18.上級冒険者って凄いらしいです。
思いがけない再会だった。
――少々、激しすぎる形ではあったけれど。
「コーイチさん!」
真っ先に駆け寄ってきたのは大和だった。その後ろから玲司、美琴、ひまりも次々とやって来る。
「良かった……!」
ひまりは胸へ手を当て、大きく息をついた。
「生きてたんですね!」
「その言い方はどうなんだ?」
相変わらずの言葉選びに思わず苦笑すると、皆もつられて笑う。
召喚されてから、まだほんの一月弱。
それでも、お互いに知っている相手と再会できた安心感は思っていた以上に大きかった。
「みんなこそ無事で良かった」
恒一は四人を見回す。
大きな怪我は見当たらない。服は土埃だらけで、あちこち擦り傷もあるが、全員ちゃんと立っている。
そのことに心から安堵した。
「コーイチさんも元気そうで何よりです」
玲司が眼鏡を押し上げながら微笑む。
「王城を出たって話は聞いてたけど……」
「うん。しかしまさかこんな所で会うとは思わなかったよ」
「ほんとですよ!」
勢いの良いひまりの声に、美琴が隣で苦笑した。
「びっくりしすぎて、夢かと思いました」
「俺もだよ」
そこへ、護衛についていた騎士達も近付いてきた。隊長格の騎士が双子へ向かって深く頭を下げる。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
「礼には及ばない」
オルビスは静かに首を振る。
「近くにいただけだ」
「そうそう」
アステルも笑って続ける。
「困ってる人を見つけたら助けた。それだけだよ」
あまりにも自然に言うものだから、騎士達は一瞬返す言葉を失ってしまう。
そんな二人らしい答えに、恒一は笑みを漏らした。
「でも……」
大和は不思議そうに首を傾げた。改めて周囲の状況と人を見る。
銀髪の青年達。
巨大な魔狼。
そして恒一。
頭の中で状況を整理しようとしたものの、どうにも追いつかない。というか、それ以前の問題である。
「コーイチさん、どうしてここに?」
その問いに、双子の方を見つつ何とも説明に困りながら笑う。
「いや、それがさ。色々あって、この二人と知り合って、今日は街の外を飯食いながら散歩してたんだよ。……そしたら」
そこで一旦言葉を切り、少し肩をすくめる。
「悲鳴が聞こえて助けに来たら、まさかの皆だったってわけ」
今度は大和達四人が顔を見合わせた。
「……お互い本当に、色々あったって感じですね……」
玲司のその一言に、その場の全員が思わず笑ってしまった。
恒一は、ほんの少しだけ嘘をついた。
――悲鳴が聞こえた。
そう説明した方が、きっと自然だったからだ。
本当は多分、違う。
あの時アステルが異変を感じ取ったのは、ここから森をひとつ越えた、そのさらに先の街道。普通なら、悲鳴どころか物音ひとつ届くはずのない距離。
だから、そのことだけは、そっと伏せた。
大和達は納得したように頷いている。
その横で。アステルだけが、小さく目を見開いた。
すぐに察したのだろう。ほんの少しだけ、申し訳なさそうに笑う。
(……ありがと)
声には出さない。けれど、その表情だけで十分だった。
それに小さく笑い返す。気にするな、そんな言葉を音にせず込めて。
少し離れた場所では、オルビスがそのやり取りを静かに見ていた。何も言わず、静かに目を伏せる。
無理に聞こうとは思わなかった。
この兄弟にだって、話せないでいる事情がある。それ位はもう分かっている。
それでも構わない、と自然に思えた。
出合ってから、まだほんの半月と少し。それなのに、不思議と信じられる。
たとえ秘密の一端を晒しかけることになろうとも、それ以上に人を助けることを優先するような。そんな人達なのだと、もうわかっているから。
戦場の後始末を終える頃には、山の向こうへ傾き始めた陽が辺りを黄金色に染め始めていた。
倒れたサイクロプスは、騎士達が持参していた発煙筒によって王都へ報せが送られる。後ほど部隊と荷車を手配し、素材の回収を行うのだという。
