25.スキルというもの。
窓から差し込む光が、紅茶の湖面でゆらゆらと揺れる。恒一は少し考え込むように、それを眺めた。
「俺にも、正直よく分からないんだ」
ぽつりと漏らす。
「この世界へ来てから、自分のスキルは木材加工に向いてるんだろうな、って思ってた」
ダンの工房で働き始めてからのことを思い返す。
「木目が見やすかったり、この木は加工しやすそうだ、とか。そういうのが何となく分かるようになって」
双子が静かに頷く。
「だから、自分でも『木工向きのスキルなんだ』って納得してた。でも――」
そこで恒一は少しだけ苦笑した。
「でも、最近少しずつ違ってきてる」
「違う?」
「前にガロンさんの保管庫を見た時も、少しだけ妙な感覚があったんだ」
あの時は、ただ湿気が気になっただけだと思っていた。
けれど、今日は違った。
「今日は、皆で色々話してるうちに、聞いたり考えたことが頭の中で全部が繋がっていって」
窓の位置や、棚の造り、風の流れ方。シンの知識を、ダンの経験を。聞いて、自分で考えていた。
「……その後急に、頭の中で纏まった」
「纏まった?」
「ああ」
言葉を選びながら続ける。
「窓はここ、棚はこう、風はこう流す……一つ一つ考えるんじゃなくて、全部を繋いだ完成形が見えた気がして」
アステルもオルビスも真剣な表情で聞いている。
「それから」
恒一はゆっくりと顔を上げた。
「まるで空中に直接書いたみたいに、纏めたものが光の線や文字で浮かび上がって。見えたと言うより、ここをこうしてくれ、っていう指示を書き込んだみたいな感覚だった」
アステルがぱちぱちと瞬きを繰り返す。
隣ではオルビスが静かに腕を組み、しばらく考えて――やがて、小さく口を開いた。
「なら」
その声に、二人の視線が集まる。
「その指示内容が、共鳴を通してアステルへ伝わった……というのか」
アステルは一瞬固まり、
「…………」
数秒後。
「いやいやいや!」
ぶんぶんと首を横へ振った。
「感情じゃない、意識そのものに"共鳴"とかしたこと無いんですけど!?」
思わず素の口調になってしまう。
「普通は『嬉しい』とか『悲しい』とか、そういうのだぞ? 『換気口はこっちです』なんて流れてきたことないからな?!」
その言い様に、恒一も吹き出した。
「確かに、それはちょっと“想い”じゃあなさそうだな」
「俺だってびっくりしたんだから!」
アステルは両手を広げて大げさに肩を竦める。
「急に『はいそこ!』って響いてきたんだぞ?」
「だから、つい指差したんだ?」
「自分でもそんなの言われ……てはないけど、教えられて、そんでどうしたら良いのか分かんなかったんだって!」
その慌てぶりがあまりにも本気だったので、悪いと思いつつもついつい笑ってしまう。
そんな中、二人のやり取りを横で聞いていたオルビスが、小さく息をついた。
「……アステルが共鳴した内容の件は、よく分からんから一旦置いておく」
「お兄ちゃん、弟の扱いが雑ゥ!」
即座に抗議の声が飛ぶ。だが、オルビスは気にした様子もなく話を続けた。
「重要なのは、コーイチの方だ」
恒一へ視線を向ける。
「お前の話を聞く限り、今現在のそのスキルは」
少しだけ考え、静かに言葉を選ぶ。
恒一もアステルも黙って耳を傾ける。
「正解を教えるものではない、ましてや、代わりに考えるものでもない」
恒一は、何も知らない状態から答えを得たわけではなかった。
「自身で学び」
「自身で考え」
「自身で結論へ辿り着く」
一つずつ区切るように言う。
「その過程を整理し、形として明確化し、必要なら、他者へ共有しやすい形へ纏め上げる……そういうものなのかもしれん」
そこで初めて、オルビスは少しだけ口元を緩めた。
恒一は思わず息を呑む。言われてみれば、その通りだった。
