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勇者召喚に巻き込まれた一般人です。~世界最強かもしれない冒険者パーティーと出会った結果、普通が何なのか分からなくなりました~  作者: 天晴


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23/30

23.リフォームのご相談を承りました。

 午後の仕事は、いつもより少しだけ早く切り上げることになった。

 ダンが「今日はここまでだ」と声を掛けると、職人達も事情を知っているだけに「いってらっしゃい」と気軽に送り出してくれる。

 工房の隅では、昼食の後ものんびり過ごしていた双子が立ち上がった。

「終わった?」

 アステルが椅子の背にもたれたまま尋ねる。

「ああ。待たせたな」

「全然」

 そう言って伸びを一つ。待ちくたびれた様子など微塵もない。隣では、オルビスが閉じていた本を静かに鞄へしまった。

「では、参りましょうか」

 工房の仕事を見学していたシンも立ち上がる。昼食の席では終始興奮気味だった彼だが、今は一人の職人として落ち着いた表情を見せていた。

「ヤーパンの知恵が、少しでもお役に立てば良いのですが」

「俺も楽しみです。皆で見れば、一人じゃ気付けないことも見えてきそうですし」

「その意気だ」

 ダンが豪快に笑い、工房の扉を開けた。


 幸い雨はすっかり小降りになっていた。

 空を覆っていた厚い雲も少しずつ薄くなり、西の空には淡い光が差し始めている。

 王都の街路は雨上がり特有の静けさに包まれ、昼間ほどの人通りはないものの、買い物帰りの主婦や荷車を引く商人達が行き交い、それぞれ足早に家路を急いでいた。

 濡れた石畳を踏みしめながら、やがて一行はガロンの店へ辿り着く。丁度店先で箒を手に掃き掃除をしていた彼は、こちらに気付くとすぐに穏やかな笑顔を浮かべた。

「皆さん、お待ちしておりました」

 そう言って箒を壁へ立て掛けると、恒一達を店の裏手へと案内する。

「では、よろしくお願いいたします」

 いよいよ、小さな職人会議が始まろうとしていた。


 店の裏手へ回ると、工房の出入口から少し離れて石造りの保管庫が建っていた。

 雨を避ける為か、屋根は深く張り出し、入口の前には小さな軒が設けられている。

「こちらです」

 ガロンが重たい木戸を開くと、ひんやりとした空気が、ゆっくりと流れ出てきた。

 中には小麦粉の袋や干した木の実、保存用の塩、樽に詰められた食材などが整然と並んでいる。よく整理された倉庫だった。

「やっぱり、とても綺麗に使われてますね」

 恒一が思わず漏らす。

「毎日掃除だけは欠かしませんからね」

 ガロンは少し照れくさそうに笑った。

 一行はゆっくりと倉庫の中へ足を踏み入れる。

 頑丈に組まれた石壁に、しっかりとした床板。壁にそって並べられた棚と、高い位置に小さな窓が二つ。

 ――そして、鼻をくすぐる、少し湿った空気。

 梅雨時の倉庫。古い物置。閉め切った納屋。

 そんな記憶が自然と蘇る。

「南向きですね」

 シンが入り口を見上げた。

「工房と少し距離がありますし、日当たりは悪くありません。ただ……」

 彼は壁際へ歩き、そっと手を当ててしゃがんだ。

「やはり、雨で濡れた地面の湿気が上がってきて、それが床の近くに留まっている感じがありますね」

「木材置き場でも下は浮かせる事が多いな。地べたへ直置きすると、余計な湿気を吸っちまう」

「ええ、イネの保存も同じです。それから、物を壁へぴったり付けないようにもしますね。少しでも風の通り道を残すんです」

「壁が呼吸できるように、と言った所か」

 オルビスが静かに呟くと、嬉しそうに答える。

「ええ、その表現が一番近いですね。特にヤーパンは土壁が多いですから、正に壁が湿気を適度に吸って吐いてくれるような造りになっています」

 土壁に、高床式の倉。日本でも似たような話を聞いたことがあった。

 特別な技術でも、魔法でもない。けれど、何世代にも渡って受け継がれてきた知恵や工夫だからこそ、今なお役に立つ。

 食べ物をより長く、より良い状態で保存したい。世界が変わろうとも、人の願いは同じなのだろう。

 そうして皆の話を聞きながら、恒一はもう一度ゆっくりと保管庫を見回した。

 ――どうすれば良くなる?

