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勇者召喚に巻き込まれた一般人です。~世界最強かもしれない冒険者パーティーと出会った結果、普通が何なのか分からなくなりました~  作者: 天晴/晴夜


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33/50

33.完成祝いの、宴の夜。

「よし、俺も負けてらんねぇな。」

 ダンが、ぱしん、と拳を掌へ打ち付けた。

 その目には、職人らしい闘志が宿っている。

「親方?」

 恒一が思わず笑うと、ダンはにやりと口角を上げた。

「良いもん見せられたら、こっちも良い仕事したくなるだろ」

 その一言に、工房の職人達も大きく頷く。

「違いねぇ!」

「親方、戸板持ってきます!」

「金具の準備します!」

 先ほどまで休憩していた空気はどこへやら。皆が自分から持ち場へ戻っていく。

 四台の棚は、すでに美しく仕上がっていた。天井へ取り付ける循環魔導機構も完成し、あとは設置を待つばかり。

 残すは一つ。

 保管庫の入口へ取り付ける、新しい木戸だった。

 鎧戸状の通風口を備えた特注品。こちらだけは、ダン自身が最初から最後まで手掛けると決めている。

「コーイチ」

「はい」

「こっちの鉋掛け、最後一緒にやるぞ」

「分かりました」

 恒一もすぐに返事をする。

 ダンは木戸の骨組みを軽く叩き、歪みがないことを確かめると、大きく息を吸った。

「気合い入れて、晩飯までに塗装の下地まで仕上げちまうぞ!」

「「おう!!」」

 威勢の良い返事が工房いっぱいに響く。

 その声に釣られるように、鋸が鳴り、鉋が走り、木槌が小気味よい音を刻み始めた。

 先ほどまで魔導機構を囲んでいた面々も、自然と自分の仕事へ戻っていく。

 アステルは工具を片付けながら、その様子を見て満足そうに笑った。

「やっぱ職人って、こういう人達だよな」

「ああ」

 オルビスも静かに頷く。

「良い刺激を受ければ、もっと良い物を作ろうとする。競い会うばかりではなく、更に高みを目指していく」

 恒一は鉋を手に取りながら、その言葉を噛み締める。

 昨日までより少しだけ広くなった自分の視野。目の前には職人達。

 一人一人性格も得意なものも違う同僚達だ。しかし「より良いものを作りたい」という想いは皆同じだった。

 その熱気に包まれながら、赤樫亭はいつにも増して活気に満ちた午後を迎えるのだった。


◇◇◇


数日後。

 いよいよ、ガロンの店の保管庫改装工事が始まった。

 普段は静かな店の裏手も、この日ばかりは職人達の掛け声で賑わっている。

「そっち、もう少し上だ!」

「よーし、そのまま固定!」

 石工が壁へ新しい窓を開け、補強を施していく。

 既存の窓も一度外され、新しい開き戸へ交換された。

 外側には雨を防ぐための木戸。

 そして、その内側には――。

「へぇ……」

 ガロンが思わず声を漏らした。

 細かな格子へ、目の細かい網がぴんと張られている。見たこともない造りの内窓だった。

「なるほど、これなら雨戸を開けても虫を防げるわけですね」

「完全とはいきませんけど、大分違うと思いますよ」

 恒一が笑顔で答える。

 保管庫の入口へ取り付ける鎧戸を作っていた時、ダンが何気なく口にした「内側には虫除けの網か何か付けるか」という一言。

 そこから恒一が元の世界の網戸を思い出し、木工職人達と相談しながら形にしたものだった。

 この世界では、もちろん誰も見たことがない。

「いやぁ」

 ガロンは何度も戸を開け閉めしながら感心している。

「これは倉庫だけではなく、ぜひ店の窓にも欲しいですね!」

「おう」

