30.ギャップというやつかもしれない。
かくして、結局『一番安全そうだ』という理由で、頭ほどもある光属性の巨大魔石はほんの少し不本意そうな顔をしたオルビスの鞄へとしまわれることになった。
「……まあ、とりあえず、だ」
ダンが一つ咳払いをした。
「今すぐ金に困ってるわけでもねぇんだろ?」
「うん、全っ然」
アステルが頷く。
「じゃあ無理に売る必要もねぇわな」
オルビスも腕を組み頷く。
「必要になった時で十分だろう。それなりの量と質の魔石だ、一度に市場へ出せば悪目立ちし過ぎる」
「だろうね……」
魔石の相場などは知らないが、そんな恒一であっても一騒ぎになる想像がつく、納得の代物である。
良い物だからといって、何でもすぐ売れば良いというわけではない。
「それでは、今のところは俺達で預かっておく」
そう言ってオルビスは片方の革袋の口を丁寧に縛り直した。それを見届けると、アステルはもう一方の袋の中へ手を入れる。
「さて」
ごそごそと探り、いくつかの緑色の魔石を取り出した。
「今回使うんなら、この辺かな」
大きさも形も様々だ。
淡い緑色の光を宿した魔石を並べながら、一つひとつ手に取って見比べていく。
「そんなに違うものなのか?」
恒一が覗き込むと、アステルは頷いた。
「箱の大きさもあるし、魔力の流れ方にも少しばらつきがあってさ。わりと用途別の相性があるんだ。大きければ良いってわけじゃないし」
そう言って、一つの魔石を摘まみ上げる。
小ぶりな鶏卵ほどの大きさで、透明感のある美しい緑色をしていた。
「これにすっか」
「それで足りるのか?」
「十分」
アステルは笑って頷く。
「今回は軽く風を流し続けるだけだからな。これくらいが一番扱いやすい」
作業台へ木箱を置くと、図面を横へ広げる。
木箱の中央には、あらかじめ円形の窪みが設けられていた。
魔石は少しだけ大きい。
「まずはここを合わせる」
革のポーチから、くるりと巻いて結んである布のようなものを取り出す。紐をほどいて広げると、細い小さなポケット状に細かく仕切られ縫われており、各々に工具が納められていた。
細いタガネにピンセット。小振りな金槌と、それから色々な形のやすり等々。
「削るのか?」
「少しだけな」
アステルは魔石を掌へ乗せ、光へかざす。
「木材と一緒だよ。削りすぎれば駄目だし、そのままでも納まらない。だから少しずつ形を合わせながら調整するんだ」
言いながら、工具を手に取った。
その手つきは、いつもの豪快なアステルとは別人のように繊細だった。
宝石細工をする職人のように慎重に角を整え、ほんのわずかに表面を整えていく。
合わせては削り、削ってはまた合わせ。削るたびに、さらさらと緑色の細かな粉が舞い落ちた。
その様子を見ていたダンが、小さく笑う。
「……さっきも言ったが、本当にこういう時は真面目なんだな」
「壊したら終わりだからな」
アステルは視線を逸らさず答えた。
「魔導機構ってのは、案外こういう地味な作業が一番大事なんだよ」
恒一はその横顔を見つめながら思う。
戦う姿しか知らなければ、きっと気付かなかった。
この青年は剣を振るうだけではない。
こうして机に向かい、細かな作業を積み重ねることもできる。
それもまた、アステルという冒険者のもう一つの顔だった。
大きさを合わせ終えると、アステルは工具を持ち替えた。
「ここからが大事」
そう言って手にしたのは、平たいやすりだった。
魔石を少しずつ回しながら、表面へ一定の角度で当てていく。
しゃっ、しゃっ、と規則正しい音が工房へ響く。
削られるたび、つるりと丸く滑らかだった表面へ新しく"面"が生まれていく。
「宝石みたいだな」
恒一が思わず呟く。まるでジュエリー用のカッティングだ。
「ああ、見た目は似てるな。でも、こっちは飾るためじゃない」
頷きながらも、手は止めない。
一つ面を作ると、また向きを変えてもう一つ。
「魔石の中を流れる魔力を反響させるためなんだ」
「反響?」
「そう。球体に近いほど魔力は拡散しやすい。ある程度面を作ってやることで、流れを一定方向へ整えやすくなるんだ」
「だから、この箱の中で効率よく風を起こせるようになるわけか」
「そういうこと!」
アステルはにっと笑う。
「宝石細工と似てるけど、目的は全然違うんだ」
やがて削り終えた魔石を掌で転がす。
先ほどまで透明感のあった緑色は、細かな傷によって全体が白く曇っていた。
「せっかく綺麗だったのに、ちょっと勿体無く思っちゃうな」
「いんや、ここからちゃんと磨くぞ」
アステルは形状を確認すると、満足げに頷く。
「宝石と同じだ。目の粗いやすりから細かいものへ順番に替えながら、少しずつ磨いていく」
「結構時間掛かりそうだな」
「うん」
アステルはさらりと答えた。
「だから――」
微笑みに目が細まった、その瞬間だった。
空気がほんの少し震えたような感覚の後で、魔石を支える指先へ、淡い金色の光がふわりと宿る。アステルの前髪が微かに揺れた。
細い糸のような魔力が踊るように流れ、魔石の表面を静かになぞっていく。
「……え」
恒一は思わず息を呑んだ。
金色の魔力はやすり代わりに表面を滑り、削り跡を一つ、また一つと均していく。