 ――何を変えれば良い?

 ――どこに何を、どう使う?

 木材と同じだ。ただ見るだけではなく、どこを見るべきなのか。

(――考えろ)

 今見えているものの、その先。もう少しで分かりそうな気がしていた。

「倉庫そのものを建て直す必要はなさそうだな」

 ひと通り内部を見回したダンが、石壁を軽く叩いた。

「造りはしっかりしてる。雨漏りもねぇし、石の傷みも大したことはない」

「ええ。倉庫自体は、先代の頃から使っているものですが、夏でも中は涼しいですし、雨の少ない時期なら問題はないんですよ」

「なら、湿気がこもるこの時期だけ何とかすればいいわけですね……」

 恒一は二つある小窓を交互に見上げた。

 どちらも壁の高い位置に設けられている。明かりを取り入れる役割は果たしているものの、同じ壁に間をあけて二つ。空気の流れを作るには、位置が近すぎるように思えた。

「可能なら、窓を増やすのはどうでしょう」

 窓を指差し、その指を対角線上に滑らせる。

「出来れば今の窓とは反対側に、風が通り抜けやすいように」

 その言葉に、シンが振り向き頷いた。

「ヤーパンの倉でも、風の入口と出口を離して設けることが良くあります。同じ側にだけ開けても、奥の空気まではなかなか動きませんから」

「向こう側にも、か」

 ダンが反対側の壁を見つめる。

「石を抜いて枠を入れるとなると、石工にも見てもらう必要があるな。だが、出来なくはねぇ」

 ガロンは窓と壁の位置を見比べた。

「しかし、下の方の空気はどうでしょう。窓はどちらも高い場所にありますし……」

「そこなんですよね」

 恒一も床付近へ視線を落とした。

 湿った空気は必ず下へ溜まる、という単純な話ではない。けれど、棚や粉袋に遮られ、床際の空気がほとんど動いていないことは見て取れた。

「木戸の下の方へ、空気穴を付けるのはどうだ?」

 アステルが入口へ振り返った。

「雨が入らない形なら、開けっ放しにしなくても風が通るだろ?ついでに窓からの空気もちょっとは抜けそうだ」

「鎧戸のような形にすればいけるな」

 ダンが木戸の下部を確かめる。

「斜めの板を重ねて、外からの雨は防ぎながら隙間を作る。内側には虫除けの網か何か付けるか」

「あ、俺の故郷にもそういうのがありましたよ。網戸って言って、窓の内側にもうひとつ目の細かい網を張った戸を付けて、虫を防ぎながら窓を開けられるようにしていたんです」

「それは使えそうだな。というかそれ、普通に窓にも使えるんじゃねえか?」

 ダンは早くも木戸へ必要な寸法を思い描いているらしい。指で幅を測るような仕草をしながら、恒一の言葉に低く唸った。

「あ、ついでにまた何か新商品出来そう」

「面白そうだが、まずはこっちに集中だな」

 アステルが笑いながら、また話が広がりそうな事をさらりと言う。流石に脱線はしなかったものの、しっかり食い付いた親方を見る限り、これは後々また赤樫亭が賑やかになりそうだ。

 そんな様子に苦笑しながら、恒一は壁際に並ぶ棚へ近付いた。

「棚は作り直した方が良さそうですよね」

 棚板は厚く頑丈だが、それ故に空気の抜け道も少なそうだった。置き位置も壁へほとんど隙間なく寄せられている。さらに一部の粉袋は棚へ収まりきらず、床へ直接置かれていた。

「壁から少し離して、背面にも風が通るようにする。それと、棚板を一枚板じゃなくて、隙間のある形にすれば……」

「簀の子だな」

 ダンが即座に応じる。

「細い板を間隔を空けて渡す。それなら下からも風が通る」

「はい。ただ、小麦粉は重いですから、強度が――」

「横桟を増やす他に縦桟と、棚の間に支柱を増やしゃいい。背面も塞がずにその形にした方が良いだろうな。足も四隅だけじゃなく、中央へ何本か通す。板の間隔を広くしすぎなければ袋も沈まねぇだろう」

