第88話〜壊れた玩具、新しい依存先〜
私が私室にもどると、何故か真冬様がいた。
「おかえりなさいませ、れいなお嬢様。この部屋の監視カメラ及び、盗聴器はハッキング済みです。龍雅院家筆頭執事たるもの、この程度は朝飯前にございます」
真冬様は恭しそうに執務机へと私を導き、椅子に座らせた。
「れいなお嬢様、ご当主様の今日の態度、どう思われましたか? わたくしには、ご当主様はあなたを学院の『家畜』として扱わなくてはならないと思い込んでいるように見えます。ですが……やはり、あなたを『可愛い妹』として見ているようにも思えるのです」
私に温かいお茶を差し出しながら真冬様の甘い囁きが続く。
「由羅様の授業からずっと監視していましたが、ご当主様は何度か、あなたの頭を撫でていたでしょ? それに、あなたが連れてこられたばかりの頃によく言っていた『いい子だね』という言葉も、ふんだんに使っていました。……あなたはどう感じましたか」
「私も……真冬様と同じように感じました。お兄ちゃん、やっぱり私のこと妹として見ているのかな……? もう、わからないよ。真冬様、私の『廃棄処分決行日』はいつですか? どうか教えてください。お願いいたします、真冬様……っ!」
取り乱した私を、真冬様が優しく抱きしめる。その腕の温かさは、皮肉にもお兄ちゃんがいつも私に与えてくれていたものと同じだった。
「落ち着いてくださいませ、れいなお嬢様。お兄様の気持ちを確かめたいという想い、真冬にもよく分かりますよ。ですが……あなたはまだ、廃棄処分されるわけにはいきません」
真冬様は私の顔を覗き込み、残酷な『約束』を口にする。
「ゴールデンウィーク明けに、一人の転校生が来ます。あなたには級長として、彼女の面倒を見てもらうつもりです。前期終業式までに、その子を学院に馴染ませてあげてください。――そうすれば、わたくしが廃棄処分して差し上げましょう。できますね? れいなお嬢様」
「かしこまりました、真冬様……っ」
(やっと、教えてくれた……。あと少し……ほんの少しでいい。その日までなら、まだ頑張れる)
「いい子ですね、れいなお嬢様。さあ、今日の薬です。自分で飲みますか? それとも、あの日のようにわたくしが口移しで飲ませて差し上げましょうか?」
悪戯っぽく微笑む真冬様。授業初日の夜、私は彼に承諾した上で、死を早める薬を口移しで飲まされた。あの時は「知る必要はない」と突き放された命日を、今日は教えてくれた。そして、薬を飲む『選択肢』まで与えてくれた。
(ああ……真冬様は、私のことを信頼してくれているんだ)
「自分で……飲みます」
私は真冬様から、自分を廃棄処分に近づける薬を受け取り、一気に飲み込んだ。そして、喉の奥まで見せるように口を開ける。あの日、彼に教え込まれた通りに。
「きちんと飲めたようですね。いい子です。わたくしはこれで失礼しますが、お嬢様もお早くお休みください」
「かしこまりました」
その時私はまだ、気づいていなかった。背中を向けた真冬様の唇が、『依存完了』とでも言いたげな、不敵な弧を描いていたことに。




