第60話〜歴史、淡い期待と地獄〜
「お前たちに歴史を教えることになった、│龍雅院冬弥だ。早速だが、授業を始める」
教壇に立った冬弥様は、獲物を観察するような粘ついた視線で私たちを見渡した。
「奴隷と聞けば、お前たちが一番に頭に浮かぶのは性奴隷だろう。だが、奴隷はそれだけではない。今日は、白人奴隷について学ぶ」
冬弥様は、1500年代から1800年代にかけて行われた白人貿易の歴史を淡々と語り始めた。アフリカの海賊により、ヨーロッパの海岸沿いから無差別に拉致された人々。その数は百二十万人にも上るという。
(誰だって、すすんで奴隷にはなりたくないもの。減って当然だわ……)
私は級長として前を向きながら、心の中で遠い過去の犠牲者たちに共感を覚えた。授業が進むにつれ、その内容は凄惨さを増していった。海賊団に拉致された白人奴隷たちの過酷な道中。不衛生な環境と栄養失調。北アフリカに到着しても、足には重い鉄球を付けられ、街中を引き回された末に虫だらけの地下牢へ詰め込まれる。
(私たちの扱いの方が、まだマシに感じる……。少なくとも、この時代の奴隷に比べれば、まだ『人間』として扱われているわ)
そう自分に言い聞かせなければ、絶望に飲み込まれそうだった。
冬弥様の口から語られる『牡奴隷』の過酷な労働環境。ガレー船の甲板に鎖で繋がれ、睡眠も排泄もその場で行いながらオールを漕ぎ続ける地獄。暴君の主人の機嫌一つで首を落とされる日常。
(暴君のような主人には、いつもご機嫌でいてほしい。そんな死に方は……嫌だ。私の最期は、もう少しマシだといいけれど)
ふと、耐え難い睡魔が襲ってきた。愛理様に飲まされた『薬』の影響だろうか。
(真冬様が決めた命日って、まさか今日じゃないわよね……?)
その時、私の椅子から大和様に似た声がした。
「ピピッ1番、眠気を感知。授業中に居眠りとはいい度胸だ。お仕置きする」
(え?なに?)
「うぐっ…」
私のお尻に電流が流れた。
「笑止千万。1番、目は覚めたか?お前が座っている椅子には、生体センサーが内蔵されていて、今のようにバイタルに不調がしょうじると自動でおしおきしてくれる優れものだ。いいか、Hランク諸君。IランクやJランクと違って見た目が普通だからと油断するなよ?1番。今日だけは見逃してやる。が、次は無いぞ?」
「かしこまりました。申し訳ございませんでした」
「授業を続けるぞ。改宗を拒否した奴隷への、最もおぞましい拷問は身を焼かれ、その身を削られたそうだ」
私の謝罪に1つ頷き、授業に戻った冬弥様は拷問の話をする時が一番いい顔をしていた。その目は狂気的な光を帯び、少年のように輝いている。
やがて話は、高値で取引される『牝奴隷』、そして『ハレム』の構造へと移った。選ばれた牝奴隷は新しい名前を与えられ、ダンスや刺繍、礼儀作法を教え込まれる。容姿が良ければ皇帝の寵愛を受け、愛妾や夫人となり、さらには『母后』としてハレムの頂点に君臨するチャンスすらあるという。
(卒業後は、私たちもそうなれるのかな。そうだといいな……)
私の心に、ほんのわずかな希望が芽生えかけた。だが、冬弥様はすぐにその芽を冷酷に踏みにじった。
「愛妾から夫人へと昇格することに、明確な規則はない。下位の妻妾が上位をごぼう抜きするような『下剋上』は、基本的にはありえない。完全な年功序列だ。これはハレムの秩序を守る知恵だったと言える」
やはり、逆転などありえないのだ。冬弥様は希望という餌を与えてから、奈落へ突き落とすのが恐ろしく上手かった。
「お前たちも、ご主人様に気に入られれば気に入られるほど、将来は明るくなるだろう。せいぜい、努力を惜しまないことだ。……今日はここまでだ」
授業終了のチャイムが鳴る。
私は重い体を引きずりながら、この学園が教える『歴史』の真意を悟った。それは過去を学ぶためではなく、私たちの未来には『服従以外の選択肢がない』ことを証明するための、残酷な儀式だった。




