26.循環魔導機構。
キリの良い所でちょい短め。
翌日から、《赤樫亭》には新しい仕事が加わった。
ガロンの保管庫へ入れるための、通気性を重視した棚と、雨を防ぎながら風を通す木戸の製作である。
「板の間隔を広げすぎるなよ。袋の重みで垂れたら意味がねぇ」
ダンの指示が飛ぶ。
「横桟はもう一本増やすぞ。粉袋は見た目より重いからな」
「はい!」
職人達から威勢の良い返事の声が上がる。
棚板は一枚の板ではなく、細長く加工した木材を等間隔に渡す簀の子状の造りにする。下から風を通しながらも、粉袋が沈み込まない程度の幅と間隔を保たなければならない。単に隙間を作れば良いという話ではないのだ。
板の厚み。支えの位置。木目の向き。荷重が集中する場所。
ダンは一つ一つ、長年の経験に基づいて教えてくれる。
「こっちの板を使え」
差し出された二枚を見比べ、恒一は首を傾げた。
「同じ木に見えますけど」
「見た目はな。持ってみろ」
言われた通りに持ち上げてみる。
片方は僅かに重く、もう片方は軽い。
「軽い方は乾いてる。重い方は、まだ中に水気が残ってる」
「あ……」
「棚板にするなら乾いてる方だ。後から縮んだり反ったりしにくい」
恒一は改めて木口を確かめる。言われてみれば、色合いも手触りも僅かに違う。
以前なら気付かなかっただろう。けれど、どこを見るべきか教わった今なら、その差が少しずつ分かる。
そして一度気付くと、頭の中で情報が自然に整理された。
重さと乾き具合。加工前後の反りやすさ。用途への向き不向き。
保管庫で起きた時ほど鮮明ではない。あの青白い線も文字も見えない。それでも、昨日までよりも確実に木材の状態を捉えやすくなっている。
「いい顔になってきたな」
ダンが横から笑う。
「え?」
「職人の顔だ。木をただの板じゃなく、使い道のある“素材”として見るようになってきた」
その言葉に、恒一は少し照れ臭くなった。
「まだまだですけど」
「だから教えてんだ。最初から出来る奴なんざいねぇよ」
そう言って、ダンは豪快に笑った。
工房の職人達も、いつも以上に生き生きとしていた。
既存の棚をそのまま作り直すのではない。使う者の悩みを聞き、皆で考え、用途に合わせて新しい形を作る。
職人にとって、これほど面白い仕事もないのだろう。
そして――。
「アステル、そこ押さえてくれ!」
「はいよー!」
「オルビス、悪いがその板を取ってくれ」
「ああ」
「……何で居るの??」
なぜか朝から遊びに来ていた双子まで、完全に作業へ混ざっていた。
アステルは袖を捲り、職人の一人と一緒になって板を支えている。オルビスも黙々と木材を運び、寸法通りに揃えていた。
冒険者、それも相当な腕前のはずなのに、木屑まみれになっている姿は何とも不思議だった。
「二人とも、本当に手伝うの好きだよな……」
恒一が苦笑すると、アステルは板を押さえたまま笑う。
「面白そうだし」
「それだけ?」
「あと、コーイチが楽しそうだから」
あまりにも自然に返され、恒一は一瞬言葉に詰まった。
「……そうかよ」
少しだけ顔を逸らすと、向かい側にいたオルビスが小さく口元を緩めた。
◇◇◇
「よし、今日はここまでだ」
夕方になる頃には、棚の主要な部材が粗方揃っていた。
ダンの声に職人達が後片付けを始める中、恒一は作業台の上へ一枚の紙を広げた。
「親方、少し見てもらえますか」
「ん?」
ダンが手を拭いながら近付いてくる。
紙に描かれていたのは、ガロンの保管庫だった。
線はまだ拙い。
寸法の書き方も、職人が使う正式な図面と比べれば頼りない。
それでも、上から見た保管庫の形や窓、木戸、棚の配置は一通り描き込まれている。
「昨日考えたものを、出来るだけ書き起こしてみました」
恒一は少し緊張しながら説明する。
「新しい棚の位置と、木戸の通気口。それから石工さんにお願いする窓の形の候補です」
「ふむ」
ダンは紙を覗き込み、顎を撫でた。
「絵としては荒いが、何をしたいかは分かる。初めて書いたにしちゃあ、上出来だ」
「本当ですか」
「ああ。後で寸法の書き方は教えてやる」
それから、紙の端に書かれた一つの名称へ目を留めた。
「……何だ、こりゃ」
太い指が文字を示す。
「『循環魔導機構』?」
「ああ、それは」
恒一が答えるより先に、隣からアステルが覗き込んだ。
「風の魔石を組み込んだ魔導機構」
「魔石を?」
ダンが眉を上げる。
恒一は、昨日の喫茶店での話を思い出していた。
*****
「……魔石?」
恒一は思わず聞き返した。
「――魔石というのは」
その問いに、オルビスが説明を引き継いだ。
