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【3章開始】距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる  作者: 歩く魚
二兎芽莉彩/天王洲セラ

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85.オセロだったら「できない」

 続いて俺たちが足を踏み入れたのは世界史の世界だ。

 しかし喜ぶべきか悲しむべきか、世界史はオタクにとって数少ないホームグラウンド。

 俺と隆輝は先ほどまでと比べて見違えるようにイキイキとしていた。


「でもよぉ、実際のところ赤ん坊が最初に話す言語ってありそうだよな」

「命を落とさずにボディランゲージの方が発達しそうなもんだけど、何がいけないんだろうな」

「そりゃあお前――」


 ゴツい男は優しく目を閉じ、うんうんと頷いて自己肯定感をセルフ上昇させる。


「――っっっっぱ愛だろ!」

「愛かぁ」

「俺も欲しいけどね、愛。特にプラマイ一歳ぐらいの美少女から」

「もう言語とかどうでも良くなってるな」


 それとも……唐突に思考が溢れてくる。

 仮に愛というものが生きるのに必要だとして、赤ん坊たちはどこかで気付いてしまったのだろうか。


 ――自分が受け取っていたのは愛ではない、と。


 そうして満たされない現実を知ってしまった後はどうなるのだろう。

 自分で行動することのできる人間なら、愛に向けて暴走するのかもしれない。

 

 だが、満足に会話もできない赤ん坊は己のうちで膨らむ欲望に耐えきれず、やがて肉体という殻を抜け出してしまうのだ。


「……ま、全ては神のみぞ知るってやつだな」

「お前、それが言いたかっただけだろ」


 なんて軽口が叩けるくらいには、俺たちはついて行けているということだ。世界史だけは。


 ・


「――の過去形が――になるでしょ? だからこの文を訳すと――」


 オセロだったら「できない」に「ギリギリできる」が挟まれて、全部「できない」になっているところだ。


「おい、これって何語だよ。アメリカ語だっけ……」

「英語らしいぞ。確証はないけどな」


 大和男子が学ぶべきは異国語ではなく――なんて言いたくなるくらいには、俺たちは英語ができない。

 過去形とか未来形とかいいから。今に集中したほうが良くない?

 それにカタコトでも英語は伝わるんだよ。対話しようとする意思があればな。


「悟先輩は雑魚ですか? いいえ、ちょ〜雑魚です」

「その文、現地でしか伝わらないスラングとか使って普通より難しくなってないか?」


 二兎だったら英語でも煽ってきそうだから油断できない。

 同じく涼もペラペラそうだ。あまり印象がないのは――


「そういえば、葉音って英語できるのか?」

「人並みぐらい、かな?」


 首を傾げてみせるアイドル。なんか嘘っぽいな。


「たまにオンライン握手会で海外の方とか来てくれるし、それで覚えたかも!」

「実践に勝る練習はないってことか」


 羨ましいものだと考えかけたが、逆に言えばそのくらい努力をしなければトップアイドルは務まらないということ。

 凄いやつはもっと凄くなって、残念なやつはもっと残念になるのが世の常である。


「実践英語と試験の英語は少し違うかもだけど、僕が一番タメになる教え方ができるかもね。悟くん、この後ウチ来る? 出前頼もっか」

「残念ですけどぉ〜、試験対策には試験英語がいいと思いますぅ〜。だから私が先輩に手取り足取り――」

「取るなら私の手がいいわよ、悟? 代官山に雰囲気のいいカフェがあるの。そこなら静かに勉強が――」


「できますかぁ〜? 目の奥がギラついてるのバレバレですよ。そんな獣に頼らなくても、私がたくさんイジメてあげますよ?」

「はっ、あなたに悟の被虐心を満たすことができるかしら。悟のツボは私が一番良くわかってるの」

「え、悟くんってソッチも大丈夫なの? なんだ、そう言ってくれたら僕、頑張ったのに……んへ」


 この人たち、言い合っているようで実は仲がいいんじゃないか?

 そんなことを考えつつ、一応は勉強に引き戻そうと声をかけようとした瞬間――図書室の扉が開いた。


「――――」


 一瞬で空気がピリつく。葉音や涼からすれば、愛のモドキに土足で足を踏み入れられたようなものだからだ。それは理解できる。


 ただ、今回は二人の足並みだけが揃っているわけじゃない。俺も同じく緊張感を発してしまった。

 なぜなら、いま図書室に入ってきたのが――天王洲だったから。


 夕陽よりも眩く思える金髪。

 図書室という淡い空間に在る彼女は天使のよう。

 ……やはり眼光だけは天使に似合わぬ冷たさだが。


『今日は私たちが貸切にしているから、あなたは出ていってほしい』


 そんな雰囲気が俺たちの皮膚を伝い、言葉として聞こえてきそうな感覚があったが、誰も実際に発してはいない。隙がなかったからだ。


 天王洲は俺たちに一瞥をくれた後、カウンターへと一直線に歩いていったが、司書がいないことを確認すると自らの鞄から一冊の本を取り出し、おそらくそれが元にあっただろう場所へと戻した。


 俺たちと言葉を交わす間もなく図書室から出ていく。


「…………毎回タイミングが悪いな」


 思考を溜めずに呟いてしまう。

 開かれた扉から闘争心が抜けていったのか、本日の勉強会はここまでになった。


 俺は鞄に教材を詰め込みながら、興味本位で天王洲の返した本を見つけようとしたが、もうどの棚だったか忘れてしまった。

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