「流石に、これだけの大物を担いで帰るわけにもいきませんからね」
隊長の騎士が苦笑する。
「魔石も素材も貴重ですが、それ以上に安全の確保が先です」
その判断を聞くと、オルビスも静かに頷いた。
「それがいい。あの群れの影響が何処に残っているか分からんからな」
必要以上に手を貸すことはしない。
今回はあくまで急遽助けに入っただけ。
その一線を、彼らは自然と守っていた。
ひと通り確認を終えると、一行は王都への帰路につく。街道を歩き始めると、先ほどまでの緊張が嘘のように空気が和らいだ。
大和達四人は、ようやく息をつく余裕ができたらしい。
「それにしても、本当に助かりました」
玲司が改めて頭を下げる。
「あと少し長引いていたら、どうなっていたか……」
「俺達も訓練の帰りだったんだけどさ」
大和が苦笑した。
「まさかあんな奴が出るなんて思わなくて。護衛の騎士さん達がいてくれたから何とかなってたけど、それでも結構ギリギリでした」
「ああ、訓練に来てたのか」
恒一が呟くと、隊長が頷いた。
「ええ。勇者様方もやはり実戦経験を積む必要がありますので。本来であれば麓の、中級程度の魔獣を相手にした、危険の少ない訓練だったのですが……」
そこで隊長は、森の向こうを振り返る。
「サイクロプスは、本来ならば山岳地帯を根城にしている筈の魔物です。上位個体が現れた為に、縄張りを広げようと群れとなって下りて来ていたのでしょう。……情けない話ではありますが、想定外でした」
その声には、自分達の判断が甘かったという悔しさも滲んでいた。
オルビスは少し考えるように空を見上げる。
「初夏へ変わる時期だから、というのもあるだろう。縄張り争いが起きても不思議ではない」
「そういうこともあるんですか?」
美琴が尋ねると、軽く頷いて答える。
「ああ、魔物も生き物だからな。季節の変わり目での餌の増減だったり、ああして強い個体が現れたりすると、生態にも変化が起きる」
「あいつらも生きている以上、人間の都合だけでは動いてくれないのさ」
アステルが続けたその言葉を、大和達は真剣な表情で受け止めた。王城で教本を読んで学ぶのと、実際に長年旅をしてきた冒険者の言葉とでは、言葉の重みがまるで違う。
しばらく歩くうちに、街道の先へ王都の城壁が見え始める。
「あ、見えてきたね!」
ひまりがほっと息をついた。
「帰ってきたな」
つられて、城壁を見上げる。
異世界へ来たばかりの頃は、ただ圧倒されるばかりだった景色。それなのに、今はどこか「帰ってきた」と思える自分がいた。
隣でアステルが、その様子を見てふっと笑う。
「こっちの暮らしも、少しずつ慣れてきた感じ?」
「……そうかもしれないな」
恒一も笑い返した。
異世界の暮らし。
木工工房での仕事。
パン屋の親子との出会い。
そして、この双子。
気が付けば、この世界には知っている顔が少しずつ増えていた。
それはきっと、見知らぬ異世界が「暮らす場所」へ変わり始めたということなのだろう。
王都へ戻ると、城門前で一行は足を止めた。大和達と騎士は、そのまま王城へ報告へ向かうらしい。
「それでは、我々はここで」
隊長の騎士が一礼する。
「改めまして、本日は本当にありがとうございました」
「皆さんも、お気を付けて」
アステルが柔らかく笑って手を振った。
騎士達が城門へ向かう中、大和達四人は少し名残惜しそうに集まる。
「そうだ、コーイチさん」
「はい?」
「今はどこに住んでるんですか?」
ひまりの問いに、恒一は親指で街の南側を指した。
「《赤樫亭》っていう木工工房。そこで住み込みで働いてるよ」
「へぇ!」
大和が目を丸くする。
「もう仕事見つけたんですか!」
「運が良かっただけだよ」
苦笑しながら肩を竦める。
「でもありがたい事に、親方も職人さん達も良い人ばっかりでさ。毎日忙しいけど、何とかやってる」
「そうだったんですね」
美琴も、ほっとしたように微笑んだ。
王城を出たと聞いた時は、皆正直心配していたのだろう。その表情を見て、やっぱり良い子達だなと思わず笑う。
