第68話〜苛立ちと羞辱という名の鎖〜
第68話 〜苛立ちと羞辱という名の鎖〜
「古典は、現代の文体に至る経緯を学びつつ、過去の思想や関心に触れることができ、さらに単語に隠された意味も知ることができるという、一石二鳥ならぬ三鳥、四鳥の学問ね」
カッ、カッ、カッ。チョークが黒板を走る乾いた音が響く。夢様の授業は、その優雅な口調とは裏腹に、精神をじわじわと削り取っていく。
「私の授業では、普通に読み込んだ上で、改めて現代風に直したのち、詳しく読み込んでもらいます。これを順に『精読』『通読』『解釈』というわ。では、精読してもらいましょう。予習していれば簡単のはずよ。10番」
「かしこまりました」
さらさちゃんが淀みなく『平家物語』の冒頭を読み上げる。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……(中略)……伝え承るこそ、心も詞も及ばれね」
「では、この時代背景を答えなさい。177番」
「はい。旧世紀です」
「それでは不十分よ。……時間切れ。予習もしていないようね。本当にダメな商品だこと。お仕置きよ」
夢様は、首輪を一度外し、さらに指一本入らないほどきつく締め直した。顔を赤くして苦しむ彼女を放置し、夢様は美紀ちゃんを指名した。美紀ちゃは淀みなく『武士と貴族の混沌の時代』であることを答え、副級長としての実力を見せつける。
(さらさちゃんはちゃんと予習していたようね。麻衣ちゃんも大丈夫だろうし……あとは陽子、優里、響か。何も起こさないでよ)
「では、通読していきましょう。今日は初めてだから私が手本を見せてあげましょう。板書が終わったら暗唱してもらうわよ。一字一句の間違いも許さないから覚悟して覚えるように」
夢様が黒板に書き連ねたのは、原文の威厳を欠片もなくし、私たちを貶めるためだけに編まれた言葉の羅列だった。私は吐き気を堪えながら、その『新しい古典』を必死に板書し、口の中で反芻した。
「そろそろ暗唱してもらうわ。180番」
「か、かしこまりました」
(よりによって優里か……。あの子、一生懸命なんだけど、要領が悪いのよね)
案の定、優里は詰まった。夢様の細い指が優里の首を絞め上げ、冷徹な宣告が下る。
「お前はこんな簡単な文章も覚えられないの? 本当にグズね。お仕置よ。少しでも頭が良くなるよう、キチンと暗唱出来るようになるまで教科書でお尻を叩いてあげましょう。第四服従姿勢」
「かしこまりました」
優里は、さらに首輪を締められ、無様な姿で教科書に打たれながら暗唱を続けさせられた。三度やり直しても、一文字も間違えずに終えることはできない。優里のすすり泣きと夢様の苛立ちが教室に充満し、時計の針だけが無情に進んでいく。
「本当にお前に授業を受けさせるだけ無駄ね。これでは『通読』だけで時間切れだわ。救いようのない馬鹿のせいで、クラス全員の貴重な学習時間が奪われたことを自覚しなさい」
夢様は冷たく時計を睨み、優里の首輪を極限まで締め直した。
「その格好で、黒板の前で宣告の蹲踞の姿勢で立ってなさい。1番、あなたもよ。……次の授業が始まるまで、その姿勢を維持すること。一瞬でも崩れたら、お前たち1班全員に電気パドルをお見舞いしてあげるわ」
「……かしこまりました」
優里の隣で蹲踞の姿勢をとる。太ももが悲鳴を上げ、羞恥心で顔が燃える。
(やっぱりこうなった。優里のせいで、私まで……)
朝、手に持っていた物理的な『親鎖』は外したはずなのに、連帯責任という名の透明な鎖が、今も私の首を強く締め上げている。班員の失態という重みがそのまま私の首に食い込み、逃げ場のない羞辱の底へと引きずり込んでいく。
「……ごめんなさい、れいなちゃん、私のせいで……」
全裸で震える優里が小声で謝ってくるが、私は答える気もなかった。崩れそうな膝を必死に固定しながら、ただ一点、黒板に書かれた卑猥な平家物語を、惨めな思いで凝視し続けるしかなかった。




