32.次に生かすのも大事です。
やや夏バテ気味でした。
皆様も水分補給と冷却対策をお忘れ無く!
すべての配線を確認すると、アステルは静かに頷いた。
「よし」
本体の表蓋を閉じて金具を掛け、二つの蓋留めを順番に倒す。
パチン。
パチン。
小気味よい音が工房へ響く。その音は、まるで「完成」を告げる合図のようだった。
「そんで、次はこっち」
今度は手のひらに収まるほどの、小さな金属製の箱を取り出す。
これが保管庫の入口横へ取り付ける起動装置らしい。本体の魔石の台座もこの箱も、やや専門的ではあるが魔導機構では一般的によく使われる市販の部品なのだという。
蓋を開け、中へ先ほどより少し小ぶりな回路板を納める。
ネジで固定し、細い響銀線を整え、中央には同じようにシグナルオパールを留め付ける。
最後に、上板の一部が窓状の水晶板になった蓋を閉じると、小さな起動装置が完成した。
「よし」
アステルはそれを手に取り、工房の奥へ向かって声を張る。
「親方~!」
「おう?」
木材を片付けていたダンが振り返る。
「これの表面、触ってみて」
差し出された起動装置を受け取り、水晶板の部分を不思議そうに眺める。
「こうか?」
ぺたり、と。
何気なく指先が水晶板へ触れた、次の瞬間。
フォン――。
かすかな起動音が響いた。
同時に、少し離れた場所へ置かれていた循環魔導機構の本体が、ふわりと淡い緑色の光を灯す。
「お」
誰かが小さく声を漏らした。
やがて。
鎧戸状になった前面の隙間から、さらりと柔らかな風が吹き始める。
強すぎず、弱すぎず。木屑を静かに揺らす程度の、心地よい風だった。
「よしよし」
アステルは満足そうに頷く。
「成功。出来たぞ」
「おお~……」
恒一は思わず近寄った。
箱の中から聞こえるのは、風が流れる微かな音だけ。
歯車が回る音も、軋みも振動もない。
淡い緑色の光だけが隙間から静かに漏れ、まるで箱そのものが呼吸しているようだった。
「そしたら、もう一回」
アステルが促すと、ダンが再び起動装置へ触れる。
すると。
ふっ、と緑色の光が消え、風もぴたりと止まった。
「おぉ……」
今度は工房中の職人達が感嘆の声を漏らす。
誰かが恐る恐る本体へ手を近付ける。
本当に止まっている。
もう一度起動装置に触れれば、また静かに風が流れ始める。
「はっはっは!」
ダンが堪えきれずに笑い声を上げた。
「こいつは面白ぇ!」
子供のように何度も起動装置へ触れては、風を出したり止めたりしている。
「親方、遊ばない遊ばない」
恒一が苦笑すると、
「いや、分かるぞ」
アステルが笑いながら頷いた。
「初めて作った機構が上手く動いた時って、つい何回もやっちゃうんだよ」
「お前もやったのか?」
「もちろん。やったやった」
即答だった。その答えに工房中がどっと笑う。
木工職人達は代わる代わる起動装置へ触れ、そのたびに静かに吹き始める風へ歓声を上げていた。
それは、魔法とも、道具とも少し違う。
人の知恵と技術が形になった、新しい"ものづくり"の瞬間だった。
ダンは興味津々といった様子で、もう一度起動装置へ触れた。
フォン――。
循環魔導機構が静かに目を覚ます。
鎧戸の隙間から柔らかな風が流れ始め、淡い緑色の光がほのかに漏れた。
「これ、魔石が光るから付いてるかどうかも分かりやすくて良いな」
「あ、確かにな」
その一言に、アステルがぽんと手を打った。
「それは考えてなかった。いや、回路がちゃんと動いてるか確認しやすいなとは思ってたけど」
アステルは本体を覗き込みながら笑う。
「確かにこれなら、遠くから見ても動いてるか一目で分かるな」
「だろ?」
ダンが得意げに言うと、アステルは素直に頷いた。
「うん、それ採用」
「採用って、お前さんが作ったんだろが」
工房中から笑いが起こる。
オルビスも機構を見つめながら口を開いた。
「付けっぱなしでも構わん。ただ、梅雨のような湿気の多い時期はともかく、冬場や乾燥する季節まで回し続ける必要はないからな」
「なるほど、必要な時だけ使えば十分ってことか。だからこそのオンオフ切り替えなわけだ」
そう納得した恒一が言えば、アステルは「そういうこと」と人差し指を立てて見せた。
「魔石そのものは相当丈夫だけど、そもそも魔力が結晶化したものだからな。使えば少しずつ蓄積された魔力は減るし、魔力を通し続ける回路だってずっと動かせばその分だけ劣化は早くなる」
