92.苦渋の決断
「覆せるなら、やってみたらどうかな? 僕たちもそれ相応の抵抗はさせてもらうけど」
その「僕たち」には誰が入っているんですかね。
もちろん俺は抜けていますよね、葉音さん。
「そもそも、あなたはアイドルをされているんですよね? そんな方が勉強会なんてしていて良いのですか? 放課後の図書室で、男性がいる場所で」
「僕の仕事を弱点だと思ってるから、それは間違ってるよ。僕のファンはこんなので動じない、なにが起きても自分の人生の使い方は決まってるんだから」
人生の使い方が決まっているという言葉に、背筋に冷たいものが走ったのは、きっと俺だけだろう。
「それで、本当は何をしにきたの?」
二人はそれからもステゴロで殴り合っていたが、痺れを切らした葉音が聞く。
大抵の理由なら擦り潰してやる。そんな圧を感じる。
天王洲はわざとらしく間をとり、そして言った。
「試験勉強をしにきました」
「——なんてこった!」
叫んだのは隆輝だ。
何に驚いているのか、口を大きく開けている。
その理由はすぐに分かった。
「天王洲さんっていえば、学年一位の才女だぞ!? 一緒に勉強すれば教えてもらえるんじゃ!?」
わざとらしく言った後、二兎へ何か耳打ちしている。
「…………で…………ってことで…………」
「い、いやいや……流石に…………」
「…………チャンス…………数で……」
二人とも熱心に語っているが、絶妙に俺からでは聞こえない。
俺と隆輝を揶揄うことにかけては天下一品の二兎が、あそこまで真面目に話を聞くなんて、一帯どういう風の吹き回しなのか。
「…………はぁ。心の底から癪ですけど、せんともさんの意見も、確かに一理あると思います」
やがて、隆輝に説得されたらしい二兎が、わざとらしい素振りで両腕を広げた。
「あー雑魚先輩二人の物覚えが悪くって疲れちゃったー。巻島先輩と東堂先輩は使い物にならないしー誰か手伝ってくれる人はいないかなー」
「なっ……」
「……あなた、裏切るのね……?」
裏切るもクソもないと思うが、葉音と涼が恨めしそうな顔で二兎を睨みつける。
「よく分かりませんが、七里ヶ浜くんと……お友達の方は、勉強に行き詰まっているんですね? なら、私がお手伝いしますよ」
水面下で何かしらの戦いが繰り広げられていそうな雰囲気だが、俺にはさっぱり分からない。
なんなら、天王洲すら巻き込まれているように思えるが……気でも狂ったのか、俺たちの勉強会に加わるようだ。
「……なぁ、なぁ隆輝」
「どうしたね我が友よ」
「なにも、天王洲を入れることなかったろ。好きじゃないって知ってるだろ?」
今度は俺が耳打ちをする番になった。
「……事はそう単純じゃなくてだな……」
隆輝は両の腕をガッシリと、岩肌のように組む。
「勝たせるには、これが一番確率が高いと思ったんだよ」
「どういうことだ?」
「だが……俺はいま、気付いてしまったかもしれん」
俺の問いは無視して、隆輝は呟くように言う。
「こうしなければ勝ち目はなかった。だが、これによって、更なる試練にさらされることになるのかもしれん……」
「試練っていうのは、俺たちの試験のことか?」
「試験なんてものより、もっと高い壁だよ。俺たちが霞むほどの、な」
隆輝の巨体が霞むって、どれだけ恐ろしい壁なのか。
詳しく問いただそうとしても彼は答えないし、周りはそれどころじゃない。
天王洲に敵意をむき出しにしている葉音、同じく凍てつくような視線を向けている涼、苦渋の決断をした人間の顔をしている二兎。
そして、当の天王洲は澄ました顔で空いている席に座り——
「みなさん、なにをしているんですか? 時間は有限なので、有効的に使いませんと」
カバンから取り出した教科書を開いた。
ぱぱっと終わらせるつもりでしたが、もう2イベントぐらい思いついてしまったので、しばらく続きます。
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