40.オルビス先生の属性講座。
座学の時間です。
少し休憩を挟んだ後、三人はいつものように恒一の部屋へ集まっていた。
部屋の中央には小さな机。
恒一とオルビスは向かい合うように椅子へ腰掛け、アステルはというと、いつものようにベッドへぽすりと腰を下ろしている。クロムは今頃すっかり馴染んだ庭の定位置で、悠々と寝そべっていることだろう。
「さて、まずは基本のおさらいだ」
オルビスは机へ肘をつくこともなく、淡々と口を開く。恒一も背筋を伸ばした。
「魔法で扱われる主要な属性は、基本四属性と独立属性に大きく分けられる」
すっ、と指を四本立てる。
「基本四属性は、炎、水、風、土。この四つだ。解りやすい特性を持つものが多いが、土属性に『重力』が含まれる点は注意だな。」
そこまでは恒一も既に聞いている。オルビスはそのまま言葉を続けた。
「よく『炎は水に弱い』などと単純に考えられがちだが、実際はそれほど単純なものではない」
そう言って、恒一へ問い掛ける。
「コーイチ。火力の強い鍛冶場の炉へ、水を掛けたらどうなる?」
「火が消える……いや」
少し考えて、首を振った。
「水の量が少なければ蒸発する」
「ああ。その通りだ」
恒一の答えに、オルビスは頷いた。
「つまり、属性同士には相性こそあるが、絶対的な優劣はない。扱う魔力量や術者の技量、環境によって結果はいくらでも変わるということだ」
「なるほど」
ゲームの設定のように相性だけで決まる訳ではないらしい。恒一が納得したところで、オルビスが今度は二本指を立てた。
「そして次に、独立属性」
「氷と雷だな」
アステルが横から口を挟んだ。
「分かりやすいように氷属性って呼んでるけど、実際に扱っている本質は『冷気』だ。だから水とは似てるようで、役割が違うのさ」
「役割?」
「そう」
再びオルビスが説明を引き継ぐ。
「基本四属性と分けて扱われる理由は二つある」
そう前置きして、一本目の指を立てた。
「ひとつ。制御が難しく、危険性も高いこと」
部屋の空気が少しだけ引き締まる。
「氷属性は空間そのものへ冷気を及ぼす。制御を誤れば術者自身の体温を奪い、周囲の動植物まで凍結させかねん」
「なるほど……」
恒一は思わず腕をさする。
単に温度を下げ、冷気を作るだけではない。周囲一帯そのものへ影響するからこそ、扱いが難しいのだ。
「雷も同様だ。一瞬で広範囲へ影響を及ぼしやすく、低級魔法であっても威力が高い。落雷が木へ落ちた様子を想像すれば分かるだろう」
「あれは確かに危ないな」
日本で見た落雷の映像を思い出し、恒一は思わず身震いした。あれを任意で引き起こせると思うと、なかなかに恐ろしい。
「そして、二つ目」
続いて、二本目の指を立てる。
「基本四属性との複合使用が非常に多いことだ」
アステルが「さっきの話だな」と頷く。
「氷の刃の例で少し話しただろ? あれは水で形を作って、氷で一気に凍らせてる。水と氷の組み合わせだから、見た目は氷魔法でも、中では二つの属性が動いてるんだ」
「なるほど」
単独の魔法ではなく、二つの属性による工程が重なっている訳だ。
アステルは身振りを交えながら楽しそうに続ける。
「雷も単体で十分強いけど、水で道を作ってそこへ雷を流したり、炎と組み合わせて熱を一気に高めたりできるぞ」
「そんな使い方もあるのか」
「あるある。上級の魔導士になると、水と風と雷を組み合わせて局地的な嵐みたいなのを起こしたりな。あれは見た目も派手だから人気あるんだよ」
「人気で撃つ魔法じゃないだろ?!」
恒一が思わず突っ込むと、アステルは声を上げて笑った。
「まあほとんど実戦じゃなくて演習とか式典だけどな! 魔導士的にはロマンらしいぞ」
ロマンのために天変地異を再現しないで欲しいものである。
「複合魔法は便利な反面、同時に複数の属性を維持する必要がある。当然、制御難度も跳ね上がる」
オルビスが付け加えると、恒一は腕を組みながら、小さく息をついた。
「……聞けば聞くほど、魔法って奥が深いんだな」
「だからこそ、一足飛びには進めん」
ふ、と小さく笑みを浮かべ、どこか言い聞かせるように落ち着いた声色で言う。
「基礎が曖昧なまま複雑な魔法へ手を出せば、必ずどこかで破綻する。まずは一つの流れを理解すること。それが結局、一番の近道になるということだ」
そう締め括ったオルビスは一拍置くと、今度は改めて二本の指を立てた。
