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くまさん  作者: きーぼー
8/9

婚約時代 その2

 やがて電車は駅に着いて、愛子ちゃんと良夫くんは、歩いて、愛子ちゃんの実家へと向かいました。

愛子ちゃんが、以前に住んでいた頃と、住宅街の景色はあまり変わっておらず、閑静な街並みを、良夫くんと2人で歩く彼女の胸に、懐かしい気持ちがこみ上げます。

でも、懐かしさでいっぱいになりながら、良夫くんと共に、かつての新興住宅街の並木道を歩く、愛子ちゃんは思います。

ここはもう、自分の住む場所ではないのだと。

自分はこれから、こことはまったく違う場所で生きて、そこで新しい家族を作るのだと思いました。

隣にいる、この人と一緒に。

愛子ちゃんは、隣にいる良夫くんを、じっと見つめます。

愛子ちゃんの視線に気づいた良夫くんは、彼女の顔を見つめ返して、ニッコリと笑いました。

やがて、しばらくすると、そんな二人の目に、遠くからでも良く目立つ、愛子ちゃんの実家の、赤い屋根が見えて来ました。

そして、実家の正門の前まで来たとき、愛子ちゃんは驚きました。

なんと、実家の玄関先には、お父さんをはじめとして、愛子ちゃんの家族全員が立っていました。

約束した時刻に、愛子ちゃん達を出迎えるために、彼らはわざわざ玄関の外に出て、2人が到着するのを、ずっと待っていたのです。


「パパ、ママ、たけしー」


愛子ちゃんと良夫くんは、小走りで、愛子ちゃんの家の玄関口へと、駆け寄りました。

そしてそこで、若い2人と愛子ちゃんの家族は対面して、互いに見つめ合いました。

古い世代と、新しい世代の家族がー。


「久しぶりだな。愛子」


お父さんは、懐かしい声で言いました。

お父さんは、相変わらず体が大きくて、クマみたいでしたが、今ではもう、年寄りのクマといった感じでした。


「もう、この子は長い間連絡もしないで。何なの?いきなり結婚とか」


そう言ったお母さんも、だいぶ白髪が増えて、年を取ったようでした。


「ねーちゃん。おみやげは?」


弟のたけしも、すっかり背が伸びています。

久々に家族と再会した愛子ちゃんは、意を決したかの様に一歩前に出ると、真剣な表情で、お父さん達に向き合いました。

そして、良夫くんの方をチラッと見てから、改めて、お父さんの顔を見つめ、言いました。


「お父さん、わたし、ここにいる良夫さんと結婚します。この人となら、一番幸せになれると思うから」


愛子ちゃんは、懐から小さな箱を出して、お父さんに差し出します。


「これ良かったら。わたしが、デザインしたの」


その箱の中身は、愛子ちゃんがデザインして、優ちゃんの会社で売られている、小さな鉛筆立てでした。

消しゴム入れも付いている、優れものです。

愛子ちゃんに、それを手渡されたお父さんは、鉛筆入れが入っている、小さな箱を、じっと見つめました。

すると、お父さんは、いきなりウオーッと熊のような唸り声を上げ、愛子ちゃんの方へ、突進して来ました。

そして、愛子ちゃんを、両手でギュッと、強く抱き締めます。


「よく頑張ったな、愛子!よくやった!!よくやったじゃないかっ!!結婚おめでとう・・・」


お父さんは、どうやら泣いているようでした。


「パ・・・パパ」


愛子ちゃんは、いきなりお父さんに抱きつかれ、最初はびっくりしました。

でも、お父さんの言葉を聞くと、何だか自然と涙が出て来ました。

愛子ちゃんは、ポロポロ涙をこぼして、泣きました。

泣き続けて、しまいには、お父さんにしがみついで、ワンワンと大声で泣き始めました。

お父さんも泣いています。

抱き合って泣き続ける父と娘を、他の三人は、三者三様の想いで見つめていました。

お母さんは、ハンカチで目を押さえて、涙ぐんでいました。

弟のたけしくんは、不思議そうな顔をして、鼻をほじくっています。

そして、一歩離れた場所で、もう一人のくまさんー。

良夫くんは、何だか、眩しそうに目を細め、二人の様子を眺めていたのでした。


「さぁ、こんなところで、ずっと立ってないで、家に入りましょう。お茶の用意が、出来てるわよ」


しばらくして、お母さんの号令で、愛子ちゃんとお父さんを先頭に、家族のみんなは、懐かしい我が家へと入っていきました。

もちろん、新たに家族に加わった、良夫くんも一緒です。

誰もいなくなった玄関口の庭先で、愛子ちゃんが生まれる前から植えられている、ライラックの茂みの小さな花々が、風に揺れていました。


[続く]


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