第7話〜検体番号15番、数値化される純潔〜
連れて行かれたのは、広めの教室だった。ここで行われるのは内科検診、視力・聴力検査、そして身体測定だという。教室は三つの区画に仕切られており、これらが終わると、隣の部屋で精密な生体ログの採取が控えているらしい。
(後半の検査に比べれば、まだこちらのほうが抵抗は少なそうね……)
「れいな。これからお前のことを『検体番号15番』と呼ぶ。お前は内科検診からだ。こちらへ」
要様の冷徹な宣告と共に、全員を繋いでいた鎖だけが外された。新入生たちはそれぞれの担当の最上級生にリードを引かれ、各ブースへと散っていく。なぜか私の横には、時弥様と要様が揃ってついている。
「気をつけ。……検体の姿勢が乱れているわよ」
いきなり飛んできた鋭い声に我に返ると、目の前には白衣を纏った愛理様が立っていた。彼女は私を見るなり、手元のタブレットに何かを打ち込み始めた。
「始めるわよ。……検体番号15番。皮膚の状態、良好。目立った外傷、湿疹なし。……ふむ、骨格の成長状況も基準値内ね。管理対象としての対称性は維持されているわ」
いくら検査とはいえ、愛理様の言葉には私を人間として扱う響きが微塵もなかった。彼女の目は、精密な機械の部品に傷がないかを確かめるような、残酷なほど無機質な色を湛えている。
「生体反応のチェックはまた向こうの部屋でやるから、とりあえず聴診するわね。……時弥、検体を固定して」
愛理様は聴診器を耳にかけ、私の前に立った。ひんやりとした金属が肌に触れ、思わず身体を震わせてしまった。
ビシッ!
「動くな。検品作業を遅らせる気か」
即座に要様から厳しい叱責が飛ぶ。
「……申し訳ございません、要様」
「謝罪は不要。ただ静止していなさい。……心拍数、やや上昇。恐怖による生理反応か。記録しておきなさい、愛理」
要様の冷静な観察眼に晒されながら、トン、トンと、冷たい聴診器が胸のあちこちを移動していく。金属が当たるたび、愛理様の指先が『品質を確認』するように肌を無感情に押さえるたび、言いようのない屈辱的な感覚が走った。
「……あら。少しの刺激で過剰に反応するのね。自律神経の抑制が効いていないわ。これでは、上位の管理下に置く際に調整の手間がかかりそうだわ。……効率の悪い個体」
愛理様の冷ややかな評価が、胸に突き刺さる。私は俯くことしかできない。
ビシッ!
「後ろを向きなさい。背面側の肺音を確認する」
「はい……っ」
前面の検診が終わったようで、背中を向けるよう命じられた。後ろを向くと、検診の邪魔にならないよう、一度手錠が外された。だが、時弥様の手によって、すぐに身体の前面で再び拘束される。
ビシッ!
「はい、また正面を向きなさい。……ふむ、内科的な機能に異常なし。検体15番、次へ回して」
また叩かれた。理由のない痛みと屈辱が、私という人間の輪郭を少しずつ削り取っていく。
「ありがとうございました……」
再びリードを引かれ、私は隣のブースへと足を進める。そこには、私の『視覚』と『聴覚』という性能を測るための、冷酷なマシーンとしての時間が待っていた。
視力検査表と、足元に貼られたガムテープ、聴力検査用の機材が並ぶブース。
「一組の……ふむ。検体番号15番、春夏秋冬れいな。確認した」
担当の男性医師は、私を一瞥もせず、カルテに視線を落としたまま事務的に告げた。その口ぶりは、名前すら単なる『ラベル』として扱っているようで、酷く不気味だった。
「まずは視力検査を行う。そこのテープの位置に立ち、これで片目を隠しなさい。……迅速に。時間の無駄だ」
『(えっ……?)』
私が戸惑っていると、横にいた時弥様がリードを強く引いた。
ビシッ!
「指示があったら即座に動け。……はい、隠して」
「……っ、かしこまりました」
羞恥心と恐怖で胸が押しつぶされそうになりながらも、指示に従う。
「これは?」
「右です」
医師が指し示す記号を、私は淡々と答えていく。最近、少し視界がぼやけることがあったけれど、医師はその変化を『健康上の懸念』としてではなく、ただ『性能の変動』として冷徹に記録していった。
視力検査の間、私の両手は前側に拘束されたままだった。剥き出しの身体を隠そうとしても、手首を繋ぐ鎖が短すぎて、不自由な姿勢を強いられる。医師はそんな私の様子など目もくれず、ただ『視覚センサー』の精度を測るように事務的に数値を書き込んでいった。
「視力、問題なし。次、聴力検査だ。……時弥、切り替えろ」
「はい」
医師の短い指示に、時弥様が動いた。私の手首にかかった手錠のロックが一度外される。一瞬、解放感に肩を震わせたのも束の間、時弥様は私の両腕を強引に背中へと回した。
「あ……っ!」
強引な力で引き絞られ、再び金属が噛み合う冷たい音が響く。今度は後ろ手での拘束。胸が突き出され、肩の関節が悲鳴を上げる。前手よりもさらに身体の自由を奪われ、私はバランスを崩してよろめいた。
「無駄に動くな。……座れ」
時弥様にリードを引かれ、聴力検査用の防音椅子へと押し込まれる。後ろ手で縛られているため、椅子に深く腰掛けることすら苦痛だった。不自然に反らされた姿勢のまま、頭上から重いヘッドホンを装着される。
「今から流す音が聞こえたらボタンを押せ。……検体番号15番、反応速度も記録するぞ。遅れるな」
外界の音が遮断され、ヘッドホンから漏れる無機質な電子音だけが、私の意識を削っていく。後ろ手に拘束されたまま、音のする方へ無意識に身体が反応するたび、背中の鎖がジャラリと鳴った。医師はその音さえも『ノイズ』として冷酷に処理し、私の聴覚という『機能』を一つずつ精査していく。
「……終わったな。感覚器機能、正常範囲内。実用価値に問題なし。……次、身体測定の方に行きなさい」
(価値……?)
医師の口から出たその言葉に、私の血の気が引いた。彼は最後まで私を一人の人間として見ることはなく、ただ『検品』が無事に完了したことを端末に記録するだけだった。私は、自分が心を持った人間ではなく、精密な検査を経て登録されるのを待つだけの『15番』という名の所有物になったかのような、底知れない屈辱と絶望を感じた。
「かしこまりました。ありがとうございました……」
私は後ろ手で手錠を軋ませながら、消え入りそうな声で礼を言った。そのまま次の関門である身体測定のブースへと向かう。後ろ手に縛られた不自由な歩みは、私から最後の抵抗の意志を奪い去ろうとしていた。




