窒息死
「なっ――」
言葉が続かなかったというより、元々は何も言えなかった。
ただ膝裏から胸の辺りにかかる僅かな重みが、俺の肺から二酸化炭素と共に声を漏れさせてだけ。
服の上からでも柔らかさが伝わってくる。
特に背中に押し当てられる二つの感触に、全身が石になったように硬直してしまう。
「……せんぱい?」
身体を重ねているのだ。二兎の顔がどこにあるのかは予想できるはずなのに、今の今まで思考から外れていたことに気付いた。
耳元で吐息混じりに囁かれ、情けなくもビクリと反応してしまう。
「ふだん、こういうことも経験してるんじゃないですか? その割には雑魚なんですね」
「それは、わけが違うだろ……」
間違ったことは言っていない。仮に葉音や涼との接触に慣れたとしても、女子との接触に慣れたわけではないのだから。
俺の両腕を絡めとるように自分の腕を回し、余計に胸を押し付けられて平静を装えるやつなんているわけがない。
……いや待て?
さっきから二兎は、俺と葉音たちとの関係について聞いてくる。
彼女はおそらく「俺が奥手すぎて二人に手が出せない」と考えているんじゃないか?
だから、ここまであからさまな――俺のことが好きなんじゃないかと勘違いしてしまうそうな――アプローチを仕掛けて反応を楽しんでいる。
であるなら、俺が反撃するためには――
「まぁ、二人とは常にくっ付いてるから。本当は慣れてるよ」
これだ。過激なスキンシップをとっても俺が反応しなければ楽しくない。
二兎も俺で遊ぶのをやめるはずだ。
「――――」
ほら見てみろ。彼女は身体を起こした。
首を回して確認してみると、驚きに目を見開き、魚のように口をぱくぱくさせている。
「さっき反応しちゃったのは驚いただけだよ。ホラー映画でも、怖くないのに音に反応することってあるだろ? 背中になんか当たってるけど、俺からしたら気にするものじゃない」
追撃まで喰らわせてやった。
これで彼女も理解しただろう。俺はチェリーではない。自分からアクションを起こした記憶はないが。
情けなさを胸の底に沈めていると、二兎が俺の上から退いた。
俺は身体反転させて起きあがろうとすると――突如として強く押されて仰向けにベッドに転がった。
目線を上げてみる。俺の肩から伸びるように両腕があり、その先には笑顔。やけに勢いのある笑顔を浮かべた二兎の顔があった。
「――へえぇ、先輩、そんなにお楽しみだったんですねぇ!」
「…………あれ?」
なんかこの子、なおさらヒートアップしちゃってないか?
額に血管が浮いているようにすら見える迫力だ。
「今のは私に対する挑戦状と受け取りましたッ! 舐めないでください!」
「何も舐めてないけど!?」
「見れば分かりますよね!? 私の方が! あの二人より! おっきいんですから!」
「マジでなんの話してるの!?」
俺の言葉が届いていないのか、二兎は少しずつ身体を下ろしながら早口で続ける。
「いいでしょう、今日が先輩の命日です。こんな脂肪にも使い道があって良かったです! 先輩を、窒息死、させられるんですからねぇ!」
「――んんっ!?」
直後、顔面を覆う柔らかさ。
風船のような弾力がありながらも、俺の顔の形に合わせて変形する大きな何か。
肌で直接口や鼻を塞げば確かに呼吸はできないが、今は下着と制服という二枚の布を隔てている。
だから完全に呼吸を封じることはできず、いくらかの酸素を得ることはできているが……苦しくないわけではない。
むしろ、呼吸ができなくて辛いには辛いが、感触は心地よいし、匂いは甘い。
一度にプラスとマイナスを押し込まれて脳が混乱している。
「これでもさっきみたいな事が言えますか!? どうですかっ!」
二兎はなおも俺を殺そうとしながら問いかけるが、残念ながら返事をしている余裕がない。
海で溺れた時はこんな感じかな、なんて考えが過ぎる。
「はぁ……いちばんっ、知ってるのは、私、ですからっ……!」
何を口走っているか聞き取れないが、彼女もかなり疲れている。
三分後。ついに体力の尽きた二兎は俺を解放し、俺たちはベッドに座ってしばらくの間、息を整えていた。謎の時間だ。
ようやく回復すると、彼女は一時間くらい、俺と最近のアニメについての雑談をして、満足げに立ち上がる。
先ほどは大暴れしていたとはいえ女の子だ。
夜道は危ないし送っていくと言ったのだが、丁重に断られてしまい、玄関まで送っていくことに。
手を振って「また明日」と言った二兎の頬が、心なしか赤い気がした。
激しく動いたことで血行が良くなったのだろう。
彼女の背中が小さくなり、運動不足に気をつけてほしいと思いながら、扉を閉めた。
長々と何を書いているんだと思いながらスマホをポチポチしてました。
そろそろ天王洲が出てくる気がします。
気がするだけかもしれません。
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