29.煌めきの裏側。
「よし、今日はこの辺までだな」
ダンが腰を伸ばし、大きく息を吐いた。
棚は二台目の組み立てまで終わり、循環魔導機構の木箱も最後に蓋を固定すれば完成というところまで来ている。
「棚はあと二台か。箱の方は明日にゃ全部組み上げられそうだな」
「ええ、思ったより順調でしたね」
恒一も木屑を払いながら笑みを浮かべる。
職人達も道具を片付け始め、工房の中には一仕事終えた穏やかな空気が流れていた。
その時だった。
ドドッ、ドドッ、と規則正しく、それでいて重い足音が外から近付いてくる。
音がはっきりとするにつれ、それが地面を踏み締めるたび、工房の床までかすかに震えた。
「ああ、帰ってきたか」
ダンが苦笑混じりに呟く。
直後、工房の扉が軽やかに開いた。
「たっだいまー!」
元気な声と共に姿を現したのはアステルだった。
その後ろからクロムがゆっくりと工房へ顔を覗かせながら入って来る。
予定よりは少し遅くなったものの、怪我らしい怪我もなく、本人は実に晴れやかな表情だった。
「おう、おかえり」
恒一が声を掛けると、アステルは満面の笑みで親指を立てる。
「色々取れたぞ!」
「……色々?」
恒一は首を傾げた。
クロムの背には、大きな革袋がいくつも括り付けられている。どれもずっしりと重そうで、見るからに中身が詰まっていた。
「おいおい……」
ダンが思わず額を押さえる。
「風の魔石一個取りに行ったんじゃなかったのか?」
「目的はな! ついでに、他にも良さそうなのが居たからさ」
「だから"色々"?」
「おう!」
悪びれる様子はまったくない。
恒一は思わずオルビスへ視線を向けた。
すると兄は、その革袋を一瞥して静かに頷く。
「……思ったより控えめだな」
「え?」
恒一は思わず聞き返した。今、何と言った?
「控えめ?」
「ああ」
オルビスは淡々と答える。
「見たところ大型獣もおらんようだしな。もっと増えるかと思っていた」
「…………」
恒一は黙った。
目の前には、どう見ても「風の魔石一個」では済まない量の荷物がある。
それを見てなお"控えめ"と言う兄。
(……この兄弟の基準、やっぱりおかしいよな?)
そんな確信だけが、静かに胸の中で深まっていくのだった。
「それじゃ、荷物降ろすぞ」
アステルはクロムの背をぽんと軽く叩いた。
クロムも心得たものだと言わんばかりにその場へ伏せると、括り付けられていた荷物を降ろしやすいよう身体を低くする。
「ありがとな、クロ」
革紐を解きながら頭を撫でると、クロムは気持ち良さそうに喉を鳴らした。
荷物は(少なくとも恒一が)思っていたより多かった。
大きな革袋が四つ。
そのうち二つは、見るからにずっしりと詰まって重そうだ。
残る二つからは獣の毛皮や角、肉の包みらしきものが覗いている。
「こりゃあ、副産物も結構あるな」
ダンが覗き込む。
「肉は食えるやつだけ持ってきた。あとは角とか牙とか、素材に使えそうなのもな」
「ほう」
「倒した以上、無駄にはしないさ」
アステルは当たり前のように答えながら、重い方の革袋を持ち上げた。
「んで、と」
重い音を少しだけ響かせ、袋が台の上へ置かれる。
もう一つも並べると、口紐をほどいた。
「はい、魔石」
ざらり、と。
袋の口を少しだけ傾けた瞬間、工房の明かりを受けて色とりどりの光が溢れ出した。
「おお……」
恒一は思わず声を漏らす。
赤に青、緑、橙。
属性ごとに異なるのだろう色を宿した魔石が、大小さまざまな大きさで作業台へ転がり出た。
少し角張ったものや丸みを帯びたもの。大きさも親指ほどの小さなものから、拳ほどあるもの等々。
磨かれているわけでは無かろうに、それぞれが内側から淡く輝いており、まるでカットを施す前の宝石そのもののようだった。
「……凄い」
思わず見惚れる。