「壁との間は、これくらいでしょうか」

 ガロンが両手で幅を示す。

「いや、もう少し欲しいですね」

 シンも棚の後ろを覗き込んだ。

「ヤーパンの倉では、掃除のためにも人の腕が入る程度の隙間を空けることがあります。埃や虫が溜まれば、別の問題になりますから」

「ふむ、確かに」

 次々と意見が飛び交う。

 誰かが一つ提案すれば、別の誰かが問題点を指摘し、さらに別の知識がそれを補う。

 恒一はその会話を聞きながら、倉庫の中央へ立っていた。


 そしてその時――再び、あの感覚が訪れた。


 周囲の声が、遠ざかったわけではない。

 ダン達の姿も、棚も、粉袋も、確かにそこにある。

 けれど意識の中から余計なものだけが薄れ、代わりに倉庫の形が異様なほど鮮明になっていく。


 石壁の厚み。

 現在の窓の位置。

 木戸の向き。

 棚の高さと奥行き。

 積み上げられた袋が遮っている空間。


 先ほどまでは、ただ目に映るものだった。

 それが今は、一つ一つ意味を持った情報として頭の中へ収まっていく。

(風の流れはどうなる?)

 今ある窓から入った風を、倉庫全体へ巡らせる。

 新しい窓と、木戸の下部へ付ける通気口。

 窓から入った空気が棚の下を通り、壁際へ抜ける。逆に、暖まった空気は上へと昇る。

(棚は簀の子状に。けど、粉袋の重さに耐えられる強度は要る……)

 板の幅に、隙間の間隔。

 支えとなる横桟と、中央の脚。

 考えるたび、その内容を見えない空中へ書き留めていくような感覚があった。

 知識が勝手に湧いてくるわけではない。

 都合の良い答えも出てこない。

 恒一が知っていること、この世界へ来てから覚えたこと、そしてたった今ダンやシン達から教わったこと。その全てが頭の中で組み直され、何度も確かめられていく。

(ここから入って――棚の下を通る。壁沿いを抜けて、反対側の窓から出る。暖かい時期は逆に……)

 視線を何度も行き来させながら考えを巡らせる。


 ――その時だった。


「――あ……」


 視界の中。恒一が「ここだ」と考えた場所に、淡い青白い線が浮かび上がった。

 木戸の下部。

 棚の足元。

 壁と棚の間。

 そして、対角線上に設ける新しい窓。

 細い光の筋が、それらを緩やかに結び、あるいは形を成していた。要所要所には走り書きのように文字も浮かんでいる。

 けれど、知らない言葉や新しい知識が記されているわけではない。

 自分が考えた寸法、必要だと思った隙間。風が通ると予想した方向。頭の中で導き出したものが、見落とさないよう整理されているだけだった。

 ただそれは、不思議なほど確信を伴っていた。

 少なくとも、この考え方は間違っていない。

 そのまま全てが成功するとは限らない。実際に手を入れれば、修正すべき箇所も新たに出るだろう。


 それでも、今進むべき方向はこうだ、これで良い、と。


 ――これが、自分の【工作】なのだと――初めて明確に、そう思った。


 少し離れた場所にいたアステルが、ふと顔を向けた。

「……コーイチ?」

 呼び掛けられても、恒一はすぐには返事ができなかった。視界に浮かぶ青白い線を追うだけで精一杯だったからだ。

 今まで聞いて、学んで、考え続けたそれは、ばらばらに存在しているわけではない。

 一つの流れとして、確かに繋がっている。


 分かる。

 今なら、どこをどう直すべきなのかが。

 それは同時に、不思議な高揚を沸き起こしていた。


「コーイチ」

 今度は、すぐ近くから声がした。

 はっと気付けばアステルが隣に立ち、心配そうに恒一の顔を覗き込んでいる。

「大丈夫か?」

「ああ……いや」

 体調が悪いわけではない。むしろ、頭の中は不思議なほど澄んでいる。

 ただ、この感覚をどう説明すればいいのかが分からなかった。

「少し……見え方が変わったというか」

「見え方?」

「うん……」

 曖昧な答えにも、アステルは急かすことなく頷いた。それから何も言わず、ただ恒一と同じように、ゆっくりと倉庫の中へ視線を巡らせる。

 

――空色の瞳が、緩やかに細められた――その瞬間。


 ふわりと、自分を取り巻く空気が変わった。

(――何、だ……?)