「道具と一緒だな」
ダンが腕を組む。
「使わない時は休ませる方が長持ちする」
「そそ。だから魔導灯と同じで、使いたい時だけ付ける。このくらいが一番長く使えると思う」
恒一は起動装置を眺める。
触れるだけで風が流れ、役目を終えれば静かに眠る。必要な時だけ動かし、不要なら止める。
その考え方は、元の世界の家電とどこかよく似ていた。
便利でありながら、長く使うための工夫も忘れない。そんな"暮らしの道具"らしい発想に、恒一は思わず笑みを浮かべるのだった。
「あともう一つ」
アステルは完成した循環魔導機構を軽く叩きながら付け加えた。
「今回は塗料だけじゃなくて、ちゃんと溝も刻んでおいたからさ。例えば将来修理が必要になった時も、少し楽なんだ」
「楽?」
「塗料だけだと、劣化して剥がれた時に『どこをどう塗ってあったか』が分からなくなるだろ?」
恒一は頷いた。確かに、線が消えてしまえば元の形は分からない。
「でも、溝そのものはそうそう消えない。ミスリル板が磨り減るなんて相当だからな」
アステルは起動装置の回路板を水晶板越しに見せる。
「だから、俺じゃなくても魔導工学の知識が少しある人なら、塗料だけ用意すれば修理や整備ができるぞ」
「なるほど……」
恒一は感心したように回路板を見つめる。
確かに、これなら後から塗料を入れ直すだけで済む。図面を見なくても、溝がそのまま設計図になっているのだ。
「長く使う道具だからな」
オルビスも静かに口を開く。
「壊れないように作るのも重要だが、壊れた時に直せるよう作ることも同じくらい重要だ」
「使い捨てじゃない、ってことか」
「ああ」
アステルが嬉しそうに頷く。
「魔力が流れ続ける以上、どんな回路もいつかは劣化する。塗料は丈夫でも、何年、何十年も使えば少しずつ擦れたり剥がれたりすることはある」
そう言って、回路板へ視線を落とす。
「でも、刻んだ溝はまず消えない。だから、塗り直すだけでまた使える」
恒一は思わず笑った。
「ちゃんと修理することまで考えて設計してるんだな」
「そりゃそうだよ」
アステルは少し照れくさそうに頭を掻く。
「作る人より、使う人の方がずっと長い時間付き合う道具なんだから」
その何気ない一言に、恒一ははっとした。
――作って終わりではない。
どう使われ、どう直され、どう受け継がれていくのか。
そこまで考えて初めて、一つの道具になる。
その考え方は、どこか自分のスキルが目指そうとしているものにも通じる気がして、恒一は静かにその言葉を胸に刻むのだった。
アステルは起動装置を指先でつん、とつつきながら、小さく笑った。
「それにさ」
恒一達へ視線を向ける。
「俺達は、いつまでもこの国に居る訳じゃないから」
その言葉に、工房の空気が少しだけ静かになる。
そうだった。
オルビスとアステルは、このミストリア大陸の人間ではない。
アルシオン大陸を拠点とする《地平線の旅団》の冒険者。依頼を受け、旅をし、人と出会い、また次の土地へと向かう。
彼等は、旅人なのだ。
「だからさ」
アステルは肩を竦めて笑う。
「『壊れたけど、次にアステルさんが来るまで修理できません!』じゃ困るだろ?」
その言葉に、ダンが思わず吹き出した。
「そりゃそうだ!」
「そんな理由で何年も待たれたら、俺の方が困る」
工房にも笑いが広がる。恒一も笑いながら頷いた。
「確かに、その頃には別の国にいるかもしれないもんな」
「うん」
アステルは何でもないことのように答える。
「だから、直せるものは現地で直せる方がいい」
「知識も技術も同じだ。俺達だけが扱えるものでは、残らない」
オルビスが続けたのは、短い言葉だった。
けれど、その意味は重い。
「作って終わりではない」
完成した循環魔導機構へ目を向ける。
「使われ、直され、受け継がれていく。そこまで出来て初めて、一つの技術と言える」
恒一はその言葉を聞きながら、自分のスキルを思い出していた。
"より良い形を考える。"
"他者へ共有しやすく纏める。"
昨日、喫茶店でオルビスがそう評した、自分の力。
(……ああ)
もしかしたら、自分が目指すべき場所も、同じなのかもしれない。
自分だけが出来ることではなく。
伝える為の基礎を整え、誰かへ伝え、誰かが受け継ぎ、さらにその先へ繋がっていくもの。
そんな未来を、まだ形にもならない自分のスキルは、静かに指し示しているような気がした。