「そして最後が、特殊属性――光と闇だ」
恒一は自然と姿勢を正す。これまでの六属性とは、どこか扱いが違うような空気を感じたからだ。
「この二つは、何かを生み出したり壊したりするだけの属性ではない」
静かな口調のまま、オルビスは続ける。
「世界の有り様、そのものに直結している属性だ」
「世界の有り様……?」
「ああ。雪山であろうと、砂漠であろうと、深い森であろうと海の上であろうと、光と闇だけは必ず存在する。場所や環境に左右されず、この世界の何処にでも平等にな」
確かに、炎や水は場所によって多寡がある。
風の強い土地もあれば、土の痩せた土地もある。
けれど、昼と夜は必ず訪れる。
光も闇も、世界中の誰もが知っているものだった。
「そして、この二つは相反する存在でありながら、お互いがなければ存在を固定できない」
オルビスはそう言うと、恒一へ静かに問い掛けた。
「光がなければ何も見えない。それは分かりやすいだろう」
「うん」
「では逆だ。もし、この世から闇が一欠片もなくなったとしたら。お前は、どうやって光の存在を証明する?」
「え……?」
思わぬ問いに、恒一は言葉を失った。
光があることなど当たり前だと思っていた。
だが、改めて考えてみると答えが出ない。
「どうやって……って」
部屋を見回す。
窓から差し込む夕日。
机を照らす柔らかな光。
床へ伸びる椅子の影。
――影。
「あ」
恒一は小さく声を漏らした。
オルビスが僅かに口元を緩める。
「気付いたようだな」
「影、か」
「そうだ。光そのものには形がない」
そう言って窓の外、暮れ始めた空へ目を向ける。
「太陽は眩しい。だが、我々が『光』として認識できるのは、そこに照らされるものがあり、同時に影が生まれるからだ」
昔、何かの本で読んだことがあった。人間は光によって物の形や色を認識しているのだ、と。形は陰影によって捉えられ、色の違いも光の一部が吸収された結果として見えている。
そんな知識を思い出しながら、恒一は黙って耳を傾ける。
「闇がなければ影も生まれない。ならば光は、ただ世界を満たすだけの当たり前の現象となり、その存在そのものを認識できなくなる」
「つまり……」
「光は闇によって輪郭を得る」
静かに、だがはっきりと言い切った。
「そして闇もまた、光があるからこそ闇として存在できる」
「だからこの二つは、敵同士っていうより相棒なんだよな」
アステルはベッドの上にころりと寝転がり、天井を見上げながら言った。
「相棒?」
「そう。昼だけじゃ世界は回らないし、夜だけでも困るだろ?」
恒一は思わず苦笑する。
「それは確かに。明るいままじゃ、ろくに寝られないもんな」
「そそ。どっちか片方だけじゃ駄目なんだ」
アステルは指先をくるくると回しながら続けた。
「だからさ、『光が正義で闇が悪』なんて言う人もいるけど、本当はかなり乱暴な考え方なんだよ」
その言葉に、オルビスも頷く。
「属性に善悪はない。ただ、扱う者の意思が結果を決める。それだけの話だ」
短い一言だったが、その重みは十分に伝わってきた。
「薬だって同じ事だろう? 人を救う薬も、使い方や量を誤れば毒になる。属性もそれと変わらん」
「ああ……それはそうだよな」
便利だから善い。
危険だから悪い。
そんな単純な話ではないのだ。
「事実、傷を癒す回復魔法には、闇の特性の一つである『再生』が含まれているんだぞ?」
「そうなんだ?!」
思わず驚きの声を上げた恒一の様子に、アステルがくすりと笑う。
「最初はそう思うよなぁ。でも、考えてみれば、おかしくないんだぞ?」
起き上がってベッドへ両手をつくと、少し前に身を乗り出した。
「闇属性は、夜を司るものでもあるんだ。夜眠るからこそ、人は体力も魔力も回復して元気になるんだからさ」
「ああ……確かに」
言われてみれば、その通りだった。
眠っている間、人の身体は傷を治し、疲労を回復させる。
それ自体が『再生』という性質そのものなのだ。
「回復魔法は、傷を無かった事にしている訳ではない。基本となるのは、対象が本来持つ回復力を増幅させる術式だ」
「だから闇属性の『再生』なのか」
「ああ。そして、それだけでもない。細かく性質を紐解けば、炎属性の持つ『活性』も組み込まれている」
「活性?」
「傷を治すには、細胞が働き、血が巡り、身体そのものが活動しなければならん」