もしも、例えば海賊の隠し財宝などというものが本当にあるのなら、きっとこんな光景なのだろう。
そんな感想を抱くほど、色とりどりの宝石が山のように積み上がる様子は、それだけで人の心を惹きつける美しさがあった。
「綺麗だな……」
恒一がぽつりと呟くと、アステルは嬉しそうに笑う。
「だろ?」
子供が自慢の宝物を見せるような顔だった。
その横で、ダンは袋の中を覗き込みながら苦笑する。
「いや……」
一つを摘まみ上げる。
「綺麗なのは認める」
次に、もう一つ。
「……で」
ゆっくりとアステルを見る。
「風の魔石一個、って話は、どこ行った?」
アステルはきょとんと首を傾げた。
「ちゃんとあるぞ?」
そう言って、緑色の魔石をひょいと摘まみ上げる。
「ほら」
「いや、そういう話じゃねぇよ」
工房中に笑いが広がった。
「それにしても――」
魔法や魔導に詳しくない恒一ですら、一目で分かった。
――質が違う。
どの魔石も濁りがほとんどなく、内側から澄んだ光を湛えている。
赤は燃えるように鮮やかで。
青は深い湖のように透き通り。
緑は若葉を思わせる優しい色を宿していた。
宝石店へ並んでいても何ら違和感のない輝きだ。
ダンは摘まみ上げた一つを、光へかざしてから静かに息を吐く。
「……純度が高ぇな」
もう一つ、さらに別の色も手に取って見る。
「こいつぁ、一掴み持ってギルドへ行くだけでも金貨が何十枚と動くぞ」
「えっ……」
恒一の喉がひゅっと鳴った。
金貨数十枚。
こちらの世界で暮らし始めてまだ日も浅いが、それがとんでもない金額だというくらいは分かる。
その"一掴み"が。
袋いっぱいに、みっちりと入っている。
しかも、それが二袋。
「……こんなん一度にギルドへ持ち込んだら、大騒ぎになるぞ」
専門外であるはずのダンですら、苦笑するしかない量だった。
「だから売るならちょっとずつ売ろうかなって」
アステルは悪びれもせず答える。
「自分達で使う分も残すしさ」
「いや、そういう問題じゃ……」
ダンが頭を抱えかけた、その時だった。
「ん?」
恒一の目が、袋の底に止まる。
色とりどりの魔石へ埋もれるようにして、何か白いものが見えた。
他の魔石とは違う。
眩しくはない。
けれど、見ているだけで心が落ち着くような、柔らかく穏やかな光を放っている。
「……でっっっか」
思わず間の抜けた声が漏れた。
アステルが「あ、見つかった?」と言いながら袋の中へ手を突っ込む。
よいしょ、と両手で抱え上げたそれは――大人の頭ほどもある、巨大な淡い白色の魔石だった。
工房の明かりを受けて、乳白色の輝きが静かに揺らめく。
一瞬、その場の全員が言葉を失った。
「…………」
「…………」
「…………」
ダンはゆっくりと巨大な魔石とアステルを見比べる。
もう一度、見比べる。
そして、絞り出すように尋ねた。
「…………お前」
「ん?」
「これ、何から取った?」
「……ああ」
そう尋ねると、アステルは少しだけ表情を曇らせた。どこか寂しげに眼を伏せて、小さく答える。
「……暴走した、光属性の聖獣」
工房の空気が、ぴたりと止まった。
アステルは巨大な白い魔石へ、撫でるようにそっと手を添えた。その顔には、先ほどまでの無邪気な笑顔は無い。
「……本当なら、討ちたくはなかったんだ」
しん、と工房の空気が静まる。
誰も急かさず、その先を待っていた。
「聖獣っていうのは、人を襲う魔物じゃないんだ」
静かな声で、アステルは続ける。
「自然を護る存在だ。森や湖、山みたいな土地と共に長い時間を生きる。魔物とは違って、自分から人里へ降りてくることなんて、まず無い」
恒一は黙って耳を傾ける。
この世界へ来てから、魔物や冒険者の話は聞いてきた。だが、"聖獣"という存在について聞くのは初めてだった。
「何百年、何千年と生きることも珍しくない」
オルビスが静かに言葉を継ぐ。
