86.20連ガチャ
「……やっぱり俺たちが出ていくより、警察を呼んだ方が……」
「そ、そうしよう。怖いとかじゃなくて、その方が――」
大学生くらいの男子二人が踵を返して去っていく。
だが、その視線は最後まで路地裏の光景に釘付けになっていた。
「……何度やっても結果は変わりませんね」
天王洲セラは呟く。
以前とは違い、その言葉に含まれるのは「疑問」ではなく「確信」である。
二十回。これがなんの数字であるか。
セラが裏路地で襲われているフリをした回数だ。
「………………」
前回に続いて雇った男性達も、もはやセラの意図を探るのをやめた。
バイトにしては貰える額が大きすぎるし、変に干渉すればタダでは済まないと本能が理解していたからだ。
「みなさん」
セラは男達へ振り返り、短く言った。
「これで終わりです。ご協力いただきありがとうございました」
既に瞳は男達への興味を無くしている。
彼らは、どこからともなく現れた執事に封筒を手渡され、そそくさと去っていった。
「お嬢様。気は済みましたかな」
静寂の後、初老の男性は問いかけた。
「…………まぁ、少しは」
「自ら出向かずとも、知りたいことがあれば私が確かめますぞ」
「今回は、いいの。たまには爺やに頼らないでやりたい……気分、だったの」
そうですか、と爺は笑みを浮かべた。
全てを見透かしているような優しい笑顔。
「さて、この後はどうされますかな。二十時より旦那様とご会食ですが」
「今月は私、何度断ったかしら」
「三度でございます」
セラは目を伏せた後、首を横に振った。
「今日は行く必要がありそう。一時間ほど散歩するわ」
「お一人で、ですか? この前のような事があれば――」
「次は気をつけるから。爺やに心配をかけたくないし、この辺りだけ」
マップアプリを開き、指で位置を指し示したセラ。
それを見て爺は眉を上げた。
「確かに、この辺りなら下賤な輩も少ないでしょう」
「でしょう? 私も日々、学んでいるの」
「土地勘が付きましたな。旦那様が『庶民の視座を体験させる』と言い出した時はどうなる事かと思いましたが……」
「別に、あちらに入学していても同じ事だと思うけど」
「ほっほっ、どうですかな。彼女にも聞いてみましょう」
「帰ってくる事があればね。それじゃあ、一時間後に連絡するから」
振り返らないセラの背が見えなくなるまで、爺は深く頭を下げていた。
・
渋谷の街を散歩をするとは言ってみたものの。
セラは街の「見た目」を多少知っているだけで、その中身がなんなのかは理解していない。
すれ違う人々の視線にも気付かず、外に世界に対する興味もさほど無い。
街を楽しみながら歩くというより、ただ時間を潰したり、心のざわつきを落ち着かせるための歩行だった。
「――は――――あり――――ます」
坂を少し登ったところにある書店から、マイクを通した声が聞こえてきた。若そうな男性の声だ。
誰がどんな話をしていても意に介さないつもりだった。
そのまま本屋を横切ろうとする。
「――普段はLという名前で活動しています」
足が止まった。
声の主が名乗った「L」という語に覚えがあったからだ。
先ほど、自分が図書室に返却しにいった『恋愛心理と現代の言葉選び』という本。
その作者のペンネームが「L」だったはず。
悟に助けられてから借りた本であり、一般的な人付き合いから、気になる異性との距離の縮め方まで網羅されていた。
セラにとってはほとんどの記述が別世界というか、本来なら共感を得られそうなエピソードもファンタジーに感じられたが、一方で内容そのものは極めて論理的にまとめられており、彼女も理解はできた。
自分の知りたい何かが、知るべき何かが分かるかもしれない。
そんな漠然とした気持ちでセラは足を止めた。初めてのことだった。
彼女はスマホを取り出して時刻を確認すると、書店へと入っていった。
小ネタ的な意味では、今回の話と次回はめちゃくちゃ重要です
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