42.アステル先生の実技講座。
今ので一つ、分かったことがあった。
恒一はひまりの方を見ながら、先ほど感じた魔力の流れを頭の中で整理していく。
「ヒマリって、制御ができないわけじゃないんだな……」
「へ?」
突然そう言われ、ひまりがきょとんと目を瞬かせる。
「多分だけど、出力を絞ったまま維持するのがまだ苦手なんだと思う」
「維持?」
「ああ」
恒一は頷きながら言葉を続けた。
「炎も、例えば火球を的へ飛ばさずに、その場でじっと維持し続けるだけ……とかは苦手じゃないか?」
「うっ」
図星だったらしい。ひまりは大袈裟なくらい身体を反らし、そのまま固まってしまう。
「やっぱり」
恒一は思わず笑った。
「火球って、撃つ時は勢いよく出せるんです!」
ひまりは慌てて弁解するように両手を振る。
「でも、『そのまま維持して』って言われると、だんだん大きくなったり、小さくなったり、そのまま消えたり……」
「なるほどな」
話を聞いて、恒一の中で先ほどの水球と一本の線で繋がった。
「多分、炎はヒマリと相性が良いから、普段発動までがすごく早いんじゃないかな」
ひまりはこくこくと頷く。
「だから魔法そのものは問題なく出せる。でも、水は発動に必要なところまで魔力を練り上げるまでが長くて、維持が崩れ始めてた」
アステルが感心したように声を漏らし、オルビスも僅かに目を細めた。
「その見方、当たってると思うぞ」
「ああ、コーイチの言う通りだろう。ヒマリは出力そのものではなく、魔力の調整幅に課題がある」
「調整幅……」
玲司も納得したように小さく呟く。
「だから得意な炎は勢いで形になるけど、水は途中で制御が乱れてしまったんですね」
「そういうこと」
アステルは笑顔で親指を立てる。
「逆に言えば、そこさえ鍛えればちゃんと伸びるってことだ。魔力が足りないわけじゃないからな」
「ほ、本当ですか?」
ひまりがぱっと顔を上げる。
「ああ」
オルビスも静かに言葉を添えた。
「今の失敗は才能の有無ではない。制御技術の問題だ。鍛錬で十分改善できる範囲だろう」
その一言に、ひまりの表情がみるみる明るくなった。
「よ、よーし!」
ぎゅっと杖を握り直し、小さく拳を握る。
「私、頑張ります!」
その姿を見て、恒一はふと苦笑する。
分析してみれば原因は案外単純だった。
だが、原因が分かるということは、改善の道筋も見えてくるということでもある。
それは魔法も、ものづくりも、きっと同じなのだろう。
「で、それが分かったってことはさ」
アステルは恒一へ人差し指を向けて、にっと笑った。
「コーイチも、ちゃんと魔力の動きを追えてるってことなんだよ」
「目標こそ違うが、訓練すべきことはヒマリと同じだな」
オルビスの言葉に、恒一とひまりは思わず顔を見合わせる。
「え、俺とヒマリが?」
「同じなんですか?」
二人揃って首を傾げると、オルビスは簡潔に答えた。
「ヒマリは魔法。コーイチはスキル発動。扱うものは違うが、本質は変わらん。どちらも、自身の魔力の手綱を握り切れていないということだ」
「制御し切る前に飛び出してっちゃってるんだよな~」
アステルが自分の拳を前へ突き出し、勢いよくぱっと開いた。
「ヒマリは魔力を集めてる途中で維持できなくなって、ぼんっ、って弾けて逃げる。コーイチは逆に、スキルが勝手に『はい仕事します!』って先に動き出しちゃう」
「なるほど……」
恒一は苦笑した。
「どっちも、自分で操作してるつもりでも、実際は魔力に引っ張られてる側なんだな」
「その認識でいい」
オルビスは小さく頷いた。
「だから魔力の流れを感じ取る訓練は、そのまま両者の基礎になる。自分の魔力を認識し、意識して留め、動かす。その積み重ねが、いずれ魔法にもスキルにも繋がる」