 何かが繋がった――漠然と、そんな気がした。

 触れられたわけではない。それなのに、そっと手を取られたような感覚がある。

 言葉へ出来ずにいたものを、誰かがこちら側から覗き込んだような。

 けれど、不快ではなかった。むしろ、散らばりかけていた思考を支えてもらったような、奇妙な安心感がある。

 アステルが一歩、倉庫の奥へ進む。

 まず手前側の棚を見上げ、それから奥の角へ歩いていく。

「手前の棚の上と……」

 独り言のように呟きながら、天井近くへ視線を向ける。

「あと、ここの下だな?」

 コン、と柱を小さく拳で叩いた。

「――ああ」

 恒一は驚きに目を見開いた。

 そこは今まさに、もう一つ追加の換気窓を設けるべきだ、と考えていた場所だった。

 まだ口には出していない。視線さえ、露骨には向けていなかったはずだ。

 恒一の中でだけ描いていた位置を、アステルは迷いなく指し示してみせたのだ。

「何で分かった?」

「――何となく、だよ」

 ほんの僅かな間を置き、アステルは笑った。


 いつもの人懐っこい笑顔。

 けれど、どこか少しだけ違う。

 誤魔化そうとしているというよりも、今ここでは言えない……そう伝えているように見えた。

 同時に、恒一が気付くのは当然覚悟の上だ、とも。

 だから、今はそれ以上追及しなかった。先日の山道で、大和達に詳細を伏せた時と同じだ。

 大っぴらに話せない事情がある。ただ、それだけなのだろう。


「そこへ窓を増やすのか?」

 二人のやり取りを見ていたダンが、柱の位置を確かめながら尋ねた。

「あ、はい」

 恒一は気持ちを切り替えると、もう一度倉庫全体を見回した。誰かと会話していても、青白い線は相変わらず走っている。

「今ある窓から一番離れた、この位置がいいと思います。真向かいじゃなくて少しずらして、斜めに空気が流れるようにするんです」

「上にも窓を増やすのでしたよね?交差するように流す、という事ですか?」

 シンの問い掛けに、頷きつつ補足も入れる。

「季節や気温、そして勿論湿度で、空気の流れは変わってきます。大体は上の対角線の窓と木戸の下の換気口で抜けると思いますが、奥の角はどうしても流れが鈍くなる」

 口に出して説明すると、視界の青白い線がさらに明確になった。

 今度は、ただの光ではない。自分が考えた風の流れと、目の前の倉庫の構造が重なっている。

「なるほどな」

 ダンが床へしゃがみ込み、棚の脚を軽く叩く。

「なら、棚はもう少し高くした方がいい。下へ風を通すなら、今の高さじゃ足りねぇ」

「袋の重さに耐えられますか?」

 ガロンが心配そうに尋ねる。

「その為に支えを増やすんだ。縦の脚だけじゃなく、横木を渡して荷重を分散させりゃ良い」

「棚板は簀の子状にするのでしたね」

 シンもしゃがみ込み、板の間隔を指で示した。

「隙間を広げすぎると袋が沈みますし、強度も落ちます。板を細くしすぎず、間隔も指二本分ほどに抑えた方が良いかもしれません」

「それくらいなら、風も抜けそうだな。壁からも掃除が出来る隙間は取るんだろ?」

「袋の置き場所も分けた方がいいですね」

 恒一は視界に浮かぶ線を追いながら、棚の位置を指した。

「頻繁に使う小麦粉は、基本的に入口に近い方へ。ただし通気口の正面は避ける。乾いた日には戸を開けて風を通せるよう、中央の通路も塞がないようにする」

「使う順番をきちんと決めて、置き場そのものを固定した方が良さそうでしょうか?」

「そうですね……古いものから使えるように、入れる側と出す側の棚をはっきり分けられればいいですけど……」

「そこまでは広さが足りねぇな。それに新しい分が入る度に動かすのは面倒だろ?」

 ダンが即座に現実的な判断を返した。短い距離であっても、重い袋を毎回動かすのは困難だ。

「だが、棚ごとに印を付ける程度なら出来る。仕入れた日を札へ書いて吊るせるようにすれば、古い袋も分かるだろ」

「そうですね、それならすぐに出来ます」

 ガロンの声が少し明るくなった。

