108.もっと、続けてください…
天王洲の悪魔合体をどうにか飲み干した俺は、新しい紙コップにコーラを入れて彼女に渡した。
そして、三人で部屋に戻り、ようやく漫画タイムが始まった。
「……もうツッコまずに済むように先に言っておきますけど、右から左に、上から下に読むんですよ」
「なるほど。この、カバー裏に描いてあるのは……著者近影ですね」
「人間じゃない人も多いけどな」
二兎に言われた通りに漫画を読み始めた天王洲は、持ち前の集中力を発揮しているのか、真剣な眼差しで読んでいる。
(じゃあ、俺も読み始めるか……)
ページを開くと、さっそく主人公が戦っているところだ。
この世にほとんど存在しない無詠唱魔術の使い手である彼は、ノーモーションで魔術を発動してボスを追い詰めている。
対する男も人外の力を宿していて、生半可な攻撃では再生してしまう。
そんな反則級の相手をどのように攻略するのか。圧倒的な力で薙ぎ倒す様子が面白い。
「二兎」
「んー?」
俺たちの部屋を漢字の「目」だとすると、天王洲は二画目の角で正座をしながら読んでいる。
五画目の辺りが入り口で、俺はちょうど一角目と五画目が交わるあたりで、足を伸ばしているのだが……二兎は俺の太ももを枕にし始めたのだ。
「……なにやってるわけ?」
「何って、漫画読んでるんですけどぉ。もしかして先輩、忘れちゃってましたぁ〜?」
「俺はまだまだ現役だよ。そうじゃなくて、なんで俺の足を枕にしてるんだって話」
「いいじゃないですか、そこに足があったんですから」
そんな、「そこに山があるから」みたいに言われても。
「二兎は楽かもしれないけど、俺は集中できないんだよ」
視界の端に彼女の整った顔が映り込むし、なんだか甘い匂いもする。
「えぇ〜。じゃあ、これならいいですかぁ?」
二兎は起き上がったかと思うと、俺の腰のあたりにのしかかってきた。
「お、おい……っ!」
「どうしたんですかぁ〜?」
半ば抱きつきながら、彼女はニヤニヤと笑みを浮かべている。
「どうもこうもないだろ……離れなさい」
この体勢だと密着し過ぎているし、彼女の胸の感触がダイレクトに伝わってきてしまい、色々とマズイ。
「も・し・か・し・てぇ……照れちゃってるんですかぁ? 先輩は本当にザコザコですねぇ〜!」
「…………このまま読むがいいさ」
「やったぁ〜!」
この挑発に乗らなければ、俺は男として大事な物を失う気がした。
たとえ二兎ではなく、自分自身の理性と戦うことになるとしても。
そんな俺の決意も知らず、彼女は呑気に漫画を読み始めてしまった。
(……心頭滅却すればなんとやら、だ。渋谷の路地裏で見た葉音の笑顔を思い出せ……!)
あの時の悪魔を思い出せば煩悩など吹っ飛んでしまう。さすがは葉音。
ちなみに、次点は出会った頃の涼である。
デビルハノンのお陰で、それからしばらくはリラックスして漫画を読むことができた。
だからこそ、普段の俺ならしないようなヘマをしてしまったのだ。
人はリラックスしていると、それが動きにまで出てしまうのだろう。
俺は無意識で、本当に全くの無意識で、二兎の頭を撫でてしまったのだ。
しまった、と気付くがもう遅い。
手を止めた時、俺の手は二十往復ぐらいしていた。
「………………」
恐る恐る二兎の様子を探ってみるが、漫画を読むために下を向いていてよく見えない。
「…………なに、やってるんですか?」
彼女が呟くように言った。
「いや、ごめん。なんか落ち着き過ぎてたっていうか、無意識で——」
「そういうこと言ってるんじゃないです。もっと、続けてください……ってこと……です」
髪の隙間から見える二兎の耳は真っ赤に染まっていた。
俺は何も言うことができず、かと言って読書に戻ることもできず、行き場をなくした手に仕事を与えるためと嘘をついて、彼女の頭を撫でることにした。
天王洲はずっと漫画を読んでます
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