20.職人というもの・商人というもの
工房の奥から、事情を聞いたらしいハンナの声が響いてきた。
「また面白そうなことを始めるんだねぇ!」
どうやら許可は下りたらしい。むしろ、声の調子からして、かなり乗り気であるようだ。
「あの……私も拝見してよろしいでしょうか」
シンがそわそわと奥を気にしながら尋ねた。
「精米というものが、実際にどう行われるのか。料理人として、ぜひこの目で見ておきたいのです」
「ああ、構わねぇよ」
ダンは快く頷いたが、恒一はすぐに釘を刺しておく。
「ただ、本当に魔法でやるのは真似はしない方がいいと思いますよ。アステルは簡単そうにやりますけど、さっき聞いた通り、相当細かい魔力操作が必要らしいので……」
「承知しています」
返事は真剣だった。けれど、その目は明らかに未知への興味に輝いている。
ハロルドもまた、商人らしい興味深そうな視線を奥へ向けていた。
「逆にそのような高度な魔法を扱える方などなかなか居ないでしょうから、それを見るだけでも価値はありそうですね。それに、魔法を使わない方法を考えるにしても、まずは経過観察と完成した状態を知る必要がありますから」
「そうですね。削る前と後で、どの程度変わるのかは見ておいた方がいいと思います」
そんな話をしながら一同が台所へ移動すると、アステルは既に外套を脱ぎ、腕まくりをしていた。
大きな袋から必要な分だけヤーパンライスを取り出し、浅い木皿へ広げている。
「これくらい?」
「もう少し多くてもいいかな。今日は人数がいるし」
「じゃあ、こんなもんか」
先日の炊飯実験が大体四合程度だったろうか。今回は更に二合ほど足して、アステルは木皿の上へ片手をかざした。
「始めるぞ」
淡い金色の魔力光がふわりと周囲に浮かぶ。それに沿うように風が皿の上を包み込み、僅かに粒を巻き上げる。
吹き飛ばすほど強くはない。けれど確かに一粒一粒の表面を満遍なく撫でるような細かな風が、ヤーパンライスの間を巡っていく。
やがて、薄茶色の粉がさらさらと分かれ、皿の端へ集まり始めた。
「おお……!」
シンが思わず身を乗り出す。
「本当に、表面だけが削れている……!」
「風の強さがほとんど変わっていませんね」
ハロルドも目を細め、食い入るように見つめている。
ほんの僅かでも力が強すぎれば、風の刃に負けて欠けるか割れてしまうだろう。だというのに、アステルは何でもない顔で、全ての粒へ均等に風を当て続けていた。
しばらくして、風が止む。皿の中には、恒一にとって見慣れた白い米が残されていた。
「こんなもんかな?」
「うん、バッチリだよ。ありがとう」
シンはしばらく言葉もなく米粒を見つめていたが、やがて恐る恐る一粒を摘まみ上げた。
「これが……白米」
「ええ、完全に精米したイネです」
恒一が補足すると、シンは指先の米を光へ透かすように眺めた。
「籾殻を取った時とは違う。表面の色だけでなく、手触りまで滑らかになっていますね」
「削った部分は糠って言って、そっちも使い道はあるんですけど……それはまた別の話ですね」
「削ったものまで利用できるのですか?」
案の定、シンが素早く食い付いた。
「できますけど、今日はまずご飯を炊いてみましょう」
日本人にとって古よりご飯の友である『漬物』がふと頭を過るが、これ以上話を広げれば昼食どころではなくなりそうだったので自重する。少し苦笑しながら、精米したばかりの米を受け取った。
白くなった米を水で丁寧に洗い、鍋へ移す。分量を見ながら水を加えたところで、恒一は壁際の時計へ目を向けた。
「すぐ火にかけるわけではないのですね」
ハロルドが尋ねる。
「少し水に浸しておいた方がいいんです。米の中まで水を吸わせると、炊き上がりがふっくらするので」
「これは粥でも同じですね。ヤーパンライスは固く乾燥していますから、そのままだと芯が残ったり、加熱に時間がかかりすぎるのです」
「なるほど……調理前の下ごしらえというわけですね」
「浸す時間と、火にかける時間。それから蒸らす時間もあるので、小一時間は見ておいた方がいいですね」
「一時間……」
その言葉を聞いた途端、工房の職人の一人の腹が、ぐう、と正直な音を立てた。
一瞬の沈黙のあと、台所に笑いが広がる。
「流石にそれまで何も食わねぇってのは辛いな」
ダンが豪快に笑うと、ハンナが待っていましたとばかりに腰へ手を当てた。
「だから、先に軽く食べちまおうじゃないか。ガロンさんがせっかくパンを持ってきてくれたんだ。スープくらいなら、すぐ用意できるよ」
「そうですね、折角焼きたてを差し入れてくださった訳ですし。すみません、ハンナさん。お願いしてもいいですか?」