あの視界に広がったものは、何一つ知らないことを唐突に知ったわけではない。皆の話を聞き、自分で考え、その結果行き着いた答えが"見える形"になっていただけなのだ。
「指示書や、設計図みたいなもの……?」
恒一が呟く。
「近い」
オルビスは頷いた。
「頭の中で完成した設計図を、お前自身が強く思い描いた。その"完成した形"へ、アステルの共鳴が触れた――仮説だが、な」
三人の間に、しばしの沈黙が落ちる。
誰も断言はできない。
それでも今ある情報を並べるなら、その仮説が最も自然だった。
やがてアステルが、ぽりぽりと頬を掻きながら言った。
「……つまり俺、コーイチの頭の中の設計図に共鳴したってこと?」
「そう考えるのが、一番辻褄は合う」
「そんなことある?」
「俺も初めて聞いた」
兄弟は顔を見合わせる。
そして、ほぼ同時に恒一へ視線を向けた。
その目は、不思議そうでもあり、どこか嬉しそうでもあった。
また一つ。
誰も知らなかった"可能性"を、三人で見つけてしまったのだから。
「……ていうか」
しばらく考え込んでいたアステルが、不意に顔を上げた。
「コーイチさ」
「ん?」
「最初に適正スキル、見たんだろ?」
「ああ」
王城へ召喚された直後。
あの水晶へ手を置き、自分は【工作】という適正を授かった。だから木工の仕事にも、不思議と納得できていたのだ。
「でも、それに無かったものが、今は見えてきてる」
アステルは腕を組み、小さく首を傾げる。
「……それってさ。スキル自体が、変化なり何なりしてるってことじゃないか?」
その一言に、恒一は思わず目を瞬かせた。
「変化?」
「冒険者界隈じゃ、スキルってそこそこ知られてる話なんだ」
アステルは説明を続ける。
「魔導師なら魔法の種類や属性の適正。戦士系なら剣とか槍とかの自分に向いてる武器や、剣士なのか格闘家なのかみたいな職種だな。そういうのは、ギルドの適正判断用の水晶である程度分かるよ」
「そうなのか」
恒一は初めて聞く話だった。
「俺達も昔、冒険者登録する時に一応見てもらってる。俺の場合なら、剣とか魔法の適正が出てた」
「もっとも」
隣のオルビスが静かに補足する。
「共鳴や残響は表示されない。俺達にとっては、あれは体質のようなものだからな」
「うん、だから水晶に出るのは、あくまで一般的な適正だけ」
恒一はなるほど、と頷いた。双子の能力は、スキルとは別物なのだ。
「元々持っていた適性が、それを磨くことで後から開花するパターンはよくある。先日の勇者達のようにな」
恒一の脳裏へ、大和達の姿が浮かぶ。
召喚された高校生達も、最初から戦えたわけではない。今は訓練を重ね、経験を積み、少しずつ力を伸ばしている段階。それは自然な成長だ。
「だが……」
そこまで言うと、オルビスは静かに首を横へ振った。
「スキルそのものの性質が変化するなど、聞いたことが無い」
沈黙が落ちる。
アステルも腕を組んだまま唸った。
「例えば……剣の鍛練してたら敵の動きが読めるようになりました、とか。頑張って使いまくってたら火魔法が更に上手くなった、とか。……そういう話なら聞くんだけどなぁ」
「【剣】が【槍】になりました、【火魔法】が急に【水魔法】になりました、等という話は知らん」
「それは確かに別物だな」
「だろ? だから余計に気になるんだよ」
オルビスはゆっくりと紅茶を飲み干す。
カップを静かにソーサーへ戻すと、恒一へ視線を向けた。
「確認する方法は、一つある」
「……ギルドか」
アステルがすぐに察したように言う。
「コーイチが触れたのと同じ、適正判断の水晶」
「ああ」
オルビスは頷く。
「もう一度、見てもらうべきだろう」
その一言で、三人の考えは一致した。
今起きている変化が何なのか。まずは、それを確かめる必要がある。
「ただ……」
アステルが空になったカップへ紅茶のおかわりを注ぎながら、ぽつりと呟いた。