「……だからこそ、極めて稀にだが……寿命を迎える前に正気を失う個体が現れる」
「正気を……?」
「理由は様々だ」
オルビスは巨大な魔石へ目を向ける。
「老いによるものもあれば、長い年月で蓄積した魔力が暴走することもある」
アステルが小さく頷く。
「今回は、そのどちらもだった。……もう自分でも止められてなかったんだ」
その一言が、妙に重かった。
「森の木を薙ぎ倒しながら歩いててさ。目も、もう何も見えてなかった」
アステルは苦笑する。
「俺が近付いた時も、襲ってきたっていうより……苦しんで暴れてるって感じだった」
恒一は何も言えなかった。
魔物を倒した武勇伝ではない。
目の前にいるこの青年は、一つの命を終わらせたことを悔やみ、悼んでいるのだ。
「そのまま放っておけば、麓の街道へ出ていた。いずれ人里へ向かっていただろうな」
アステルは白い魔石を見つめる。
「……手遅れだったんだ」
ぽつり、と零れた言葉。
「だからせめて、もう苦しまないように」
それだけだった。
工房の中は静まり返っていた。
ダンも腕を組んだまま、静かに目を閉じる。
「……そうか」
短く、それだけ言った。
職人である彼にも分かったのだろう。
これは自慢話ではない。
誰かを守るために、苦しい選択をした話なのだと。
しばらくの沈黙のあと、アステルはいつものように頭を掻いて笑う。
「まぁ、そのおかげで魔石は何か凄いのが取れちゃったんだけどな」
少しだけ無理をしているような笑顔だった。
恒一は、巨大な魔石へもう一度目を向ける。柔らかな光は、先ほどと何も変わらず穏やかだった。
まるで最後まで、誰かを慰め、優しく照らそうとしているかのように。
「……で、その魔石」
しばらく巨大な光魔石を眺めていたダンが、おもむろに口を開いた。
「これ、一体いくらになるんだ?」
アステルは首を傾げ、オルビスを見た。
オルビスはと言うと、腕を組んだまま少しだけ考える素振りを見せた……が。
「……正直予想もつかん」
「何それ怖い」
恒一は思わず即座に突っ込んだ。
もはや高いだの安いだのという話ではない。値段の見当すら付かない代物らしい。
ダンは深々とため息をつき、巨大な魔石を指差した。
「とりあえず、間違ってもそこらへんへ落とすなよ」
「はい?」
「王都が揺れるわ」
「……物理的な意味じゃないですよね?」
「当たり前だ」
ダンは呆れたように肩を竦める。
「こんなの持ってギルド行った日にゃ、職員総出で飛んでくる」
「それは……何となく想像できます」
恒一も苦笑するしかない。
そんな中、アステルは巨大な魔石を軽々と抱え直しながら、当たり前のように言った。
「コーイチ使うだろ?」
「やだよ、そんなの持ってるの!」
即答だった。
「えー。」
心底残念そうな声が返ってくる。
工房の中へ、一瞬だけ何とも言えない沈黙が流れた。
そして。
すっ……、と。
その場にいた全員の視線が、一人の人物へ集まる。
「…………」
オルビスである。
当の本人は、視線を受けても表情一つ変えない。
「……オルビス。」
アステルは少し困ったように笑いながら、巨大な魔石を兄の前へ差し出し、首を傾げた。
「どっか転がしちゃったら怖いから、お兄ちゃん預かってて♡」
「……………………」
しばしの沈黙。
やがてオルビスは、深いため息をひとつ吐く。
「………………仕方の無い奴め………………」
そう言って魔石を受け取る、その瞬間。
工房の誰かが、いや、きっと全員が聞いた。
「……チッ。」
蚊の鳴くような、小さな小さな舌打ちを。
「兄さん?」
「何でもない」
「今舌打ちした?」
「気のせいだ」
真顔で言い切るオルビスに、アステルは「そっかぁ」とあっさり(?)納得している。
――いや、今の絶対した。
恒一もダンも、工房の職人達も、心の中だけでそう断言したのだった。




