第61話〜芸術・礼法、静寂を切り裂くおしおきの旋律〜
礼儀作法の授業は実技棟の和室で行われる。私たちは再び、あの羞辱に満ちた階段と廊下を通り、移動を強いられた。
和室に入ると、そこにはホワイトボードが置かれていた。席順と共に『この通りに第三服従姿勢で待機するように』という無機質なメッセージが記されている。私たちが命じられた姿勢で静止していると、チャイムと同時に着物姿の男性が入室してきた。凛とした佇まいの中に、凍り付くような冷徹さを秘めた男性だった。
「それで土下座のつもりか?もっと額を床に擦り付けて、地の塵と成り果てろ」
バシッ、と私の背中を叩かれた。重い音と共に今まで受けてきたどの痛みよりも鋭い痛みがわたしに降り注いだ。私たちは反射的に、さらに深く畳に額を擦りつける。
「お前たちに礼儀作法を教えることになった、関義英よ。この授業では家畜のマナーの他、茶道、華道、日本舞踊を通して女性らしさを学んでもらう。貸し出し調教の際、不作法でご主人様にご迷惑をかけることは許されませんから。……顔を上げなさい」
義英様は冷たく言い放つと、さらなる辱めを命じた。
「俺の授業は第一服従姿勢で受けてもらう。ただし、口をあんぐりと広げ、舌を出し、上目遣いで俺を見ろ。入室を待つ際もその姿勢でいろ……全員、指定の姿勢を取れ」
「かしこまりました」
和室に、舌を出して、ヨダレを垂らす私たちの異様な光景が広がる。義英様はステンレス製の定規を手にクラスを見回った。
「45番、もっと足を広げろ。最低でも、肩幅より大きく広げろ。……180番は口を開けすぎよ。それじゃただの阿呆だろ」
「1番。綺麗な姿勢だが、クラスメイトの指導が行き届いていないようだな。級長であるお前が指導せずに誰がやる?その罪、お前の身体で償って貰うぞ」
義英様は、そういうと定規で私の掌をうち据えた。
バシッと重い音が教室に響き、痛みよりも鋭い打撃が走る。
「…っ」
「ほぅ。これに耐えるか。気に入った。明日からも誰かが粗相をする度に、お前をお仕置きしてやろう。いいな?1番」
「かしこ…まりました」
義英様は、満足そうに頷き、授業を始めた。
「では、授業を始める。今日は『上座』と『下座』、襖の部位の名称、そして入退室の作法を学ぶ」
義英様は定規を指示棒代わりにし、床の間がある方が『上座』であることや、『引手』『親骨』『鴨居』『長押』『欄間』といった名称を次々と説明していった。
(テストに出そうな内容だわ……。でも、姿勢を崩すことは許されないから、ノートすら取れない。すべて頭で覚えろということか)
続いて、襖の開け方の実技に移った。私は第五服従姿勢のまま、つま先を立てて踵に重心を乗せるよう命じられる。
「この姿勢で、襖から拳二つ分空けた位置に座りなさい。引き手に近い方の手をかけ、少し開けたら親骨に沿って手を下ろし、床から10センチの所で止める。そこから自分のお臍の前まで開き、反対の手を下に添えて身体が入る隙間を作れ。1番、ゴミ共に手本を示せ」
「かしこまりました」
私は教わった通りに、滑らかに、かつ卑屈な姿勢を崩さずに襖を開けた。義英様からは『美しい所作』と称賛を受けたが、その賞賛すら、自分が完璧な所有物に近づいている証拠のようで胸が疼いた。
入室、そして襖を閉める一連の動作を完璧にこなすと、授業は予定より早く切り上げられた。
「今日はここまでとする。各自、予習復習を怠らないように」
義英様が去った後も、私たちはヨダレで口元をベトベトにしたまま、和室の静寂の中で自身の立場を噛み締めていた。次は家庭科だ。地獄の一日は、まだ終わらない。