その説明に、恒一は思わず感嘆の息を漏らした。まるで生物学や医学の考え方だ。
「なるほど……再生するだけじゃ駄目なのか」
「そういうこと」
アステルも頷く。
「だから普通の回復魔法って、怪我した人がある程度元気でいるのが前提なんだ」
そこで少しだけ表情を引き締めた。
「逆に言うと、その回復力そのものが残ってないくらい酷い状態だと、普通の回復魔法だけじゃどうにもならない」
「そんな時は?」
「別の対処が必要になる」
答えたのはオルビスだった。
「生命力そのものを補いながら術式を組まねばならん。当然、遥かに高度な魔法になる」
「だから重傷者ほど、治療が難しいんだよ」
アステルが静かに付け加える。
「傷が大きいから難しいんじゃない。身体そのものが『治ろうとする力』を失いかけてるから難しいんだ」
恒一は深く息を吐いた。
これまで回復魔法とは、傷を一瞬で消し去る便利な魔法だと思っていた。
けれど実際には違う。
身体の仕組みに寄り添い、その働きを助けているだけ。
だからこそ、限界もある。
「……魔法は万能じゃないんだな」
ぽつりと漏らした言葉へ、オルビスは静かに頷いた。
「ああ」
その短い返事には、多くを知る者だからこその重みがあった。
「魔法は世界の理を借りる技術だ。理そのものを書き換える奇跡ではない」
その一言を聞き、恒一は改めて実感する。
便利だからこそ限界がある。
理屈があるからこそ応用できる。
魔法とは、決して何でも叶う万能の力ではないのだと。
少し考え込んでいたアステルが、ぽつりと呟いた。
「闇属性が悪く言われがちなのって、そもそも使うことが多い場面のせいもあるのかもなぁ」
「そうなのか?」
恒一が首を傾げると、アステルは言葉を探すように指先を口元に当てた。
「例えば大きな戦闘があったり、大規模な魔物討伐が起きた場所ってさ。どうしても炎とか闇の属性が濃くなりやすいんだよ」
「……ああ」
何となく、その理由は想像できる。
火が燃え、人や魔物が傷付き、命が失われる。
そんな場所が穏やかなはずはない。
「闇には『再生』の他にも、『変化』や『混沌』という特性がある。静と動で例えるなら、闇は"動"の性質が強い属性だ」
「動……」
「変化とは、現状が保たれないということだ」
机の上へ置かれた木片を指先で軽く弾く。
「形が変わる。状態が変わる。命が生まれ、成長し、やがて朽ちる。それらは全て変化であり、闇の領域に含まれる」
恒一は黙って耳を傾ける。
「そして混沌とは、秩序が大きく揺らぐ状態だ。状況が目まぐるしく変化し、新たな状況へ移り変わる。それ自体が闇の性質と重なる」
恒一は戦場の光景を頭へ思い浮かべた。
炎が燃え広がり、建物が崩れ、人が走る。
一瞬前まで安全だった場所が、次の瞬間には命の危険と隣り合わせになる。
まさに"変化"の連続だ。
「戦場という場所は、その"動"の最たるものだ」
「だから闇属性を使う魔法も、自然とそういう場所で目立つのか」
「そうだ。闇属性が戦争を起こす訳ではない。戦争という極端な変化の場が、闇属性を生みやすいんだ」
「逆なんだな」
恒一が呟くと、アステルも「そうそう」と笑った。
「だから勘違いされやすいんだよ。闇属性の魔法を使う人が戦場に多いんじゃなくて、戦場だから闇属性を扱う場面が増えるんだ」
「回復魔法も頻繁に使いそうだもんな」
「そう!」
アステルは人差し指を立てた。
「怪我人が増えれば回復魔法を使う。その中には闇の『再生』も入ってる。人を助けるためにも闇属性は必要なんだ」
「そして、変化が無ければ成長も無いものだ。極端に突き詰めれば、畑の作物が実るのも闇属性の恩恵と言える」
「はー……畑に光と水が必要なのは想像ついたけど、闇も必要なんだな……」
恒一は思わず苦笑する。
「悪者扱いするには、随分と世話になってる属性なんだな」
「実際そういうことだ」
オルビスは静かに頷いた。
「人は目に見えるものの印象に引っ張られやすい。目立つ場面ばかり見れば、その属性そのものへ印象が固定される。それは光も炎も、水も同じことだ」
その言葉に、恒一は改めて納得する。
炎は人を温めることも、町を焼き払うこともできる。闇は命を癒やすことも、世界や物を大きく変えることもできる。
結局のところ、力そのものではなく、それをどう使うか。問われるのは、いつだって使う者の意思なのだった。