「だから今のはヒマリの練習だったけど、コーイチの勉強にもちゃんとなってたってわけ!」
「そう言われると、何か得した気分だな」
恒一が笑うと、ひまりも照れくさそうに笑った。
「私もです。何だか、一緒に練習仲間が増えたみたいで」
「お、いいじゃないか」
アステルは楽しそうに二人を見比べた。
「じゃあ、次は元々予定してた俺の番な」
そう言って一歩前へ出ると、軽く肩を伸ばした。
「本当は水とか氷なら、兄さんの方が相性いいんだけどさ」
そう言って隣を見れば、オルビスは至って平然とした表情で返す。
「言い出したお前が責任を持ってやれ」
「はぁい」
返事だけは素直である。
もっとも、その口元はどこか楽しそうに緩んでいた。
「俺は補足に回る」
「了解」
兄の一言に、アステルは軽く手を挙げて応える。
普段からこうして役割分担をしているのだろう。
細かな説明役はオルビスが担うことも多いが、今回はアステル自身が「魔力の流れを体感させよう」と提案した張本人だ。
だからこそ、自分で最後までやるつもりらしい。
恒一も気持ちを切り替え、水辺へ立つアステルへ意識を向けた。
先ほどはひまりの魔法を追うことに集中していた。だが今度は、魔力操作そのものを見せるための実演である。
果たして、どこまで感じ取れるだろうか。
アステルは湖畔へ進むと、振り返って笑う。
「なるべくゆっくりやるからさ。コーイチはもちろんだけど、ヒマリも今度は魔法そのものじゃなくて、流れを追いかけるつもりで見てみな」
「は、はい!」
ひまりも真剣な表情で頷く。
アステルは一度ゆっくりと息を吸い込み、そのまま静かに目を閉じた。
直後だった。
(……来た)
恒一は思わず息を呑む。
今までよりもはっきりとした、大きな力のうねり。
それは彼の身体の奥から湧き上がるようでもあり、周囲へ広がっていくようでもあった。
さらに、その流れへ呼応するように、金色の粒子がふわりと舞い始める。
「魔力光だ……」
玲司が思わず呟く。
「漏れ出た魔力すら、目で見えるほど……魔力密度が濃いんだ」
「ここまでは、自分の魔力を準備してる段階」
アステルは目を閉じたまま説明を続ける。
「で――ここから属性へ干渉していく」
その瞬間、恒一の感じていた流れが変化した。
一本だった大きな流れが、静かに枝分かれしていく。
だが、ひまりの時とはまるで違う。
制御を失って乱れた枝分かれではない。
一本一本の流れが、明確な意思を持って広がっていく。
(これは……)
思わず、その形が頭へ浮かぶ。
蜘蛛の巣だ。
中心から放射状に伸び、さらに均等な間隔で糸が繋がっていく。細く見えて、そのどれもが張り詰め、少しの揺らぎもない。
広く。
均一に。
そして揺るぎなく。
張り巡らされた魔力の網へ、今度は周囲から別の気配が引き寄せられていく。
ひやり、と肌を撫でる涼しさ。
湖畔に満ちる水の気配が、一本一本の糸へ吸い寄せられるように集まり始めた。
まるで目には見えない蜘蛛の巣へ、朝露が静かに宿っていくようだった。
魔力の網が広がるにつれ、アステルの周囲へ次々と変化が現れた。何もなかった空中に、小さな水滴が浮かび上がる。
一つ、二つと数えられるような量ではない。朝露を散りばめたような無数の雫が、みるみるうちに辺りを満たしていく。そのどれもが落下することなく、張り巡らされた魔力の流れへ留められていた。
恒一が感じ取っていたひやりとした気配も、先ほどまでとは比べものにならないほど濃くなっている。
しかし、不思議と息苦しさや圧迫感はなかった。
大きな力が動いているはずなのに、その流れはどこまでも滑らかだ。無数に枝分かれしてなお、アステルの手を離れたものは一つもない。
