87.愛があれば
「今作は、私が出した六冊目の本になります。まずは、日頃から良くしてくださっている西堂出版の――」
店内には人だかりができていた。
五十はくだらない人々が、おそらくトークイベントなど予想されていない店内に詰め込まれている。
その中でも一際異彩を放つ、マイクを持った男性。
声を聞かなければ女性かと思ってしまうほどの中性的で美しい顔立ち。
白髪のウルフカットでなければ高校生でも通りそうだ。
そういえば、著者紹介の欄に大学四回生だと書いてあった気がする。セラはぼんやりと思い出した。
「今回のトークイベントでは、本書の内容を更に実践的に解説していこうと思っています」
Lというペンネームの男には、人を惹きつける不思議な魅力があった。
もちろん、それは作家とは領域が違う巧みな話術であったり、別の仕事で結果を出しそうな優れた容姿など分析可能ではあるが、複合的なもの。
まったく異性に――と確信を持って言えるかは揺らいでいるところではあるが――興味がないセラが、恋愛的な意味合いではないが、話を聞いていいと思うくらいには惹かれていた。
「――というのが三章では書かれていたと思います。とはいえ、現実世界のコミュニケーションというのは常に流行を……」
話を聞き始めて十分。セラの脳内では革命とも言える変化が起き始めた。
ファンタジーだった他人とのコミュニケーション、とりわけ恋愛における認識が徐々に実体を持ちだしたのだ。
どちらも一次情報だったとしても、文書を目で追うのと熱意のある語りでは得られるものに大きな差がある。
そして二十分が経ち、講演が終わる頃、ついにセラは自らの胸中を手のひらに乗せることができた。
「それじゃあ最後に、質問がある人は手を挙げてください」
セラは半ば無意識に手を挙げていた。
Lは「そこの金髪の――」と言いかけ、セラの姿を捉えると一瞬だけ狩人の眼になったが、瞬きの間に全てを見透かした笑みに戻った。
「あの……たとえば自分に好きな相手ができたとして。その人に……と、取り返しのつかない事をしてしまっていたら、嫌われているのに今更気付いたとしたら……どうしますか?」
か細い声だったが、人々の合間をすり抜けるようにLに届いた。
彼は「なるほど」と頷いた後、片腕を支えにして、もう片方の手で顎に触れる。
「恋愛っていうのは基本的に、出会った瞬間に結果は見えてるんだよ。運命の相手に出会ってから努力を始めたところで、その人の周りには既に自分を高めている競合が何人もいる。君のセンスが余程壊滅的じゃない限りは」
遠回しに「諦めろ」と言われている。セラは目を伏せた。
「……ただ、それでも足掻きたいなら、まずは相手やライバルを徹底的に調べろ。相手の日常に入り込め。好きよりも嫌いの方が、案外簡単に崩せるんだ」
いつの間にかLの口調が変わっていた。
荒々しさが増しているが、むしろ本心からのアドバイスだと心強くなる。
「それに、他の人にはない何かしらの武器がありそうだ。それを生かすのもいいと思う」
「武器……ですか?」
「あぁ、自分が好ましいと思っていなくても、卑怯に感じても、この世は勝った者が正義だ。今から巻き返すなら手段は選べない」
セラは反応として頷いた。
岩場に初めて川が流れ出したようなものだ。
その水は冷たいのか、綺麗なのか、魚は暮らせるのか、どんなルートを描くのか。それらを確認できるのはセラしかいない。
「自分の手で掴むから青春は面白いんだ。俺は応援してるよ……まぁ、たとえばの話だけどな」
青年はそう言って口の端を吊り上げた。
・
Lのトークイベントが終わり、セラが書店を出たタイミングで、ちょうど一時間のタイムリミットがきた。
爺と落ち合い、渋谷の街並みすら霞ませるリムジンに乗り込むと、セラは思考を巡らせる。
どのように七里ヶ浜悟の情報を得るのか、自分の敵となりそうな人物は誰なのか、そもそも――なぜ彼のことが気になるのか。
いまだに事実と認識の乖離を解消しきれていない。
ただ、やる気は沸々と湧き上がってくる。
セラは怠惰なのではない。何かをしてもらう存在ではない。
興味が無いことが多すぎるだけで、道になりそうな場所を見つけ出して開拓することは得意分野だった。
図書館で悟と出会った時、セラはあの本が自分という人間を変えるキッカケになるとは思ってもいなかった。
悟もまた、あの本が自分を窮地に陥れる穴になるとは思っていなかった。
ついに4人目が動き出すぜ!
Lが今作で再登場する可能性はないと思いますが、私の作品を幅広く読んでくださっている方なら誰か分かったかもしれません。
評価ポイントををいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!
作品作りにご協力いただけると幸いです!




