38.世界が与えた、ひとつの名前。
ひとしきり話し終えたところで、ダンが腕を組んだ。
「で、その【工房】ってのは、実際どんなことが出来るんだ?」
「えっと……」
恒一は少し考えると、作業台に置かれていたペンと紙を引き寄せた。
「前提として、何かを勝手に教えてくれる能力、という訳ではないんです。自分で考えるのが先で、それを整理する為の覚え書きみたいなものというか」
「ほう?」
言葉を選びながら続ける。
「例えばガロンさんの保管庫で、風をこう流した方がいいんじゃないか、と考えた時は……」
紙の上にペンを走らせる。
簡単な保管庫の見取り図を描き、その中へ風の流れを表す曲線を書き加えた。
「こんな風に、光る線が視界に浮かんだんです。今考えていた風の流れを、そのまま空中に描き込んだみたいに」
「ほうほう」
「でも、その時は本当に線だけでした」
今度は冒険者ギルドでの出来事を思い返す。
「今日ギルドへ行った時は、人が多いな、導線が悪いのかなって考えたら、『導線』とか『混雑』っていう文字まで見えるようになっていて。つまり俺が『ここが問題なんじゃないか』って考えた後、紙や図面へメモする代わりに、目の前へ書き込んでいる感じというか」
「文字までか」
ダンが目を丸くする。
「だから、漠然と眺めているだけじゃ、多分何も見えません。自分で見たり、誰かに聞いたりして、それを元に考えて試す。その結果を整理してくれるような感覚なんです」
「恐らく、その認識で間違いない」
皆の視線がオルビスへ向く。
「このスキルは、思考を補助する性質が強い。答えを生成する能力ではなく、コーイチ本人が積み重ねた知識や経験を整理し、可視化していると考えるのが自然だ」
「なるほどなぁ」
ダンは感心したように頷いた。
「あと、もう一つ」
アステルがぴっと人差し指を立てる。
「ん?」
「このスキル、発動してる時は魔力が動いてるんだよ」
「魔力?」
「ああ。と言っても、普通の人には分からないくらい。魔力を扱うのに慣れてると『あ、今何か動いたな』って分かる程度だけどな。だから昨日、保管庫でコーイチの何かが変わったことにも気付けたんだけど」
そこで、一度考えるように言葉を探す。
「……もしかしたら、視界に浮かぶ線や文字も、仕組みとしては魔力で自分だけに見えるものを書いてるって考えられるんじゃないか?」
「十分あり得るな」
オルビスが頷く。
「それと、現在は本人が意識を向けた事柄に対して、半ば自動的に発動している状態だ」
「じゃあ、コーイチが自分で使おうと思っても使えねぇもんなのか?」
「現状ではな。だが、魔力制御を身につければ話は別だ。魔力が関わる能力である以上、制御できれば任意で発動できる可能性は高い。無意識に反応している魔力を、意識的に操れるようにするわけだな。魔道機構の為の訓練にもなって一石二鳥だろう」
「へぇ……それならだいぶ便利になりそうじゃないか」
ハンナが素直に感心すると、恒一も頷いた。
「必要な時に使えるなら、その方が仕事もしやすそうですね」
「……となるとだ」
しばらく腕を組んで考え込んでいたダンが顔を上げた。
「この話、他の連中にも伝えとくかどうかだな」
「ああ、そうですね」
赤樫亭の職人達や、ガロンをはじめとした付き合いのある職人達の顔が思い浮かぶ。
恒一は少し考えてから口を開いた。
「俺としては、特に隠すつもりはありません。……あ、異世界や召喚のことは別として」
「ま、そっちは俺達だけで十分だ。下手に広めりゃ、余計な詮索を呼ぶだけだからな」
その場にいた全員が静かに頷く。
今の仕事に必要なのは、恒一の素性ではない。
「でも、もし今後自由に使えるようになるなら、【工房】のことは知ってもらった方が相談もしやすくなると思います。『何か気になる所があったら見てほしい』って言ってもらえれば、俺も意識して見られますし、逆に俺からも『ここ、少し改善出来そうです』って話しやすくなります」
「ああ、そいつは隠してるより仕事がやりやすそうだな」
「そうだねぇ。危なかったり変な能力って訳じゃないんだろ? だったら変に隠し事してるより、よっぽど気楽じゃないか」
ハンナの言葉に、恒一も小さく笑みを浮かべた。
より使いやすく、より役立てられるように。
その考えに、ダンとハンナも賛成する。
オルビスも静かに口を開いた。
「全ての詳細まで説明する必要はない。【工作】というスキルを持っていたことが今回の適性判定で判明し、その際に【工房】へ変化していたことも分かった。共有するなら、それだけで十分だろう」
「そのくらいがちょうど良さそうだよな。細かい仕組みは、必要になった時に話せばいいさ」
アステルも異論なく頷いた。
ダンは皆の顔を見回し、最後に恒一へ目を向ける。
「よし。明日の朝、俺から皆に話すとするか」
「ありがとうございます」
「勘違いする奴ぁいねぇと思うが、一応俺が説明した方が早ぇ」
そう言って、ダンはどこか満足そうに笑った。
「工房なんてもんは、皆で作るもんだからな」