「これはもう、本当に勘でしかないんだけどな」
湯気の立つカップを眺めながら、小さく首を傾げる。
「コーイチのスキルさ」
「うん」
「まだ完全に"変わった"ってところまでは行ってない気がする」
恒一とオルビスが同時にアステルを見る。
「変わってない?」
「いや、変わり始めてるというか?」
アステルは少し困ったように笑った。
「上手く言えないんだけど。何か……途中なんだ」
言葉を探すように指先でカップの縁をなぞる。
「本当に勘だから、適正判断してみないと何とも言えない。でも」
小さく息を吐く。
「まだ"完成"じゃない気がするんだよ」
恒一は首を傾げた。
「完成じゃない?」
「うん」
アステルは何度も頷く。
「例えば芽が出る前とか、あと少しで殻を破る、とか。そんな感じ? だから今は『変わった』じゃなくて『変わりかけてる』ところ」
自分でも説明しづらいらしく、苦笑いを浮かべる。
だが、続く言葉は迷いなく口にした。
「あと一歩、そこまで来てる」
静かな店内で、その言葉だけが不思議とはっきり響いた気がした。
オルビスはしばらく考え込んでいたが、やがて静かに頷く。
「……確かに。俺も同じ印象だ」
恒一は顔を上げる。
「コーイチの話を聞く限り、スキルは既に変化を始めていると見て良い。だが、まだ決定的な何かが足りない」
ふと、自分の掌を見つめた。
――【工作】。
その力は確かに変わり始めている。
けれど、それが何へ向かっているのかまでは、自分にも分からない。
「なら」
アステルがぱん、と両手を合わせる。
「今すぐギルド行っても、多分まだ何も変わってないと思うぞ」
「え?」
「だって"あと一歩"だからな」
あっけらかんと言う。
「今見ても【工作】のままか、何か引っ掛かる程度じゃないかな。……だからさ」
そう言って明るく笑い掛ける。
「保管庫、ちゃんと直そう」
目の前にある課題。皆が協力してやろうとしていること。
「最後までやって」
「ガロンさんが笑って」
「『良かった』って思えた時」
「その時、本当に変わる気がする」
アステル自身が言うように、根拠はない。理屈でもない。それでも、その言葉には不思議な説得力があった。
共鳴の力を持つ彼の"勘"は、これまで何度も人を助けてきたのだから。
「……そうだな」
恒一は小さく笑った。
「今は考えても答えは出ないし、まずは目の前の目標だな」
カップへ残っていた紅茶を飲み干す。
「今やれることを、しっかりやろう」
その言葉に、オルビスも静かに頷く。
「結果を見てからでも遅くはない」
少し重かった空気が、ふっと和らぐ。アステルも安心したように笑った。
「よし、じゃあ明日から改装準備だな」
「そうだな」
恒一も自然と笑みを返す。
皆で考え、皆で作る。
その方が、きっと良いものになる。
そんなことを考えながら、ふと口をついて出た。
「いっそ、扇風機でもあればもっと良いんだけどなぁ」
「センプーキ?」
アステルが首を傾げる。
オルビスも聞き慣れない言葉だったらしく、静かに恒一を見る。
「ああ」
恒一は苦笑した。
「俺の故郷には魔法は無いけど、『電気』とか『科学』っていう技術があってさ」
二人は興味深そうに耳を傾ける。
「扇風機っていうのは、丸く並べた羽根をぐるぐる回して風を起こす道具なんだ」
「羽根を回す?」
「そう」
恒一は指先で円を描きながら説明する。
「風を送るためだけの機械だよ。夏なんかは結構お世話になったなぁ」
「……風」
アステルがぽつりと呟く。
そのまま人差し指を顎へ当て、小さく考え込んだ。
「それ」
一拍置いて顔を上げる。
「魔石で出来ないか?」
「……魔石?」
恒一は思わず聞き返した。
また知らない単語だった。
けれど。
そろそろ恒一にも解ってきた。アステルがこういう顔をする時は、大抵ろくでもない──いや、とんでもなく面白い話になる、と。