「ああ、そうだ」
思い出したように口を開く。
「米、炊けるようになったぞ」
「……え?」
四人の動きがぴたりと止まる。
「米?」
「炊けるって……あのお米ですか?」
玲司が思わず聞き返した。
「そうそう。最初はお粥しかないって聞いてたんだけど、色々試したらちゃんと炊けた。というか、今朝試してきたっていうか」
その一言に、大和達の目が見る見るうちに輝き始める。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、嘘じゃない」
コーイチは笑いながら答えた。
「だから、そのうち遊びにおいで。みんなで飯でも食おう」
「「「「行きます!!」」」」
食い気味の四人の声が、見事なまでに重なった。
あまりに勢いのある返事に、恒一は一瞬押され、そして吹き出す。
「っはは! そんなに食べたい?」
「食べたいですよ!」
ひまりが即答する。
「お米なんて、もう食べられないと思ってましたもん!」
「なんなら味噌汁も作れるぞ」
何気なく続けたその一言に、四人は顔を見合わせた。
「……絶対行こ」
大和が真剣な顔で呟く。
「うん」
玲司も、美琴も、ひまりも力強く頷いた。
「それじゃ、次はもっと気合い入れて削っとかないとな~」
のんびりとアステルが言った。
「……削る?」
大和が首を傾げる。
「ん?あぁ、ヤーパンライス。コーイチ達の故郷で言う“米”だな」
アステルは当然のように答えた。
「ほら、コーイチ達の故郷だと、白いやつが主流なんだろ?」
「あー、そうだな」
一連の流れを思い出して、苦笑しながら頷く。
「昔は玄米が普通だったらしいし、今も健康に良いって言われるから食べる事もあるけど、普段は殆ど白米だな」
「だろ? なら4人が食う分も合わせた量、用意しとかないと」
「えーっと、あの」
二人の会話の間で、おずおずとひまりが手を上げた。
「今聞いた感じだと、玄米をアステルさんが削って白いお米にするってこと?」
「そういうこと」
「……どうやって?」
当然の疑問に対して、アステルはさらりと何でもないように答えた。
「風属性魔法を弱めに使って、こう……表面だけをうすーく削る感じで。最初は加減しながらやったけど、昨日やってみて何となく分かったからな。慣れれば結構早くいけそう」
その一言に、恒一は昨日の光景を思い出した。
掌の上で淡い風が粒を包み込み、薄茶色の糠だけが削れてさらさらと舞い落ちていく様子。あれは確かに見事だった。
――のだが。
「つまり、風魔法で……精米したと?」
玲司がぽつりと呟く。
「しかも薄皮一枚? そんな細かい制御を?」
「意外といけるもんだぞ?」
簡単そうに言いはするが、そうそういけるもんではない。玲司や騎士達の表情を見て、恒一も何となくそれは察した。
「普通、風魔法ってそういう使い方するものなんですか……?」
ひまりがおそるおそる騎士へ尋ねる。
だが、尋ねられた騎士も首を横へ振るしかなかった。
「いいえ、少なくとも……私は聞いたことがありませんね……」
隊長が苦笑する。
「風属性魔法は普通、風の刃で斬る、強風で吹き飛ばす、上級魔導師なら竜巻を操る……そういった魔法が主流です」
「ですよねぇ……」
魔法の使い手の三人は、一緒になって遠い目をした。
やがて、大和がゆっくりと恒一へ向き直る。
「……コーイチさん」
「うん?」
「こんな凄い人に、一体何やらせてるんですか」
「……それは俺もちょっと思った」
「でしょう!?」
「でも本人がやるって言うからさ……」
視線が一斉にアステルへ集まる。当の本人はというと。
「?」
きょとん、と首を傾げていた。
その様子を見ていた騎士達は、揃って苦笑するしかなかった。
「……やはり」
隊長が小さく肩をすくめる。
「上級冒険者というのは、我々の常識では測れないようですね」
(いや、多分……)
その言葉に、恒一は心の中でそっと呟いた。
(この双子がちょっとばかり、特殊ケースなんだと思うよ……)




