106.嘘だろテンノーン…
首を傾げるのがデフォルトになってきた天王洲と、俺たちに鋭いメスを入れる二兎。
二人の相性を確認していると、リムジンが停まった。
「こちらでございます」
爺の優しい声色に、漫画が現実になったような感動を覚えながら降車する。
「ここは……代々木か」
確か渋谷と新宿……というより原宿と新宿の間にある駅だ。
割とこぢんまりとした駅であり、難関校志望の学生たちが通う塾があることくらいしか知識がなかったが、目の前に馬鹿でかい漫画喫茶がある。
「おぉ〜! これなら部屋も空いてそうですね!」
「部屋が埋まっていたら、買い占めればいいのでは?」
「あのねぇ……セラちゃんって、本当に高校生ですよね? 先週くらいに産まれた赤ちゃんじゃないですよねぇ〜?」
「失礼ですよ、芽莉彩ちゃん。私だって常識は持っております」
「……じゃあ、漫喫の常識を一つ教えてくださいよ」
天王洲は顎に手を当てて考えだし、そして——
「…………上階ほど部屋が広く、代金も高くなります」
「マジかテンノーン……」
分かるぞ二兎、君の言いたいことが。
デカい満喫になればワイドシートだかなんだか、高い代わりに広い部屋もある。それは合っている。
だが、おそらく天王洲は一般的なホテルのような「上階は眺めがいいから高額!」的な認識でいるようだった。
で、テンノーンってなんなんだよ。
二兎のテンノーン呼びはともかく、俺たちは店に入り、適当に受付を済ませて部屋へと向かおうとする。
「あ、先に漫画だけ選んじゃいます? 悟先輩はお子様ジュース作りたいみたいですしぃ、後の方がいいですよねぇ?」
「お子様ジュースとはなんだ。実験だよ実験」
ため息を吐いて呆れる二兎。
「漫画、選びましょうねぇ……」
ズラリと本棚が立ち並ぶエリア。
さすがデカい店なだけあって、漫画の品揃えもバッチリだ。
「俺はどれにしようかな」
本当はアメコミを読みたいところだが、残念ながら満喫で海外の漫画を置いているところを俺は知らない。
やはり少年漫画だろうか。
せっかく三人で来ているわけだし、めちゃくちゃ没入してしまうのも良くない気がする。
となると、何度か読んだことのある作品の、中々にアツいところをピックアップするのがいいだろう。
少しばかり悩んだ末に、俺は『ダジャレ好きのおっさん、勇者扱いされる』を手に取った。
タイトルの通り、ダジャレ好きのおっさんが白目を向けられつつも、圧倒的な力で敵を薙ぎ倒していく物語だ。
「私は決まりました〜!」
ちょうど同じタイミングで二兎が駆け寄ってくる。
「なに選んだの?」
「これです!」
彼女が持っているのは、有名なラブコメ作品だ。
「それ、アニメ化してたやつだよな。俺も見ようと思ってて、まだ見れてないなぁ」
「えっ……? 先輩、知ってるはずですよね?」
軽い気持ちで言っただけなのだが、二兎はとてつもなく不安そうな顔をしてしまう。一体なにがいけなかった?
「いや、俺は見てないぞ」
「そんなはずは……だって——」
彼女が何かを言いかけた時、横から別の声が入り込んできた。
「あの、私はどれを選べばいいのでしょう……」
声——天王洲の方へ目を向けると、彼女は困ったように俺たちを見て、続いて本棚を見た。
「どれをって……自分が読みたいものを手に取ればいいんだよ。前に読んでた作品の続きとかさ」
「私、今まで漫画を読んだことがありません」
「嘘だろテンノーン……」
先ほどまでの会話など忘れて絶句する二兎。
俺も同じ気持ちである。
常日頃ならまだしも、まさか、この世に一度も漫画を読んだことがない人間がいるなんて……。
「と、とりあえず読みたいジャンルだけでも明確にしたらいいんじゃないか? 戦うやつがいいとか、怖いやつがいいとか、恋愛ものがいいとか——」
「恋愛ものにします」
即答だ。天王洲が恋愛ものを選ぶのは意外だった。
だからと言って、他に読みそうなジャンルも思いつかないが。
「なら、これがいいと思いますよ。巻数も短いですし、分かりやすい作品なんで」
そう言って二兎が取ったのは、全二巻のラブコメ作品だった。
「作家さんとアイドルが恋をする話なんです。のんびりしてて過激な描写もないですし、初めてならいいかなって思いますぅ」
「……ありがとうございます。では、これにしますね」
それぞれ読むものが決まり、ようやく部屋に行くことになった。
隙自作紹介男
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