「主に採掘や、討伐した魔物から採れる、魔力を蓄えた鉱石のようなものだ。特定の属性を帯びた個体からは、その属性に応じた魔石が採れる」
そう言いながら、焼き菓子をひとつ摘まみ上げて見せる。
「例えばこれが炎魔石だとしたら、炎属性の適正が無い者であっても、魔力を流せば熱を帯びたり、炎を生み出す事が容易に出来る。他にも属性は幾つか種類があるな」
恒一は思わず身を乗り出した。
「つまり……」
「風の魔石なら」
アステルがにやりと笑う。
「魔力さえ流せば誰でも、風を起こせる」
その一言で、恒一の頭の中に何かが繋がった。
扇風機。電気とモーター、そして羽根。
──いや、待て。
この世界には、魔法がある。
なら、必ずしも"同じ仕組み"である必要はないのではないか。
「……もしかして」
恒一は思わず笑ってしまった。
「扇風機より、簡単かもしれない」
その呟きに、双子も同じように笑みを浮かべて頷いた。
*****
「窓と棚だけでも空気は通ると思うんですけど、雨が続いて風が弱い日もあるじゃないですか」
恒一は図面の一角を指差した。
「だから、軽く風を送り続ける仕組みがあれば、もっと安定するんじゃないかと思って」
「センプーキってやつの代わりだな」
アステルが楽しそうに言う。
「まだそれと同じ仕組みにするかは決めてないけどな」
「せん……何だ?」
「俺の故郷にあった、風を起こす道具です」
ダンはよく分からないという顔をしたが、追及はせずに図面へ視線を戻した。
「で、魔石をどう使う?」
「風の魔石に風を起こさせる。一番基本的な使い方と回路だ」
答えたのはアステルだった。
その口調は、いつものような思い付き任せではない。きちんと知っていることを説明する、落ち着いた声音だった。
「強い風を出したり、細かく加減したりするなら、術式も回路も複雑になる。でも軽い風を一定方向へ流すだけなら、回路自体は単純だよ。これ位なら俺でも組める」
「お前、そんなことも出来るのか?」
ダンが少し意外そうに尋ねる。
「簡単なものならな。昔、仲間に詳しい奴がいて教わったんだ」
アステルはさらりと答えた。
「術式を刻む場所と回路の繋ぎ方、魔力の流れを間違えなければ大丈夫。コーイチにも教えられるぞ」
「俺にも?」
「うん。むしろ、こういうの好きだろ?」
否定できなかった。
仕掛けを組んで、魔石を組み込み、風を流す。電子工学ならぬ魔導工学。
仕組みを想像しただけで、頭の中が少し熱くなる。
「だが、俺たちゃ魔法は使えねぇぞ?」
「問題ないよ」
アステルは紙の上へ指先で小さな円を描いた。
「起動に必要な魔力は、魔法使いじゃなくても生き物なら誰だって持ってる」
「誰でも?」
「体温と同じでさ。魔力って、意識して使わなくても常に少しずつ外へ出てるもんなんだよ」
恒一は自分の掌を見つめた。
魔法を使えない自分にも、魔力はある。
まだ少し不思議な話だった。
「だから、使う時は起動装置に触るだけでいい」
アステルは図面の端へ、指先ほどの小さな板を描き足す。
「触れた魔力を回路が拾って、術式へ流す。それで起動する」
「魔導灯と同じ仕組みだ」
オルビスが補足した。
「宿や店にある壁付けの灯りも、表面へ触れることで点灯するものが多い」
「あれ、そういう仕組みだったのか」
恒一は何度か見た魔導灯を思い出した。
壁の小さな板へ触れるだけで明かりが点く。ずっと単純なスイッチのようなものだと思っていた。
(なるほど。元の世界で言うなら、タッチパネルに近いのか)
実際の原理はまるで違う。けれど、触れることで起動するという使い勝手はよく似ている。
「なら、魔法を使えないガロンや従業員達でも動かせるんだな?」
「ああ」
アステルは頷いた。
「触るだけなら、子供でも使える」
その言葉に、恒一は改めて図面へ目を落とした。
誰でも使える。使う者が特別な技術を持っていなくても、必要な働きをしてくれる。
それは道具として、とても大切なことのように思えた。
「……面白ぇな」
ダンがぽつりと呟いた。
先ほどまで図面へ難しい顔を向けていたのが、今では明らかに職人の目になっている。
「木の箱を作って、中へその魔石と回路を入れるわけか」
「そうです」
「風の出口は?」
「ここから倉庫の床へ沿わせて――」
恒一が説明を始めると、アステルがその横から術式の通る位置を書き足し、オルビスが風向きや窓の位置を補足する。
気付けば三人とダンは、作業台を囲んで再び話し込み始めていた。
棚の仕事へ、魔導機構という新しい要素が加わる。
木工だけではない。魔法だけでもない。それぞれを組み合わせ、使う者のための形へ整えていく。
拙い図面の上で、恒一の知らなかった“ものづくり”が、少しずつ形になり始めていた。




