94.新たな火種?
「じゃあ悟くん、また明日ね。僕のことが恋しくなったらいつでも連絡して。あ、家に来たかったら合鍵渡すよ。一緒に住んじゃう?」
「私も一人暮らししようかしら。葉音のマンションだと必然的に三人になっちゃうし。……そのためには知名度をもっと上げる必要がありそうね」
俺の意見を聞いているようで聞いてなさそうだ。
苦笑いして誤魔化していると、それを肯定だと受け取ったのか、二人は満足そうな顔で去っていった。
「……先輩って、あの二人のこと怖くなったりしないんですか?」
「常に怖いに決まってるだろ。俺、鍛えてるんだけどさ——」
「先輩の小さい脳みそじゃないんですから知ってますよ」
「あの二人、いざという時は俺より力が強いんだよ。どういうことだと思う?」
「……火事場のナントカってやつじゃないですか?」
「火事場ってピンチみたいなことだろ? あれを火事場っていうのは……可能性はあるか」
ここで俺を逃してはいけないという気持ちが脳のリミッターを外したのかもしれない。
「俺の小さい脳みそも、リミッターが外せると思うか?」
「無理ですねっ!」
「即答かよ」
まぁ、俺も二兎の意見に同意だ。
よっぽどの危機に陥らない限り、限界を超えた力は出せそうにない。
「……じゃあ、そろそろ帰るか」
「えぇ〜、先輩もう帰るんですかぁ? 帰ってもどうせ映画観るだけですよね?」
「そうだけど……俺が映画好きって言ったっけ?」
「また脳みそのくだり、聞きたいんですかぁ?」
首を横に振る。
「そ、れ、よ、りぃ〜、私とデートしましょうよぉ」
ちょっと面倒くさいぜ!
自然と腕を組んできているところ悪いが、俺は早く帰ってチキンエンジェルの新シーズンが見たいんだ。
ここは切り抜けさせてもらう。
「あぁ、じゃあメイドカフェに行きたいかな。二兎がそれでもいいなら——」
「えっ、メイドカフェですか!? 行きます、行きましょう!」
あれ……?
俺の予想が正しければ「はぁ〜? メイドカフェとかキモいんですけど。もういいです帰ります」的な反応が来るはずだったんだが。
「はいし——勉強のために行ってみたかったんですよねぇ! 先輩もたまにはマシな場所出せるんですね?」
「あ、うん…………本当にいいのか?」
「いいも何も、可愛い女の子は正義です! 揺るがぬ事実ですよ?」
「でも、そんなこと言ってるけど二兎って葉音とか涼が好きじゃないだろ?」
それは、と言葉を濁す二兎。
「私に害のない子、限定なんですよ」
「あの二人は俺にしか害ないだろ」
「はぁ……先輩の中ではそうなんでしょうね。でも、世界って思うより広いんですよー」
年下に世の中について諭されてしまうとは。
俺だってやる時にはやるのだと、たとえば涼をナンパ男から助け出した時の活躍を、二兎にも見せてやりたい。
いや、格好つけて足挫いてたから別のにしよう。
「行くなら秋葉原か池袋ですけど……やっぱりアキバですよね」
「メイドカフェ以外にも色んなコンカフェがあるしな」
「じゃあ、早速出発しましょう! 先輩の亀の歩みじゃ暗くなっちゃいます」
「はいよ」
俺の作戦ミスが原因だが、押し切られてしまった。
仕方ない。コンカフェを楽しむとしよう。
「…………私も行きます」
「「んえ?」」
俺も二兎も、俺たちしかいないと思い込んでいた。
背後から聞こえた声に、間抜けな反応をしてしまう。
「私も行きます」
もちろん天王洲だ。
彼女は感情の読み取れない無表情で、俺たちに同行を申し込んでいる。
「どうしてですかぁ? コンカフェはお嬢様が行くところじゃありませんよー?」
二兎が食ってかかる。
よし、いいぞ二兎。俺も天王洲がついてくるのには反対だ。
俺の代わりに彼女を言い負かしてくれ。
「だいたい、天王洲先輩はメイドさんとか興味ありませんよね? 私と悟先輩は軽い気持ちで行くんじゃないんです。魂を賭けてるんですよっ!」
「家にいるメイドとの違いが気になったんです。七里ヶ浜くんに勉強を教えた見返りとして、過ぎたものではないと思いますが」
あ、なんかこれダメそうじゃない?
俺の腕を掴む二兎の力は既に強い。
「ぜ、全然過ぎたものです! 別にあなたがいなくても、悟先輩ぐらいのお馬鹿さんなら、私が教えられますから!」
「——本当に、私がいなくても大丈夫ですか?」
驚くほどスムーズに罵倒されたのはさておき、二兎はダメージを喰らったように後退する。
どこに引っかかったのかは分からないが、この戦いは二兎の負けらしい。
そして、彼女に代理を任せた以上、俺の負けでもある。
秋葉原探検に天王洲が同行することになってしまった。