「何を今さら。客が増えたところで、皿が何枚か増えるだけさ」
恒一に向かってハンナは快活に笑い、早速鍋を火へ掛け始めた。
ガロンが持ってきた包みを開けば、大小様々なパンが姿を現す。表面を香ばしく焼いた丸パンや、木の実を練り込んだもの、薄く切った干し肉を挟んで焼き上げたものまで入っていた。
「これは見事ですね」
ハロルドが感心したように呟く。
「ガロンさんの店は、この辺りでも評判だそうですから」
恒一が答えると、シンも一つ手に取って焼き色を確かめた。
「ふっくらとしてきめも細かく、生地の状態にもさぞ気を配っているのだろう事が分かる。腕の確かな職人であられるのでしょうな」
「はは、同じ食に関する職人にそう言っていただけると嬉しいものですな」
そう話しているうちに、ハンナが温めた野菜のスープと、薄く切ったチーズや焼いた腸詰めを卓上へ並べていく。
工房の一角に、即席の昼食の席が整った。
つい先ほどまで仕事をしていた職人達も手を止め、突然増えた客人を交えて賑やかに卓を囲んだ。
雨音を聞きながら、香ばしい焼きたてパンをちぎって口に入れれば、小麦の香りが鼻に抜けて誰もが皆微笑んだ。
その傍らでは、白米の入った鍋が静かに水を吸っている。
それを時折見つめつつ、シンが少しだけ参考用に残してあった白米を指先で摘まみじっくりと眺めていると、アステルがふと思い出したように口を開いた。
「そういや、コーイチが持ってた白米を見本にしたからさ」
「見本?」
「ああ。最初に見せてもらったやつ」
召喚された時、恒一が偶然買い物袋に入れていた米。量こそ多くはなかったが、アステルが初めて精米を試す際には、それがサンプルとして大いに役立っていた。
アステルは皿の中から一粒を摘み上げ掌に乗せ、雫のような形のその先端を指差す。
「見本通りに、この先っぽのちょっと色が違うところも取ったけど。あれも削る部分で合ってた?」
「ああ、胚芽だな。種としては発芽する時に芽になる所だよ」
恒一は頷いた。
「白米にするなら、だいたいは取る。ただ、残ってても別に食べられないわけじゃないぞ」
「そうなのか?」
「それがあると、玄米程じゃないが食感がほんの少しだけプチプチするかな。栄養もあるし、それはそれで美味しい」
「へえ」
アステルは面白そうに米粒を眺める。
「じゃあ、絶対に取らないと駄目ってわけじゃないんだな」
「うん。どこまで削るかで、味も食感も変わるんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、シンの目が一段と輝いた。
「なるほど! イネの“精米”具合で、食感が変わると!」
「そういうことですね。俺はそこまで詳しくは無かったですが、精米具合によって“5分づき”とか“7分づき”なんて段階があるそうです」
恒一が頷くと、シンは早くも頭の中で幾つもの料理を思い描いているらしい。視線を白米へ落としたまま、ぶつぶつと呟き始めた。
「なるほど、察するにイネを「突いて」精米するから“○分づき”と……。全てを白く削ったものと、胚芽を残したもの、表皮を薄く残した場合も違いが出るのか。粥にするなら、むしろ少し残した方が香りが立つ可能性も……?」
「流石、もう料理のこと考えてる。職人の顔だ」
アステルが楽しそうに笑うと、その隣ではハロルドが商人らしい鋭い表情を浮かべた。
「つまり、一口に精米といっても、削る量によって別の商品として扱える可能性があるわけですね」
「まあ、そうなりますね」
「白いものほど良い、という単純な話ではないと」
「好みや料理次第です。白米は食べやすいですけど、玄米や胚芽を残した米にも、それぞれ良さがありますから」
恒一の説明に、ハロルドは深く頷いた。
「興味深い。加工の段階を変えるだけで、同じ穀物から異なる需要を生み出せる……」
料理人は味と調理法を考え、商人は商品としての広がりを考える。
同じ話を聞いているはずなのに、二人が見ている先は少しずつ違う。その違いが、恒一には何だか面白く感じられた。
「次の機会には、ぜひ胚芽を残したものも試させていただきたい」
「もう次の話ですか」
「勿論です!」
「うむ、商会としても、比較は必要ですからな」
「商会として、ですか……」
話が確実に大きくなっている気がする。
何とも言えない顔でアステルを見ると、騒ぎの元凶たる当の本人は楽しそうに笑っていた。
「ほら、やっぱ大事になっただろ?」
「そこ、嬉しそうに言うところじゃないからな?」
と、ささやかに苦言を呈するものの、なにぶん悪意が無い上に、現時点で騒がしい以外のマイナス点が見当たらないので怒るに怒れない恒一であった。




