度が高い。アステルの好物の一つでもあるな」
「ジャムにする前の実も、すっごい甘くて美味いんだよなぁ、これ」
嬉しそうに頷きながら瓶を受け取る。
「それと、こっちは黄金蜜蜂の蜂蜜」
今度はもう一つの瓶を軽く持ち上げた。
「エルフの養蜂家が作っている。花の香りが強く、そのまま舐めても十分旨い」
「エルフって蜂蜜まで作ってるんですね」
美琴が感心したように呟く。
「エルフ達は森の恵みを活かすのが上手いからな」
オルビスは瓶の蓋を開けながら答えた。
「養蜂も古くから続く文化の一つだ」
「なるほどなぁ」
恒一も思わず見入る。
雪原育ちの苺に、森で採れた蜂蜜。
どちらも、この世界だからこそ生まれた特産品だった。
「じゃ、いくぞ」
アステルは深皿へ盛られた真っ白なかき氷を見下ろすと、まずは雪原苺のジャムをとろりとかける。
深い赤色が、真っ白な氷の上をゆっくりと流れ落ちていく。
「おぉ……」
ひまりが思わず声を漏らした。
雪原を染める夕焼けのように、鮮やかな赤が白へ映える。
続いて反対側へ、黄金色の蜂蜜を細く垂らす。
朝日を閉じ込めたような琥珀色が光を受けてきらきらと輝き、かき氷は一気に華やかな姿へ変わった。
「見た目だけでもう美味そうだな」
大和が思わず身を乗り出す。
「うん……」
玲司まで小さく頷いていた。
甘い香りがふわりと風へ乗る。
冷たい氷と果実の香り、そして蜂蜜の優しい甘さ。夏の湖畔には、それだけで十分すぎるほど魅力的なご褒美が出来上がっていた。
「いただきま~す!」
ひまりの元気な声を合図に、それぞれが匙を手に取った。
恒一もそっと掬い取り、口へ運ぶ。
ふわり。
舌へ触れた瞬間、氷は雪のようにほどけて消えた。
「……!」
思わず目を見開く。
冷たい。けれど頭へ響くような鋭い冷たさではない。
きめ細かく削られた氷は驚くほど口溶けが柔らかく、後を追うように雪原苺の爽やかな酸味と濃厚な甘味が広がる。
さらに、反対側から掬った蜂蜜のかかった氷を口へ運べば、今度は花を思わせる華やかな香りと優しい甘さが、冷たさを包み込むように口いっぱいへ広がった。
「~~~~!」
ひまりは言葉にならない声を漏らしながら、両手で頬を押さえる。幸せそうに目を細め、小さく肩を震わせる姿だけで、その感動は十分伝わってきた。
「これ、おいしい~~っ!」
ようやく絞り出した一言に、美琴も思わず笑みをこぼす。
「本当に美味しい……。こんなに口溶けが柔らかいんですね」
「ジャムもすごく美味しい……」
「雪原苺は甘さが自慢だからな!」
アステルも大きく一口頬張ると、満足そうに目を細めた。
「ん~~っ、やっぱり旨い! 氷にかけたのは始めてだけど、これは良いな」
その隣では、オルビスも静かに一口味わう。
「時期的にも、冷菓としては悪くないな」
「いや、その感想はちょっと淡白すぎません?」
「……む、そうか」
いつもの淡々とした物言いに、玲司が思わず苦笑する。オルビスは少し考えると、僅かに口元を緩めた。
「……旨い、ということだ」
律儀に言い直した一言に、その場はまた笑いに包まれた。
クロムもまた、興味津々といった様子で、大きな鼻先を皿へ近付ける。
まずは慎重に一舐め。舌先に触れたひんやりとした冷たさに、ぴくりと耳が震えた。
「お?」
恒一が思わず様子を窺う。
一瞬だけ動きを止めたクロムだったが、次の瞬間には気に入ったらしい。ぺろり、ぺろりと勢いよく食べ始め、あっという間に皿の上のかき氷は綺麗になくなってしまった。
「クロも気に入ったか?」
アステルが笑い掛けると「わふっ」と短く返事をして、大きな尻尾をゆったりと左右へ揺らした。
その満足そうな様子に、恒一も思わず笑みを浮かべる。
「すっかりお気に入りみたいだな」
「暑い日にゃ丁度いいんだろうな」
アステルはクロムの首筋をわしゃわしゃと撫でる。クロムは気持ち良さそうに目を細め、喉を小さく鳴らした。
「今度はクロの分も少し多めに作ってやるか」
「ウォンッ」
嬉しそうに返事をする巨大な魔狼を見て、ひまりが思わず吹き出す。
「クロちゃんまで、夏のおやつ覚えちゃいましたね」
「旅に戻ったら、暑い日は催促されそうだな」
アステルが苦笑すると、クロムは分かっているのかいないのか、もう一度だけ元気よく尻尾を振ってみせた。
最後の一口まで平らげたアステルは、満足そうに息をつくと、ぱんっと軽く手を打った。
「じゃあ、昼飯前に復習すっか!」
「はーい!」
ひまりが元気よく返事をする。
先ほどまでおやつを楽しんでいた空気から一転、再び訓練モードである。
「規模は小さくてOK、制御はもっと丁寧に。大きさよりも維持を優先して、魔力の流れを見失わないことが重要だぞ」
そう言うと、アステルは空いた皿を手元へ引き寄せ、軽く片手を上げた。
「ほい、お手本」
その一言と、ほぼ同時だった。
先ほど説明のために見せていた動きとは比べものにならない。魔力は一瞬で練り上げられ、空気中の水が集まり、気付けばビー玉ほどの小さな水球が指先に浮かんでいた。
「はやっ」
大和が思わず声を漏らす。
アステルは何食わぬ顔で、その水球を皿の縁へちょこんと乗せた。
ころん。
小さな水球は皿の上を転がるように、するすると動き回る。ほんの少しだけ残っていた雪原苺のジャムや蜂蜜を巻き込みながら皿の隅々まで巡り、最後には仄かに赤く色付いて丸くなると、アステルの指先へと戻っていった。
「いただき」
当然のように、ぽいっと口へ放り込む。
「んむ。ほんのり甘い」
満足そうに飲み込んで頷く姿を見て、恒一は思わず吹き出した。
「おお、便利」
「だろ?」
アステルは得意げに笑う。
「ま、いきなりここまでやれとは言わないけどな」
そう言って、ひまりへ指を向けた。
「目標は、何回かに分けてもいいから、下洗い用の水を作って皿へ入れること。それくらいできれば、まずは生活魔法として十分実用的だな」
「よし、頑張る……!」
ひまりは小さく拳を握る。
派手な魔法ではない。けれど、毎日の暮らしで役に立つ魔法。
その目標なら、何だか自分にも手が届きそうな気がした。




