93.無限ループ
「——つまり、政治的には戦争を仕掛ける理由があったわけですね」
混沌とした勉強会になってから一時間後、図書室には天王洲の声が響いていた。
「はえ〜、だから同盟国なのに戦争が始まったわけね」
「かなりドロドロした話だな……」
「このように、世界史では出来事をただ暗記するのではなく、なぜ起こったのか、それによってどんな影響が出たのかを知ることで、心理的なハードルが下がります。……理解できましたか?」
きっかけは、隆輝が世界史の質問を二兎にしたことだった。
だが、流石の二兎も歴史に関してはカバーしきれていないようで、答えに困っていたところに俺が教科書のページを捲っていると——突如として天王洲が解説を始めたのだ。
その結果、天王洲が思いのほか教えるのが上手いということがわかり、葉音と涼は厳しい視線を向け、二兎はぐぬぬと悔しがっている。
「…………七里ヶ浜くん、どうかしましたか?」
現在進行形で敵だと思っている相手に勉強を教わるなんて、流れというのは恐ろしいものだと考えていたのだが、無意識に天王洲の方を見ていたみたいだ。
「あ、いや、なんでもない。天王洲にも社交的な部分があるんだと思って」
「………………戦いを挑まれていますか?」
まずったな。彼女に対する好感度の低さが言葉に混じってしまう。
彼女から何もされていない以上、俺から喧嘩を売るのはおかしいし誤魔化さねば。
「挑んでないよ。言い方は悪かったけど、単に驚いてたんだ」
「……では、褒め言葉として受け取っておきます。他にも聞きたいところがあれば、お答えしますけど」
あれ、思ったより平和的に解決したな。
聞きたいところか、何かあったか……。
「はいはい! じゃあ俺はこの部分が——」
「誰ですか? あなたには聞いていませんが」
「あっ、ハイ……」
隆輝は隆輝で知らないうちに何かしたのか、天王洲に嫌われているようだ。
俺が代わりに聞いてやるか。彼の開いていたページを盗み見る。
「俺が聞きたいのは、ここの——」
その時、五時を告げるチャイムが鳴った。
もうこんな時間かと思っていると、葉音と涼が立ち上がる。
「これから僕たちは仕事だから、今日はお開きにしない?」
「そうね。悟の進捗が分からなくなってしまうし、やめておきましょうか」
「……俺の進捗は?」
二人は俺たちに向けて告げ、隆輝の質問は華麗にスルーされた。
「七里ヶ浜くんには私が教えるので、どうぞお仕事に向かってくださって構いませんよ」
天王洲は二人の顔を見ることもなく、教科書に目を落としながら言った。
「これから僕たちは仕事だから、今日はお開きにしない?」
「そうね。悟の進捗が分からなくなってしまうし、やめておきましょうか」
「……俺の進捗は?」
無限ループになるやつだこれ。
前回との違いがあるとすれば、二人の目が俺を一点に見つめていること。
自分たちの言うことを聞いてくれと言っているのだ。
そうだな……このまま協力しないと、次の休みに何をされるかわかったもんじゃない。黙って聞いておこう。
「…………俺もそろそろ疲れてきた頃だし、今日は終わりにしようか」
「悟先輩の集中力のザコさには困っちゃいますけどぉ〜、やめておきましょうかー」
「おっしゃ! 今日は部活ないけど走り込みしちゃおうかな!」
二兎と隆輝も乗ってきた。
特にガタイのいい方は、二兎に何かを伝え、さらに俺の肩をポンポンと優しく叩くと、勢いよく図書室を飛び出していく。
そして、遠くから「廊下は走るな!」という声が聞こえた。
「…………そうですか」
俺たちのやる気のなさに嫌気がさしたのか、天王洲は大きくため息を吐くと、さっさと荷物をまとめ始める。
行きは遠く感じるけど帰りは早い、というやつだろう。
俺たちは光の速さで帰り支度を済ませて図書室の外へ出た。
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