やがて、アステルがゆっくりと目を開けた。
周囲を漂う水滴を一瞥し、上手く追えているかと確かめるように恒一達を見回す。その口元には、薄い笑みが浮かんでいた。
「集中っていうより、しっかり掴むって感じかな」
視線を散らしたまま、落ち着いた調子で説明を続ける。
「指一本で無理に支えるんじゃなくて、両手でがっちり固定してやるんだ。魔力の量を減らすんじゃなく、逃げる場所をなくしておく感じ」
「逃げる場所……」
ひまりが周囲の水滴を見回しながら呟いた。
アステルは「そう」と応じ、片腕をゆるりと前へ上げる。
「ここまで広げて、全部掴めたら――中心に集める」
その言葉に合わせ、空中を満たしていた水滴が一斉に動いた。
ただし、勢い任せに吸い寄せられた訳ではない。
外側から順に、張り巡らされた魔力の糸を伝うように滑らかに移動していく。無数の雫は互いにぶつかり、溶け合いながら、掲げられた手の先へ収束していった。
小さな水の塊は、瞬く間に人の頭を超えるほどの大きさに膨らむ。
それでも表面には僅かな揺らぎすらない。磨き上げた硝子玉のような水球が、アステルの掌の先で静かに浮かんでいた。
(さっきの水球とは、全然違う)
ひまりが作ったものは、形を保とうとする魔力が途中で揺らぎ、水そのものまで不安定になっていた。
対して今の水球は、外側から押さえ込んでいるというより、隅々まで魔力が行き渡っている。大きな一塊でありながら、その内部まで完全に掌握されているのが、恒一にも分かった。
「で、ここからが発動……もしくは応用だな」
アステルはそう言うと、掌をくるりと上へ向ける。
そして、何かを招き寄せるように指先をくい、と軽く動かした。
すると、宙へ浮かんでいた大きな水球が、見えない糸に引かれるように滑らかに動き出す。
ふわり、とアステルの手前まで引き寄せられると、そのまま指先の上で静止した。
「水球撃なら、このまま飛ばしてぶつける。水の刃なら、一回魔力で捏ねて形を作ってから飛ばす、って感じだな」
説明しながらも、その手は止まらない。
指先が軽く揺れるたび、水球の形がゆっくりと崩れていく。
大きな球体は三つへ分かれ、それぞれがまるで粘土のように自在な形へ変わり始めた。
「えっ……」
ひまりが思わず声を漏らす。
丸かった水の塊が、尾を伸ばし、胴をくねらせ、小さな鰭を作っていく。
瞬きをする間もないほどの速さで、三匹の魚が姿を現した。
透き通る水でできた魚達は、陽の光を受けてきらきらと輝いている。
「ほら」
アステルが指先をすっと横へ流す。
それに合わせるように、水の魚達が尾を揺らした。
すい、と恒一達の間を泳ぎ抜ける。
くるりと向きを変え、今度は大和の肩先をかすめるように旋回すると、そのまま玲司の目の前を横切り、美琴とひまりの周りを楽しげに回っていく。
「わぁ……!」
ひまりが思わず目を輝かせた。
「すごい……生きてるみたい」
「本当に生きてるわけじゃないけどな」
アステルは笑いながら、魚をもう一匹宙返りさせる。
「全部、魔力で形と動きを制御してるだけ。だから、細かく動かそうと思うほど魔力の流れは途切れさせられない」
魚達はぶつかることもなく互いの間を縫い、水中にいるかのように滑らかに泳ぎ続ける。
だが恒一は、その美しい動き以上に意識を奪われているものがあった。
(まだ続いてる……)
魔力だ。
水球を作った時だけではない。
魚へ形を変えた今も、アステルから伸びる無数の流れは少しも乱れず、水の一滴一滴まで繋がったままだった。
"発動して終わり"ではない。形を保ち、動かし続ける限り、魔力の制御もまた絶えず続いている。その事実を、恒一は今、はっきりと実感していた。