 ダンがニヤリと笑い、すかさず腕を組んで言った。

「次の見積りか?」

「もちろん、そのつもりですとも」

 ガロンも負けじと笑い返す。

「工房長、後日あらためてお願いできますか?」

「毎度あり!」

 現場にどっと笑いが広がった。

 思い付きから生まれた新しい道具が、早速次の仕事を呼んでいる。

 そんな様子を見て、恒一も思わず頬が緩んだ。

 一方その頃。

「よし、本体上げるぞ!」

 アステルの声に合わせ、職人達が天井近くまで木箱を持ち上げる。

 しっかりと取り付け金具のネジを締め、ふとい梁へと固定する。

 最後の一本を締め終えたところで、アステルが軽く頷いた。

「これで、本当に完成」

 取り付けられた箱は、一見すると少し変わった木箱にしか見えない。

 鎧戸状の細い隙間が前面へ並び、天井近くへ静かに納まっている。

「これが……」

 立ち会いに来ていたシンが見上げながら呟く。同じくハロルドも、目を丸くしていた。

「先ほど伺った、循環魔導機構ですか」

「ああ」

 アステルが入口横へ取り付けられた小さな起動装置を指差す。

「ガロンさん、これ触ってみて」

「私がですか?」

 ガロンは少し緊張した様子で、水晶板へ指先を乗せた。

 フォン――。

 かすかな音と共に、天井の箱が淡い緑色の光を灯す。

 次の瞬間。さらり、と。倉庫の中へ柔らかな風が流れ始めた。

「おおっ!」

 ガロンが思わず声を上げる。

 吹き出した風は壁を伝って床の角に落ち、窓から新しい風が吹き込む。

 強風ではない。けれど、空気が確かに動いている。

「風が……巡っている」

 シンは目を細め、肌で流れを感じ取る。

「これなら淀むこと無く、湿気も溜まりにくくなりますね」

 ハロルドも感心したように頷いた。

「しかも音がほとんどしない」

「そこも魔導機構の良いところだな」

 アステルが少しだけ自慢げに笑う。

「倉庫なんだから、うるさいと邪魔だろ?」

「はっはっは! それは確かに」


「それじゃあ、運び込むぞ!」

 ダンの号令で、職人達が新しい棚を一台ずつ倉庫へ運び込んでいく。

 壁から少し離すよう配置された四台の棚。床との間にはしっかりと空間があり、風が自然と抜けていく。

 続いて、新しい木戸が取り付けられる。

 外側は雨風を防ぐ堅牢な造り。鎧戸は風の出入口となり、その内側には目の細かい網。

 朝から始まった改装工事は、夕方にはすべてを終えた。

「……終わったな」

 誰かがぽつりと呟く。

 その瞬間。

「ぅおおーっ!」

 どこからともなく歓声が上がった。

 職人達が互いに笑い合い、肩を叩き合う。

 石工も、木工職人も、皆どこか誇らしげだった。

 ガロンは新しく生まれ変わった保管庫をゆっくりと見回す。

 棚へ手を添え。

 木戸を開閉し。

 窓を眺め。

 最後に、静かに風を送り続ける循環魔導機構を見上げた。

 その表情には、安堵と喜びが滲んでいた。

「皆さんに相談して、本当に良かったです。……これなら」

 噛み締めるように呟く。

「きっとこの先、何年も安心してパンを作れますな」

 その笑顔を見た瞬間。

 恒一の胸の奥が、じんわりと温かくなった。

 誰かの役に立てた、そんな単純な喜びだけではない。

 考えて。

 悩んで。

 皆で意見を出し合って。

 少しずつ形にしてきたものが、今ここで一つの答えになった。


 その時だった。

 ――とくり、と。自分の鼓動が耳に響く。

 恒一の中で、何かが静かに形を変えた。

 雷に打たれたような衝撃ではない。

 目の前が光に包まれるような劇的な変化でもない。ましてや、突然新しい何かを授けられた感覚でもなかった。

 ここまで積み重ねてきた経験。

 ダン達から教わった職人の知恵。

