第87話〜晩餐会と歪んだ地図〜
理事長室の奥にある凜人様のプライベートルーム。
そこには、由羅様が、椅子に座りまっていた。テーブルには、二人分の豪華な食事が並び、椅子として用意されているであろう『れな』と呼ばれていたかつての少女の姿もある。だけど、私の食事らしきものはどこにも見当たらなかった。
(お二人の椅子は用意されている。……ということは、私はフットレストか……)
だが、私の予想は外れた。
「れいな。俺たちの間で犬のようにお座りして、さっき検品した数値で英語の自己紹介をしろ。正しい発音だった文の数だけ、終了後に『餌』として俺たちの食事を分けてやろう」
「かしこまりました」
(良かった……食事はさせていただけるのね)
私はアラン様に指摘された舌の使い方、喉の鳴らし方に細心の注意を払い、自らの卑猥なスペックを英語で淡々と紡いでいく。凜人様たちは、それをBGM代わりに優雅に食事を楽しんでいた。
「発音が間違っている文が三箇所、声が震えた文が一箇所。……不合格だが、情けだ。お前に恵んでやる」
「ありがとうござ……ゲホッ!」
礼を言い終えるより早く、凜人様の手によってハンバーグが口内へ強引に放り込まれた。あまりの勢いに、私は無様にむせ返る。
「何をむせている。これでも飲め」
今度は由羅様が、熱いコーンスープを私の口に流し込んできた。
「さぁ。食事は終わりだよ、れいな。誠也から報告を受けたが、お前法規の授業中連座のお仕置きでノートを取る代わりに身体に刻み込まれたらしいね。そんな顔しなくて良いよ。お仕置きするつもりは無いからね。お兄ちゃんが勉強を見てあげよう。法規の教典とノートを出しなさい」
「かしこまりました」
凜人様の口調は、以前の優しい『兄』のものだった。私は言われた通り、教典とノート、そして美紀ちゃんから借りたノートをトートバッグから取り出した。
「そのノートは?」
「はい。副級長の2番が貸してくれました」
「ほう。2番がか……。見せて」
お兄ちゃんが手を差し出した。
「あはは。面白いことになってるね。見てご覧?れいな」
凜人様は目が全く笑っていない笑顔で私にノートを差し出した。ノートに目を伏せる。
(え?……なにこれ……)
「面白い……ですね。……この地図、無茶苦茶です」
美紀ちゃんから渡されたノート。そこに書かれていたのは、デタラメな地図だった。
「まず、この地図を書き直そうか。れいな、自分のノートに書いてご覧」
「かしこまりました」
そこから就寝時間まで、凜人様の特別講義は続いた。
「ここまでだよ。今日はゆっくりお休み、れいな」
(私、えらく嫌われてるな……あっ。そうだ。いい事思いついた)
「お気遣いはありがたいですが、2番のノートも赤ペンで書き直してあげようと思います。だって、間違って覚えてしまって、テストで赤点なんて取ったら可哀想でしょ?」
わたしはわざとらしく小首を傾げ、凜人様を見上げた。
「れいなは優しいね。でも早めに切り上げて早く寝るんだよ?」
「かしこまりました。お休みなさいませ、凜人お兄様」




