27.双子の魔導講座。
「でさ」
アステルが図面の余白へ、さらさらと簡単な絵を描き始めた。
「箱の表側には、こういう板を並べてほしいんだ」
斜めに重ねられた細い板。見た目はごく単純だが、風の出口を示しているらしい。
「この隙間から風を出すんだ」
「なるほど」
ダンは図面を覗き込みながら頷く。
「風向きを決めるわけか」
「うん」
アステルは紙の中央を指差した。
「中には風の魔石を固定して、その周りへ術式を刻んだ金属板を組み込む」
魔石を中心に、幾つかの板が放射状に配置されている。
恒一にはまだ術式の意味までは分からない。けれど、こうして図に描かれると、何となく仕組みが想像できた。
「魔石から出た魔力をこの板で整えて、風を一方向へ流す。ざっくり言うとそんな感じ」
「ほう」
ダンは感心したように図面を見つめる。
そして、表側の斜め板を指でなぞった。
「これなら木戸へ付ける鎧戸と同じだ」
にやりと笑う。
「任せとけ」
「ほんとか!」
アステルの表情がぱっと明るくなる。
「外側は木工の仕事だ。こんなもんなら半日も掛からねぇよ」
頼もしい返事に、恒一も自然と笑みを浮かべた。
「では、よろしくお願いします、親方」
「おう」
ダンは力強く頷く。
「中身はお前ら、外側は俺達だ。面白ぇもん作ろうじゃねぇか」
その一言で、皆の気持ちが一つになった。
「んじゃ」
アステルが立ち上がる。
「俺、明日は魔石取ってくるから」
あまりにも軽い口調だった。まるで『ちょっと買い物行ってくる』くらいの気軽さである。
「魔石か」
恒一は頷く。話を聞く限り、間違いなく必要な材料だ。
魔石は冒険者ギルドや専門店でも購入できる。
もっとも、全ての魔物が持つわけではなく、魔石を宿すとなると、小さくてもそれなりの格の個体が相手となる。採掘での産出も希少な部類の素材だ。それ故に流通量も限られるため、決して安い品ではないらしい。
だからこそ、自分で調達してくるというのは、冒険者らしい発想なのだろう。
そんなことを考えていると、ダンが苦笑混じりに頭を掻いた。
「お前なぁ」
「え?」
「え、じゃねぇ」
肩を竦める。
「えらく気軽に言うけどな。風の魔石一個取ってくるってのも、普通の冒険者なら立派な仕事なんだぞ」
「そう?」
アステルは首を傾げた。
「風の魔石一個くらいなら、ちょっと頑張ればまぁ多分いけるって」
「……多分、ねぇ」
ダンは何とも言えない顔になる。
その横で。
恒一は、あるものを見逃さなかった。
オルビスが、ほんの一瞬だけ。
ちらり、と弟へ視線を向ける。
そして。
何も言わず、すっと目を逸らした。
「…………。」
その仕草はほんの一瞬だった。
だが。
(……何だろう)
恒一は、妙に引っ掛かった。
止めない。
否定もしない。
ただ、何かを悟ったように視線を逸らした。
(……嫌な予感がするな)
何が、とは言えないけれど。このひと月でうっすらと分かってきていた。
アステルが「ちょっと」と言う時は、大抵の場合"ちょっと"では済まない。
そして、オルビスが止めない時は――。
(なおさら、ろくでもないことになる)
そんな予感だけが、静かに胸の中で膨らんでいった。
図面を片付け終えた頃だった。
オルビスが、ふと思い出したように口を開く。
「コーイチ」
「ん?」
「いずれ魔導機構を覚えるのなら、今のうちから魔力制御の練習でも始めるか」
「えっ?」
恒一は目を丸くした。
「でも俺、魔法の適性は無いって言われたぞ?」
召喚されたばかりの頃。
王城で適性を調べた際、魔法系の才能は特に見当たらず、魔力量も『人並み』と言われていた。
だから、自分は魔法とは縁のないものだと思っていたのだ。
しかし、オルビスは軽く片眉を上げる。
「適性というものは」
作業台へ置かれていた釘を一本摘み上げた。
「平たく言えば、『向いているか否か』だ」
釘を指先で転がしながら続ける。
「もっと雑に言えば、『元から才能があるか』という話でもある」
そして、その釘を恒一へ見せる。
「では」
静かに問い掛けた。
「大工の才能が無ければ、釘は打てないか?」
「……いや」
恒一はすぐに首を振った。
「打てる」
「そういうことだ」
オルビスは頷く。
「上手い下手はある。習得の早い遅いもある。だが、『適性が無い』と『出来ない』は別の話だ」
なるほど、と恒一は小さく息を吐く。確かにその通りだった。
自分だって最初から木工が出来たわけではない。ダンに教わり、先輩職人に学んで、少しずつ覚えてきたのだ。
「あと」
頬杖をついて聞いていたアステルが、くすっと笑った。
「魔力ってさ。種族とか、生まれつきの量もあるけど、使えば多少は増えるぞ」
「増える?」
「体力と同じ」
アステルは気軽に答える。
「走れば体力付くだろ? 魔力も使えば、少しずつ鍛えられる」
「へぇ……」
恒一は素直に感心した。
するとアステルは、にやにやしながら付け加える。
「まぁ、魔力だけは山ほどあるのに、壊滅的に制御が下手、なんて人もたまーに居るけど」
「いや、怖いって」
恒一が思わず苦笑する。
