第92話〜人間家具と神の視点〜
日曜日の朝。昨日、真冬様に『犬』として一日中引き回された私の肉体は、節々が悲鳴を上げていた。だが、龍雅院家において日曜日は休息の日ではない。長男・由羅様、次男・凜人様、そして次女・愛理様。龍雅院の血を引く兄妹たちが、その残酷な知性を競い合い、最も優雅に『玩具』を愛でるための、静かなる奉仕の日だ。
「1番、セット完了です。ピクリとも動いてはいけませんよ」
真冬様の冷徹な声と共に、私の背中に重厚な銀のトレイが置かれた。四つん這いになり、腰を高く突き出した私の背中は、今や龍雅院の『テーブル』へと作り変えられていた。その上には、沸き立つような熱気を孕んだティーポットと、寮内に設置された数百台の隠しカメラ映像を映し出すノートパソコンが鎮座している。
「……っ、ふぅ、くっ……」
背中越しに伝わるPCの熱と、熱い紅茶の重み。私がわずかでも震えれば、沸騰した液体が肌を焼き、高価な精密機器を濡らすことになる。その失態の代償は、想像するだけで意識が遠のくほど恐ろしい。
部屋には、凜人様が専用の『椅子』である『れな』に腰掛け、由羅様は14番を、愛理様は下働きの少女をそれぞれ『椅子』として、私というテーブルを囲んでいた。
「見てごらん。美化委員の連中、必死に床を磨いているね。自分たちが一挙手一投足、この『テーブル』の上で監視されているとも知らずに」
凜人様の指先が、私の背中の上のマウスを動かす。クリックのたびに、私の脊髄にカチリと微かな振動が響いた。画面には、全裸で廊下を這い、涙を流しながら雑巾がけをするクラスメイトたちの姿が映し出されていた。
「ねえ、由羅お兄様。この1番、薬で強制固定されている割には、まだ『人間』としての反応が残っているわ。……痛覚の伝達速度を測ってみたいと思わない?」
天才医者、愛理様の提案に、由羅様が薄く唇を歪めた。
「いい提案だね、愛理。……大和、君の『最高級品』がどれほど完璧な家具に仕上がっているか、『耐熱テスト』といこう。凜人も構わないね?」
「ああ、兄さんの好きにすればいい。僕の椅子も、その様子を見せて教育してやりたいしね」
由羅様は、給仕をする真冬様から淹れたての紅茶が満ちたポットを受け取ると、私の剥き出しの背中、トレイのわずかな隙間から覗く訓練着の上にかざした。
「1番。これから君の背中に、熱湯を一滴ずつ落とす。……テーブルとしての責務を果たし、微動だにせず、かつ悲鳴一つ上げずに耐え抜いてごらん。もしトレイを揺らして愛理のパソコンに傷でもつけたら……分かるね?」
「……っ、わ、ん……」
直後、背中に一筋の熱線が走った。
「あ、が……っ!!」
熱い。焼けるような、刺すような激痛。だが、愛理様の打った薬物で無理やり固定された私の脚は、逃げることすら許されない。背中の上のパソコンには、今まさにアラン様に叱責され、床を舐めるように掃除している親友の姿が映っている。
「おや、一滴で背筋が跳ねたね。……真冬、大和。しっかり見ておきなさい。これが執事としての『メンテナンス』が必要な瞬間だ」
由羅様が冷酷に二滴目、三滴目を落とす。訓練着の上からでも、肌が赤く腫れ上がっていっていることが良くわかった。熱湯が肉を焼く匂いが鼻腔を突く。私は、背中の上のティーセットを、そして兄妹たちの『神の視点』を支えるために、奥歯が砕けるほど食いしばり、石のように固まるしかなかった。
「はは、さすがは学年1位。……愛理、今の心拍数は?」
「限界を超えているわね。でも、不思議。彼女の体、恐怖と激痛で震えているのに、テーブルとしての水平は保たれているわ。これこそ、龍雅院家が求める『極上の素材』ね」
愛理様が私の首筋に冷たい指先を這わせ、データの推移に満足げに頷く。
見学している大和様の、無機質なまでに冷たい視線が、私の惨めな姿を隅々まで検品していた。
(お兄ちゃん……見てる……? 私、熱くても、痛くても……ちゃんと、お兄ちゃんたちの『テーブル』でいられてる……?)
背中を焼かれる熱さと、心の底から湧き上がる絶望的な帰属意識。日曜日の静かな部屋に、紅茶の香りと、肉が焼ける微かな音だけが響き続けていた。