曇っていた魔石が、ゆっくりと本来の透明感を取り戻し始めた。
まるで職人が何時間も掛けて磨き上げたかのように、柔らかな緑の輝きが、再び工房の灯りを映し返す。
「……魔法で、磨いてるのか?」
「細かい研磨だけな」
アステルは何でもないことのように答えた。
「削るより、こっちの方が神経使う」
その横で、オルビスが静かに付け加える。
「力を入れ過ぎれば魔石そのものを傷める。だから魔力の制御だけは昔からよく練習していたな」
「へえぇ……」
恒一は目の前の光景から目を離せなかった。
戦場での姿とはまるで違う。
指先ほどの魔力を、髪の毛一本ほども狂わせず操る繊細な技術。
その技は、それなりの年月を掛けて積み重ねた鍛錬の賜物なのだと、一目で分かった。
「……こんなもんかな」
アステルは魔石を磨き終えると一旦布の上に置き、作業台へ残った緑色の粉を小さな刷毛で丁寧に集め始めた。
「あ、捨てないんだな?」
恒一が尋ねると、アステルは小さなガラス瓶を取り出して笑う。
「もったいないんだぞ?」
さらさら、と細かな粉が瓶へ落ちていく。
「魔石削ると出る粉も、ちゃんと使い道があるんだ」
「これも?」
「ああ。量は少ないけど、術式用の塗料に混ぜたり、細かい調整に使ったりな。だから属性ごとに分けて取っとく」
「へぇ……」
木材なら切り落とした木片まで使う。
金属なら削り屑も溶かして再利用する。
それと同じように、魔石も可能な限り余すところなく活かす。
それが機工師達の当たり前なのだろう。
瓶へ蓋をすると、アステルは満足そうに頷いた。
「よっし」
続いて磨き上げた風魔石を柔らかな布で軽く拭う。そうして僅かな粉も取り去られたそれは、先ほどまで削り跡で白く曇っていたとは思えないほど透明感を取り戻し、工房の灯りを受けてきらきらと静かな緑色の光を返していた。
「ん~~~~~っ」
大きく両腕を伸ばし、背中を反らす。
「今日はここまで!」
肩を回しながら、心底疲れたという顔で笑う。
「腹減ったから、術式と回路刻むのは明日!」
「まだあるのか」
恒一が苦笑すると、アステルは図面を指差した。
「これは材料の下準備。こっからが本番だ」
紙へ描かれた魔導回路をなぞる。
「この魔石だけじゃ、ただ風の力を持った石だからな。術式で流れを決めて、回路へ繋いで初めて魔導機構になる」
「その回路ってのは?」
「今回使うのはミスリル板だ」
オルビスが答えた。
「魔力の通りが良く、錆びにくく、加工後も長期間劣化しにくい。魔導機構では最も一般的な素材の一つだな」
「そこへ術式を刻むんだ」
アステルが頷く。
「例えば、木に塗料で描いても一応動くけど、すぐ擦り減るし壊れる。長く使うならやっぱりミスリルとか、もっと複雑な回路だと魔力伝導率が高い響銀とかも使うな」
「へぇ……やっぱり、難しいのか?」
「こっちは魔石みたいな神経はあんまり使わない」
そこでアステルは苦笑した。
「でも、単純に疲れる」
「疲れる?」
「硬いし、延々と同じような細かい線を刻み続けるからな」
親指と人差し指で小さな幅を作って見せる。
「一か所でも深さや幅を間違えると、その部分だけ魔力の流れが変わる。だから、何か一つやらかすと全部刻み直し。集中力が持つかどうかだな」
「うわぁ……」
恒一は思わず顔をしかめた。
繊細な作業を長時間。しかも失敗は許されない。
確かにそれは、集中力を削られそうだ。
「だから今日は終わりだ」
アステルは工具を片付けながら笑う。
「腹が減った状態でやると、経験上絶対ろくなことにならない」
「その判断は正しいな」
ダンも大きく頷く。
「職人仕事ってのは、腹が減ってても眠くても精度が落ちる」
「だろ?」
アステルは嬉しそうに笑った。
「良い仕事したいなら、まず飯!」
「そこは職人も冒険者も一緒か」
恒一の言葉に、工房のあちこちから笑い声が上がる。
循環魔導機構の完成まで、あともう一歩。
その最も重要な仕上げは、明日へ持ち越されることになった。
「しかしまぁ……」
磨き上がった魔石を眺めながら、ダンが感心したように笑う。
「そりゃあ精米なんざお手のもんだわな」
「ん?」
アステルがきょとんと首を傾げる。
「いや、こんだけ細かい加減で魔石を削って磨けるならよ。ヤーパンライスの表面だけ薄く削るなんて、そりゃ出来るはずだよなと」
「あー」
アステルは納得したように頷く。
「言われてみれば、あんまり変わんないな」
「いやたいぶ違くない?」
恒一は即座に突っ込んだ。
「片方は食い物、片方は魔石だろ」
「削るって意味では一緒一緒」
けろりと言ってのける。
「どっちも加減見ながら表面だけ薄く削るんだし」
「いや、発想がおかしいんだって」
思わず笑いながら返すと、ダンも腹を抱えて笑い出した。
「はっはっは! 魔石とヤーパンライスを同列に考える奴なんざ、お前さんくらいだろうな!」
「そうか?」
本人だけが、本気で不思議そうな顔をしている。
その様子に工房中から笑いが起こった。
「いやぁ……職人ってのは、ときどきとんでもねぇ発想する奴がいるもんだが、お前はまた別方向だ」
「褒められてる?」
「半分な」
ダンがにやりと笑う。
「もう半分は呆れとる」
「えぇー」
不満そうに口を尖らせるアステルであった。