 ガロンやシンとの話し合い。

 共に語り合った双子の言葉。

 自分自身が観察し、考え、導き出した答え。

 それら一つひとつが、ようやく自分の中へ根を張り、一つの形を得た。――そんな、不思議な感覚。

 新しい場所の完成と、誰かの喜ぶ笑顔と共に。

 それは、静かに訪れていた。

 そして、その隣で。

「……。」

 アステルが、ほんの少しだけ目を見開く。

 次の瞬間には、優しく細められた空色の瞳。

 何かを確かに感じ取ったのだろう。けれど今は、何も言わない。

 ただ、嬉しそうに微笑むだけだった。

 その様子を見たオルビスもまた、小さく息を吐く。

 兄弟は言葉を交わさない。

 それでも互いに、同じものを感じていた。


 ――ああ、来たな。


 そんな静かな確信だけが、その場には確かにあった。


 その日の夕食は、改装工事の完了を祝うささやかな宴会になった。

 会場になったのは、パン屋の近くにある馴染みの酒場。仕事を終えた職人達が次々と集まり、店内はあっという間に賑やかな空気に包まれる。

「こいつは俺からだ!」

 そう言ってガロンが抱えてきたのは、大きな籠いっぱいの焼きたてのパンだった。

 香ばしい香りが広がると、店中から歓声が上がる。

「おっ、ガロンのパンだ!」

「今日は食い放題か!」

「腹空かせてきて正解だったな!」

 酒場の店主も負けてはいない。

「だったらこっちも祝いだ!」

 どん、と新しい酒樽を運び込み、勢いよく栓を抜く。芳醇な香りが広がり、大人達の顔が一斉に緩んだ。

「おぉー!」

「店主、気前いいな!」

「今日は飲むぞ!」

 さらに厨房の扉が開く。

「はいはい道を開けとくれ! 熱いから気を付けな!」

 酒場の厨房を借りていたハンナとマーゴが二人掛かりで運んできたのは、大きな銀の皿。

 その中央には、見事な焼き色と艶をまとった特大のロースト肉がデンと鎮座していた。

 じゅわり、と溢れ出る脂が滴り、香辛料と肉の香りが食欲を刺激する。

「おおおおっ!」

 酒場中から一斉に歓声が上がる。

 ハンナが腰へ手を当て、にかっと笑った。

「アステルちゃんの土産の岩石牛(がんせきぎゅう)だよ! 皆、有り難く食べな!」

「うぉぉおおっ!!」

 今度は歓声だけでなく拍手まで巻き起こる。

 恒一も思わず目を丸くした。

「岩石牛って……」

「ああ」

 アステルがニカッと笑った。

「この前の魔石狩りの時、一緒に獲れたやつ」

「一緒にって……」

「副産物、副産物」

 さらりと言ってのける。

 どうやら本人にとっては、本当にその程度の認識らしい。

「肉は傷ませたくなかったからさ」

 アステルは料理を眺めながら続けた。

「あれも水魔石と一緒にして、冷やして保管しといたんだぜ」

「へぇ」

 恒一は素直に感心する。

「本当に便利だなぁ」

「氷魔石でもいいけど、やり過ぎると凍っちゃうからさ。水魔石の方が加減しやすいんだ」

 その説明に、オルビスが補足する。

「冷やし過ぎれば却って肉質が落ちる。だから少し温度を抑える程度に調整していた」

「そこまで考えてるのか」

「食べ物だからな」

 アステルは当たり前のように頷く。

「せっかくなら一番美味い状態で食べたいだろ?」

 その言葉に、ダンが豪快に笑った。

「違いねぇ!」

「よーし、それじゃ切り分けるぞ!」

 店主が包丁を入れると、焼き上がった表面から更に肉汁が溢れ、益々大きなどよめきが起こる。

 焼きたてのパン。

 香ばしいロースト肉。

 注がれる酒。

 職人達の笑い声。

 そして、今日という一日の達成感。

 誰もが満ち足りた表情で席に着き、祝宴の夜は賑やかに始まった。

「乾杯!」

