109.骨格
「……何をされてるんですか?」
俺に声をかけてきたのは天王洲だった。
かれこれ一時間ぐらいは二兎の頭を撫でていただろうか。
いくら初めての漫画だとはいえ、長針が一周すれば読み終わりもする。
彼女は俺と、いつの間にか眠ってしまっている二兎を交互に見ながら言った。
「これは……そうだな、成り行きってやつだ」
「成り行き……?」
「成り行きっていうのはだな、物事が——」
「意味は知っています」
俺の言葉は止められてしまう。
聞きたいのは経緯とか、そういう方面か。
「たとえば……天王洲が読んでた本にも、そういう展開があったりするんじゃないか?」
「……あったかも、しれません」
「だろ? 疑問に思ったこととか、聞いてくれよ」
興味の対象を俺からズラそうと適当に言っただけだったが、彼女はページをペラペラと捲って、一部分を俺に見せてくる。
「ここです」
該当ページの前後を軽く読んでみると、主人公に想いを寄せるヒロインが、普段会えない時の様子を親友に見てきてもらうという展開らしい。
その親友は主人公とその友人を巻き込んでゲーセンに行き、クレーンゲームでぬいぐるみを獲らせ、ヒロインに土産として渡す。
「……これの、どこが分からないんだ?」
「ヒロインの方は、貰ったぬいぐるみをとても大事そうに抱えています。どうしてですか?」
「どうしてって……そりゃあ、自分の好きな人に貰ったからだろ」
「直接欲しいと言えば良いのでは?」
「天王洲は……真面目に聞いてるんだよな。あのな、恋っていうのは付き合ってない期間も楽しいんだよ。自分と相手の気持ちが向き合ってるのか、それを確かめたいけど関係を壊したくないもどかしさとか、そういうのだな」
どの口が言ってるんだという感じではある。
「で、二人はまだ付き合ってないし、そもそも身分が違いすぎるから、主人公は恋愛対象として見切れていないんだよ。それでもヒロインは主人公からの贈り物がほしい。そんな時、天王洲は自分から言い出せるか?」
「………………難しいかもしれません」
しばらく考えた後、天王洲は言った。
「自分のためじゃないと知りながらも、結果的にヒロインはぬいぐるみを貰えるわけだ。ズルいけど嬉しい。この気持ちにキュンとくる……んだろうよ。女子は」
脳内の隆輝が「男もキュンとするだろうがッ!」とキレている。
「付加価値というものですか。同じものが二つ並んでいたとしても、愛着があれば違う感想になるわけですね……納得しました」
天王洲の声のトーンが少しだけ高い気がする。
上手く言い表すことができないが、彼女と初めて話した——と言っていいのか分からないが——時、もっと冷たく感じた気がする。
人間でなく機械だったり、もしくは天使だったり。
人間と同じ姿形をしているけど、中身は全く別物だという雰囲気だったのだ。
その認識が、ここ一月ほどで崩れ始めている。
表面的な変化は薄いものの、わずかに口角が上がっているように見えたり、声に生気がこもってきたり、「人間」に近付いているようなのだ。
一体、何が天王洲に肌の暖かさを吹き込んでくれたのかは分からない。
それでも、このまま彼女が人並みの感性を得られるのであれば……友達のように、なれるのかもしれない。
今までの彼女に対する印象を改めなければいけない日が来るのかも。
「では、もう一つ質問があるのですが」
「どうした?」
「私にも……その、頭を撫でるというのを体験させてほしいのですが」
「それはちょっと、まだそこまでの距離感じゃないんじゃないか?」
「そう…………ですか」
天王洲は俺から離れ、漫画の続きに戻ってしまう。
その顔には落胆のような色が浮かんでいる。
きっと、人の心を手に入れるための実験をしたかったのだろうが、流石に急すぎる。
(天王洲の友達の役目は、二兎が果たしてくれるだろうな……)
彼女は面倒見がいい方だし、俺よりもよっぽど向いているだろう。
未だに俺の足にしがみついて眠っている後輩を見ながら、そんなことを考えていた。
一体何が起こればあんなんになるのか
次のデートあたりから分かるんですかね?
評価ポイントをいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!
作品作りにご協力いただけると幸いです!