その一言に、恒一は自然と頷いていた。
◇◇◇
翌朝、赤樫亭の工房には朝日を受けた木の香りが満ちていた。
運び込まれた材木が並び、職人達はそれぞれ持ち場につく。仕事前の慌ただしい時間も、この工房ではすっかり日常の風景だった。
ダンは皆の前へ立つと、その日の仕事を一通り確認していく。
「今日は一昨日の続きだ。午前中にこの梁を仕上げるぞ。そっちは建具の組み上げを進めろ。コーイチ、お前は途中で材木の寸法確認にも回ってくれ」
「分かりました」
一通り指示を終えたところで、ダンが軽く咳払いをした。
「……と、仕事を始める前に一つ話がある」
各々確認していた職人達は、手を止めて視線を向ける。
「昨日、双子の奴らがコーイチを冒険者ギルドへ連れてった」
そう切り出すと、何人かは軽く耳にはさんでいたらしく「適性判定でしたっけ」と頷く者もいた。
「結論から言うと、コーイチは生産系のスキル持ちだったそうだ。元々は【工作】っつう作業補佐系のスキルだったらしいが……」
そこでダンは隣に立つ恒一へ視線を向けた。
「コーイチ。あとはお前から話してやれ」
「はい。えっと……少し特殊な例らしいんですが、昨日ギルドで調べてもらったら、今は【工房】というスキルに変化していることが分かりました」
そう前置きすると、昨日ダン達へ説明した内容を、職人達にも分かりやすく話していく。
自分で考えたことを整理するように、光る線や文字が視界へ浮かぶこと。
答えを教えてくれる能力ではなく、自分の考えや経験をまとめる補助であること。
そして現在はまだ自動的に発動する段階で、魔力制御を身につければ、いずれ任意で使えるようになる可能性が高いらしいこと。
皆は時折頷きながら、興味深そうに耳を傾けていた。
「――というわけで、まだ自由に使えるようにはなってないんですが」
説明を終えると、一人の職人が感心したように腕を組む。
「なるほどなぁ」
「便利そうでよかったじゃねぇか」
「こないだの保管庫の話も、それで妙に筋が通ってたんだな」
あちこちから納得したような声が上がる。
すると、年嵩の職人がふっと笑った。
「……けどよ、結局やってることぁ今までと変わらねぇだろ?」
「確かにな」
「昨日今日で急に腕が増えた訳じゃねぇし、困ったら今までもコーイチに相談してたからな」
「そうそう。名前が付いただけって感じじゃねぇか」
結局のところ、今までと何も変わらない。その結論に、工房の空気がふっと和らぐ。
恒一も思わず笑みを浮かべ、隣のダンを見上げた。
「皆、親方と同じこと言ってますね」
「だろ?」
ダンが満足そうに頷く。
「だから騒ぐような話じゃねぇ。肩書きが増えようが何だろうが、コーイチは今日も赤樫亭の職人だ」
ダンはもう一度皆を見回して笑う。
「それだけの話だ」
飾らないその言葉に、皆静かに頷いた。
突然特別な存在になった訳ではない。積み重ねてきた仕事に、名前が付いただけ。
そんな空気が工房に広がり始めた、その時だった。
「おはよーございま~す」
入口から聞き慣れた明るい声が響く。
ひょいと顔を覗かせたのは、銀髪の青年――アステルだった。
「おう、おはようさん」
ダンも、もうすっかり見慣れた様子で片手を上げて見せる。
「いいところに来たな。丁度昨日の話をしてたとこだ」
「ああ、そっかそっか」
アステルは納得したように頷き、工房の中を見回した。
「オルビスとクロは?」
恒一が尋ねると、アステルは親指で後ろを指した。
「兄さんはギルドにちょっと用事。クロも一緒だよ。俺はコーイチ達の様子でも見てこようかなと思ってさ」
そう言って笑うと、昨日の話題を受けるように続けた。
「特性とかスキルって案外調べると皆いろいろ持ってたりするぞ。単に普段は調べる人が少ないだけでさ。特に職人なんてその道の専門家だろ? 一つの仕事を長く続けてる人ほど、それにちなんだ生産系のスキルを持ってても全然おかしくないし」
「へぇ、そういうもんなのか」
「うん。例えば親方だって、判定したら実は何か生産スキルを持ってるかもしれないぜ?」
突然話を振られたダンが、自分を指差した。
「俺か?」
「そうそう。ま、調べてみたらいきなり剣だの魔法だのの適性が見つかるかもしれないけどな! 本人が気付いてないだけって、意外とあるからさ」
一瞬だけ工房が静まり返る。
次の瞬間。
「親方が剣士?」
「今さら前衛転職かよ!」
「これで魔法使いとかだったら面白過ぎるぞ」
それぞれ好き勝手な想像に、工房中がどっと笑いに包まれた。
「おいおい、お前ら好き放題言ってくれるじゃねぇか」
ダンも呆れたように笑いながら頭を掻く。
その様子を見て、恒一も自然と笑っていた。
今日も変わらない赤樫亭。仕事が始まる前の、他愛ないやり取り。けれど、その何気ない日常が今は少しだけ嬉しい。
この工房で、皆と一緒にものづくりを続けていく。【工房】という名前は、皆と歩いてきた道の先て、自然と世界から与えられたものなのかもしれない。
そう恒一は改めて実感していた。