 誰からともなく杯が掲げられ、酒場いっぱいに声が響いた。

「「乾杯!!」」

 木製のジョッキやコップが軽やかな音を立てる。

 仕事を終えた後の一杯。

 やり遂げた後の食事。

 それだけで、いつも以上に酒も料理も美味く感じられるものだ。

「ほれ、コーイチ!」

「さあどうぞ、コーイチさん!」

 ダンが切り分けたロースト肉を、ガロンが自慢のパンを、遠慮なく恒一の皿へ乗せる。

「目一杯食っとけ!」

「ありがとうございます」

 更に副菜やサラダ、大皿料理が次々と並び、テーブルの上はあっという間に豪華になった。皆好きなものを取り分けていく。

「これだけ人数いると壮観だな」

 恒一が笑うと、ダンも頷いた。

「たまにはこういうのも悪くねぇ」

 その頃には酒場のあちこちで話の輪ができていた。

 石工達は窓の施工について盛り上がり。

 木工職人達は新しい網戸の話をしている。

 ガロンは他の食料品を扱う職人仲間へも「風がちゃんと抜けるんですよ」と何度も保管庫の話をしていた。

 一方で。

「シンさん!」

「ん?」

 ヤーパンの料理人:シンは、すでに何人もの料理人達に囲まれていた。

「聞きましたよ、ヤーパンライスの新しい調理法を教えられたとか!」

「コーイチさん共々、是非詳しく伺いたい!」

「肉料理にも合うって本当ですか?」

 矢継ぎ早の質問攻めである。

 シンは苦笑しながらも嬉しそうだった。

「順番に、順番に。私もまだ勉強中ですからな。しかし、非常に面白いですよ」

 その一言には、料理人としての純粋な高揚が滲んでいる。

「ヤーパンにも無かった発想です。まだまだ知らない料理があるものですね」

 少し離れた席では、ハロルドが店主や商人仲間達と話し込んでいた。

「輸入量さえ安定すれば、もう少し値段も下げられるかもしれません」

「本当に売れると思いますか?」

「ええ」

 ハロルドは迷いなく頷く。

「今日ここへいる皆さんの反応を見れば十分です」

 酒場の中を見回す。

 ヤーパンライスの話を聞くだけで興味津々な料理人達。食べてみたいと口々に言う職人達。

「最初は珍しい食材でしょう。ですが、一度美味しさを知れば、必ずまた食べたくなる」

 商人らしい鋭い目が笑う。

「こういう物を広めるのも、我々の仕事ですから」

「うむ、その通りですな」

「新たな商品も良いですが、既存の商品に新しい販路を見出だす。いやはや、大いに結構!」

 その話を聞いていた恒一は、思わず笑みを浮かべた。

 たった一つの保管庫から始まった話が、様々な偶然や出会いを経て、職人や料理人までを刺激し、商人を動かし始めている。

 隣を見ると、アステルが嬉しそうにその光景を眺めていた。

「な?」

「ん?」

「面白いだろ、こういうの」

 何が、と聞かなくても分かった。

 一人では出来なかったことが、誰かへ伝わり、また別の誰かへ繋がっていく。

 人間が繋ぐその連鎖を見ているのが、きっとこの青年は好きなのだ。

 恒一も静かに頷いた。

「ああ。面白いな」

 その返事に、アステルは満足そうに笑い、目の前のロースト肉へ遠慮なくかぶりついた。

「うまっ!」

「……さっきまでちょっと格好良かったのに」

 恒一が苦笑すると。

「飯は全力」

 アステルは頬を肉で膨らませたまま、真顔で言い切る。

「それが俺の信条」

「そこはぶれないんだな」

「もちろん」

 その即答に、周囲からまた笑い声が上がる。

 良い仕事をして、また次の仕事をより良い物にするために。

 笑って、食べて、飲んで、語り合う。

 そんな何気ない夜が、恒一にはどこか懐かしく、そして何より温かく感じられた。

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