「それ暴発とかしないのか?」
「する」
「するの!?」
「だから先生が泣く」
「笑い事じゃないだろ、それ……」
アステルは肩を揺らして笑っていた。
オルビスも、小さく息を吐く。
「実際、魔導学院では毎年何人か居るそうだ」
「本当にある話なんだ……」
恒一は何とも言えない顔になった。
ひとしきり笑った後、オルビスは改めて恒一へ目を向ける。
顎へ軽く手を当て、そのまま少しだけ目を細めた。
「コーイチ」
「はい」
「お前の潜在魔力は、恐らく鍛えればそれなりに伸びる」
「……そうなの!?」
恒一は思わず身を乗り出した。
オルビスは静かに頷く。
「一般人でも、潜在魔力量が高い者は珍しくない。ただ、多くは魔法使いを目指さない。だから自分でも気付かないまま一生を終える」
恒一は目を瞬かせた。
言われてみれば、元の世界でもそれは変わらない。たとえ才能があっても、その道へ進まなければ分からないまま。そんなことはいくらでもあるだろう。
「そうでもなければ」
オルビスは淡々と言う。
「魔術師系の冒険者は、全員特殊能力者という話になる」
「それは……確かに、そうだな」
そんな希少な存在だったら、そもそも国家が放っておかないだろう。一緒に召喚された大和達が特殊例過ぎたせいで、つい失念していた。
「戦士系の適性を持つ奴だって、応急処置用に初歩の治癒魔法くらい勉強することはあるぞ」
そうアステルが続ける。
「使えるのか?」
「半分以上は途中でぶん投げるけど」
「結局そこか」
「そもそも大抵性格が向いてないからな!」
あっけらかんと言い切るアステルに、恒一は思わず吹き出した。
才能というものは、確かにあるのだろう。けれど、それだけでは何も身に付かない。
逆に、適性が低くても、積み重ねた努力が無駄になるわけでもない。
そんな、この世界の当たり前を。
恒一は少しずつ知り始めていた。
「では、夕食まではまだ少し時間があるし、基本だけでもやってみるか」
オルビスが静かに立ち上がった。
窓の外を見ると、日はまだ完全には沈みきっていない。工房の仕事も一段落し、夕飯までは少し時間がある。
「今から?」
恒一が目を丸くすると、アステルは笑って肩を竦めた。
「基本中の基本だよ。むしろ、こういうのは少しずつ慣らす方がいい。毎日十分でも続ければ、ちゃんと変わってくるしな」
そう言われると、恒一も少し興味が湧いてくる。
「じゃあ、お願いしようかな」
三人は工房を後にし、二階にある恒一の部屋へ向かった。
夕暮れの西日が窓から差し込み、木の床を淡い橙色に染めている。窓を少し開けると、雨上がりの涼しい風が静かに部屋へ流れ込んできた。
「まずは座れ」
向かい合うように椅子を引いたオルビスに促され、恒一は素直に腰を下ろす。アステルはベッドへ腰掛け、面白そうに二人の様子を眺めていた。
「魔力制御といっても、最初から魔法を使うわけじゃない。大切なのは、自分の中に魔力があることを自覚して、理解することだ」
「理解すること?」
「ああ。人は誰でも魔力を持っている。だが、呼吸をいちいち意識しないように、その存在にも普段は気付いていない。だから最初に覚えるべきなのは動かし方じゃない。感じ方だ」
そう言うと、オルビスは静かに右手を差し出した。
「初めは、俺が流れを引く。手を乗せてみろ」
恒一も右手を重ねる。触れた掌は思ったよりも温かかった。
「目を閉じて、肩の力を抜く。呼吸は自然でいい。無理に何かをしようとはせず、指先へ意識を向けるんだ」
言われた通りに目を閉じる。
部屋の音が少し遠ざかり、自分の呼吸だけがゆっくりと耳に届く。
最初は何も感じなかった。ただ手が触れている、それだけだった。
だが、しばらくすると。
「……あ」
掌の奥が、じんわりと温かい。
熱というほどではない。冬の日に湯飲みを包んだ時のような、穏やかなぬくもりが、ゆっくりと指先へ流れていく。
「そのままでいい。追い掛けようとするな。流れを感じるだけでいい」
オルビスの落ち着いた声に導かれ、恒一は静かに意識を向け続けた。
血液が流れる感覚とも違う。
もっと穏やかで、静かな何かが、自分の中を巡っている。
やがてそれは細い川の流れのように、途切れることなく全身へ行き渡っている、不思議な感覚だった。
「……これが、魔力?」
「そうだ。今、お前自身の魔力へ初めて意識が向いた」
「おー、結構すんなり掴んだな」
ベッドからアステルが感心したような声を上げる。
「そうなのか?」
「初日は何も分からず終わる人も結構いるんだよ。だから筋は悪くないと思う」
オルビスも静かに頷く。
「少なくとも、感覚を掴む第一段階は越えたな」
恒一はゆっくりと目を開き、自分の掌を見つめた。
さっきまで感じていた流れはもう薄れている。それでも確かに、自分の中には何かが巡っていた。
魔法とは無縁だと思っていた自分にも、ちゃんと魔力は流れている。
その事実が、少しだけ嬉しかった。
「いいじゃん」
アステルは満足そうに笑う。
「第一歩、大成功だな」
その笑顔につられて、恒一も自然と笑みを浮かべるのだった。




