88.巻島葉音の日常
「ね、ねぇ葉音ちゃん。ちょ、ちょっといいかな?」
昼休みが始まって少し。
近くの席の子たちと雑談していると、誰かから呼びかけられた。
振り返ると知らない男子の顔。
「あ、あの……と、突然ごめんね?」
この人は誰だろう。僕の脳内フォルダは彼の情報を一切出してくれない。
いくら興味がないとはいえ、さすかに同じクラスであれば顔と名前ぐらいわかる。目の前の彼は違うクラスの人だ。
「葉音ちゃんに聞きたいことがあって……」
目を泳がせて自信がなさそうな様子。
気付かれないようにため息を吐く。
「葉音ちゃんの……葉音ちゃんの家のカーテンは何色かなって、思って。あぁいや家って言っても実家の話じゃなくてその、確か葉音ちゃんって一人暮らししてたよね? そっちのカーテンなんだけど——」
今日に限って涼は仕事で学校を休んでいるし、悟くんは山室くんと学食に行ってしまっている。ツイてない。
初めて話す女の子のプライバシーを暴こうとするなんて、それがたとえカーテンの色なんていう些細なものであっても気持ちが悪い。
少し考えれば分かること。
だというのに、目の前の彼は、次の瞬間には答えが聞けると思っているかのような顔をしている。
心のままに行動していいなら、今すぐ「帰って」と言いたいところだが、僕はアイドルだ。
断る時にも好感度を上げなきゃいけない。
とはいえ……どうしようかなぁ。
「えっと……最近あんまり家に帰ってなくて、ど忘れしちゃったみたい。ごめんね?」
演技の練習だと自分を騙して、精一杯の笑顔を作る。
女の子は興味のある相手にしか家のことは教えないんだよ、と言わなかっただけ褒め——
「な、なら全然次の休みまで待つよ! もし良かったら写真も撮ってきてくれると嬉しいな!」
僕だけじゃない。一緒に話していた子たちも絶句しているのが伝わってくる。
だんだんイライラしてきた。
どうしてこういう人たちは無駄に自信があるんだろう。
仕事の人以外で僕の名前を——本当の意味で僕の名前を呼んでいい異性なんて、悟くんしかいないのに。
命をかけて僕を救ってくれた恩人と、ただ同じ学校に存在しているだけの男子が同列なはずがない。
「次の休みがいつになるか分からないから……」
「じゃあ俺が葉音ちゃんのマネージャーになってあげようか……なんちゃって」
「あのさ、巻島さん困ってるからやめてあげなよ」
「カーテンの色とかどうでも良くない?」
まったく引き下がらない男子を見かねて、友達が助け舟を出してくれる。
関係のない彼女たちを巻き込んでしまって申し訳ないし、こんな状況を悟くんに見られたくない。
悟くんは思わないと理解していても、この程度の男子にイケると思われる程度の女だと、価値が下がっているように感じられるからだ。でも——
「う……うるさいなぁ! お前らに関係ないだろ!? 俺は葉音ちゃんと話してるし、嫌じゃないからこうやって会話が続いてるんだろ!?」
男子はヒートアップして声が大きくなり、教室中の注目を集めてしまう。
このままじゃ友達も危ない。
カーテンの色でもなんでも教えて——
「——え!? それってマジなん!?」
ふいに、教室の入り口から聞き覚えのある男子の声。
続けて放たれた別の男子の声も聞き慣れて……いや、いつまでも聞いていたい声だった。
「マジらしい。最近は女子のプライバシーを探るだけでもストーカーになるんだと」
「おいおいヤベェじゃん! じゃあ気になるあの子のカーテンの色を聞くのも!?」
「余裕でアウトだろうな」
二人の男子……悟くんと山室くんは、あくまで雑談している程だ。
ほんの少しだけボリュームが大きくなっているのに気付いていないと言いたげに、窓際の席に腰を下ろす。
「ま、学校なんて証人の多いところでバカな事する奴なんていないだろうけどな」
「違いねぇわ!」
わざとらしく大笑いした二人は、そこでようやくクラス中の——僕に声をかけてきた男子も含めて——注目を集めていることを察知し、驚いてみせた。
「…………ぐぬんっ!」
男子は謎の鳴き声を発しながら早足で教室を出ていき、ゆっくりと室内に活気が戻り始める。
『悟くん、ありがとう』
こっそりMINEを送ると、すぐに返事がきた。
『なんのこと?』
口角が上がってしまう。
悟くんはいつだって僕のことを助けてくれる。
絡まれていたのが僕じゃなくたって同じ事をしただろうけど、そこも好きだ。
なんて思っていると、スマホが僕の手に振動を伝えた。
『よく分からないけど』
『今度ファミレスでハンバーグセットが食べたいな』
僕は「まかせて!」と返し、六本木のコース料理を予約した。
もしかして葉音視点って全然書いてない?ということに気づきました
評価ポイントをいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!
作品作りにご協力いただけると幸いです!




