第74話〜美学の檻と品位の家畜〜
「昨日は和室に入室して襖を閉めるところまで教えたな。今日は和室での立ち振る舞いを教える。全員、口を開けたまま第1待機姿勢」
「かしこまりました」
始業のチャイムが鳴り終わると同時に、義英様が冷徹に命じた。
「まずは立ち姿だ。着物を着ていると想定して、実際にやってみろ。腹に力を入れ、背筋を伸ばし、頭を持ち上げるように首を天へ伸ばす。天から見えない縄で吊られていると思え。足元は内股が基本だ。つま先が開かぬよう意識し、片足を少しだけ後ろに引けば美しい立ち姿になる。手はお腹の前で重ね、挙げる時は袖口をもう片方の手で抑えなさい」
冷花様は定規を弄びながら巡回を開始した。
ビシ!
「45番、もっと背筋を伸ばせ」
「申し訳ございません」
ビシ!
「75番、お腹に力が入りきっていない」
「申し訳ございません」
ビシ!
「113番、内股と言ったはずだ」
「申し訳ございません」
一人一人の不備を定規で糾弾していく。全員がある程度形になったところで、次の段階へ進んだ。
「次は歩き方だ。重心を立っている時よりもつま先側へ置き、歩幅を小さく、内股を意識して歩け。足を真っ直ぐ出すようにすれば、裾も乱れず美しくなる。音を立てず、底を引きずらないように気をつけろ」
「実習は後で行う。先に座り方を学べ。まずは正座からだ。右足を少し後ろに引き、右手で着物の前を引き上げておく。こうすることで太ももの布地に余裕が生まれ、座った際に生地が引っ張られなくなる」
義英様が見本を示しながら解説する。
「左手を添えながら腰を落とし、右手で着物の前を膝から足首へさするようにして床に膝を付ける。膝の間は拳一つ分。シワを寄せないよう左右に整え、腰を落とす。最後に前裾を整えて座り直しなさい。やってみなさい」
「かしこまりました」
ビシ!
「56番、背筋を伸ばせ」
「ありがとうございます。申し訳ございません」
「次は椅子よ。帯を潰さぬよう浅めに腰掛け、お尻と背もたれの間は拳一つ分空けること。両袖は膝の上へ。姿勢は腹筋と背筋で維持しろ。……誰にやってもらおうか。180番、前へ」
「かしこまりました」
優里が震える足取りで前に出る。
「見本は見ていたな。やれ」
「かしこまりました」
ビシ!
「座る以前の問題よ。歩く時に右手を添えるよう教えたはずだ。もう忘れたのか。お前は本当にドアホだな」
その後も『姿勢が悪いだ』やれ『脚を開いて下品だ』と注意され、席に戻ることを許される頃には、優里のお尻は赤く染まっていた。
「何をやらしてもダメだな。戻りなさい」
「かしこまりました。ご指導ありがとうございました」
「1番、代わりにお前がやれ」
「かしこまりました」
また優里の尻拭いか。私は心中で溜息をつく。
「大変結構。美しい。1番、戻りなさい」
「かしこまりました」
「次は階段の上り方。教えたことに留意しながら、階段まで行け」
「かしこまりました」
時折定規の洗礼を浴びせられながら、廊下と階段を5往復ほど繰り返す。次第に、私たちの歩様は洗練されていった。
「大半の商品は綺麗に歩けるようになったな。まだのクズ共は自習時間に練習しろ。階段を上る際は裾を汚さぬよう右手で軽く持ち上げること。ただし、ふくらはぎが見えすぎないよう注意が必要だ」
「次は物の取り方。取る手の袂に片手を添えることで美しく見え、汚れも防げる。床の物を取る時は、一旦しゃがんでからだ。左手で前を持ち上げ、右足を引いてしゃがめ」
義英様が再び巡回する。概ね習得できているのか、叩かれる者は少なかった。
「最後は御手洗だ。着崩れを防ぐため、細心の注意が必要だ。袖は帯に挟み込み、裾と長襦袢も重ねて帯へ固定する。しっかりと挟めば汚すことはない。用が済んだらシワが寄らないよう整えることを忘れるな」
早口で説明を終えたところで、終業のチャイムが響いた。
「着付けの際にテストするから、よく復習しておくように」
「かしこまりました」