 一つの案へ、別の職人が知恵を足す。問題があれば、また別の誰かが補う。

 そうして話し合うたびに、恒一の中で倉庫の姿が少しずつ変わっていく。

 何もないところから答えを与えられているのではない。皆の知識と経験を受け取り、使える形へ並べ直している。


 やがて青白い線は、倉庫全体を巡る一つの形となった。


――それはまるで、ひとつの設計図。


「……これなら」

 恒一は小さく息を吐く。

「大掛かりな建て直しをしなくても、かなり改善できると思います」

 その言葉に、ガロンは倉庫を見回した。長年使い続け、棚の位置も、窓も、木戸も、全部見慣れているはずの場所。

 けれど今は彼にも、全く違うものに見えているのだろう。

「不思議ですね」

 静かに呟く。

「今まで何度もここへ入っていたのに、一度気付くと……どうして見落としていたのかと思うほど、よく見える」

「そういうもんだ」

 ダンが立ち上がり、服に付いた埃を払った。

「毎日使う場所ほど、慣れちまう。だからこうやって他所の奴の目が役に立つんだ。うちもコーイチが来てから変えた所もあるしな」

 そう言って恒一を見やる。その眼差しは満足げで、恒一も少し嬉しくなって微笑んだ。

「今日は皆さんに来ていただいて、正解でした」

 ガロンはそう言って、深く頭を下げた。

「是非、頂いた助言を元にして手直してみたいと思います」

 その声には、これまで抱えていた悩みがようやく動き出した、確かな手応えが滲んでいた。


◇◇◇


そこからは、話が早かった。

「窓は石工に頼みます」

 ガロンが真っ先に口を開く。

「昔から付き合いのある職人がいますので、寸法さえ決まれば相談できるでしょう」

「木戸と棚なら俺達でやれるな。通気口付きの木戸も、簀の子棚も、木工の仕事だ」

「ええ、後程正式に見積りと依頼をお願いいたします」

「袋の並べ方や湿気の溜まりやすい季節の管理については、ヤーパンのやり方も多少なりとも参考にしていただけるかと」

「おお、助かります。それは是非お聞かせ願いたい」

 ダンやシンの力強い言葉に、ガロンは心から安堵したように微笑んだ。

 ほんの一時間ほど前まで、一人で頭を抱えていた問題だった。それが今では、それぞれの職人が自分の得意分野を持ち寄り、一つずつ形になろうとしている。

 恒一はその光景を見つめながら、小さく息を吐いた。

「何とか、なりそうですね」

「ああ」

 ダンは大きく頷いて見せた。

「一人で考えるより、ずっと早ぇ」

 その言葉に、思わず笑う。確かにそうだった。

 自分一人では、木戸の加工方法までは分からないし、棚の強度も計算できない。

 ヤーパンの保存方法もこんなに詳しく知らなかった。

 皆が知っていることを持ち寄ったからこそ、ようやく形になったのだ。


「じゃあ、俺達は工房へ戻って準備だな」

「はい」

 一通り話がまとまったところで、一行は保管庫を後にした。店先まで戻ると、小雨はすっかり止み、雲の切れ間から夕日が顔を覗かせている。

 濡れた石畳が橙色に輝き、雨上がりの街はどこか穏やかな空気に包まれていた。

「皆さん、本当にありがとうございました」

 ガロンは改めて深々と頭を下げる。

「お礼を言うのはまだ早いですよ」

 恒一は少し照れ臭そうに笑う。

「ちゃんと直って、湿気が改善して、それで初めて成功ですから」

「それでもですよ」

 ガロンは笑って顔を上げる。その表情には、先ほどまでの曇りはなかった。

「一人では、どうにもならないと思っていました。でも」

 少しだけ視線を保管庫へ向ける。

「皆さんが来てくださって、『やれることはまだある』と分かりました。こうして気持ちが切り替わっただけでも随分楽になりましたよ」

 その笑顔は、どこか肩の荷が下りたように晴れやかだった。

「また様子を見に来ます。」

「ええ、是非とも」

 そうして互いに手を振り、一行はパン屋を後にした。

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